02 Vacation
波打ち際に全員を集めて、人魚さんたちの話を聞く。
この世界の人魚は、上半身が美しい人型の女性で、下半身が魚という、私の想像どおりのもの。
ただ、胸を隠しているのは貝殻ではなく、普通の水着――というか布だった。
彼女たちの分類は、一応魔物になるのだけれど、大した力もなく、繁殖には他種族の協力が必要になることもあって、普通に人間の漁師などと交流があるらしい。
もちろん、この近辺に人の集落などは無いので、彼女たちの問題がそれだとすると、アルに頑張ってもらうしかない。
どうでもいいことだけれど、アルはいつの間にかトランクスタイプの水着に着替えていた。
さておき、その人魚さんたちがどうしてこんな辺境にいるのかというと、有体にいえば、強敵とか天敵に住処を追われて、外敵の少ないこの付近に流れ着いたのだそうだ。
繁殖の問題ではなかったらしい――いや、それも問題なのかもしれないけれど、それ以前に生命の危機だったらしい。
人魚さんたち的には、大冒険の末にここまで逃げてきたのはいいけれど、この辺りに食料となる魚や貝もほとんどいない。
当然、生きるためにはまだ多少の冒険は必要もなるのだけれど、冒険したからといって成果が得られる保証は無い。
そこで、ひとまずここを拠点にして、次の目的地を定めようとしていたところ、今度は海岸線に突然不自然な崖ができて、それから瞬く間に巨大なお城が建った。
これほどの非常識を起こすのは、恐るべき力を持った魔王かそれに近い存在かと思って、しばらく様子を窺っていた。
しかし、その後は特に何事もなく日々が過ぎていったらしい。
そうして警戒が緩みかけたところで、私たちと遭遇した。
お城の主だと紹介された私は、そんな恐るべき力を持っているようには見えないものの、得体の知れない存在だと思われたのは間違いない。
翼は生えているし、猫耳尻尾でVだし、まあ、言い逃れようがない。
それでも、行き詰っていた彼女たちは、駄目元で話を持ちかけたらしい。
正気か?
いや、それだけ追い詰められているということか。
人魚族の生活スタイルは、大体海の幸を獲って食料とする狩猟タイプ。
人里近くに集落を構えられれば、人間と物々交換したりもできるし、相手側に理解があれば繁殖の問題も解決できる。
ただし、淡水の川や湖の側ほどではないけれど、海辺にも危険がいっぱいなので、その周辺には人里は少ない。
なので、彼女たちの種族の居住地に適した場所というのはなかなか見つけられないようで、運良く見つけられたとしても、群れの大きさの上限は環境に依存する。
その上限を超えると、蜂の分蜂のように群れを分けて、新天地を探す旅に出るらしい。
もっとも、彼女たちの場合は、彼女たちを餌とする天敵が現れて居住地を追い出されたパターンだけれど。
生き残らなければ繁殖もへったくれもなく、最悪繁殖はイルカでもいいらしいのだけれど、彼女たちからしてみれば、やはり優しくしてくれる人間がいいらしい。
何の話だ?
やはりというか、アルがロックオンされている気がする。
とにかく、事の発端は、海に生きる全てのものの天敵といっても過言ではない海竜が、一年ほど前にこの近くの海に棲みついたことらしい。
それに伴ってその近くに生息していた半魚人が棲家を追われて、人魚さんたちはその半魚人に住処を奪われた。
よくあるような話で、気の毒なことだと思うけれど、私が手を貸さなければいけない理由が無い。
いや、理由はどうでもいいのだけれど、あまりやる気にならない。
たとえ、海竜は言わずもがな、半魚人が気性の荒い魔物で、海を荒らすだけでなく、人魚さんたちが捕まると凌辱された上に殺され食べられるとしても、私には直接関係無いことだ。
凌辱は好きではないけれど、生きるために必死なのはみんな同じだろうし、公平を期す観点からすれば、人魚も含めて皆殺しにするのが筋ではないだろうか。
しかし、それは問題解決ではなく、問題封殺とか消滅というべきかも?
「貴方たちの言う『庇護』とはどういう意味でしょうか? 私たちに力があるからといって、貴方たちを助ける義務はないのですよ?」
個人的には気乗りしない話だったけれど、アイリスがこんなことを言うのは予想外だった。
まだ前振りとかなのかもしれないけれど。
「現状を改善できるなら何でもいいのです。どうか、お願いします! 二百人以上いた同胞も、今では百二十人までに減ってしまいました。このままでは――」
「海竜と半魚人を排しても、根本的な解決にはならんじゃろう。それとも、貴様らは世界から海竜と半魚人を根絶せよと言っておるのか?」
ミーティアまで――いや、ミーティアは元々こんな感じか。
「いえ、決してそんなつもりは――」
「アンタら、頼む相手を間違えてるわ。コイツ、邪神よ? きっと、皆殺しにすれば問題解決とか思ってるわよ?」
おお、正解だ。
ああ、もしかして、みんなはそれを阻止しようとしていたのか?
『こういう案件はアルフォンスの分野じゃない? 人助けは主人公の役目でしょ?』
「みんな思った以上に薄情――ああ、そういうことか。助けてあげたいのは山々だけど、俺にも他にやらなきゃいけないことがいっぱいある」
そういうことかと言いつつ、アルも断るのか?
まあ、やることいっぱいなのは分かるけれど。
「君らさ、気持ちは分かるけど、神様とか他の誰かに助けて助けて言う前に、自分でできることを精一杯やった? 何か覚悟のひとつでも示した?」
やるな、アル。
さすがに英雄といわれるだけはある。
私の気分が乗らなかったのはきっとそれだ。
人事を尽くして天命を待つならともかく、ただただ神頼みとか、自分の運命を神に預けているのが気に食わなかったのだろう。
逃げることが最大の努力な場合もあると思うけれど、この行き当たりばったりな感じはそれに該当しないと思うし。
「そんな……」
ただでは助けないというだけで落ち込む人魚さん。
とはいえ、話の流れ的に、気軽に答えられないことも理解できる。
「別に戦えとか逃げるなって言ってるわけじゃないんだ。君らは君らでできる範囲のことをする。当然のことだと思うけど、それくらいの覚悟はある?」
「それは……。はい、私たちにできることなら……」
『それは前屈みで言うと変態っぽい』
それは言ってやるな。
「酷い! お前ら――いや、ユノのせいなのに!」
生理現象は仕方がないとして、他人のせいにするのは良くないと思う。
「まあ、突然覚悟を求められても困るでしょうし、ひとまずは彼女たちの願いを聞いて、彼女たちのその後に期待しましょうか」
アイリスはスルー力高いな。
「あの、それでは私たちは――」
「別に奴隷にしようと言っておるのではない。今回は手を貸す。じゃが、次はないと思え、ということじゃ」
「次があるまでに、自分たちで何とかできるように知恵や力をつけなさい」
『そのための手助けならしてあげよう』
そうなの?
いや、それならまあいいか?
どんな形であれ、努力をしている人は好きだし。
というか、私は何も言っていないのに、この見事に代弁された感じ。
精神世界での経験の影響なのかと思うと、ちょっと怖いものがある。
「それじゃ、俺は俺のやるべきことをやるから、そっちは任せる。人魚ひとりかふたり置いていって」
「何するつもりなの!?」
人魚さん、言葉とは裏腹に獲物を狙う目をしている。
「浮気、良くない」
一応、釘を刺しておくか。
これ以上は自己責任でお願いします。
「違うよ!? 適当な所に人魚用の居住区画でも造ろうと思っただけで、意見を参考にしようかと――マジでそんなつもりはないよ!?」
『だから前屈みで言われても……』
「何だよ、開き直って踏ん反り返れば良いのか!? 反り返ってるけどいいのか!?」
「最低……」
男性には、本人の意思ではどうにもならないこともあることは理解しているけれど、開き直られると擁護のしようもない。
していないけれど。
とはいえ、不本意ながら私にも責任があるようなので、それを取り除けばいろいろと治まるだろう。
「朔、話が進まないから、服戻して」
『嫌』
即答だった。
今回は私の出番はなく、飽くまで休暇のつもりでいろということらしい。
もし言うことを聞かずに手出しするようならポロリさせると脅されては、大人しくしているしかない。
見られて恥ずかしい身体ではないけれど、ところ構わず見せたいわけではない。
ミーティアとは違うのだ。
◇◇◇
庇護対象となるのは当然この5人のことだけではないので、他の人たちの意思を確認するために、彼女たちの群れのところまで案内してもらう。
今回は、アイリスやリリーも加えたフルメンバーだ。
荒事になる可能性もあるので、お城で待っていてほしかったのだけれど、私の代わりに戦うと言って押し切られてしまった。
私は人型のミーティアに抱えられて、それ以外の面々は人魚さんの背に乗って北上する。
私も人魚さんの背に乗ってみたかったのだけれど、ミーティアに「儂よりその魚どもの方がよいというのか!」と、まるで浮気を糾弾されるかのようにキレられたので、仕方なくこうなったのだ。
常々、いつかはイルカやシャチに乗ってみたいと思っていただけにがっかりだ。
――と、そうだ。
お城の周りで、イルカとかシャチを飼うことはできないだろうか?
そうすれば、お世話とかお散歩と称して乗る機会もあるかもしれない。
後でアルに相談してみよう。
アイリスたちの目で、遠目にお城が見える程度の距離にある、島というには微妙な岩礁地帯に人魚さんたちは暮らしていた。
本来はもっと南西の小島に住んでいたらしいのだけれど、そこは半魚人さんたちに占拠されてしまったらしい。
先に遭遇していた人魚さんたちから、残りの人魚さんたちにも事の次第が伝えられる。
人魚さんたちの反応や表情は様々。
何の疑いもなく安堵する人、半信半疑の人、明らかに不信感を抱いている人。
後者の方が圧倒的に多いようだけれど、それはそうだとしかいいようがない。
いきなり「ご主人様を見つけた。助けてくれるから安心して」と言われて、安心する方がおかしい。
そもそも、助けてあげるのは今回だけで、ご主人様になった覚えなどない。
しょせん半分魚の人の脳など、こんなものなのかもしれないけれど。
きっと、目の前に餌をぶら下げたら食いつくと思う。
とにかく、海竜はお城からずーっと南にある岬を越えて、さらにぐるりと北へ回り込んだ辺りに塒があるらしいことが分かった。
半魚人さんのいるの島はその中間くらいで、海竜の巣の具体的な場所は分からないということだ。
ひとまず、人魚さんのうち何人かを水先案内人、及び海竜の巣捜索要員というか生餌として選出すると、残りはアルのところへ向かわせた。
そして、今度こそと、私の騎乗する人魚さんを指定しようとしたものの、竜型に戻ったミーティアに摘まみ上げられて失敗に終わった。
どうせ彼女たちにペースを合わせる必要があるわけだし、別にいいのではないかと思うのだけれど、竜型になったミーティアを見てパニックを起こす人魚さんたちの対応に追われてそれどころではなくなった。
中には、失神して波に攫われる人までいたほどだったし。
ミーティアに竜の矜持があるのは分かるけれど、それは竜以外にはよく分からないものなのだ。
私を背に乗せていいのは自分だけだとアピールしたかったのかもしれないけれど、少しは自身の影響力を考えて、加減というものを学んでほしい。
どこからか「お前が言うな」と聞こえた気がしたけれど、私が脅すのは神とか魔王とかくらいで、人魚さんのような無害な人を脅したりはしない。
◇◇◇
竜型のミーティアに乗って、水面を爆走する。
泳ぐくらい儂にもできる、との無言の抗議のようだけれど、《水泳》のスキルが無いからか大したスピードも出せていない。
また、首や翼が上げる水飛沫のせいで視界は悪く、バッシャバッシャと派手に水面を叩く尻尾のせいで風情もない。
何が彼女をここまで駆り立てるのだろうか?
そうして一時間ほど進むと、水平線の彼方に小さめの島を発見した。
なお、人魚さんたちは、ついてこれずに脱落している。
速度的な問題よりも、ミーティアの立てる波風が酷くて。
ミーティアは作戦の趣旨を理解していないようだ。
さておき、そこは元々人魚さんたちが暮らしていた島だそうだ。
半魚人さんたちに占拠されたという情報どおり、数は少ないながらも奇怪な生物が闊歩していたので、あれが半魚人さんで間違いはないだろう。
というか、人魚さんの姿形は私の想像どおりのものだったのに対して、半魚人さんは上半身――というか、身体が魚で、腹鰭が人間の足のように進化した二足歩行タイプ。更に胸鰭が手のように――触手のように蠢いている。
少なくとも知性の欠片も感じない。
それに、口の中に変な虫を飼ってるのもいる。
キモい。
もう敬称をつける必要性も感じない。
なお、先ほど聞いた話では、彼らは夜行性らしく、今の時間はほとんどが巣穴で眠っていると思われる。
また、魚人族や河童のような人間に鱗や鰭、若しくは皿や甲羅が付いている種族も存在するそうだけれど、前者は亜人で後者は魔物か妖精だそうだ。
河童は妖精だったのか……。
とにかく、半魚人駆逐作戦案その一。
ミーティアの禁呪、若しくはブレスで島ごと吹き飛ばす。
周辺に甚大な影響を及ぼすことが懸念されるため却下。
作戦その二。
リリーによる毒殺。
これも周辺被害の問題で却下。
魔法は永続しないとはいえ、一度発生させた毒が即座に無毒化されるわけではないらしい。
というか、いつの間にそんな物騒なことができるようになったのか。
作戦その三。
アイリス、リリー、ソフィアによる強襲上陸作戦。
なぜか敵対者の逃走を妨害するという理不尽能力を持つソフィアを有効利用したもので、ミーティアが不参加なのは私の監視だ。
信用されていないのか?
採択されたのは、第三案。
半魚人は、人魚さんにとっては強敵であっても、アイリスやリリー単独でも殲滅可能なものらしい。
実際には、殲滅というより調理レベルだった。
アイリスの長杖でつみれになり、リリーにこんがり焼かれて焼き魚に、ソフィアに三枚に下ろされて、ただの大きな食材に変わっていく。
ただし、虫の混入しているであろうアイリスのものだけは食べられない。
元々食べるつもりはないけれど。
とにかく、リリーの尻尾の増え具合からも想像はできたものの、みんなの戦闘能力が格段に上がっているようで、危なっかしさを感じることも全く無い。
この後の竜退治も任せてしまってもいい感じだろうか。
そう思えてしまうほど、みんなの成長は著しいものだった。
私の精神世界ってそんなにすごいものだったのか……。




