20 Yes,愛 can
ユノは、最後の瞬間まで抗おうとするゴローの姿勢に上機嫌になっていた。
ゴローの技術は、先に無力化したふたりと比べて大差ない。
レオンを襲った時の技の冴えはただのまぐれだったのか、今は見る影もない。
もっとも、ユノはそれを特に問題視していない。
一般論として「練習でできないことは本番でもできない」というが、「あれがまぐれだったとしても、本番でできたことなら、再現できるだけの可能性はある」「もっと追い詰めれば花開くかもしれない」とポジティブシンキング。
それに、未熟なりに間合い操作をしようとしている姿勢は、ただ突っ込んできただけのふたりよりも高評価。諦めの悪さで贔屓しているところもあるが、彼にとっては迷惑以外の何物でもない。
そもそも、彼女が何よりも重視しているのは、意志の強さである。
技術的には拙くても、決して挫けない強い意志と最後まで諦めない強い心があれば、奇跡が起こせるるかもしれない。
当然、奇跡がそんなに簡単に起これば苦労はしない。
ただ、彼がただの勝ち負けではなく、譲れない何かのために「絶対に退かない」と覚悟を決めていることは、彼女にも伝わってくる。
アイリスやアルフォンスと同様に、土壇場でも諦めの色を見せない――状況が理解できていないとか何も考えていないのとは違う、心の強さを持った彼には何かを期待せずにはいられない。
そういった強い意志こそ、真の魔法に至る第一歩なのだから。
それはそれとして、切替えには定評があるユノは、ゴローが何かを仕掛けようとしている気配を察知して、戦斧を手放して大ジャンプした。
彼我の位置関係を確認して戦斧を目隠しに使い、跳躍の予備動作も見せず、彼の認識では「消えた」と感じるように。
なお、彼女は手加減のために「ゴローの身体能力に合わせる」と自らに制限を課して臨んでいるが、鉄製ゴーレムの頭部を一撃で砕く威力の攻撃は彼の身体能力ではまねできないものだ。
しかし、彼女の理論では、「彼本体への攻撃ではないし、大勢に影響しないからセーフ」である。
また、マキビシを足場に天井まで跳ぶことも彼にはまねできないが、これも彼女にしてみれば「気合でいけるはず」なので、問題とすら認識していない。
「殺すな! そいつは迷宮主で、奥の娘は――」
「もう止めて! 何でも言うこときくから、ゴローを虐めないで!」
そうして、ユノが天井を使った三角跳びでゴローに襲いかかろうとしていたところに、再びレオンの制止とアキラの降伏が入る。
ユノは刹那の逡巡の後、レオンの制止はさておき、保護対象の少女の降伏を受け容れることにした。
もっとも、既に天井を蹴って勢いをつけている身体は止まらない。
領域を展開するとか世界にアンカーを打ち込めば止まることは可能だが、前者は朔に禁止されていて、後者は彼に対する期待が捨てきれないために踏ん切りがつかない。
いずれにしても、最終的な決断までに若干の猶予がある。
当然、ユノ以外の者たちには彼女の心の裡を知ることはできない。
レオンがゴローを保護するべく転移魔法を掛けようとするが、敵対者と認識されている彼の魔法はレジストされてしまう。
彼がユニークスキル発動の反動で弱体化していなければ成功していた可能性もあったが、弱体化状態に慣れていないせいでつい平時と同じ対応をしてしまったのだ。
そして、すぐに「弱い攻撃魔法で吹き飛ばせばよかった」と反省するも、今からでは恐らく間に合わない。
それに、ユノのご飯を食べた後では手加減が難しい。
転移がレジストされたのは、それは彼が門型以外の転移が得意ではないことと、システム的にデバフと同じ扱いを受けたからである。
一般的な攻撃魔法であればそういった制限は無くなるが、ユニークスキルの反動で弱体化している上でユノのご飯でブーストされている状態は、強くなっているのか弱くなっているのかが分からない。
湯の川では暴走暴発しても誰かが尻拭いをしてくれるが、それは湯の川がその程度では動じない剛の者の集まりだからである。
そして、古竜は剛の者ではあっても尻拭いには不向きな性質であり、ここではその誰かのフォローは望めないと考えるべきだ。
最悪は迷宮核の少女まで巻き込むかもしれないと考えると、注意喚起で納得するしかない。
アキラも、ゴローを助けようと動いた。
もっとも、魔力電池ではあるものの戦闘能力が低い彼女にどうにかできる状況ではない。
彼女も自身が戦えないことは理解していたし、こういった状況では逃げるようにと訓練もしていたのだが、この時は考えるより先に身体が動いてしまったのだ。
五年間の共同生活で湧いた情か愛か――は彼らにしか分からないが、確かに「絆」とよべるものが存在していることは間違いない。
「愛ね!」
そして、この場にいる中で最も恋愛脳な者が、自身の境遇との共通点を見出して吠えた。
事実かどうか、根拠の有無などは関係無く、ただ「共感した」からだ。
それで困ってしまったのがユノである。
古竜の意味不明な言動は今に始まったことではないが、「愛」は彼女自身も興味を持っているテーマのひとつである。
ただ、ひと言「愛ね!」と言われても、ここに愛があるのか、あるいは必要になるのかそれ以外か――と、どれだけ可能世界を展開しても理解できない。
可能性がゼロではなく、ありすぎて正解が分からない――そもそも、これといった正解は無いことだ。
状況的に、直下の忍者的な青年と場違いな少女のことかとは思うが、確信に至るピースが足りない。
親が子をとか、恋人や親しい人を庇うのは「愛」かもしれないが、警官が一般市民をとか戦士が魔法使いをといったように職務か役割である場合も存在するので、少なくとも行為そのものが判断基準ではない。
人間とは価値観が異なる古竜の言うことなので「勘違い」という可能性もあるが、それでも彼女なりの判断基準があるのだ。
自身のように気づきもしないよりは間違えられる方がマシだと思うと、少し面白くない。
正解を得るだけなら喰ってしまえばいいだけで、ある程度の理解も得られるかもしれないが、それは人間性を失うことと引換えの、彼女にとっては超えてはいけない一線である。
状況次第では「ちょっとくらい」なら許されるかもしれないが、この場面ではアウトになる可能性が高い。
そう思ったユノは、判断材料を探して――見つけた。
ただし、この場にある独自性が強い物というだけで、それの何が判断基準になったのかはさっぱり分からない。
一応、湯の川で作られている物には愛が込められているというが――。
彼女が目をつけたのは、ゴローが空蝉の術で使ったゴーレムだった。
湯の川ではユノのフィギュア製作が盛んで、愛や執念が込められていることも珍しくない。
そして、神殿に奉納されている最高品質の物は可動式である。
この件とは関係ないような気もするが、彼のゴーレムにも拘りを感じるし――と、ほかに思い当たる物も見当たらないので試してみることにした。
ユノは、自身に向けて、ステッキから誘導弾を発射する。
受け身をとったので傷ひとつ負わなかったが、反動で後方に吹き飛ぶ。
同時に、ゴーレムを回収して、先ほどまで自身がいた場所に設置――というか、投下。
これらを刹那的に淀みなく行ったことで、ゴローからは彼女も空蝉の術を使ったように見えた。
それも、自分の道具で、自分以上に鮮やかに。
何の意味があるのか分からない状況で。
もっとも、後者は彼だけでなく、ほかの誰にも――彼女自身にもよく分かっていない。
ゴローにとって、重力に引かれて落ちてくる金属製ゴーレムは、狐面の少女の蹴りよりはマシかもしれないが、結構な危険物である。
そして、狐面の少女に攻撃しようとしたのに見失っていて、気づいたら上から降ってきていたのに元の位置近くに戻った――と翻弄されたせいで、体勢が崩れ気味。少なくとも、攻撃に転じても躱されるのは確実だ。
回避は不可能ではないが、後ろから近づいてくる聞き慣れた足音は――消去法でもアキラしかなく、下手に避ければ彼女がゴーレムの下敷きになってしまうおそれもある。
――受け止めるしかない。
ゴローにも金属製のゴーレムを持ち上げられるくらいのSTRはあるが、体勢が不十分な上に重力加速度付きで落ちてくるそれを受け止められるかは未知数だ。
受け止められたとしても、無防備になったところを攻撃されてお仕舞いだろうが、アキラ守って死ねるなら本望。
――やっぱり死にたくないが、どのみち彼女が死ねば全て終わりなのだ。
どうせ死ぬなら、格好よく死にたい。
ただの現実逃避ではなく、現状での最善手として。
そう覚悟した彼が、ゴーレムを受け止める姿勢をとりつつ「セーガー!」と気合を入れる。
ゴローとゴロー型ゴーレムのシルエットが重なる。
腕力だけでは受け止めきれず、密着――抱擁といっていいレベルで。
彼の全身の筋肉が悲鳴を上げ、骨が軋む。
そこに、背後から飛び込んできたアキラのシルエットも重なる。
彼女のSTRでは物理的な支えにはならないが、精神的な支え――むしろ、絶対に潰れられないという重圧になる。
「背がああああ!」
激しい衝撃に軋む、ゴローの背骨や腰椎。
根性だけで耐えるゴロー。
「俺たちは何を見せられてるんだろうな」
この状況に、高みの見物を決めていたレオンは困惑していた。
どうにかゴーレムを受け止めたゴローだが、それで精一杯だった。
忍者修行で鍛えていた体幹と異世界転移及びレベルアップで向上した身体能力でどうにかバランスを保っている。
身体の使い方には一家言あるユノでも感心するレベルである。
しかし、身体のどこかの姿勢や力加減が少しでも変われば破綻してしまう絶妙な状態でもあり、スタミナが尽きるのが先か、背骨が限界を超えるのが先かという状態でもあった。
マルチエンディングだが、どちらもバッドエンドである。
「やっぱり愛よ!」
それを見たシロが恋愛脳をフル回転させて、レオンとユノを更に困惑させる。
「……そうか?」
「相手がユノだからおかしなことになっているけれど、男の子が好きな女の子のために身体を張る――これが愛でなくて何だというの」
「そうかもしれんが、どう見ても自分そっくりの人形と抱き合ってる男に詰め寄る女の図だからなあ……。人形の頭部が残ってたら、間違いなく浮気現場だぞ。というか、受け止めたんならさっさと放り出せばいいのに、いつまで抱き合ってんだ」
ゴローの必死さは、冗談みたいな体勢のせいで誰にも伝わらない。
せめてアキラには伝わってほしかったところだが、彼女の支えは苦痛を長引かせる程度の効果しかない。
「……私のせいじゃないよ?」
よく分からない状況になってやる気が殺がれたユノも、レオンたちと一緒に見物に回った。
「……そうか? いや、そうだな。お前はいつも可愛い。全てが許されるくらいには」
「殺しても壊してもいないのだし――むしろ、ふたりの愛も深まったのだから上出来でしょう?」
レオンとシロは、そんなユノを優しく迎え入れる。
「その肯定のされ方も心外なのだけれど」
レオンとシロにしてみれば、ゴローたちに興味が無いので、どうしてもユノに甘い判定――いつもどおりの態度になってしまうが、彼女にしてみれば適当にあしらわれているように感じてしまう。
もっとも、彼女にとってもいつものことなので、それ以上引き摺ることはないが。
「逃げようとしなければこれ以上の攻撃はしないから、助けてあげれば?」
それに、行動不能状態から回復したテクモとエリリンが、彼女たちを警戒しながらゆっくりとゴローたちの方に近寄っていることが気になって仕方がない。
なお、客観的には、彼らもかなりの重傷で「這い寄っている」といった表現が正しい。
「むしろ、自分たちの回復を優先するべきじゃないのか? ゴブリンの方は盾持ってる方の腕と肋骨何本かいってるし、格闘家の方は内蔵破裂してねえ? それと脳震盪も起こしてるだろ。足にきてるっていうか、目の焦点が合ってないぞ」
「相手が私たちでもこんな雑魚でも同じようにギリギリまで追い詰められるって、本当にすごい才能よね。むしろ、朔が言っていた『世界がユノに忖度している説』が冗談に聞こえないわね」
「……それも私のせいじゃないよ? それより、ふたりは回復魔法使えないの?」
「無いな。というか、俺たちみたいなのは何かに特化して、できないことは仲間に任せる分業制が基本だからな。あいつみたいに何でもできるのは例外だ」
「私も、そもそも他人を癒すって発想が無いわ。もちろん、貴女がどうしてもと言うなら、理屈は分かるから魔法にすることはできるわよ。けれど、加減が分からないから、人間には毒でしょうねえ」
「私も領域展開は禁止されているし、手持ちはエリクサーRしかないし……。仕方ないから、またご飯を作ろうかな」
「じゃあ、俺、オムカレーで」
「カレーもいいわね。さすが、私のレオンね。私もそれで」
「えっ? まだ食べるの? まあ、人数が増えても手間はさほど変わらないけれど」
ユノは、メニューが決まると、絶賛苦悶中のゴローや満身創痍のテクモたちをよそに、勝手にセガ迷宮のキッチンを使って料理を始めた。
ゴローたちに、「舐められて悔しい」という気持ちが無いわけではないが、意地を張っても仲間を巻き込んで危険になるだけだ。
それに、モニター越しに見ることしかできなかったバウムクーヘンは、見れば分かる絶対に美味しいやつだった。迷宮システムが急速に復旧したのも、床に零れた欠片が原因だというのも冗談ではないのかもしれない。
オムカレーとそれではかなり違うが、いろいろなことは横に置いておいて、食べてみたいと思わせる魔力があった。
結局、ここからの最善は、迷宮主たるゴローが全ての責任を負うことで、アキラたちの助命を願うことくらいである。
それも、相手からしてみれば力尽くで支配できるのだから、交渉ではなく嘆願でしかないのだが。
それでも、ゴローはセガと忍術ならどうにかできると信じて、最後の戦いに赴くためにテクモたちの助けを待った。
しばらくして、ゴローたちは満身創痍ながらも窮地を切り抜けた。
これが奇跡かどうかは誰にも判断できないが、彼が最後まで諦めなかった結果であることだけは間違いない。




