20 神前試合2
「始め!」
「せいっ!」
陛下の合図と同時に、まず槍を持った厳ついおじさんが遠間に踏み込んできて、裂帛の気合と共に必殺の突きを放つ――いや、必殺かどうかは知らないけれど。
少なくとも、おじさんの顔は、いかにもな必殺感を醸し出している。
先のチャレンジャーの無残な結果を見て本気になったか、私を小娘と侮る気配はまるでない。
しかし、おじさんにとっては必殺かもしれないけれど、私にとってはそうでもない、普通の――むしろ、雑な突きでしかない。
もっとも、スキルのような形だけは整えられるものも何か違う気がするので、初手からスキルに頼らなかったことだけは褒めてもいいかもしれない。
そうだ、今日の夕飯は焼き鳥か串カツにしよう。
何度もいうようだけれど、戦いとは間合いを制した方が勝つのだ。
このような、遠間から「当たるか当たらないかは分からないけれど、当たれば勝ち」のような行動は、それを理解している相手には悪手以外の何ものでもない。
先手必勝という言葉もあるけれど、それは間合い操作のできない素人同士の戦いか、間合いを制している側の言葉である。
なお、私の予想――というか、ほぼ確信しているけれど、おじさんのこの突きはフェイントである。
この突きは私を回避させる目的のもので、突ききらずにかなり手前で引くはず――ほら、手前でブレーキが掛かっている。
二手目の突きで、更に体勢を崩させて、きっと三手目が本命。
身体の起こりもそうだし、身体を流れる魔力の動きもそうだし、魂や精神の動きもそうだし、まず間違いない。
とはいえ、曲がりなりにも実力者という肩書のあるおじさんのこと。
一発目を完全に見切って回避もしないでいれば、三手目は変化させてくるだろう。
そうだといいな――という私の期待を余所に、おじさんは私が反応できなかったとでも判断したのか、何の捻りも変化も無く二手目を出してくる。
この状況に、他の人たちにも連携して動く様子は見られない。
まだ舐められているのだろうか――もしかして、私がおじさんを攻撃するときにできる隙を狙っているのか?
だとすると、やはり舐められているなあ。
いつもは舐められるのは大歓迎なのだけれど、今日だけは困る。
どうしよう。
もうひとりくらい犠牲者を作るか?
でも、アルの面目を潰すのも悪いしなあ――と、おじさんの二手目をギリギリのところで半身になって躱しつつ、引き戻される途中の槍を一瞬だけ掴んで、すぐに手を離す。
ただこれだけのことで、おじさんはびっくりしている――おじさんの面目は潰しちゃったかな?
まあ、これでみんなが何かを感じて、もっと本気を出してくれればいいのだけれど。
さておき、槍のおじさんは、反射的に強く引こうとした瞬間に解放された反動で、踏鞴を踏んで後退している。
「チェストォ!」
「もらったぁ!」
そこに、タイミングを計ったかのように――いや、計っていたのがふたり。
私の両側面から、それぞれ刀を持った侍風の人の横薙ぎと、細剣を持った優男の人の繰り出した刺突が繰り出される。
お侍さんの方は普通の――非スキルの攻撃だけれど、優男さんの方は何かのスキルっぽい。何だか剣先が光っているし。
スキルの効果か、攻撃到達は若干優男さんの方が早いか。
どちらにしても、身体の起こりや魔力や魂や精神の状態から、おおよその攻撃方法や狙いは分かっていたことなので、特に慌てることはない。
優男さんの刺突を、一旦反対側に迫る刀の振りの順方向へ躱してから、細剣の引き手に合わせて踏み込んでお侍さんの刃圏から出る。
優男さんの刺突が若干私を追尾してきたけれど、誘導力には限界があったようで、剣先をブレさせただけの、ただ隙の大きな刺突でしかなかった。
間合いを詰められた優男さんは、これも何かのスキルだろうか、バックステップをしようとしていたようだけれど、既に懐に潜りこまれている状態からでは手遅れである。
さきのスキルの後隙が大きかったね。
優男さんのスキルの発動より早く、彼を軸にくるりと後ろへ回り込んで、彼の背後からお侍さんに向かって軽く突き飛ばす。
これで、追撃しようとして間合いを詰めてきた、お侍さんへの牽制にする。
「うおおおーー! 《突撃》!」
そこへ巨大な盾を構えて、雄叫びを上げながら突進してくる大男さん。
スキルなのか雄叫びなのかよく分からないけれど、見た感じは轢き逃げアタックか?
日本でトラックに突っ込まれた時の感じとよく似ている。
まあ、トラックより断然遅いし、攻撃範囲も狭いので、どうとでも対処できる。
ということで、少し軸をずらして受け流しつつ足を引っ掛けて、バランスを崩したところを後ろ回し蹴りで蹴り飛ばして、体勢を立て直しつつある槍のおじさんへの牽制にする。
その隙を突いて、短剣を持った忍装束の人が、背後上空から何らかのスキルを使って飛びかかってきたけれど、そのまま前進し続けて華麗にスルー。
その進路上いた、カイゼル髭が特徴的なマッチョな人が「《鉄砕》!」とか言いながら振り下ろす両手棍を、回し受けから棍に腕を絡めて巻き上げる。
なお、剣道ではこの手の巻き技は卑怯とか無礼とかいわれるらしいけれど、私は剣道家ではないので知ったことではない。
得物を簡単に奪われることの方がおかしいのだ。
さておき、得物を失って焦っている髭マッチョさんはひとまず放置。
忍者さんが背後から投げつけてきた手裏剣をキャッチして投げ返す――もちろん、殺さないようには加減をしたのだけれど、慌てた感じで空蝉の術みたいな技で回避していた。
余裕があるのか無いのか分からないな。
とにかく、これでひととおり凌いで、更に巻き上げていた棍が落下してきたのを受け止めて奪うというおまけつき。
基礎能力が違うことは仕方がない。
しかし、手加減していてもなお、あまりに酷い。
素人とまではいわないけれど、良くて中の上。
いや、ちょっと盛ったかも。
スキルで補正されているのは、モーションと速度や威力だけらしく、その前後の体捌きなどはでたらめすぎて、逆に何のつもりか分からなくて困惑する。
それが狙いでわざとやっているのかもしれないけれど、やりすぎると今度はファンブルする危険があるそうだし、何が何だか分からない。
何というか、いかにスキルを当てるかが戦術の要で、基本動作はそのための繋ぎでしかないから精度が低いのか?
確かにスキルに当たれば吹き飛ばされるくらいはするとは思うけれど、当たる気が全くしないんだよね。
その前段階、中てるための工夫が全然足りない。
工夫をするための基礎ができていない。
それに、私の体術――間合い操作技術は、複数を相手にすることを前提としているので、この状況でも全く苦にはならない。
さらに、今は魔力とか魂とか精神まで見えるし、「分かっていても避けられない」くらいの何かがないと、苦戦しそうにない。
それでも、上手く連携すればもう少し見せ場もできそうなものだけれど、間合いをただの刃圏を勘違いしているような彼らでは、期待はできそうにない。
それ以上に、彼らとの認識の差が酷いのだけれど。
「我が必中の突きが……」
「恐ろしいほどの《見切り》と回避能力――エクストラスキル持ちか?」
「何か良い匂いがした」
「儂の巨体をいとも容易く受け止め、蹴り飛ばすとは。その怪力も侮れん」
「でかい図体をしておいて、小娘の動きも止められんのか」
「私の棍が奪われるとは――《窃盗》か《強奪》のスキルもあるかもしれん」
などと供述しており、自分たちの練度の不足とは考えていない模様。
変なのも混じっているけれど、いちいちリアクションはしてあげない。
彼らは、私の体術を何かのスキルだと思っているわけだ。
ひとまず彼らの勘違いを正してあげようと、棍を使ってできる型を見せることにする。
私の得物は棒であって、両端にトゲトゲの付いている棍とはまた違うのだけれど、使えないというほどではない。
棒術はいろいろな武器に応用が利くし、間合いの操作を覚える訓練にもなるからと、母さんに叩きこまれていたのだ。
もっとも、奥義どころか技や型の名前――そもそも、流派すら知らない基本動作だけのものなのだけれど、基本すら満足にできていない彼らにはこれで充分だろう。
演舞中で隙だらけの私に攻撃をしてこないところを見るに、彼らにも武人としての矜持くらいはあるらしい。
まあ、攻撃してきても対応できるのだけれど。
挑戦者さんたちと、観客の視線が私に注がれる。
彼らの驚愕などどうでもいいのだけれど、アイリスとリリーのキラキラした視線は少し気分が良い。
アルも、私が棒術をここまで使えるとは思っていなかったのか、驚きを隠せていない。
少し前まで興味なさそうにしていたミーティアとソフィアの目も釘付けになっている。
このふたりは、私をただの脳筋だと思っていたのだろう。
へんてこな呪いのせいで、披露する機会がなかっただけなのだ。
切りの良いところで演舞を止めて、ペコリと一礼するとスタンディングオベーションを受けた。
「これが武の極致か――」
「無手なのは我々を舐めているわけではなく、その身ひとつで完成された武器だったのか」
「ふつくしい……」
「あの若さで、どうやってそこまで磨き上げたのか――」
「あれだけ隙だらけなのに誰も攻撃しないとか――。莫迦ばかりか……」
「棍ってあんな風に使うんだ」
挑戦者さんですら賞賛している中、
「ユノが道具を手にしたぞ……」
「人間の進化を見ているようね……。次は火を手に入れるのかしら?」
ミーティアとソフィアは、好き勝手なことを言っていた。
動揺を誤魔化すためとだは思うけれど、酷い言いようだ。
「ユノさん、格好よかったじゃないですか? 道具が使えないのは呪いのせいなんですから、そんなこと言っちゃダメですよ!」
リリーは良い子だった。
一刻も早いソフトドリンクの開発が求められる。
演舞以上のことには使えない棍を、やんわりと投げて髭マッチョさんに返却してから、再び手招きして挑発したところ、誰も動かない。
それぞれが顔を見合わせて苦笑いするだけ。
動けないのか?
やりすぎてしまったのだろうか――いや、さすがに大袈裟すぎないか?
戦意喪失ではないかと思ってアルの方に視線を向けてみたけれど、ふいっと目を逸らされた。
まだ終わらせるなということだろうか?
何の手立てもないものの、棄権などすれば雇い主に何を言われるか、言われるだけで済めばいいのだけれど――といった感じの挑戦者諸君は、「お前が行けよ」「いや、お前から行けよ」とひそひそ言い合うばかり。
どうすればいいの?
しばらくの間、何ともいえない睨み合いが続いたけれど、それを打ち破ったのは意外な人物だった。
「行けよ! こんなときのために高い金払って雇ってんだろうが! それとも役立たずのガキ諸共放り出されたいのか!」
アズマ公爵だった。
彼が人質でも取っているかのような、貴族として――というより、人としてどうかと思うような台詞で急き立てていた。
「くっ、やるしかねえなあ!」
お侍さんが覚悟を決めたように声を上げ、「後を頼む!」と言い放って斬りかかってくる。
誰に言っているのか、何を頼むのかはさっぱり分からないけれど、おかげで状況が動いた。
正直助かった。
お侍さんの斬撃を、刃圏の外側に紙一重で躱しながら、他の5人とアルの様子を窺う。
お侍さんはいいね。
いきなりスキル撃ったりしなくて。
お侍さんが動いたのに合わせて、槍のおじさんと細剣の優男さん、そして盾の大男さんが私の行動範囲を限定すべく包囲するように立ち回って、棍の髭のマッチョさんが、私の見せた型を見よう見まねで使って、お侍さんの後隙を埋めてきた。
そして、忍者さんがやらかしてくれた。
「忍法! 《蝦蟇召喚》!」
なぜか巨大なガマガエルを召喚して、その頭部に座していた。
召喚されたカエルは、巨大なだけではなく、ブヨブヨテカテカヌメヌメしててとても気持ち悪い。
忍者さんも、テカテカヌメヌメしているのでもう触りたくない。
どこを見ているのか分かりにくいカエルが、私を見ているような気がする――というか、私の方へ一歩踏み出してくるので、慌てて飛び退る。
なお、カエルが苦手なのは私だけではないようで、観客席からも盛大に悲鳴が上がっている。
「ふははっ! どうだ、どんな達人でも足元がヌルヌルでは満足に力を発揮できまい! そして何を隠そう、拙者は婦女子にヌルヌルにするのが大好きなのだ! そしてこのヌルヌルは可燃性! 観念せいっ! ふははははっ!」
忍者さんが最低な台詞を、巨大ガエルが粘液的な何かを撒き散らしながら、這いずるようににじり寄ってくる。
確かに足元が悪いと大したことはできなくなるけれど、それ以上にカエルに対抗する手段が無いのが問題だ。
残りの5人も、立つこともできずに這いつくばってヌルヌルになっているけれど、彼らは元から戦力外なのでどうでもいい。
この非常事態に際して、身体や領域を使った攻撃は論外。
大鎌や鎖も有効とはいい難いし、距離が近すぎて投擲もできない。
有効な手立てが思いつかないまま、いつしか舞台の端へと追いやられてしまった。
だって、カエルの這った跡に何かがべっとりと付いていて、そこはもう利用不可能になるんだもん!
こんなの汚い。別の意味でも汚い!
こんなことが許されるのかとアルの方を確認すると、首を縦に振って肯定する。
マジで?
持ち込みオーケーとか聞いていない。
「ふははははっ! ボーナスと今夜のオカズゲットだぜ!」
既に勝ったつもりで変なポーズを取っている忍者さんと、これまで以上の大量のヌルヌルを口の中に蓄えているカエル。
絶体絶命というやつだ。
「「「行け! 我らの夢を乗せて!」」」
チャレンジャーの皆さんも気持ちはひとつのようだ。
非情にも吐き出される、大量のヌルヌル――それは確かに舞台を覆い尽くしたけれど、私がその上に立つことはない。
もちろん場外に逃げたわけでもない。
場外負けはないらしいけれど、気分的に負けた気になるので、場外に出るつもりはない。
とにかく、目には目を――というわけではないけれど、持ち込みオーケーなら、私にも「来い」とひと言声かければ現れる使い魔が存在するのだ。
私の使い魔が召喚された途端、会場中が悲鳴に包まれた。
なぜか、カエルの時と切迫感が違う。
我先に逃げ出そうとした貴族たちが出口に殺到して、転倒して負傷したり、自分が逃げるために他者を攻撃したりしている。
「実に醜い」
私を肩に乗せて、舞台上の低いところを浮遊しているアドンが、呟くように言う。
正直、座り心地は良いものではない。
しょせん骨だし、仕方のないことではあるけれど、それでもヌルヌルに触れるよりかはマシである。
「このような愚か者どもが我らの主を汚そうなどと、その罪、万死に値する」
サムソンは、舞台上で固まってしまった挑戦者さんたちとカエルを間近から見下ろしながら恫喝している。
「ちょっと待ったあ! 何を、何てもん出してんだ!? それは駄目だろ!? それくらいは分かるだろ!?」
サムソンに「殺すのは駄目だよー」と指示を出す直前に、アルが喚きだした。
カエルはよくて、デスは駄目?
種族特性で、日中は著しく能力が落ちているのに?
なぜだ。理不尽ではないだろうか?
しかし、アルの言葉ではサムソンは止まらない。
呆然としている忍者さんに、サムソンの鎌が振り下ろされる――寸前で、アルが蛍光灯かと思うくらいに光を放つ剣でそれを受け止める。
聖剣とかいっていたやつだ。
「ストップ、ストップだ! あんたらも現実逃避してないで、逃げるか降参するかしろ!」
「聖剣か。邪魔をするな、勇者よ。我らは、我らの主を汚そうとした愚か者どもに罰を与えねばならんのだ」
「悪いが俺の目の前で虐殺を見過すわけにはいかないんでね! それに、いくらあんたらがヤバい存在でも、昼間じゃ俺の方が有利だ!」
恐怖に竦んでいた挑戦者さんや観衆たちも、デスに立ち向かうアルの姿に勇気づけられたのか、挑戦者さんたちも震える手で武器を握り直して、観客席からはグレイコールが始まった。
それに後押しされて、サムソンと激しく剣戟を交わすアル。
本当に物語の主人公みたいだ。
というか、何この展開?
日の光の下で、本来の能力には程遠いサムソンだけれど、それでも普通の人間――ここにいる挑戦者さんたちのレベルで太刀打ちできるものではないらしい。
アルでも、夜間であれば苦戦は免れないだろう。
しかし、全ての状況が彼に味方している今、彼は剣術だけでサムソンを圧倒している。
絵に描いたような勧善懲悪の物語。
正義対悪の構図。
もちろん、正義のヒーローは、眩く輝く聖剣を手に悪を追い詰めるアルで、悪役はデスや竜や魔王を率いて王女を奪おうとする私。
あれ? 言い訳できない感じ?
そして、ついにアルの聖剣がサムソンの首を斬り落として、サムソンは「無念」と言い残して消滅した。
観衆からはそう見えただろう。
実際には、サムソンは頭が斬り落とされたくらいでは死なないし、私としては、頭が地面に落ちてヌルヌルになるのが嫌だったので回収しただけだ。
そもそも、サムソンが本気なら、大鎌で聖剣ごとアルを切り刻んでいたはずだ。
大鎌の方は日の光の影響を受けないのだから。
もっとも、そんな事情は分からない人には関係無いことなので、当然のように大歓声が湧き上がる。
「どうだ! これが正義の力だ!」
妙にノリノリのアルが、剣の切っ先を私に向けて勝ち誇る。
『王国の英雄よ、見事でした。その勇気に免じて、今回は私に剣を向けたことを赦しましょう』
朔が私の声音を真似て変なお芝居を始めた。
本当にもう、何なのコレ?
「ふっ、貴女がいかに強大な力を持っていたとしても、私は――王国は貴女に屈することはありません!」
口で「ふっ」とか言っちゃっているよ。
『貴方のような英雄がいる間は、この王国は大丈夫でしょう。ですが、世界が悪逆、暴虐、腐敗、ヌルヌルで満たされたとき、私は世界を浄化するために動かなければなりません』
だから何なの!?
私は一体どんな設定になっているの!?
「そんなことにはなりません――いや、させません! この、アルフォンス・B・グレイの名に懸けて!」
「「「うおおおおーーーっ!」」」
「「「アッルフォンス! アッルフォンス!」」」
獣の咆哮にも似た、これまで以上の大歓声が会場を埋め尽くす。
何これ、どうすればいいの?
試合はどうなったの?
朔からは満足そうな気配が伝わってくるだけで、何も教えてくれない。
誰か、助けて。
◇◇◇
結局、神前試合は挑戦者さんたちの反則負けということで幕が閉じた。
彼らがアルの加勢を望んだわけではないけれど、それがなければ彼らは命を奪われていただろうし、彼らやその雇い主もそれに異存はないとのことでの決着だった。
アズマ公爵ですら従ったのは、アドンが私を乗せたままだったからかもしれない。
とにかく、自分たちの、王国の危機に敢然と立ちあがったアルに、王国貴族としてあるべき姿を、真の英雄の姿を見たことでテンションも上がっているのだろう。
そして、その勇気と力をもってデスを倒したというのに、飽くまで謙虚な姿勢を貫くアルの姿勢に、彼を敵視していたとか距離を置いていた人たちの中からもシンパが現れて、そこまでではなかった人たちでも態度は軟化したようだ。
観客席からはそんな声も聞こえてくる。
結局、神前試合での真の勝者は、王国貴族の鑑、王国の守護者としての地位を盤石のものとしたアルである。
完全にひとり勝ち状態。
既に自叙伝や舞台化の話も出ている。
もちろん、彼を蛇蝎のように嫌う一部の人からは仕切り直すべきなどの異論も出ていたけれど、
「そんなに戦いたいなら、ジョーダン将軍と代わってもらってはどうか?」
と言われて黙ってしまった。
そのジョーダン将軍も、会場を変えての試合で、何度打ちのめされても立ち上がってくることで、「不屈」のふたつ名をいただいていた。
ただ、抽選で決められたはずの観客の大半は、なぜかアルスの冒険者さんとギルドの職員さんで占められていて、彼を応援する声は少なかった。
むしろ、エリート冒険者さんたちからは「羨ましい!」「俺もユノちゃんに蹴られたい!」といった声が上がっていた。
それでも、ジョーダン将軍はアクション映画を見た後の若者のように、無駄なやる気を出して、体力も魔力も使い果たして気絶するまで向かってきた。
いい迷惑だった。
そうして、神前試合は何だかよく分からないまま終わりを迎えて、王城では突発的にアルを称えるパーティーが開かれることになった。
私は放置の上で。
何か、異世界のノリにはついていけない。
◇◇◇
「お疲れ様でした」
全てが終わって控室に戻ると、既にみんな集合していて、アイリスの挨拶とリリーのタックルに出迎えられた。
リリーのタックルが、今日一番の攻撃だった。
「お主、武器が使えたのじゃな」
「棒なんてマイナーなのがらしいといえばらしいけど」
ソフィアは分かっていないなあ。
「マイナーなのは確かだけれど、突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀っていって、棒は全てが柄であると同時に刃なんだよ。つまり、いろんな間合いや状況に対応できるし、武器の入手も容易だし、他の武器にも応用が利くし、良いところだらけなんだよ」
突けば槍といっていたのは杖術だったような記憶もあるけれど、杖も棒の一種と考えれば間違いではない。
そんな気がする。
それに、いつでもどこでも武器を入手できるのだ。道路標識でも、街路樹でも、電柱でも。
そして、足がつきにくい。
大体事故で片が付くのだ。
そういう意味では、大きな岩も優秀だ。
「ユノさん、格好よかったです!」
「呪いのせいで、披露する場がないのが残念ですね」
「儂には武術のことはよう分からんが、見事なものじゃったのう」
「妹の時ほどじゃないけど喋ったわね……。でも、すごかったわね。私も刀を使うから分かるわ! やっぱり武器を身体の一部だと思えるくらいまで訓練したの?」
……刀を使う?
あれで?
意外と冗談が上手い。
というか、武器が身体の一部? 「全身をひとつの武器とする」とか「手足のように武器を使う」「武器は身体の延長線」の間違いか?
武器はどこまでいっても武器でしかないのだけれど、腕に銃でも仕込むつもりだろうか?
それはさておき、重要なのはこれからのことだ。
「しばらくは王国と迷宮の研究結果待ちですね」
「それまでどこで何をやるかじゃが」
「魔族領にも行くのよね? もう何も残ってないと思うけど」
アイリスの方針は待機、ミーティアの予定は私の判断次第、ソフィアには魔族領の調査という予定はあるものの、どれも優先順位は低い。
なので、まずは面倒事を片付けようと思う。
「先に公爵領に行こうと思う」
「後顧の憂いを断つってこと? そんなに警戒するような相手なの?」
『今日の様子を見る限りでは諦めるとは思えないし、帝国や神聖国と通じているとしたら、放置し続けるのは後々面倒だね、ってとこかな』
「悪逆、暴虐、腐敗のあるところに現れると警告もしておったしのう。儂は構わんぞ。お主とおれば、今日のようなただの茶番が、とびきりの喜劇に変わるやもしれんしのう」
私は真面目にやっているつもりなのだけれど……。
「あれ、打ち合わせでもしていたんですか?」
「私は何も知らないし、していない」
『ユノがアドンとサムソンなんて出しちゃうから、どうにか事態の収拾をしないとってね。アルフォンスが上手く合わせてくれて助かったよ』
「そうなんですか。ですが、不自然なくらいに落ち着くところに落ち着きましたね」
王国の人たちから見ると、私が古竜やデスや魔王を従えている――実際には違うのだけれど、彼らの目には私はそう映るらしい。
そんな私の、「貴方たちの敵ではないよ」という口約束だけでは安心できない――という理屈は分からなくもない。
そこへきて、アルが私に対抗できる可能性を見せた。
これも飽くまで、彼らの目にはそう映ったというだけ。
さすがに古竜とは比べ物にならないけれど、デスも市街地近辺に出現したりすれば、天災規模の被害を齎す魔物なのだそうだ。
むしろ、物理攻撃の効かない特性から、砦などに配備されている兵器の大半が役に立たず、場合によっては古竜より厄介な魔物だとさえいわれているらしい。
それを昼間とはいえ、それでも皆が恐怖で動けなくなっている中で、ただひとりで打ち倒したのだ。
もちろん、サムソンは今も健在だけれど。
しつこいようだけれど、彼らの目にはそう映ったのである。
「まあ、もう済んだことだし」
『この反省しないところがユノらしい』
「とにかく、公爵領に行けば何かしらあるでしょ。無くても適当にでっち上げよう」
『それで、みんなはどうする? 治安も悪そうな感じだし、人ひとり嵌めに行くだけの面白味のない旅になるけど』
「もちろん行きます。元々私が元凶でもあることですし、ユノのやったことの後始末は必要になりますしね」
「リリーも行きます!」
「儂も行くぞ。ユノとおる以上に面白いことはないからのう」
「私も行くわ! 一日でも早くレティシアに会うのよ。そのためについてきてるんだもの、協力するのは当然よ」
リリーがついてくることは予想できたことだけれど、みんな物好きなことだ。
とにかく、最終的なところはアルか王国に任せるとして、私たちは裏方仕事――彼らが動ける名目を作るくらいでいいだろう。
その方が危険も少ないだろうし、ミーティアやソフィアが暴走する心配もない。
ふたりは人間にとってはかなり危険な上に好戦的だからね。




