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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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幕間 神意

――ユノ視点――

 帝国領内に、私と繋がっていない私がいる。

 いや、私がもうひとりいるといった方が近い?

 どうにも微妙な表現になってしまうけれど、朔が始めた新たな遊びのせいでそんなことになっているらしい。


 なお、もうひとりの私とは召喚直前までの情報は共有しているけれど、接触とか確認とか諸々禁じられているので、実感は全く無い。

 ここでの平穏が続けばそのまま忘れてしまいそう。


 もちろん、妹たちのことは心配だし、それは忘れないと思うけれど、ふたりには湯の川の支援は当然として神族や悪魔の協力もある。

 つまり、クラスメイトを含めて最悪はないはずだ。


 何かあるとしても、精々帝国が滅んで新しい魔王が生まれるくらいのことか。

 シナリオ的には逆になるのかな?


 現段階での魔王候補は、みんなと同時に召喚されたクズ勇者――というか、犯罪者がいるそうなので、その人たち。

 それをみんなに斃してもらって、一応の幕引きとする――というのが案のひとつ。

 いや、案はもっといっぱいあるのだけれど、それを出しているのが暇を持て余した古竜とかなので、現実味があるものという意味で。


 しかし、妹たちまで玩具にしようというのか……。

 まあ、一般人が魔王になったところでさほどの脅威にはならないだろうし、安全に遊べるならいいか。



『ボクとしては、ユノに活躍してほしいところなんだけどねえ。あっちのユノの行動が読めなさすぎて、作戦には組み込みにくいんだよ』


「そう言われても、あっちの私も能力が制限されているだけで私には変わりないし、何だかんだあっても上手くやると思うけれど」


『召喚されてすぐに天然迷宮(ダンジョン)創った人の言うことかな?』


 ……それは私がやったという証拠は無いはず。

 というか、普通に考えれば、私が帝国に迷宮を創る理由が無い。

 しかも、「森林型迷宮」だよ。

 虫とかいっぱい出そうだし、私の苦手なフィールドじゃないか。

 つまり、私の仕業ではない。



『「証拠が無い」とか考えてそうだけど、そこから「賢者の石」が見つかったって報告があってね』


「それでも、まだ私だと決まったわけでは――」

「それについては私から。報告を受けてすぐに現地に赴き、調査を行ったところ――」


 話を引継いだのはリディアだ。


 そういえば、何日か前に休みを取っていたけれど、帝国まで調査に行っていたのか。

 だったら、仕事じゃないか。

 休む時はしっかり休まないと駄目だよ?



 それはそうと、リディアはアルに敬意と同時に強い対抗心を抱いていて、戦闘能力はいうまでもなく、《鑑定》スキルについても限界突破させていた。

 それに、転移魔法とかも得意で悪魔族としては思慮深いと、情勢的に不安定な地域への調査派遣の人選としては申し分ない。

 ということで、彼女の報告を聞こう。



「新たに出現した迷宮【メメント森】の概要ですが、表層部は直径百メートルほどの円形森林開放型。属性は五行全てがレベル10――最大値でした。危険度はギルド基準で“B+”相当。内部はその数百倍の広さで、魔力反応から複層型かと思われるのですが、昇降口は発見できず……」


 ……ネーミングの酷さに絶句したけれど、今更帝国のセンスにケチをつけても仕方がない。



 さておき、天然人工問わず、「迷宮」という存在が認知されたのは昨日今日の話ではないし、恩恵だけではなく危険があることも知られている。

 なので、ステータスなどと同様に、調査方法や評価基準が確立されている。


 現在では、ギルド等に所属する迷宮鑑定士によって、迷宮の構造やサイズ、属性やその強度が測られ、得られる素材や出現する魔物等の情報がまとめられる。また、未踏部分についてもある程度の予測が立てられる。

 そうして、それらを総合して危険度が算出されて、冒険者ランクによる入場規制がかけられる――と、少しでも安全に攻略するための仕組みができている。


 例えば、アルスの迷宮だと「金属性レベル10の人工迷宮でサイズS、10層までの危険度B」、大空洞だと「土属性8闇属性6瘴気8の天然迷宮でサイズS、危険度S+」となる。

 ちなみに、人工と天然の違いは、知性を持った迷宮主(ダンジョンマスター)がいるかどうか――いる可能性が高いと前者になる。

 つまり、この世界でよくある「雰囲気で決めている」やつだ。


 さておき、さきの評価は、予測部分を含めて未踏部分や未知の魔物などは考慮されていない。

 どちらも最深部まで行った私からすると、現在の人族・悪魔族では実質攻略不可である。


 とはいえ、ギルドや国家からすると、ランク制限を設けて無謀な挑戦者を弾けるだけで犠牲者を減らせて、それなりでも安定して資源を得られるなら上出来なのだろう。

 私は無視して攻略しちゃったけれど。


 なお、この評価方法は人間界のギルド基準なので、魔界の悪魔族は後者を「ヤベー所」くらいの認識しかない。

 そして、彼らの性質的に、下手にランク付けすると見栄とかマウントをとるために挑戦しようとする人が出るのは必至。

 自覚の無い自殺志願者が大挙して押し寄せても、守護している悪魔たちが困ってしまうだろう。

 特に「自覚が無い」ところが性質が悪い。

 いざその時になった際、助かりたいがために思いもしない行動を採るおそれもあるからね。

 それでどんな被害が出るのかなど、もっと考えて行動してほしいところである。


 なので、大空洞を埋めてしまうことも含めて検討中なのだとか。

 デーモンコアの欠片の重要度も下がったしね。

 ……大空洞を閉鎖して、湯の川(うち)で働くためではないよね?



「ユノさんが創ったのなら無属性――私たちでは観測できないものになるはずなんだけど、全属性がマックスっていうのも自然にできるものでも人が作れるものでもないし……。階層については、可能世界型と考えると説明がつきます。証明のしようがないけど、調査中にほかのパーティーと遭遇しなかったし」


 言葉に詰まったリディアに、調査に同行していたらしいコレットが助け舟を出す。


 相変わらず優秀な子だけれど――いや、より成長した彼女のことだ。

 間違いはないのだろう。

 私には何を言っているのか全く理解できないけれど。



『なるほど。侵入者、あるいはパーティーごとに階層を展開する迷宮ってことかな。普通ならコスト的にあり得ないけど、ユノが創った物ならまあ……。属性については、「創った」というより「事故」でできたとかそんな感じかもね』


「いやいや、いくら私でも事故で迷宮を創るとかないと思うよ。というか、どんな事故が起きれば迷宮なんてできるの? おかしいでしょ」


「私たちには想像もできないことがおできになるのがお姉様ですが。その最たるものが湯の川でしょう」


 湯の川で私が創ったのは世界樹くらいのもので、全体的には私以外のみんなで作ったものだ。

 したがって、いくらリディアでもその指摘は的外れである。



「迷宮内部は魔物の数や脅威度は、採取できる資材と比較して低めでした。資源迷宮としては完璧です。しかも、定番の昆虫種には遭遇しなかったですし、それでも生態系が維持されてるみたいで、さすがユノさんだって思いました!」


 ……いや、それもただの偶然かもしれないし?



「また、噂の『賢者の石』ですが、現物は確認できていませんが恐らくは誤りかと」


 ほらね。

 リディアが言うのだから間違いない。



「ただ、迷宮内に長く留まっていると【邪神の残滓】という非常に強い特異個体がまれにですが出現するようになるようです。そして、それがドロップする魔石が非常に品質が高く――といっても、内包魔力量は賢者の石の十分の一程度ですが、属性が万能に近いので、鑑定難度が賢者の石に匹敵します」


「邪神の残滓も、人間をベースにいろんな要素を――可能性が爆発しちゃった感じで、形は人間ぽくないのに人間だって分かるんです。少なくとも、副学長みたいなパチモンとは違うのがハッキリ分かりました!」


 ……何が何だか分からない。



『やっぱりユノが関係してるとしか思えないね。というか、ユノ以外が原因なら、そっちの方が問題だよ』


「それはそうかもしれないけれど、あっちの私は何を思って迷宮なんか作ったのか……。特に目的も見えてこないし、私らしくなくない?」


『うーん、神族や悪魔の監視からも漏れてたところでの出来事みたいだから、詳細は分からないけど。シロを派遣して《過去視》の竜眼でも使ってもらおうか?』


「シロ単独の派遣だとほかの子たちがうるさいだろうし、何かあって帝国を刺激するのもまずいし、そもそも原因究明はどうでもよくない?」


 建設的な話をするなら、これからどうするかの方が重要だしね。



『まあ、どれだけ否定しても、あっちのユノが自白してるんだけどね。不審者攻撃したら森になったんだって』


 なん……だと……?


 ここまでのやり取りは一体?

 私を弄んでいたのか?

 ……いつものことか。


 というか、不審者が森になった?

 どういうこと?



「ゴミを資源に変えるとは、さすがお姉様です。魔界でそうしなかったのは、それだけアルフォンス殿を信頼されていたということですね。現在はライナーもでしょうか、英雄をも量産しようとするお姉様には敬服するばかりです」


「リディアお姉様もそのひとりですよ! 私もそれくらい信頼してもらえるように精進しますね!」


『こんな良い子たちと比べて、あっちのユノは何をやっているんだろうね』


 ……。



『とはいえ、ひとりになったユノが何をやらかすかのテストでもあったわけで、世界樹を生やすことに比べたらマシだったのかな。それでも、帝国の人間たちには過ぎたものだけど――』


「邪神の残滓の出現からしてまれで、魔石のドロップも低確率のようですので、問題視する必要はないかと」


「現在は帝国軍が調査名目で封鎖しているので、一般冒険者への流出もないはずです」


『まあ、ヴィクターに渡した賢者の石のことを考えると、魔石のひとつやふたつ程度では影響は無いだろうけど』


 不死の大魔王ヴィクターさんに賢者の石をいっぱい渡した件は、意外と怒られなかった。

 まあ、彼の性格なら余所に流出することはないだろうし、調子に乗って暴れるようなら即鎮圧するだけのことだし、当然といえば当然なのだけれど。

 ということで、引き続き引き篭もり気味な抑止力になってもらいたい。



『とりあえず、これ以上あっちのユノが暴走しないよう、何か適当な道具でも送ろうか。それならある程度被害の予測もできるだろうし』


「なるほど、それはいい案ですね。では、その選定は私にお任せください」


「私もお手伝いします! ユノさんに相応しい物をピックアップしますね!」


 信用無いなあ。

 ……いや、不審者排除に迷宮創るような人なんて信用できないか。

 何をやっているの、あっちの私。しっかりして――というか、私って客観視すると結構ヤバい人なのか?

 まさか、そんな……。


 今回もきっと「結果オーライ」になると思うけれど、確かに直接かかわっていないと不安になるなあ……。


◇◇◇


――第三者視点――

 帝国北部、かつては廃れた教会があった場所。


 そこには小規模ながらも「砦」とよべる物ができていて、現在も拡張が進んでいる。

 防衛の任に就いているのは、皇帝直属の親衛隊150人。

 規模的には中隊程度だが、平均レベルが60超えとかなりの実力者揃いで、戦力的には平均的な大隊より上である。

 それでも、砦の中にある物の重要度を考えると、防衛力に不安が残る。



 というのも、中にあるのは「世界樹の苗」なのだ。

 人間からは干渉できない存在だが、それから受けられる恩恵に疑念を抱く余地は無い。


 発見以降、禁忌に触れていた者たちの一部が罪の意識に苛まれ、その扱いについては有力者や研究者の間でも意見が割れた。

 それでも、「帝国に仇なす存在に利用されるわけにはいかない」という点では完全に一致。

 また、「状況的に一刻の猶予もない」点でも一致――少なくともほぼ野晒しの現状は早急に改善する必要があり、すぐに情報操作や現地の封鎖なども行われた。



 一方で、「どうせ利用するなら、少しでも恩恵にあずかりたい」と考えるのが人の常ではあるが、この件にかかわっている者たちの立場では神罰が怖い。

 神が実在すると信じられている世界ではあるが、それでも禁を破る者が後を絶たない。

 しかし、目の前に言い訳のしようがない奇跡が現れると尻込みしてしまうのもまた人間である。

 独占したいとか、ほかの者よりも恩恵を――と思う心は消えないが、進んで人身御供になるのは嫌なのだ。



 そこで利用されたのが、人類完全化(プレロマ)計画で意識不明に陥っていたゴクドー帝国皇帝ゲドーである。

 研究者にとっては炭鉱の金糸雀(カナリア)――神罰が下るなら最初にやられるはずの存在であり、上手くいけば褒美が期待できる存在でもある。

 独占できないことに不満もあるが、一定の欲望は満たせる。

 また、それ以上を求めると、彼より先に神罰が下るか、そうでなくとも間違いなくほかの者たちからの粛清の対象になる。

 何より、それぞれ単独勢力でそれを守り切る力はなく、「ゴクドー帝国」という大国の力に頼るしかない。



 とはいえ、ゲドーや彼に縋るしかない者たちにとっては、尋常の手段では回復の見込みがない状態にあり、藁にも縋るしかなかったところに現れた神授の神樹である。


 彼らにとってはここが新たな世界の中心であり、帝都そっちのけで予算を注ぎ込むのも当然のこと。

 そういった事情で出来上がったのが、現在も増築中の要塞である。




 ゴクドー帝国も、不死の大魔王に持ちかけられた計画が禁忌に触れるもので、非常にリスクが高いことは認識していた。

 それでも、限界を超えて肥大し続け、腐敗も酷い国家が延命を図るには尋常ではない梃入れが必要になる。


 結局、ほかに希望となるものもなかったために受けざるを得なかったのだが、計画のキモが《暴食》スキル持ちのゲドーであり、懸念のひとつ――良いところで梯子を外される心配が無い。

 それどころか、先に有用なスキルを獲得できれば大魔王を出し抜くことも不可能ではないし、上手くいけば、大魔王を返り討ちにして更にスキルも奪えるかもしれない。

 奪えなかったとしても、大魔王を打倒して後顧の憂いが無くなれば、キュラス神聖国やロメリア王国への侵攻も現実味を帯びてくる。



 という青写真で計画を受入れて、最初の数年は良かった。

 人類完全化計画の成果はゼロに等しいものだったが、ゲドー個人については《暴食》スキルの正統保持者ということもあってか、異形化の兆しも無く、スキルを増やし続けていた。

 ただ、《暴食》因子抽出の際には《苦痛耐性》を貫通する魂を削られるような苦痛があったが、そう頻繁に行われることではないのでどうにか我慢できた。



 しかし、スキル――特にユニーク以上のものは魂と密接な関係にあるもので、損耗すると尋常の手段では回復しない。

 一般人でも、魂に刻まれるほど強烈な過去の経験や黒歴史が何年何十年経っても忘れられず、恐怖や羞恥で震える――という例が分かりやすいだろうか。


 特にゲドーの場合は、ただの体験に止まらず、本当に魂を削っていたのだ。


 ほとんどの生物にとって、魂とは本能や欲望といった原動力であり、精神はそれを処理するDLLやアプリケーション、肉体は実行するためのハードウェアのようなものである。

 そして、ユニークやエクストラスキルは魂や精神に深く根差している。


 システムの力を借りれば、魂や精神といった目に見えないものへの干渉も可能だが、認識や想像力が不足しているものに対するシステムの挙動は知ってのとおりである。


 ゲドーにしても、自身の魂や精神の状態を認識できていないので、痛みや不調を覚えながらも深刻な状態にあることに気づかない。

 あるいは《暴食》スキルで他者のスキル()を喰った後には違和感を覚えたり拒絶反応が出ることもあるので、それと同じようなものだと楽観していたのかもしれない。

 自身の(スキル)に他者の(スキル)を取り込むのだから――という理屈が分かっていれば、その症状にも納得がいったかもしれないし、因子の抽出がどれほどの負担になっていたかも気づけたかもしれない。




 破綻は唐突に訪れた。


 ゲドーには、ゴクドー帝国という大国の長であり、大罪系とはいえユニークスキルを所持しているという誇りと驕りがあった。

 何年経っても成果らしい成果が見えない人類完全化計画を尻目に、彼だけが力を付けているという事実もそれに拍車をかけた。


 しかし、それは《暴食》スキル所持者として、因子を植え付けられただけの者たちより許容量が大きかっただけのこと。

 そして、因子を抽出するたびに壊れていく魂や精神は、それに依存している《暴食》スキルの動作にも影響を与え、消化不良を起こすようになり――喰らったスキルを自身のものとして昇華することができなくなった。



 元より自身の魂や精神を正しく認識できていないところにそれらを壊すようなまねをして、更に他者のスキル――魂や精神の一部を取り込んでいたのだ。

 意識の混濁が始まった頃には手遅れで、自他の境界が曖昧になった魂と精神に引っ張られるように肉体の異形化が始まり、邪神の落とし子のような肉塊に成り果てた。


 そのまま暴走したり、それから何年も崩壊しなかったのは、やはり彼が《暴食》スキルの正統所持者であったことと、皇帝である――多くの人の生命や生活を背負う立場にあったからか。


 それでも、禁忌的に他者を背負って生きていけるほどの階梯にはない。

 どんな形であれ「ゲドー」という存在を構築できなければ、いずれは暴走の果てに崩壊していただろう。

 そうなると、不死の大魔王が収穫にやってきて、ゲドーとともに帝国が終わる。


 この状況を打開するには、ゲドー自身が自らの存在を構築しなければならないため、事実上の詰みである。

 生きながらえているのは、《強欲》スキル持ちの大魔王が利益を最大化するためにタイミングを窺っているだけなのだ。




 それが、世界樹の苗の出現で潮目が変わった。


 といっても、ゲドーの階梯では世界樹(魔素)の恩恵を十全に受けることはできず、崩壊の進行が止まった程度である。

 階梯が上がることで改善が見込めるようになったともいえるが、時間的な猶予はそれほどない。

 帝国として逸早くこの地を掌握し、情報操作も行ったものの、それで完璧だと考えるほど能天気ではない。

 それに、事業の規模を考えれば、ここに何かを隠していることに気づかれるのは時間の問題である。



 そもそも、自力では動けないゲドーを秘密裏に運搬できたのも、不死の大魔王勢の監視があり得ないレベルで緩んだからだ。

 その原因については定かではないが、噂に聞く大魔王勢力の激変か、古竜たちの大移動か、帝国辺境に現れたデスや大悪魔を警戒してか、はたまた突如出現した第三勢力(湯の川)あたりか。


 前三者の危険性はいうまでもなく、後者も友好的とはいい難い――さきのロメリア王国包囲戦では、ダシに使われた彼らが前線に出てきて、キュラス神聖国と西方諸国連合を二正面で撃退した。

 調査してみても、「古竜が結託して襲ってきた」「獣王がペット化していた」「神は死んだ」などと、常識では考えられない供述や比喩としか思えないものしか上がってこず、詳細は分からない。

 ただ、事実として両軍ともに死傷者はほぼゼロで――何らかのタネがあると思われるが、やはり詳細は不明である。



 帝国は皇帝がこの有様なので参加は見送ったものの、そんな事情を見透かされたくなくて遺憾砲を発射している。

 湯の川側の反応は無かったものの、良い印象は抱かれていないだろう。



 それ以上に、湯の川――聖樹教の出現と世界樹の苗の関係の方が気になるところだった。

 ピンポイントでの世界樹信仰宗教とその苗の出現時期に、無関係や偶然とするのは楽観的すぎる。

 帝国北端から湯の川までの距離を考えれば強襲されることはないはずだが、帝国の知らない秘密が世界樹にあるかもしれない――と、やはり楽観視できない。



 そんな折に、帝都近くに現れた新迷宮。

 そして、そこから採れた「賢者の石」と思わしき魔石。


 ドロップした魔物は新種で非常に強かったが、帝都から近かったことで騎士団を派遣していたことが幸いした。

 それが運命に導かれるかのように、ゲドーの許に届く。



 賢者の石の良質な魔力が、ゲドーの傷付いた魂を癒していく。

 さらに、それと世界樹の苗の相性――近似因子の存在が変換器となって、魔素の恩恵を増幅する。



 変化は劇的だった。


 ゲドーが自身の形を取り戻した。

 それも、若返った――全盛期の姿で。

 意識の方も混濁や混乱していないどころか、ここまでの経緯を――自我を失くしていた間のこともしっかりと認識している。

 その上で、喰らったスキルや魔力はそのまま。

 慣熟に時間はかかるだろうが、強化の具合は以前の十倍以上――彼が自我を失う直前のアルフォンス・B・グレイを凌駕するレベルである。



 しかし、それは上辺――上半身だけのこと。


 《暴食》で消化しきれなかったスキル所持者の肉体も、賢者の石や世界樹の苗の効果で完全ではないものの再生していた。

 しかも、しっかりと生き返っている――明確な自我が存在しないものをそういってもいいのかは分からないが、生きているのは間違いない。

 そして、それらは自他の境界が曖昧なゆえにでたらめに絡まり繋がって――邪神の落とし子にも似た肉塊がゲドーの尻から溢れていた。

 物理的な割合でいうと、ゲドー部分1に対してはみ出した肉塊9と、見る者によっては(ヘビ)のようにも見える。

 というか、目覚めてすぐに「腹が減った」と言って、すぐ側にあった意識の無い前勇者(実験体)を丸呑みにしてしまった彼は、その手の魔物にしか見えない。




「なるほど、これが神の力。そして、この姿はその代償ということか」


 前勇者の力を奪い、消化不良部分を溜めこんだゲドーが、強化された自身の能力のおおよそを把握する。


 これまでのような、スキルを喰らった際の違和感や拒絶反応はなく、消化不良部分が増えてもステータス上昇分がそれを補って余りある。

 彼自身、「代償」などと言ってみたものの、人間の枠から逸脱して価値観にも変化が出たせいか、さほど不快感はない。

 むしろ、弱い人間の形に哀れみすら覚える。



「だが、これだけの奇跡の数々、全てが偶然ということはあるまい。この力をもって帝国を救え――いや、神敵を滅ぼせというのか」


 ゲドーに信仰心がないわけではないが、彼にとってより重要なのは帝国である。

 更にいうなら、彼にとっての帝国とは自分自身のことだ。


 帝国(じぶん)のために大魔王や悪魔と戦うのは構わないが、神の狗になるつもりはない。



 前触れなく、ゲドーが世界樹の苗に齧りつく――が、擦り抜けて地面で顔を打った。

 その後も諦めずに地面を齧り続けるものの、世界樹には一切触れられないどころか、どれだけ掘り返しても土が減る気配もない。


 その様子を見ていた研究員や親衛隊員たちが、彼の突然の奇行に怯え、身構える。



「……今の余なら喰えるかと思ったが。さすが世界樹、そう甘くはないということか」


 それでようやく世界樹を喰らうことを止めたゲドーだが、諦めたわけではない。

 あり方が変わった彼には、世界樹がどんな美女よりも美しく、どんな料理よりも美味しそうに見えていたのだ。



「口惜しいが、まずはヴィクターを滅ぼしに行くか。戦の支度をせよ。ただし、戦力的には余だけで充分ゆえ、大軍は必要ない。そして、お前たちは余が戻るまでここを死守せよ」


 ゲドーは、更なる力を手に入れれば世界樹も喰えるようになると期待して、不死の大魔王の攻略を決めた。


 大魔王の能力が十年前に直接会った時のものと大差なければ完勝できるだろうし、二倍くらいまでなら充分に勝算がある。

 大魔王もスキルを増やしていたとしても、ステータスまで爆上げされている自身とは強化度合いが違うはずで、これからも喰えば喰うほど強くなる。

 ヴィクターが懸念いていた「スキル的な相性の悪さ」も、消化不良物として尻から出してしまえば問題ない。外見はともかくとして。



「戦の準備だが、食料は多めに用意せよ。この身体は随分と燃費が悪いようでな。足りねば――」

「ぎょぎょ御意っ! すぐに支度いたします!」


 その先の言葉は聞かなくても分かる。

 むしろ、現在進行形で身の危険を感じた研究員や親衛隊員たちは、先を競うように準備に執りかかった。


 もっとも、異形となり果てたゲドーを運搬する手段や、禁忌に触れた作戦に従事する人員の都合など、一筋縄でいくものではない。

 禁忌については、神のご意思のとおりに(※望んでいない)大魔王を打ち滅ぼせば正当化できるが、現時点ではどう見てもアウトである。


 ゲドーもそのくらいは理解しているので、かなり我慢はしたものの、働きの悪い何人かが彼の下半身(変わり果てた姿)で見つかった。



 部隊が全滅する前に準備が整ったのは、優秀な者たちが過労死寸前まで働いたことと、新生森林迷宮から採れる資源が量・質ともに良質だったからである。

 こうして、神に祝福されたと勘違いした――いずれは神をも喰らわんとする男の暴走が始まった。

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