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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第一章 邪神さん、異世界に立つ
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07 偏食と雑食

誤字脱字等修正。

 素直なのは良いことだ。

 定位置に戻った影から、時折僅かに肉のこびりついた骨が飛び出してくる。

 咀嚼音は忠告どおりに止まったものの、ゴミはゴミ箱へ、とか分別についても注意するべきなのだろうか。


 いや、違う。


 問題は自動車並みの、若しくはそれ以上の質量を持ったイヌがどこへ消えたかだ。

 これは出発前にいろいろと訊きださなければいけない。


「俺の影って一体どうなっているの?」


『ユーリの影であり、ボクの領域でもある。食べた物はボクの知識とかになってると思うけど、詳しいところはボクにもよく分からない。食べてない分はそのまま外に出せる――こんな説明でいい?』


 間髪入れずに答えが返ってきた。

 むしろ、これは先ほど俺を奪った話をしていた時に出す話題だったのではないだろうか。


「もう少し詳しく」

 しかし、そんな説明で俺が理解できるとは思わないでほしい。

 小学校レベルの理科でも理解が危ういのだ。理科だけに。


『ユーリの影だから、ユーリからはあまり離れられないけど、ボクの領域――ボクそのものであるともいえるかな?  言葉で説明しようとすると本質とずれが出るから難しいんだけど……』

 ずれが気になるほど理解できない、とは口に出せない。

 同じ知識で構成されているはずなのに、どうしてここまで違うのか……。


『どっちにしても、世界に直接干渉したのは初めてだから、細かいところはボクにも分からない。ユーリの役に立つ能力もあるかもしれないし、いろいろ試してみようか?』


 察しも良くて気配りもできる。このまま良い子でいてほしい。


 警戒していたのが莫迦みたいだ――というか、話し相手がいるというだけで精神的に楽になる気がする。

 とにかく、某有名アニメのような、何でも入るポケットなら有り難いのだけれど。


◇◇◇


 ということで、早速検証してみた。



 石ころや木の枝などは普通に出し入れ可能だった。

 それらがどこに入っているのかは、彼の領域の中――つまり、俺の影の中らしい。


 なお、出し入れする際に一度俺を経由しているらしいのだけれど、気にしないでいいと言われた。

 はいそうですか――とは言えないけれど、理解できないことは全て後回しだ。


 影に取り込んだ――というか、呑み込んだというか、適切な表現が分からないけれど、とにかく、彼の中の物は基本的に彼の管理下にあって、任意に出すことができるだけでなく、内部である程度加工することも可能だそうだ。


 もちろん、そこには「食べる」ことも含まれていて、イヌ――生物だけではなく、無機物でも食べられるらしい。


 なお、イヌの肉は普通に不味かったらしく、基本的な嗜好は俺と変わらないとのことだ。

 彼の人格には俺の知識や経験が影響しているのだから、当然というべきか。


 それなのにイヌの肉を食べたのは、「不味い」という感覚――肉体がないので情報としてらしいけれど、経験したかったとのことだ。



 次に、個体だけでなく、液体――川の水を試してみたのだけれど、これも問題無く取り込めた。

 ただし、取り出すとすぐに重力に引かれて地面の染みになった。


 また、水そのものは取り込めるものの、流れとかベクトル? なんかは取り込めないそうだ。


 とにかく、飲み水確保に便利そうだけれど、取り出し方は工夫する必要がある。



 気体については確認を省いた。

 恐らく可能なのだと思うけれど、利用法が思いつかない。

 そういうことは、余裕や必要ができたときに改めて確認すればいい。



 小さい生木も丸ごと出し入れできた。

 この時は周囲の土ごと取り込んだのだけれど、出した時は木だけだった。


 これは俺の指示の出し方の問題だったようで、正確に木だけを取り込むこともできるし、土と一緒に出すこともできるようだ。

 個別、範囲、条件など、指定の仕方で効果が変わるようだけれど、その辺りは追々と慣れていけばいい。


 なお、適当な巨木を対象に取り込んでみたところ、取り込んだ瞬間、指定外となっていた虫や小動物が落下してきて泣きそうになった。

 どうやら、苦手なもの――虫とかを取り込まないように、細心の注意を払う必要があるらしい。


 もちろん、生物――というか動物は取り込めない可能性もあったので、その検証も行うことになった。


 とはいえ、虫で試すわけにはいかないので、川に入って魚を獲り、そのまま影に入れてみたところ、問題なく入れられた。


 それから十分ほど待って取り出してみると、入れた時と変わらずに元気に跳ねていた。


 どうやら、影の中で意図的に食べたり殺したりもできるらしいけれど、彼が干渉しなければ状態は変化しないようだ。


 どれくらいの量を取り込めるのかを確かめるため、森にある木やら河原にある岩やら石やら川の水などを手当たり次第に取り込んでみた。


 瞬きひとつする程度の時間もかからず、辺り一帯が綺麗に開拓できてしまった。

 それでもまだまだ余裕がある――というか、限界が全く見えなかった。


 また、最大で100メートルほど距離が離れている物も取り込めた。


 これは、彼が俺から離れられる距離の限界でもあるようだ。



 この実験を行っている時、重要な事実に気がついた。


 彼が世界に干渉できるのは、俺を通してのみ――その言葉を証明するように、彼の意思では俺が許可を出したもの以外を取り込むことはできなかった。


 俺の許可無しで彼ができることは、俺から半径百メートルの範囲の観測と、その中で裁量権を委ねたことと、そして俺自身への干渉だけだ。


 後者は致命的なようにも思えるけれど、俺の不利益になるようなことをして俺の反感を買えば、彼は再び世界へ干渉する手段を失ってしまう可能性がある。


 俺が操られたり乗っ取られたりは――心配するだけ無駄だろう。

 やるつもりならもうやっているはずだし、俺が思いつく程度のことを思いつかないほど莫迦だとは思わない。



 とりあえず、知りたいことは知ることができたように思う。

 このまま続けてもただの森林破壊になるので、ひとまず実験を終了する。


 来た時よりも美しくというのは、更地にすることとはまた違うのだ。


◇◇◇


 便利な道具こそ入っていなかったけれど、いろいろと出し入れできる便利な収納があると分かっただけでも収穫だろう。

 肝心の何を入れればいいのかが分からないけれど。


『ユーリはどこに向かってるの?』

 今度こそ出発しよう、と歩き出したところで、またも声がかかる。


 どう答えたものか。

 いい歳をして――今は15、6歳の外見だけれど、それでも遭難とか迷子と告白するのは少し恥ずかしい。


「分からない。家に帰れるならそれが一番なのだけれど、とりあえずは人のいるところかな?」

 少し迷ったけれど、恥ずかしがっている場合ではないので素直に話した。

 もしかすると、何かいい知識やアイデアがあるのかもしれない。


『よければボクが探してみようか?』

「お願いします」

 期待以上の返事だったので即答した。

 しない理由がない。

 俺のくだらないプライドに価値など無いのだ。




『ボクだけでは調査できる範囲が狭いんだ。だから、ユーリにも協力してもらわないといけない』

 それはさっき確認した百メートルの壁のことだろうか?

 俺が協力すると距離が延びるのか?


『簡単に説明すると、ボクの力をユーリがコントロールするの』

 彼が言う「力」というのは、影から流れ込んでくるものとはまた別――恐らく最初に俺を奪った時の彼本来の力のことだろう。


『今の状態のままだと無理だと思うから、ボクと少し同化するの。ボクがユーリになって、ユーリがボクになるイメージ』

 またもや不穏な言葉が――というか、早速切り札を切るの?

 慣らしも済んでいないのに。


『危険性はそんなに高くないよ。長時間連続でやると影響が出るかもしれないけど』

 先手を打たれた。

 危険性はあるらしい。

 それでも見返りを考えると、聞かずにはいられない。


「……それはどうすればいいの?」


『ユーリがさっきやってた、領域構築を見た限りではできるはず。あれは見事としか言いようがなかったよ!』

 領域構築――自分の世界の構築のことかな?


『ボクがユーリの表層に侵食する。ユーリの領域で、それを逆に侵食する。表層的なところだけだから魂的なものへのダメージも小さいし、すぐに回復すると思うよ』

 魂!?

 信用していないわけではないけれど、警戒をしないわけにもいかない内容では――というか、侵食って何なの?

 人間に必要なのは寝食だよ?


『ユーリが言ってた切り札になるよ。でも、どうしても嫌ならやめておくけど』


 少しの間目を閉じて、帰る目的――妹たちのことを思い出す。


 仲は良かったと思う。

 むしろ、お互いに信頼できる相手が家族しかいなかったこともあって、共依存に近い関係だったかもしれない。

 そのせいか、俺に対する当たりはきつかったけれど。


 妹たちも、俺ほどではないにせよ変わったところがあって、完全には世界に馴染めていなかった。


 隠し事――は年頃の女の子なのでともかく、お互いに肩肘張らずに過ごせる場所はそこにしかなかったのだ。


 少なくとも、俺は妹たちのおかげで世界と繋がっていられた。

 彼女たちがいなければ、きっと俺は世界の敵になっていただろう。

 いや、ちょっと盛りすぎたかもしれない。妹たちがいなければ、敵対するほどの理由も無いし。


 とにかく、俺は何としても家に帰らなければいけない。

 そのためのリスクなら、喜んで受け容れよう。



「よし、いつでもどうぞ」

 気合を入れて、合図を出す。

 同時に影が俺に覆い被さってきて、俺の世界の表面を喰らって――侵食していく。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 ――何が「何人にも侵されない世界」だ!?

 易々と浸食されているよ!


 初めて奪われた時ほどではないけれど、痛みや焦りや恐怖――自分が自分でなくなるような、言い表しようのない不快感と苦痛に襲われる。


 表層だけだというのに、自分の世界を守るだけでもかなり難しくて、侵食なんてどうやればいいのかも分からないことに気を使う余裕が無い。


『ボクの領域も自分の一部だと思って、塗り替えるような感じで』

 簡単そうに言ってくれるものだけれど、それは俺の外側に俺を作れと言っているのと同じでは?


 よく分からないけれど、俺のちょっと外まで俺なのだと認識すればいいのか?


 俺の精神世界と彼の領域を、結構無理矢理な感じで――混沌としていて理解し難い彼の力に、強引に俺を食い込ませて馴染ませる――何だか表現が良くない気がするけれど、細かいことを気にしていられるほどの余裕は無い。



 そうして、ある程度馴染ませた時点で視点――というか、認識が切り替わった。

 俺を中心に半径百メートルくらいの世界が構築された。

 つまり、俺と彼の領域が重なった状態である。


 視覚では死角になって見えないようなところや、水中や地面の中まで、領域内の全ての物が一度に認識できる。


 それは視覚情報だけに留まらず、触覚や嗅覚などの他の感覚情報も含まれていて、それらの膨大な量の情報が一気に頭の中へ流れ込んできて、割れるような頭痛――全身の痛み?

 いや、痛みとは違う、表現できない何かに襲われる。


 同時に、上下左右どころか、自分と世界の境界も分からなくなりそうで、意識せず地面に膝を突いてしまう。


 彼の侵食は、俺の魂――というか、存在そのものを蝕むようなものなのかもしれない。


 恐らく、今の俺は人類が経験したことのないような、言葉では言い表せない酷い状況に陥っていると思うのだけれど、それすら遠い世界の出来事のように感じてしまうのが一番ヤバい気がする。


 きっと、これが神の視点とでもいうものなのだろう。

 上手く表現できないけれど、物事に対する認識が変わった気がする。

 これが彼の領域だったのか――スケールが違いすぎて、「自分だけの世界」とか言っていた自分が恥ずかしい。


 これを俺の力で広げる――制御するのか?

 とにかく、俺が俺を見失ってしまう前に目的を果たさなければいけない。



 やり方などは分からないので、とりあえず「えい!」と気合を入れてみると、認識範囲が一気に十倍くらいに広がった。情報量やそれに伴う負荷も十倍では済まないレベルで増加したけれど、気合で耐える。


 やはり気合は万能だ。


 というか、領域の操作は間合い操作に似ているかもしれない。

 何がどうとは説明しづらいけれど、これなら少し慣れれば、もっと上手く扱えそうな気がする。



 領域内では、動物たちが、俺から漏れた彼の気配でパニックになっている様子が認識できる。

 中にはショック死している動物もいる――可哀そうではあるけれど、今はちょっとどうしようもない感じなので、獲物として収穫して無駄にならないようにするくらいしかできない。


 それよりも、見たくもない気持ち悪い虫やら何やらまでもが認識できてしまうことが問題で、領域の展開以上に俺の精神に負担を掛けてくる。


 正直なところ、痛みのような不快感や負担よりも、そっちの方がつらい。



 全方向に広げるのは負担が大きい――と、水平方向のみに広げるようイメージする。

 人間や人里を探すのに、上空や地下を調べる必要は無いのだ。

 特に、地下にいるのは俺の苦手なものばかりなので、基本的に領域を展開しない方がいいと思う。


 気配を伴うのはまずいので、彼から漏れる気配を抑え込むよう意識して、世界を侵食するのではなく、世界に薄く重ねるように展開していく。

 一気にジャンプするのではなく、ゆっくりと間合いを支配していく感覚だろうか。


 単なる思いつきだったのだけれど、間合いを操作している――その間合い自体が俺だと認識すると、制御も楽になってきたように思う。


 人間、やればできるものだ。


 身体を蝕む感覚は相変わらずだけれど、気合があれば耐えられる。


 そして、制御に慣れてきた頃、それを見つけた。

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領域だの難しそうな用語の解説ってこの後あるんですか?魂?とイコールですか?
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