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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第三章 邪神さん、華麗に羽化する
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22 迷子

――第三者視点――

 いくら翼を持つ天使といえど、空を飛ぶ速度では、古竜であるミーティアには及ばない。


 そして、天使の《神域》も、魔法の原理原則から外れるものではなく、数の力を頼りに重複発動していても、充分な効力を発揮できる範囲は限られている。

 戦闘区域を覆うには充分な範囲の神域も、ミーティアの翼を縛るようなものではなかった。


 ミーティアが神域から離脱するのにさしたる時間はかからず、離脱と同時に、アイリスたちのシステム補正も戻った。

 それを察したミーティアは、反転して僅かに追い縋ってきた天使たちを引き裂き食いちぎり、飛行しながら貯めていたブレスで一掃した。



 それで落ち着きを取り戻した彼女たちが、ユノがいたところに目を向けると、戦闘区域では巨大なキノコ雲が発生していた。

 その爆発の衝撃波が、ミーティアの結界に阻まれ霧散する。


 さらに、同様の爆発が何度も起こっては、そのたびに届く衝撃波。

 彼女たちに、戦場の様子を確認する術が無かった。

 ミーティアの竜眼も、爆発そのものや吹き荒れる魔力風などの影響で役に立たず、ユノの姿を捉えることはできない。


「ちょっと、まずいんじゃないの!?」

 止め処なく撃ち込まれる禁呪の《核撃》は、放射線こそ発生しないものの、その爆風と熱放射は核爆発そのものである。

 そんな広域破壊魔法の連発に、ソフィアは焦りの色を隠せない。


 ユノに対してはまだ思うところもあるソフィアだが、妹の恩人であり、妹に会うために必要な存在だと考えると、絶対に失うわけにはいかないと考えていた。


「ユノさんは絶対に負けません!」

「いまだに爆発が続いていることが、ユノが生きている証でもありますが――」

「やはり神域の中で、空を飛ぶものを相手にするのは厳しいか。――どれ、儂は少し加勢に行ってくる。お主らはどこぞに隠れておれ」


 彼女たちの誰もがユノが負けるなどとは思っていなかったが、いまだに何の反撃もしていないのはさすがにおかしいと感じ始めていた。


 しかし、神域の中で満足に戦えるのはミーティアのみ。

 ユノですらその力を封じられていた以上、他の者では足を引っ張るだけだ。


 彼女たちの認識ではそうなっていた。



 アイリスたちが悔しさに唇を噛み、ミーティアに想いを託そうとした寸前、天使たちが展開していた神域が音もなく消失した。


 代わりに出現したのは、大地に咲く一輪の巨大な花の蕾。何度も目にしたユノの領域。

 ただし、スケールと、表現しようのない存在感が違う。


 それがゆっくりと花弁を開いて――見た目にはゆっくりとしたものだが、その巨大さゆえに末端の速度は相当なもので、天使たちが逃げることもできず呑み込まれていく。

 そのまま瞬く間に開花を終え、そこに立ち込めていた水蒸気や粉塵、そして大量にいた天使がその姿を消した。


 それまでの騒々しさとは打って変わって、現実感の乏しい静寂が辺りを支配する。


「終わった――のでしょうか?」

 全員の心中を代弁したアイリスの言葉に、ほんの少し気が緩んだ。




 そんなタイミングで、ユノの領域の上空に、領域より更に巨大な積層魔法陣が出現した。


 それを認識した瞬間、そこから放たれた巨大な光の柱が、花弁を散らすようにユノの領域を切り裂き、串刺しにした。

 神の怒りとしか考えられないそれは、幼い頃のミーティアが、遙か昔にグレゴリーが見た光だった。


 かつて、正体不明の天変地異として、巨大な湖を造った大破壊。

 それが、彼女たちの目の前で再現されている。


 その圧倒的な破壊の力を前に、アイリスたちは言葉を失った。

 事情を知らないリリーですらも、良くないことが起きていると本能的に理解させられていた。


 それでも、ユノの領域の全てが吹き飛ばされたわけではなく、僅かに残った花弁がどうにか抵抗を続けていたが、受け止めきれなかった光が周囲の大地を削り取っていく。


 だからといって、アイリスたちに――最早ミーティアであってもどうにかなる状況ではない。

 ユノが斃されれば、ユノの領域が相殺している分も一気に解放されることは想像に難くなく、そうなると彼女たちも巻き込まれて命を失うだろう。


 それに抵抗できる力を持つ存在は、この地上にはいない。



 状況は絶望的。


 しかし、誰ひとり逃げようと言い出す者はいなかった

 今更逃げても間に合うとは限らないということもあったが、それ以上に、あの理不尽の塊が、こんなに簡単に終わるはずがないと信じていた。

 そう信じたかった。


 あるいは正常性バイアスだったのかもしれない。




 その祈りが届いたのかどうかは分からない。

 蹂躙されていただけに見えたユノの花が再び――さきのものとは比較にならないくらいに咲き誇る。


 光の柱は音を立てて砕け、それどころか空も――世界も砕け、世界の悲鳴のようにも聞こえる不快な音と共に、世界にぽっかりと穴が開いた。 


 しかし、それも一瞬のこと。


 世界は何事もなかったかのようにその姿を取り戻し、ユノそのもののような花もその姿を消した。


 先ほどまでの天使との争いなど嘘だったかのように空は澄み渡り、天使が再出現する兆候もない。


◇◇◇


 彼女たちは、慎重に、天使の生き残りの襲撃や、再出現に警戒しながら、ユノのいた所へと戻っていく。


 そして、そこに近づくにつれて、想像を絶する被害の状況が明らかになっていく。



 大地が半径五百メートル、深さ百メートルほどのすり鉢状に抉られていた。


 それが、さきの神の怒りによるものなのは疑いようがない。


 そのクレーターの至る所から、結構な勢いで地下水が湧き出している。

 アルスのものとは規模が違うものの、新たな湖ができることは間違いない。


 そして、中央には、狭い範囲ではあるが周囲よりも一段高くなっている場所があり、そこにはうつ伏せに倒れている、ユノの変わり果てた姿があった。



 ユノの背には、天使のものとよく似た大きな翼が生えていた。

 ただし、その色は朔と同化した際のユノの髪と同じ、射干玉とでもいうようなものだ。

 そして、頭上には黒い光を放つ妖しい光輪が、微妙に形を変えながら浮かんでいる。


 それだけ変わり果てていてもユノだと分かるのは、スカートとニーソックスの間から覗く、つきたてのお餅のような太ももにほかならない。

 良くも悪くも特徴的――むしろ、現実離れした容姿と評した方が妥当なユノだが、おかげで翼や光輪が付いたところで、そう違和感は無い。


 ただ、なぜこんなことになっているのかは誰にも理解できない。


 普段から理不尽な存在ではあったが、今日は輪をかけて理不尽だった。


 とにかく、それ以外に変わった様子もなく、何よりも生きていることに安堵した彼女たちは、急いでユノの許へと近づいていく。 



 三人を背に乗せたミーティアがユノの許に辿り着くと、水没してしまう前に回収しようと早速手を伸ばすが、『触れないで!』という朔の警告に遮られた。


『ごめん、今のユノは自我が無い。下手に触れると侵食されるかもしれないし、そうじゃなくても、下手に手を出して攻撃されたと判断されると何が起きるか分からない。危ないから町で待ってて』

 混乱する四人に朔が補足する。


 しかし、そんな説明で納得するアイリスたちではなかった。


「どういうことですか!? そんな説明では納得できませんし、こんな状態のユノを置いて町に戻るなんてできません!」


 アイリスは、ミーティアの背から飛び降りて朔に詰め寄る。

 リリーやソフィアもそれに倣ってミーティアの背から降り、ミーティアも人型になって後に続く。


『はあ……。君たちが怪我したりすると、ユノが暴走する原因になるんだけど……』

 朔は、諦めたようにため息をひとつ吐いて語り出す。


『ユノは、天使との戦いの中で存在が変化した。ボクの受けた印象では、進化とか成長とはまた違うんだけど――それは今はいいとして、ユノは山ほどいた天使たちの全てに、門の向こうにいた天使にまで回避不可能な攻撃を仕掛けたんだ』

 朔は一度そこで話を切って、話すことをまとめる。


『ユノは、一匹でも逃がすとまた狙われるかもって考えてたみたい。それでかなり無茶をしたんだけど――問題はボクと同化せずにそれをやったこと。ユノが壊れると思って止めようとしたボクまで喰われそうになった。おかげで、ユノが溜めこんだ情報量がすごいことになったんだけど、そんな時に割り込んできた神の横槍のせいで、それが逆流を始めて――いや、これはそれを管理しようとしてたボクの失態なんだけど、連携が取れてないところに上手く刺さって、ユノのまずいところに触れられたみたいなんだ』

 朔はそこで再び話を切る。


『それで怒ったユノが、神まで――世界ごと喰らおうとしてたから、ボクが僅かに残ってたユノの人間性を利用して、一瞬の隙をついてユノの自我を隔離したんだ。成功しなきゃ、世界が壊れていただろうし、ユノも後悔してたと思うから』

 そして、ユノをこの状態にした犯人が自分であることを素直に告白した。


 朔の説明を理解できた者はいなかった。

 ユノと朔の関係は当人同士にしか分からないものであり、そこに人間の――この世界の常識は通用しないのだ。


『この姿は、侵食の逆流の余波。これでもだいぶ食い止めたんだけど、とにかく喰った量が多すぎた。門の向こう側にいたのも合わせると、軽く万単位になる』

 これはアイリスたちにも比較的理解できる内容の話だったが、理解したくない内容だった。


 最低でも万単位の天使を喰った。


 そんなことを告白されても、どう受け止めればいいのか分からない。


『これ以上は、ユノの存在に深刻な影響を与える可能性があったから、騙し討ちに近い形でユノの精神世界を荒らして、現実世界のユノを行動不能に陥らせたんだ』


 ユノを守るついでに世界も守った、その結果としてこうなっていることまではアイリスたちにも理解できたが、まだ肝心なところが分からないままだった。


『ただ、自我が無いといっても、反射的に防御や攻撃をする可能性はあるし、自我が無い分容赦が無いと思う。名実共に邪神といってもいいかもね。止めるにしても、同じ手はもう使えないだろうし、とにかく、ちょっとほとぼりを冷まさないと干渉するのは危険だと思う』


 アイリスたちには、朔の言葉の内容は理解できなくても、朔がユノのことを大事に想っていることは伝わっていた。


「ユノは大丈夫なんですか?」

 アイリスは、いつまで経っても彼女たちの求める答えについて触れない朔に痺れを切らし、彼女たちの興味の対象についてストレートに尋ねた。


『身体は――少し変わってるけど大丈夫。むしろ、今のユノを害しようとしたことで、何が起きるかが分からないことの方が怖いね。意識の方は――簡単に言うと、ユノの自我は精神世界の中で迷子になってて、自力で解決するか、誰かがそれを見つけてあげれば戻ると思う。でも、さっき言ったように、今干渉するのはリスクが高い。放っておいてもいつかは戻ると思うしね。ユノはタフだから』


「ユノさんの自我? は見つかるんですか?」


『ボクのやったことを怒ってるかもしれないけど、いつまでも根に持つタイプじゃないし――少し待てば』


「自分の大事なことを見失う人でもありませんよね」


『そうだね。でも、もしユノ自身が君たちを害したことを知ると、ユノの僅かに残った人間性を揺るがしかねないから――』


 朔はその後ことを語らなかったが、ろくなことではないのは誰もが理解した。


「リリーたちに何かできますか?」


 朔が大丈夫だと言うなら、恐らくはそうなのだろうということは彼女たちにも分かっている。


 それでも、リリーには帰って待つという選択肢は無く、他の三人にしても程度の差はあれそれは同じだった。


『――そうだね。いくら怒ってたって、他人に当たるような性格じゃないしね。だから、ボクからお願いする。迷子になったユノを探してほしい。それは今のユノの感情を別にしてもとても危険なことだし、ひとつ間違えば君たちだけじゃなくて、世界を滅ぼしてしまうかもしれない』


 この判断が、ユノをまた怒らせることになるかもしれなかったが、それでも朔は、ユノにとっても最も正解に近い判断だと信じて頭を下げる。


『だから、ここを離れて待っていてもらっても構わない。特にソフィアは付き合いも短いし、いろいろと思うところもあるでしょ?』


「仲間外れにされるのは心外ね。確かに思うところはあるけど、お互いに真っ直ぐ向き合った結果だわ。それに、こいつはどうか知らないけど、私は結構こいつのこと気に入ってるのよ!」


『ユノも、そうやって堂々としてるとか、ずっと頑張っていたソフィアには好印象を持ってるよ。妹想いなところもね』


「よかっ――当然よね!」

「コントは後にせい。それで儂らは何をすればよいのじゃ?」


『ボクを通じて、ユノの精神世界に入ってもらって、迷子のユノを見つけて呼びかけてもらえれば、きっと目を覚ますと思う』


「それだけでいいんですか?」

 アイリスが少し拍子抜けしたような声を漏らす。

 精神世界とか、朔の中ということに不安を感じはするが、手段があるというだけでも幸運なことだった。


『そんなことがユノにとっては大事なんだ。――本当に危険だけど、それでもよければボクの上に来てほしい』

 朔の影がユノの下から音もなく移動すると、少し離れた位置で円形になる。


 彼女たちは誰ひとり躊躇うことなくその上に立つ。


『あ、言い忘れてたけど、ボクはユノほど魂や精神の扱いが上手くないから、できる限り心を落ち着けててね』

 少々恐ろしいワードが含まれていたが、全員が朔に言われるままに腰を下ろす。


『気持ちを楽にして、抵抗しないでね。本当に何の保証も無いから』

 本当に酷いワードにツッコむ暇もなく、全員が一斉に眠りに落ちたように意識を失った。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだかんだ言ったけど面白すぎて分からせられたありがとうございます。
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