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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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38 教祖、ネコをカム

――第三者視点――

 ムシリトール魔術学園の機密区域にある研究棟の一角、人類完全化(プレロマ)計画研究室。


 かなり仰々しい名称ではあるが、財政難のゴクドー帝国から予算を獲得しようとするとどうしてもインパクトが必要で、もっと酷いものも多い中では埋没している。


 そこからひとりの男が、邪神の落とし子と勇者たちの戦闘の様子を全裸で見ていた。




 男の名はマーラという。


 彼は人間界生まれの人間界育ちな悪魔族で、両親は魔界の選抜に通過するくらいに優秀だったが彼には遺伝せず――むしろ、先祖返りともいうべき強い異能を持っていたが、戦闘能力は皆無。

 成長しても戦闘能力は向上せず、角も翼も発現しなかった――容姿は整っているものの、ほぼ人間といっても差し支えない青年である。


 それを「親ガチャ失敗」などと言って手を尽くしてくれた両親を詰り、ついには愛想を尽かされて追放された。


 それでも、身長とプライドだけは高い彼は、どうにか「ざまあ」してやろうと、ヴィクターの支配領域で「アンデッドが許されるのは四十九日までだよねー」とイキっていたら本人登場。

 当然、きっちりとボコられた。

 必死の命乞いでどうにか命を繋いだものの隷属させられた、いかにも悪魔族らしい男でもあった。



 そんな彼がここに配置されている理由はただひとつ。

 禁忌の研究を任せられるほど優秀な頭脳を持っていたから――ではない。

 ただ淫魔の血が入っていて、人心掌握術(せんのう)に長けていたからだ。




 いかにヴィクターが戦略に長けた大魔王(※自称)でも、敵地の、しかも歴史ある町での活動基盤を秘密裏に作ることは容易ではない。

 彼が求めているのは簡単に使い捨てられる小規模な拠点ではなく、長期的に使用できる大規模な実験場なのだ。



 帝国でも、上層部の一部の人間は大魔王勢力からの技術供与を受けていることを知っていて、「帝国や自身の不利益にならない限りは」という条件下ではあるが、いろいろと便宜を図る密約もある。

 人類完全化計画研究室の予算が優遇されているのもそのひとつだ。

 しかし、それは主導権を取られることを認めたわけではないし、むしろ、隙あらば成果を盗み独占するくらいのつもりでいるものだった。



 そんな状況下で、大魔王側が好き勝手にやりすぎると、帝国との関係が悪化するのは当然のこと。

 ヴィクターにとってはそんな些事で研究が滞るのは避けたいし、最悪は戦争などに発展して研究成果が破棄される可能性もある。

 帝国自体は彼の脅威にはなり得ないが、暴虐の大魔王(アナスタシア)らに背後を突かれるとまずい――というより、これはそもそも彼女に対抗するための策である。


 重要性を考えると自身が最前線で指揮を執りたいところだが、それはさすがに帝国が許さない。

 だからといって、下手に優秀な者を送るのは、裏切りを恐れる――他者を信頼することができない彼には難しい。

 自らの支配領域でできればそんな心配は不要なのだが、この実験のキモは生贄となる亜人や召喚した異世界人である。

 しかし、アンデッドが大半を占める彼の領内では、それらを飼っておける設備や物資が無い――むしろ、管理が甘いとアンデッドの餌になってしまう。

 そもそも、飼育施設を整えたとしても、彼の領域付近に生者がほぼいないため、調達コストが非常に高くなる。

 そして、帝国で調達してから自身の領域へ輸送するのはそれ以上に非現実的で、北方や東方に足を延ばせば即戦争――と、この件に関してはほかに選択肢が無かった。



 結局のところ、決め手となったのはマーラの存在である。


 ヴィクターにとっての彼は、人心掌握能力以外は無能で、しかもそれはアンデッドには効かない――裏切られても、言葉どおり痛くも痒くもない存在だった。

 また、人類完全化計画の詳細が理解できるほどの知性はなく、研究成果を漏らされたり奪われる心配もない。


 しかし、彼自身が無能であっても、有能な人材を篭絡できれば計画の掌握は可能である。

 そして、問題が起きた場合でも、切り捨てが容易で失っても惜しくない――つまり、送り込むのに最適な人材だった。


◇◇◇


 帝国に送り込まれたマーラは、ヴィクターの期待どおりに、老若男女問わず朝な夕な夢の中まで性技を駆使して関係者を篭絡していった。


 本来であれば、《魅了》や《精神支配》といった状態異常魔法やスキルの成功率は低く、成功したとしても長時間持続しない。


 しかし、苦痛や快楽などで意識が希薄になっている状態では成功率が跳ね上がる――システムによるクリティカル判定が行われる。

 もっとも、拷問を通じての精神支配は精神を破壊する可能性があり、洗脳目的の場合は不適切だが。


 一方で、恋愛感情や性交等を通じてのものは、優れた容姿や話術、あるいはかなりの精力とテクニック等の手練手管が必要で、精神にかかる負荷は弱いが効果も弱い。

 淫魔の血を引く彼にはこちらに天分があるが、フラグ管理を誤って刺されたり掘られたりしないよう注意が必要だった。



 また、自身に掛ける魔法やスキルは基本的に抵抗を受けることはなく、弱化や状態異常であっても例外ではない。

 そして、自身の一部や体液を儀式的に相手の体内に入れることで、自他の境界を曖昧にする邪法(バグ)もある。

 なお、これは深く考えられていなかった吸血鬼の眷属化関連の仕様をシステムが整合性を取った結果なのだが、神界では大きな問題と捉えられていない――ほかに対処すべきバグが山ほどあるので、修正の予定は無い。



 当然、地位や能力が高い者たちはそういったことに対策はしているものだが、本能的なものを完全に抑制することはできない。

 そして、マーラは戦闘能力こそゴミクズだが、むしろそれが警戒心を緩めてしまう要因になっている。

 そこに彼の整った容姿と上辺の優しさ、クズだからこその巧妙な言い訳や逃げ道が提示されて、心の隙間にスーッと効いてくる。

 それらに心を揺さぶられ、「少しだけなら」と心を許せば、二度目以降の抵抗は弱くなっていく。

 一度では弱い洗脳も数をこなせば強くなり、やがては魔法が切れてもそれが現実となる。



 そうして、マーラはあっという間に人類完全化計画室のトップにまで上りつめ、ヴィクターは念願の実験場を手に入れた。

 その後の維持管理も、マーラが変な気を起こさないように、定期的に連絡員を送るだけで済むと非常に経済的。



 マーラにとって、好みではない相手と事に及ぶことには多少の苦痛もあったものの、《魅了》や《精神支配》などのスキルが効かないアンデッドの総本山に軟禁されていた時よりはマシな環境である。


 それに、禁忌関連で悪巧みはできなくても、それ以外のチェックは緩かった。

 自身の能力を活用して、帝国での影響力を拡大することは見落とされていたのだ。

 あるいは、ヴィクターが性欲を失って久しかったこともあって、彼の性欲が娑婆(しゃば)にいてはいけないレベルだと認識できていなかったことが原因だったのかもしれない。



 事実、マーラの行動に計画性は皆無といってよかった。


 当時の彼の願望は、「多くの女性とヤリたい」「男の子でも可愛ければイケる」「肉の穴があれば何でも」だけ。

 淫魔としての本能か、長期間ヴィクターの領域に囚われていた――半強制禁欲期間の反動もあったのかもしれない。

 さすがの彼も、ゾンビやスケルトンとはヤレない。

 亡者に立てるのはチ〇コではなく線香であり、枕元で囁くべきはピロートークではなくお経なのだ。



 とにかく、マーラは本能に従ってあちこちに手を出した。

 さすがに地位を失ってはいけないので、失敗してスキャンダルになりそうな相手や、成功してもヴィクターに怒られるような要人は避けたが、チャンスがあればガンガンいった。


 特に成功率が高かったのは、帝国内に蔓延していた終末思想に侵されていた者たちだ。

 彼はそういった者たちに接近し、境遇に共感してみせ、「貴方は悪くない」などと肯定して、時には酒や薬物なども使用して、現実を忘れられるような快楽に溺れさせた。



 そうして、マーラが本能に従って日夜精を出していたら、いつしか「真に世界を救済する神」の降臨を目的とする邪教の教祖になっていた。

 悪魔族史上、最も人類の支配に成功した男の誕生で、「ざまあ」しても許される快挙である。


 しかし、彼に「教祖として相応しい能力」があるかというと完全に「否」で、なぜこんなことになったのかと頭を抱える割合の方が強い。

 淫魔の間に伝わる、性と暴力を賛美する悪魔族的偽典「サタ〇ファニ」を参考にしたのがまずかったのかもしれない――と、後悔してももう遅い。


 さすがに悪魔族の彼でも「ちょっとヤベーな」と思う状況だったが、教義に「姦淫の奨め」を盛り込むことに成功してしまったため、もったいなくて捨てられない。


 結局、チヤホヤされる精神的な快楽と充実した性活に流されて問題を放置し続け、彼の手に負える問題ではなくなってしまったりもしたけれど、彼は元気に過ごしていた。


◇◇◇


 湯の川の出現以降、ヴィクターと帝国領内に潜り込ませていた配下たちが分断された。


 ヴィクターが優秀だからこそ分かる、湯の川の浸透速度と情報収集能力の異常さ。

 彼自身がいかに優秀な戦略家であっても、この分野に秀でている人材に恵まれていないため、対抗するのは難しい。


 下手に湯の川を刺激して、自身の領域にまで浸透してこられると非常にまずく――既に彼の地に送り込んだ間諜の関係者ひとじちが根こそぎ強奪されていて、いまだにその手口も不明なのだ。

 いつ寝首を掻かれるかと気が気ではない。

 したがって、「まずは足元を固めなくてはならない」と考えるのも当然のことだった。




 そうして生まれた、ほんの僅かな空白期間。


 それは悪魔族が調子に乗るには充分な期間でもあった。



 ここでの研究は「人類完全化」などと謳われているが、実質は大魔王ヴィクターが神になる――既存の神を(しい)するための研究である。


「だったら、俺が神になっても――教祖からランクアップしてもいいんじゃねえの? ヴィクター様――いや、ヴィクターとかもう老害だろ!」


 マーラが野心を抱くのに、時間はかからなかった。



 とはいえ、人類完全化計画には大きなリスクが存在していることは、頭の悪いマーラでも分かる。


 分かりやすいところでは、異形化率が非常に高い。

 それで彼の美貌に曇りが出れば、《魅了》の成功率も下がってしまう。

 強くなりたい欲はあるが、ヤレなくなるようでは困る。

 より多くの女性とヤリたいがために強くなりたいのだ。



 研究者たちは、異形化の原因を、移植されるスキルの相性や許容量か、それとも神を冒涜していることか――と推測しているが、後者であればマーラが許されているはずがない(※許されているわけではない)。

 前者については彼に理解できるものではないが、根拠の無い自信で突き進むのが悪魔族の習性である。


「じゃあ、相性が良ければ成功すんだろ」


 何が「じゃあ」なのかは定かではないが、そうして移植した《分身》スキルは、彼の()物を増やす形で成功した。

 そうしてパワーアップした精力と性技で、人心掌握能力も向上した。



 調子に乗った彼は、そっち方面が伸びそうなスキルを手当たり次第に移植した。

 その結果、彼の()物は増えて、伸びて、自由自在に動かせるようになり、回復力も向上した。

 まるで邪神の落とし子の触手のように。

 戦闘能力はほとんど変わっていないが、成功に次ぐ性交で「我が世の春が来た」と勘違いしてしまっても無理はなかった。


◇◇◇


 邪神の落とし子と勇者たちの戦いは、マーラにとっては人ごととは思えないものだった。


 邪教自体が彼の欲望が生み出した澱みであり、変態した邪教徒たちは彼の手で《暴食》因子を埋め込まれた因子兄妹(ひがいしゃ)である。


 当然、彼には加害者意識は一切無い。

 ただ、「なんとなく雰囲気が似ている」と――異形化の果てにあるモノと自らのモノの類似性に親近感を覚え、自身の更なる可能性に心を躍らせていたのだ。


 強さ的には邪神の落とし子の方が上だが、そんなことは彼には関係ない。

 まだまだつたない動きのソレをムスコのように思い、応援にも力が入る。




 勇者たちの攻撃をものともしない邪神の落とし子に、彼の自信も高まっていく。

 合体して数を増やし、太く逞しく伸びていき、ついには神器を使って幼い触手を撃破した「女神」と呼ばれている少女も退けた。



 そうしてマーラは確信した。


「どうやら、俺は神を超えてしまったらしい。クックックッ……ハッハッハッ……」


 膨れあがる自意識と()物。

 異形化しないのは、彼が真に神となる素養を備えていたのか、もう()()が本体になっていたからかは分からない。


 ただ、事実として、自我を失うことなく能力が強化されている彼は、数少ない成功例のひとつだった。



 ――神になろうとした実験体は全て獣へと堕ちた。

 ならばと神の忠実なしもべとして設計した実験体は、自我を失いこそしなかったが融通が利かない性格で、能力も低くなってしまった。


 マーラにとって、その実験体は顔と身体が好みだっただけに、「この身は神に捧げたもの」と《魅了》に物理で抵抗されて手が出せなかったことは残念だった。

 それでも、邪神の落とし子に有効打を与えられない彼女は、最終的にはそれを生み出す術を持っている彼には敵わないはずである。

 つまり、邪神の落とし子をより強く育てることができれば――あるいは自身の股間の邪神がより強く育てば――世界に終焉を(もたら)すという九頭竜になれば、彼女にもあれやこれやができるかもしれない。


 諸事情で研究は中断してしまっているが、ヤる気さえあれば――サタ〇ファニの教義的には、心がおっ勃っていれば何度でも再起は可能なのだ。

 むしろ、この股間のヘビ(メデューサ)を育てていけば、帝国を――世界征服すら不可能ではないかもしれない。



「ハーッハッハッハッハァ?」


 しかし、勝利を確信した高笑いも一瞬のこと。



 勇者たちが邪神の落とし子への攻撃を再開した。

 それ自体は中断前と状況は何ら変わらず、マーラの自尊心を満たすだけ。


 しかし、女神とよばれてる少女がどこからか魔剣を持ち出し、邪神の落とし子の立派な触手を切り刻んで押し流す。


 戦闘能力が皆無の彼でも分かる、勇者たちとは一線を画す攻撃力と技のキレ。

 仮面で顔を隠し、なぜかサタ〇ファニ教の高位司祭のローブで身体を隠しているが、女性を見る目には自信がある彼にははっきりと分かる。

 彼女がこれまでに会ったどの女性よりも美しいと。

 あるいは、「女神」というのも本当なのかもしれない――と、もっとよく見ようと窓に近づくと、彼女はそれから逃げるように邪神の落とし子の下へと消えていく。



 直後、視界の全てを塗り潰すような閃光がマーラの目を焼き、衝撃波で吹き飛ばされ、割れたガラスが身体中に突き刺さる。


「イダダダダ!? ああああ目が! 身体がチクチク――悔しいっ、でもっ! っていうか、これ何てプレイ!?」



 しばらく激しい痛みとほんの少しの快楽でのたうち回っていたマーラだったが、視力が戻ると惨状に落ち着きを取り戻し、傷だらけの身体に鞭打って外が見える所まで戻る。



 外では、少し前まで堂々と屹立していた邪神の落とし子の姿が消えていた。


 一方で、勇者と従者は健在で、実験体(せいじょ)異形の人族(スティーヴキング)はかなり吹き飛ばされながらも命に別状はないように見えた。

 しかし、神器を持っていた女神の姿が見当たらない。

 神器が残されていることから、地下や瓦礫に埋まっているというわけでもないのだろう。



 マーラには戦闘スキルのことなど分からないが、「女神が神器の能力を開放して、邪神の落とし子を消滅させた」のだと理解した。

 そうでなければ――ノーリスクであんな攻撃ができる存在がいるなら、世界に破滅を齎すのが九頭竜ではなくそちらになってしまう。


 というか、神器についての噂は彼も聞いたことがあったが、冗談か誇張だと思っていた「山を消し飛ばした」「海を割った」という途方もない話がそうではなかったのだと理解させられた。

 同時に、邪神の落とし子にシンパシーを感じていた彼の股間がヒュンとする。



「だけど相討ち――いやいや、相手が女なら俺のテクで落とせるし? サタ〇ファニだって、立派なチ〇ポがあれば、カズナリだって改心するし、フタナリなら法悦できるっていってたしな! つまり、俺のメデューサ(クズ竜)なら――女神様だって、快楽には勝てねえよなあ!」


「私は女神じゃないけれど、別にそんなことはないよ? 確かに発情状態は少しきついけれど、快楽自体は痛みとかと変わらないし。というか、さすがにそれと同一視されると、キューちゃんも怒ると思うよ」


 正常性バイアスが働いたマーラの強がりに、後方から予期せぬ返事があった。

 それも、声だけでも分かる、非常に良い女である。


 彼は慌てて振り向こうとするが、金縛りにでもあったかのように上手く体を動かすことができない。



「そもそも、私に向けてくれる感情や感覚は、どんなものでも素敵な贈りものだと思うの。いや、一部受け入れられないものもあるけれど、完璧じゃないところが人間っぽいでしょう?」


 言葉さえ発することのできないマーラを尻目に、闖入者(ちんにゅうしゃ)は言葉を続ける。

 彼には彼女の言葉の意味は分からないが、生粋の女殺しである彼の勘が「ここで振り向かなきゃ淫魔の名折れ! むしろ、中折れ!」と猛る。

 そこで、魂を奮い勃たせて大回転――しようとしたが思わぬ方向に視界が回り、ややあってゴトンという音がして、視界の半分近くが塞がれた。



「あっ、しまった。()()の同類かと思ってうっかりやっちゃったけれど、生け捕りにしてルルに引き渡したほうがよかったかも? ……いや、どう考えても公序良俗に反するし、必要なら生き返らせるか」


 マーラにとって、興味があるのは声の主の姿だけ。

 自身がどういう状況にあるのかすらもどうでもよかった。


 とにかく、声の主をひと目見ようと、まずは起き上がろうとしたが腕が動かない。

 それでも諦めきれず、顔の向きを変えようと、詐術にも性技にも使える自慢の舌を懸命に伸ばし、更に眼球が可動域の限界を超える。



「キモ……」


 それは、闖入者の記憶にある某有名アニメ映画に出てくる、首だけになっても敵を討とうとするケモノの執念に通じるものがあったが、絵面は比較にならないくらいに酷いものだった。

 思わず素直な感想が漏れても仕方がない。



 しかし、その罵倒がマーラに力を与えるなど思いもしない。


 新たな世界の扉を開き、異形化(レベルアップ)したマーラの舌が触手のように伸びて、顔の向きを変えることに成功する。



 そこにいたのは、一糸纏わぬ女性――確認せずとも分かる、さきの女神だった。


 仮面を外した女神の素顔は、耳の数が違うとかそんな単純なことではなく、人類とは明らかに情報量が違う――淫魔(マーラ)の想像を遥かに超えるものだった。

 可愛くて、美しくて、息が詰まる――いつもなら反射的に口説きにかかる口も、呼吸の仕方を忘れてしまったかのようにパクパクと開閉するだけ。

 身体の方も、瑕ひとつ無い――淫魔の彼だからこそ分かる、神性を感じるくらいの処女である。

 それでいて淫魔以上に男を惑わせる曲線と、バブ味を抱かせる包容力をも持ち合わせてる。


 本来であれば属性過多で破綻しているはずのものが、奇跡的な――それこそ人智を超えたバランスで正しく存在しているのは「神」としかいいようがない。

 彼のクソザコメデューサでは太刀打ちしようがない――と、本能では分かっていても、それだけしか取り柄のない彼の自尊心が「己のアスは負けんっ」と現実を認めない。



 そうして、「マジカルチ〇ポに勝てる女なんていないんだよ。むしろ、男の子でも女の子みたいにできるんだぜ!」と、意地になって股間のクズ竜に力を送るが、破壊神は応えてくれない。


 不思議に思った――あるいは絶望から目を逸らそうとしたマーラが周囲を見渡すと、女神の前で無防備に佇む見慣れた身体を見つけた。

 ただし、身体は赤く染まっていて、自慢の神殺しの槍は戦闘前に暴発して力なく項垂れている。


 現実に気づいた途端、彼の意識が急速に遠のいていく。



「……なぜみんなこれに拘るのかな? まあ、繁栄の象徴でもあるし? 分からなくは――やっぱり分からない……。これで破滅する人もいるし、キューちゃんも破壊神だったし……? 結局は使う人次第ということか……」


 女神がマーラの股間を覗き込みながら思案する状況は、本来なら絶好のチャンスだった。

 しかし、女神の視線や声――領域に負けたモノはその力を失って、ひとつ、またひとつと散っては彼の頭に積み重なっていく。



「……ルイスさんのほど凶悪ではないし、アイリスのよりも執念を感じないけれど、災いのタネになっても困るし、一応消しておくかな」


 マーラの抜け落ちたマーラを、女神がひとつずつ丁寧に踏み潰していく。

 彼的にはそれもご褒美なはずだが、女神の圧倒的な母性に浄化され、邪念を抱くことができない。


 こうして、欲望のままに生きた男は、その象徴と尊厳を念入りに破壊されてこの世を去った。


◇◇◇


「おかえり、エルちゃん。よく私のいる場所が分かったね。じゃあ、またポケットに――って、服を脱いだままだったか。なるほど、この解放感は作戦が終わったからじゃなかったのか」


 よく分からない変異体を始末したユノの許に、ずっと戻るタイミングを探っていたエルちゃんが飛び込んできた。

 瞬間移動した彼女を見つけたのは帰巣本能のなせる業だが、真に帰るべき制服の内ポケットは――というより、制服自体が存在していなかったため跳ね返されたが。

 制服は、ユノが瞬間移動する際に壊れてしまわないように脱いでいたままだったのだ。



 久々の解放感を惜しみつつ服を着たユノが外に目を向けると、そこでは邪神の落とし子と一緒に姿を消した彼女のことで大きな騒ぎになっていた。



 まず、ユノの目論見どおり、「神技(ブラフマーストラ)の威力と神器ガーンディーヴァを残していった状況から、女神は邪神の落とし子を斃すことと引換えに命を落とした」と判断する者たち。

 彼女も想定外だったが、「女神が生きていると困る」――特に積極的に亜人差別をしていた者たちの希望的観測も合わさり、人数的には大勢を占めていた。



 一方で、女神に死なれると困る者や、女神が死ぬはずがないと信じる者たちは、少数だが影響力が強い者が多く、特に勇者と聖女に真っ向から反論できる猛者はいない。

 さらに、女神から直接恩恵を受けた者たちが説得力を増幅させる。

 なお、その「直接恩恵を受けた者」に湯の川関係者が含まれていて、情報操作や扇動が行われていることは言うまでもない。



 そうして、「女神様は次の迷える子羊たちを救いに行った」「神器を置いていったのは、資格ある人間に託すため」などと都合の良いストーリーが出来上がっていく。


 そこに湯の川勢の情報操作力(さすユノ)も合わさって、五分もすればほぼ情勢は決していた。



「ルル、そうじゃないの……」


 想定外のルルの裏切りにも、現場を離れたユノに状況を変える術はない。


 もっとも、これは彼女と詳細な打ち合わせをしていなかったことと、湯の川っ子が「ユノが死んだ」などと言うはずがないことを失念していた彼女の落ち度である。

 とはいえ、どうしてもと命じていれば、彼女たちは自らの死をもって応えていたであろうことを考えると、これでよかったのかもしれないが。



 とにかく、こうなってしまっては、現在の混乱や熱狂が落ち着いて、しっかりと調査されて――それで禁忌研究関連が表に出るとまずいのだが、もう少し現実的な結論になることを祈るしかない。



「あれ? 勇者がこっちに――聖女が裏手に回ろうとている?」


 結局、ユノは、「姫はまだ近くにいる」と信じて捜し始めた勇者たちから逃れるように町を出て、迷宮都市オレオレを目指して東に向かった。


 なお、オレオレがあるのはカクーセイキュウ南のキャンプから東、カクーセイキュウの西南なのだが、それを指摘してくれる者はいなかった。

 お読みいただきありがとうございます。


 本章は本話で終わりですが、幕間を少し挟んでユノの帝国内での活動はまだ続きます。

 もちろんストックがありませんので、幕間も含めてしばらくお時間をいただければと思います。

 再開時期については、結末に向けて状況整理をしないといけないのと、パソコンをWindows11に買い替えないといけないとか、ほかにもいろいろとあって執筆時間がとれない感じなのですが、「年内には」と考えています。

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