30 高い所が好きな人たち
湯の川諜報部には引き続き情報収集をしてもらって、私たちは施設に簡単な封印を施しながら地上を目指す。
というか、ここは魔法学園の機密区域らしく、魔法的な認証を物理的に壊したり、重量物で空間を埋めるだけでも当面は充分なものになるそうだ。
というのも、肉体労働が得意な研究者というのはそんなにいないか、いたとしても本職には劣る、あるいは職業を間違えている。
もちろん、研究とはいえ力仕事もある。
しかし、そういうことは亜人奴隷とかにさせていたそうで、「手に入りにくくなってからは自分たちでしなければならなくなったんだよ。酷いと思わない? ママ」とスコールさんが愚痴をこぼしていた。
誰がママか。
それよりも、彼自身も亜人が労働力に素材にと役に立つと認めているのに、なぜあれほど差別するのか。
……いや、罪悪感を抱かないようにあえてそうしているのか?
魔物を狩って素材を採って肉を食らうことと同じように、当然の権利だと。
うーん、「悪いことをしてはいけない」とは言わないけれど、やるならせめて矜持を持ってやってほしいところだね。
それはさておき、ここにはクリスやソフィアのような、レベルで万事を解決する例外もいない。
いれば噂くらいは聞こえてくるはずだし、普通の邪教徒くらいは軽く制圧できるはずである。
そもそも、湯の川諜報部からの報告にそういったものが含まれていないことから、疑いの余地は無い。
また、専業の研究者は養殖で育てられることが多く――ちょっと何を言っているのか分からないけれど、余計なスキルというか、一般的な冒険者における生活魔法のような「有れば便利だけれど、任務達成に直接貢献しない」スキルを取らせてもらえない。
つまり、瓦礫の撤去に使えるようなスキルを持っていない可能性が高い。
もちろん、それらは人を雇えば解決する程度の話である。
スコールさんによると、見られてヤバい物はほぼ片付いているそうだし。
ただ、この研究棟には禁忌に触れるもの以外にも真っ当な研究をしている部署もあったりして、外部の人を入れるのにはそちらの絡みでいろいろと手続きが必要になる。
自分たちの部署だけで完結するなら、作業中の情報管理には気をつけなければならないけれど、口封じなどの手段で済ませることもできるだろう。
しかし、ほかの部署の研究者に気づかれずにというのは不可能で、そこから不都合な内容に辿り着かれないとは限らない。
だからといって、彼らほどではないにしても優秀な研究者も処分していくのは難しい――というか、特に現状では彼らの方が処分される可能性もある。
したがって、本来の手続き上で必要になる実態調査などの諸々は、強権をもって封殺しておかなければならない。
しかし、それが原因で勘の良い研究員が余計なことに気づく可能性が無視できない――と、詰んだ状況である。
つまり、どれだけ時間がかかろうとも、自分たちだけでどうにかするしかない――というのが湯の川諜報部の推測だ。
分析部を通していないので精度はそこそこ止まりらしいけれど――え、分析部まであるの?
始まりは難民の寄せ集めだったのに、すごいね、湯の川。
◇◇◇
そうして地上に出てみると、学園内は混乱の坩堝にあった。
湯の川諜報部からの追加報告では、武装した邪教徒の集団が学園の警備を突破して侵入した後、いくつかのグループに分かれて破壊活動を行ったり人質を取ったりと大暴れ。
教師や学生の中でも魔法に自信がある有志が抵抗しようとしたものの、邪教徒の中にも戦闘能力が高い人が交っていて、思いのほか苦戦したようだ。
能力だけを比較すれば、邪教にのめり込むような連中が魔法の専門家に勝るところなどほとんど無い。
ただ、追い込まれて後がなくなった人間というのは莫迦にできない。
というか、無敵の人と化して自爆したり魔物化したりと、単純な対人戦闘ではなくなっているのが理由か。
それに、魔法の専門家といっても、市街戦の専門家ではない。
逃げ遅れた一般人や非戦闘員が障害になってとか、人質を取っている相手に対して有効な手段を持ち合わせていなかったりと、魔法以外の要素が障害になってその能力を活かしきれない。
結局のところ、魔法――可能性というのはどれだけ具体的にイメージできるか、それを可能にするだけの魔力があるかが要点である。
それを、実戦の緊張の中で、失敗のイメージを持たずに、若しくはそれを上回る成功のイメージを持って臨むのは、領域を理解していない人には難しいのかもしれない。
そんなこんなで、躊躇している間にどんどん後手に回る。
領域とか関係無しに、合理性だけで「ある程度の被害はやむを得ない」と割り切れれば被害は少なく済んだと思うけれど、倫理観とかが邪魔をして結果的に大きな被害を出してしまった。
どのみち全員を救う能力など無いのだから、自分たちのできる範囲のことをやればよかったのだ。
実戦経験の少ない人たちがいきなり戦場に立たされれば、浮足立つのも仕方がないことかもしれないけれど。
もっとも、そういうことを理解していてもなお、更なる可能性を求めて抗う姿勢が素敵なのだ。
現状ではまだまだ望めないと思うけれど、せめてこの事件が糧になってくれればいいと思う。
◇◇◇
その後、救援要請を受けた勇者と聖女が駆けつけ、多少は状況が改善する。
といっても、局地的に被害が少し減った程度のこと。
人質を取っている邪教徒に対しては勇者も無力で、聖女は基本的に負傷者の治療をしているだけ。
勇者と聖女のネームバリューと説得力のある容姿でじわじわと追い込んでいるものの、どちらも最終ラインを突破する術がないらしくて膠着状態に陥ったところ――というのが現状である。
現場についてみると、時計塔を占拠した邪教徒たちを、勇者と聖女を先頭に有志が包囲していて、群衆がそれを見守っている状況だった。
邪教徒は、時計塔の入口付近に21人。そのうち、人質を抱えている人が6人。さらに、鐘楼部に亜人の女の子を人質に取っている男の人がひとり。
後者の方が、「貴様らのような意識が低い者どもには分からんかもしれんが、この世界は間違っているのだ! 我らの神の導きによってそれを正す時が来た!」的なありきたりな口上を、物理的な高みから述べている。
その世界を否定する邪神、どこの誰だよ?
実在しているなら話を聞いてきてあげるよ?
場合によっては引導も渡してきてあげる。
実在しないなら私の出番は無いかな。
さて、勇者たちが強硬策を採らないのは、彼を含めた有志の能力が不十分なのか、それとも人質の中に重要人物がいるのか、その両方か。
勇者の方に耳を向けると「鐘楼部にいる亜人は見捨ててもいいのでは?」「それは駄目だ。どのみち、僕のスキルじゃ3、4人救えればいい方――どうにかして隙ができれば……」「人の命に優先順位を付けない勇者様のお考えは理解しましたが、学園としましては――」という会話が聞こえてくる。
単純な種族差別というわけでもなく、人族の中にも優先順位がある――と、学園側の立場も理解できる。
面倒事は少ない方がいいしね。
それに、博愛とか平等というのは、下手をすると無関心と変わらない――と、妹たちに怒られたことがある。
その意見には私も賛同するけれど、それでなぜ私が怒られたのかは理解できない。
さておき、人質さんたちの様子をよく見ると、そのひとりが以前ノエル先輩に絡んでいた人だった。
これが因果応報というものか。
まあ、あれがこれに直接繋がっているわけではないと思うけれど。
報われない善人とか報いを受けない悪人なんていっぱいいるしね。
それでも、教訓くらいにはなるか?
とにかく、仇は討ってあげるから、安心して犠牲になるといいよ。
「我らが神よ! この悪しき者たちの命を貴方に捧げます! ラーラーララー、ラーラーーーララ。ラーラーラーラーラーラーーー」
そんなことを考えていると、鐘楼部の邪教徒が歌い始めた。
どうやら、彼らは人質ではなく生贄だったようだ。
そして、地上の邪教徒たちも後に続いて合唱が始まる。
もしかすると、讃美歌とか魔法の詠唱のようなものか?
なんとなくメロディーが「蛍の光」に似ている。
歌い終わったら卒業するのかもしれない――などと考えていると、群衆の中から飛び出そうとしていたノエル先輩を発見。
気づかれないように背後に回って、以前の時と同じく口を塞いで拘束する。
「んんーーっ!? んーーー!」
「ごきげんよう、ノエル先輩。何かお急ぎですか?」
ノエル先輩を落ち着かせるように優しく声をかける。
「暴れたり、大きな声を出したりしないと約束できるなら手を放します。いいですか?」
ここで目立つと面倒なことになる気がするのでそう警告すると、ノエル先輩は拘束されている中でもできる範囲で必死に首肯する。
「あっ、あのねっ! 上で捕まってるの、私の妹なの! んぐぅ」
「しーーー」
手を離した瞬間から、一気に話し始めるノエル先輩が可愛い。
ただ、少し声が大きかったので、唇に手を当てて声量を下げるように促す。
それはそうと、上で捕まっている亜人の女の子はノエル先輩の妹だったのか。
じゃあ、助けるか。
「ひとまず、ノエル先輩が無事でよかったです。妹さんは――」
「私はね、ユノちゃんがくれたパスケースから結界が出てきて守ってくれたから。これがなかったら捕まってたと思う。本当にありがとね。それより、妹は――。私に忘れ物を届けに来てくれただけなの! オリヴィア様も、妹を助けてくれようとしたんだけど……」
なるほど。
よく分からないけれど、そのオリヴィア嬢とやらも助ければいいのか。
ところで、そのオリヴィア嬢とはどなた?
人質の誰かだと思うけれど……。
いや、サバイバーズギルトになっても面倒だし、今回は全員助けるしかないか。
「ユノちゃんがくれたパスケースがあれば、もしかすると隙を作れるかもしれない。そうしたら、勇者様たちが――」
「そんな危ないことをしなくても、私がみんな助けますよ」
ノエル先輩自身は世界樹の加護があるから傷付くことはないだろう。
それで邪教徒に隙ができるかもしれない。
ただ、そこから先を能力がよく分からない勇者に頼るのはよくない。
そういうのは一か八かでやるものではないし、何より、恐怖か緊張かでガタガタ震えている彼女にここ一番で真っ当な判断ができるとは思えない。
「さすがユノ様です。では、こちらをお持ちください」
私の意思表明に、ルルが当然のように「さすがユノ様です」すると同時にいくつかのアイテムを差し出してきた。
ひとつは狐のお面。
ルルたちが付けているのと同じ物で、「顔を隠せ」ということだろう。
これについては疑問も異存も無い。
もうひとつは、どこかで見たことがある装飾過多の弓。
――ああ、魔界でアルが使っていた神器か。
「かの方が使いこなせないとのことで返品した物を、湯の川で買取りました。こういうこともあろうかと、朔様の指示で本部から取り寄せたのですが、さすがというほかありません」
なるほど?
神器はよく分からないけれど、魔法道具は普通の人以上に相性が合わなかったりするからなあ……。
発動に魔力が必要な物は大体使えない。
機械的なスイッチで魔法効果が発動する物なら使える可能性があるけれど、スイッチが壊れて終わるだけの可能性もある。
神器なら簡単に壊れることはないと思うけれど。
それよりも、問題は最後のひとつだ。
先端に三日月形の飾りがついた短杖。
サイズ的には変わった形のメイスといったところか。
どう見ても朔の趣味である
「朔様が仰るには、『試作品なんだけど、上手く使えばユノの役に立つと思う。マニュアルは渡しても読まないだろうから、実践でいろいろ試してみて』とのことです。では、ご武運を」
ええ……。
さすがにこの衆人環視の中で魔法少女とかやらされるのはきついよ。
私に神器が使えるかどうかは分からない――神器の方が所有者を選ぶのだったか?
猪口才な。
というか、弓自体使ったことがないし、棒術の応用でどうにかなるものでもなさそうだしなあ。
とはいえ、造りは丈夫そうだし、最悪これでぶん殴ってもいいか。
「あ、もうひとつ伝言がありました。『神器には意思があるから粗末に扱っちゃ駄目だよ』とのことです。では、今度こそご武運を」
くっ、読まれていたか。
まあ、邪教徒相手ならそれなりでもどうにでもなるか。




