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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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37 届かない想い

 合体後の邪神の落とし子は、一見すると某有名アニメ映画に出てくるダイダラボッチの出来損ない――いや、イソギンチャク――というほど整ってもいない。触手の生えたスライムが、人の形をとろうと足掻いているといった方が正確か?

 期待していたわけではないけれど、完全体になっても可愛げの欠片もない。



 外観はともかく、スライムとの最大の違いは()が無いことだろうか。

 というか、邪神の落とし子の内部は、変態した人たちの内臓や呑み込まれた人の溺死体とかが伸びて薄くなった皮の向こうに透けて見えて、(コア)というより残酷な描写(ゴア)しかない。

 それが脈打っている様は非常にグロテスクで、更に腐臭なのか加齢臭なのか悪臭も酷いと、苦手な人にはとてもつらい存在である。

 後方でも、あちこちで気分を悪くしている――有体にいうと嘔吐している人がいて、更にそれが連鎖したりして、グロとゲロに包囲されているというなかなかに酷い有様だ。

 まあ、実戦経験の乏しい学生さんにはつらいのは理解できる。

 だから大人しく下がっていてほしいのだけれど。



 さて、スライムなら核を破壊しないと斃せないけれど、邪神の落とし子の場合はそうではないのはガーンディーヴァが実証済みだ。

 合体してもそれは変わらず、自壊するまで待つのもいいし、再生の限界を超えるダメージを与えることでも斃せるだろう。

 といっても、前者は町が先に壊滅してしまうだろうし、後者は勇者と聖女の攻撃では合体前のものすら斃せていないことから、単純なダメージ以外の条件があるのだと思う。



 ……考えられるのは、概念的な「存在の核」となるものにダメージを与えているかどうかかな?


 それが脳や心臓といった器官ではないのは、それらも再生していることから間違いない。

 そうすると、同じガーンディーヴァの攻撃でも二体目は崩壊するまでに時間がかかったことから、中心を射抜いたかどうかだろうか?

 そんなに単純なものなのか――とも思うけれど、端っこでもいいなら勇者や聖女も斃しているか弱らせているはずだし、いろいろな魔法が飛び交っている中では属性の問題でもないだろう。

 ……うーん、ほかに考えられることもないし、そういうことにしておこう。

 少なくとも、ガーンディーヴァでは斃せるのだし。

 それに、確認しようにも、私の目でも、中心に何があるのかまでは分からないのだ。

 というか、気持ち悪くて凝視できる物ではない。



 とにかく、分からなくても結果が出ればよかろうなのだ。

 中心目がけて、ガーンディーヴァを最大威力でぶち込めばきっと斃せる。

 というか、カルナが私に撃った技くらいのが出ると、かなりオーバーキルになると思う。



 ただ、横方向に偏って肥大化している邪神の落とし子は、ほぼゼロ距離まで接近して地上すれすれから狙ったとしても射角が低い。

 ある程度の建物被害は諦めてもらうしかないとしても、そこに避難している人が大勢死ぬのは諦めてもらえるだろうか?

 ……地位の高い人がいると難しいか?

 気づかなかったことにして撃ってしまおうか?


 ……やっぱり駄目だろうなあ。

 邪神の落とし子より私の与えた損害の方が大きくなるだろうし。

 むしろ、私の評価はともかく、後始末を押しつけることになるルルたちに迷惑を掛けるのが心苦しい。


 そもそも、避難が進んでいないのは、邪神の落とし子の脅威度が正確に認識されていないことが問題だろう。

 そうでなければ、都市が陥落しない程度の被害は許容されると思うのだけれど。


 現時点での客観的な邪神の落とし子の評価は、「勇者でも斃せない再生能力を持っているけれど、攻撃力はそれほどでもない」といったところだろう。

 しかし、それは勇者が健闘して聖女が拳闘しているのと、邪神の落とし子が未成熟だからである。

 勇者たちが疲れてくると、若しくは邪神の落とし子が成長したりすると破綻すると思う。


 というか、邪教徒はともかく、スティーヴキングさんが呑まれかけていたのが考慮されていないのはなぜだ?


 距離をとって攻撃していれば安全だと思っているのか?

 あれも何かの切っ掛けがあれば魔法も食らうようになるかもしれないのに。

 領域的にはどうかと思うけれど、元より不完全で不安定な存在の進化先としては充分あり得るものだ。


 それとも、彼の存在がヤバすぎて、例外として除外されているのか?

 ……それなら仕方がないか。


 いっそ、勇者や聖女がピンチになるように立ち回ってみるか?

 ……去年の夏に買った薄い本みたいな展開は公序良俗に反するか。



 などといろいろと考えながら、どうにかいい感じに射線がとれないかと試してみたけれど、そんなに都合の良いポジションや地形は見つからない。

 大抵は射線が建物にかかるし、建物が無い方向には危機感が足りていないせいで避難していない人たちがいっぱいいる。


 やはり、何とかして邪神の落とし子を浮かせるか、射線のとれる位置まで掘り下げるかしないといけないらしい。

 ということで、一旦射程外に離脱する。


 触手を躱しながら張りついているのは難しいことではないけれど、至近距離では目を瞑っていてもグロさが伝わってくるし、風の流れも腐臭が酷くて思考が纏まらないのだ。




「姫、なぜ撃たなかったんです? 何か問題でも? それとも、僕にお願いごとでも? まさか、愛の告白――こうしてはいられない! 挙式の準備を!」


 一時的に退避して、気分的にひと息吐いていると、勇者がやってきて頭のおかしいことを言い始めた。


 いくら「人の心が無い」といわれる私でも、あんなのをバックにプロポーズする人がいないことくらいは分かるよ。

 というか、初対面の人にプロポーズすることすらまれだと思う。



「いい具合の射線がとれなくて――それよりも、なぜあの人たちは避難してくれないのでしょう?」


「構わずに撃ってしまえばよろしかったのでは? 女神様の邪魔になるような者たちに生きる資格はありませんし」


 聖女もやってきて酷いことを言う。

 まあ、確かに私も同じことを思ったけれど、「女神」を免罪符にされると実行できなくなった。

 虫も殺さない顔をして――腕はクマでも縊り殺しそうだけれど、策士か。



「加減して撃つことは――いや、女神様ならそれくらいのことは理解しておられるはず。つまり、私の信仰心が試されているということ! では!」


 スティーヴキングさんもやってきたけれど、どうやら思考が飛躍している模様。


 というか、ちょっと待って。

 どこに行くつもり?

 何をするつもり?


 咄嗟(とっさ)にパンツを掴んで止めようとした――首根っこには手が届かないし、ほかに適切な物が無かったので仕方ないとして――いや、このパンツめちゃくちゃ伸びるな。



 一応、この世界にもゴムの製造技術はあるというか、魔法がある世界ならではの製法のおかげで品質は高い。

 さすがに何でもかんでも魔法で解決とか代用できるわけではないそうだけれど、主神や召喚された異世界人たちが思いつくようなことの大半は可能なのだ。


 聞くところによると、普通の人間をゴム人間にするような魔法まであるのだとか。

 ほかにも、石化や鉄化にメス化(※否性転換)などなど、状態異常というか頭がおかしい魔法がいっぱいある。

 なぜそんな発想に至ったのかは不明だけれど、人間の可能性には時々恐怖を覚えるね。



 それはともかく、私の保持力とスティーヴキングさんの脚力にも負けないパンツ強い。

 いや、負けても困るのだけれど、とにかく止まって?

 食い込みすぎて絵面が酷いの。



 結局、私の方が折れて手を放すと、伸びていたパンツがゴムのように収縮して、スティーヴキングさんのお尻を強打する。

 そして、盛大に転倒――というか、地面に突っ込んだ。


 かなりの勢いだったけれど、大丈夫だろうか?

 身体は丈夫そうだし物理的なダメージは無いと思うけれど、パンツの当たったところが真っ赤に腫れて、痛みか喜びかで震えている(さま)は特殊なプレイに見えなくもない。

 社会的には大丈夫ではないかもしれない。



 ……とにかく、結果的に止めることには成功したので良しとするか。


 と思ったけれど、良い笑顔で振り返って「ありがとうございます!」などというリアクションを見るに、頭か心の異常が進行した可能性がある。

 戦線に復帰できても社会復帰は難しいか?

 というか、転倒の際に受け身をとらなかったせいで顔面を打ったのか、顔も真っ赤になっている。

 普通なら痛々しく見えるはずなのに、笑顔のせいで興奮しているようにしか見えない。



「くそっ、あんなに真っ赤になるほど! ちくしょう! なんで僕にはしてくれないんだー!」


 どうした勇者?

 ついにイカれてしまったのか?

 というか、なぜ貴方も走り出す――いや、止まった。


 そして、それ以前にも増して激しく斬撃を飛ばし始めた。

 しかし、命中率が低い――いや、周辺の地面を狙っている?

 射線がとれるよう掘り下げようとしているのか?

 湯の川の工作が終わっていないのに掘り返されるのは困るのだけれど、止めるのも不自然か?

 不適切な物が出ないことを祈るしかない?

 ……誰に?



「弔いだー!」


 そして、聖女も走り出す。

 弔いとは、誰の、何の……?



「ふれあいだー!」


 聖女にツッコむ暇もなく、スティーヴキングさんも再び走り出した。


 待って。

 触れてはいないし、あってもいないのだけれど、人聞きが悪いので事実とは異なることは言わないで?

 というか、本当に止まって?




 いろいろと思うところはあるけれど、勇者の飛ばせる斬撃も、既に完全合体邪神の落とし子の射程内。

 ただし、遠距離だと触手の動きも精度が低くなるようなのと、従者さんたちのサポートもあってどうにか耐えられている。



 聖女とスティーヴキングさんが向かった先は、勇者が破壊した場所だ。

 そこにある大小様々な瓦礫を一心不乱に投げ捨て持ち出し、射線がとれる空間を作ろうとしてる。


 もちろん、その場所は邪神の落とし子のすぐ近くで、触手の攻撃も激しい。

 勇者の攻撃が地面の掘削から触手の迎撃に変わったけれど、魔力切れが近いのか手数も威力も落ちていて、「充分」とはいい難い。



 状況が破綻――聖女とスティーヴキングさんが撤退できなくなるまで、早ければ十手ほど。

 選択を誤ればもっと早くなるけれど、触手の方の精度も低いのでそんなところか。


 そして、掘削が完了するのは十五手ほど先だろうか。

 普通に考えれば、失敗――無駄死にに終わる。



 今でも彼らが何を考えているのか理解できないけれど、状況に対してできることを精一杯やっているのは間違いない。


 ……見捨てるわけにはいかないか。




 瓦礫の隙間に挟まっていた女性騎士さんの剣を拾い上げると、聖女とスティーヴキングさんの援護に向かう。

 後方から、女性騎士さんの「あっ、それ私の剣! 我が家の家宝が! ドロボー!」などという声が聞こえてきたけれど、ちょっと借りているだけだ。

 というか、大事な剣の割には扱いが雑っぽいし、お手入れもおざなりなのではないだろうか?

 小さな刃毀れや歪みがいっぱいあるよ?



 こんな剣で邪神の落とし子とまともに打ち合ってはすぐに折れてしまう。

 というか、聖女に伸びていた触手を叩き落したら根元から折れた。


「我が家の家宝が! あ、アホー!」


 後方からの罵声を聞き流しつつ、残った柄をスティーヴキングさんに伸びていた触手に投げつけて矛先を逸らす。

 というか、こんな脆い物が家宝だなんて、詐欺か何かに引っ掛かったのでは?

 つまり、阿呆は貴女の方です。

 いや、もしかして「家宝」と「阿呆」をかけていたのか?

 だとしたら、なかなかやるじゃないか。



 さておき、触手2本に対処して、ほかの2本が派手に動く私に追従してきたけれど、さきの2本は攻撃を遅らせただけなので実質3手分を稼いだ程度。

 まだまだ対処しなければならない触手はいっぱい。

 せめて、後2手――聖女とスティーヴキングさんの保護を考えると5手分くらいは稼ぎたいところだけれど、得物が無い。

 私の手はスベスベなので汚れることはないと思うけれど、気持ち悪いので素手で対処するのは論外だ。


 仕方がないので、さきの剣を万全な状態で複製して、私に迫ってきていた触手を乱切りに。

 同時に大量の水を出して押し流し、グロを緩和する。

 さらに、再び聖女とスティーヴキングさんに襲い掛かろうとしていた触手を輪切りにしてこれも押し流す。

 これで5手分くらいは稼いだだろうか。



「うおおっ! 今の動き見たか!? ってか、見えたか!? まるで踊っているようだったぜ!」


「しかも、あれはただのスキルじゃねえ! 剣術と特殊な呼吸法が合わさって実現するという伝説の技! 確か、キツめの刃!」


「攻撃だけじゃねえぞ! 攻撃と攻撃の合間の動きも無駄が無さすぎて感動するレベルだ! 良いもん見られた……!」


「「「女神様、ありがとうございます!」」」


「姫は魔法が得意なのだと思っていたけど、剣も得意なんですねっ! つまり、ペアルックならぬペアスタイル! やはり、相性ピッタリですね!」


「女神様をお助けするつもりが逆に救われるなど……! 私のことなど気になさらなくても――いえ、女神様のことを語り継ぐために、生きろと仰っているのですね!」


「うおらあああああ! ドラゴンゾンビをも斃した土木工事スキルがこんなところでも生きてくるとは! そして、スコップ無しでも掘れるこの肉体! さすが女神様! 全てはこの瞬間に繋がっていたのですね!」


 くっ。

 役に立たないじゃないか、実力者ムーブ。


 私の想いは誰にも届かないし、ツッコミも追いつかないし、もう何が何やら。

 おのれ、邪教徒め。



 それでも、スティーヴキングさんが邪神の落とし子の真下に伸びるトンネルを素手で掘っていて、射線に関しては問題が無くなった。

 それだけでなく、観衆の視線も遮られる。


 ずっと彼は足手纏いかと思っていたけれど、ここにきていい仕事をしたな。




 懲りずに迫ってくる触手に駄目押しで水洗剣戟をお見舞いしてから、聖女に「これ、返却しておいて」と複製長剣を手渡してトンネルに潜り込む。

 その先で、ギリギリまで発射場所を整えようとしていたスティーヴキングさんを追い出して準備完了。


「行くよ、ガーンディーヴァ。遠慮は無しで、ありったけをぶっ放して」


「Yes, your majesty! Brahmastra full power!」


 マジェ……? ブラフ……?


 ガーンディーヴァも何を言っているのか分からないけれど、まあいい。



 いずれにしても、ガーンディーヴァから発射された極太の極光擬きの威力には疑問の余地は無い。

 これなら、中心どころか丸ごと吹き飛ばせる。


 いろいろと上手くいかない日だったけれど、それもこれで終わりだ。

 後はルルたちに任せて――いや、もうひとつだけ仕事をしてから町を出よう。

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