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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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27 思惑

――ユノ視点――

 帝都ゴクドーと学園都市カクーセイキュウを結ぶ街道の途中で起きた「奴隷商人一行惨殺事件」は、私たちが起こしたものだ。


 犯行時間は深夜。

 街道から少し離れた場所で野営していたニックさん一行に、邪教徒に扮した湯の川諜報部員が襲い掛かり、奴隷を奪取して逃走。

 そこから少し離れた場所で野営していて、その一部始終を見ていた人たちも湯の川――というか、隠れ聖樹教の協力者たち。

 聖樹教による信仰的侵略は、帝国でも水面下で進行していたらしい。

 信仰だけに!



 さておき、当局は本件に対して、私が創ったニックさんの死体という物的証拠と、移送中の奴隷がいなくなっている状況証拠などから邪教徒による犯行と断定。

 雑なようにも思うけれど、湯の川情報部による情報操作が功を奏したのと、私が創ったニックさんの死体――創りかけの身体があまりにも酷い状態だったので、「何でここまで酷いことができるんだ」「こんなの人間のやることじゃねえ」「ニックは賄賂もくれるいい奴だったのに、絶対に許さない!」となったらしい。



 そうして当局は、カクーセイキュウを中心に捜査を開始、警備体制も強化した。


 もちろん、実際には彼らは奴隷ともども全員無事で、湯の川諜報部や工作部及び物流部の人たちによって湯の川へ移送済みである。

 ほとぼりが冷めた後に希望する場所に再送する予定らしいけれど、恐らくはそのまま湯の川に住み着くと思う。



 更に二日後、ニックさんの家族や友人たちを「彼の死を悼むため」という名目で彼の死亡偽装現場に集め、やはり邪教徒の仕業に見せかけての襲撃から湯の川送り。

 今回は当局の特別警戒中の作戦で、各地で扇動や陽動を行って警備を分散させる大規模なものになったけれど、湯の川っ子は私に褒められたい一心で見事にやり遂げた。

 それも、無関係な人には一切の被害を出さずに。

 もちろん、邪教徒は別。

 とある偉い人が言うには、「なんぼ()ってもいいもの」らしいし。



 ということで、帝国の人たちが彼らを害することはできなくなった。


 ただし、湯の川では奴隷商売を認めていない。

 なぜなら、私の奴隷になろうとする人が大量に出てくると予想されているからだ。

 したがって、完全にゼロからの出発になるけれど、飢えて死ぬことだけはないので、じっくりと自分のやりたいことを探してほしい。



 とにかく、この件は現場に彼らの死体(※創り物)と、今度は邪教徒の死体(※本物)も残して完全犯罪成立、無事に迷宮入りである。



 結果、カクーセイキュウに厳戒令が敷かれたけれど、困るのは邪教徒だけなので大いに結構。

 町の人たちは、多少不便にはなったものの「ようやくおかみが仕事をしてくれる」と歓迎ムードだ。


 良い仕事をした後は気持ちがいいね。


◇◇◇


 それからもルルたちと一緒にカクーセイキュウの調査をしている。

 もちろん、朔たちとも連絡を取って、承認の上でのことだ。


 なお、第八皇女については、敵対の可能性は低く、協力関係を結ぶことになったそうだ。

 そして、私の方にはルルがサポートについて、基本的には私にしかできないことをしつつ、クラスメイトや中学生たち全員で穏便に帝国を脱出する術を探ることになった。



 ということで、一般的な調査は湯の川諜報部に任せておけばいい。

 むしろ、私がでしゃばると湯の川諜報部の人たちの邪魔になる。

 それくらいはわきまえているし、私の力が必要な事態になったら向こうから言ってくるはず。


 なので、私は私にしかできないこと――学園で見かけた「聖女」とかいう得体のしれないものを担当する。

 妹たちやクラスメイトが学園に来るというのも、延期になっているだけで中止になったわけではないらしいしね。

 あまりかかわりあいたくないけれど、不安要素は可能な限り排除しておきたいし。

 なので、頑張って曇りなき眼で見定めておこう。



 さておき、私と行動を共にすることになって張り切っているルルには悪いのだけれど、彼女が同行する最大の理由は「(ユノ)が余計なことをしないように」と監視させることだろう。

 もっとも、彼女の喜びようを見るに、彼女にはその旨は伝えられていないようだけれど。


 まあ、湯の川っ子には、私の鑑賞はともかく監視はきついと思う。

 それに、問題があっても止められない――「ユノ様の御心のままに」あるいは「我が命に換えましても」するだろうし、過剰なストレスを与えないための措置だとすると納得できる。


 私に直接言わないのは、「押すなよ、絶対に押すなよ」的な因果を作らないためか。

 理屈と気持ちは分かるけれど、因果になりそうかどうかはなんとなく分かるし、もう少し信用してほしいものだね。




 さて、くだんの聖女だけれど、いつでもどこでも胡散くさい。


 例えるなら「物語に登場するような聖女を現実に持ち出した」感じだろうか。

 あるいは、「オカンが言うには~」「ほな、違うんとちゃうか。ほかに何か言うてなかった?」「オカンが言うには~」と永久ループしそうな感じか。

 ……やっぱり違うかもしれない。

 正解に辿り着きそうで着かない感じ――もうちょっとだと思うのだけれど。


 まあ、いい。


 とにかく、勤勉で博愛に寛容と誰からも好かれる人柄に整った容姿、規則正しい生活に正しすぎる主張は間違ってはいない。

 しかし、見方を変えると、人間味の欠片も無く、ルルたちから見ても「こんなに裏が見えない人間がいるとは驚きです」と粗を見つけられない不自然な存在である。



「ですが、あり得なさでいうとユノ様の完全勝利です。あの程度では相手になりません。自信を持ってください!」


 えっ、張り合っているわけではないのだけれど?

 なぜそんな酷いことを言うの?


 個人の感想を否定するつもりはないけれど……。

 話題を変えるか。



「……それで、邪教徒の方は?」


「はっ。後ろ盾の貴族も含めてかなり追い込まれているようです」


「追い詰めすぎると何をするか分からないけれど……。それは当局に期待するしかないか。ほかには?」


「この町にいる不死の大魔王勢力ですが、そちらも随分と慌ただしくなってきています」


 ふむ。


 恐らく、ヴィクターさんの勢力に限らず、邪教徒との繋がりがある人たちみんなが現状に焦りを覚えているということだろう。

 本人もかなり追い詰められていたけれど、どちらも暴走しないことを祈るばかりだ。



「大魔王勢力の方は、必要なら私が対処するから深入りはしないで。貴女たちは、朔からの要請どおりに、この町にいる邪教徒主要メンバーと拠点のリストアップをお願い」


「はっ! この命に換えましても!」


「いや、命までは懸けなくていいから」


 湯の川っ子は加減を知らないのが怖いね。



 さて、現状では妹たちとクラスメイトの自由を制限している最大の要因が、みんなを保護している第八皇女の都合である。

 といっても、特に不条理な理由からではない。



 みんなに自由を与えたとして、問題が起きた時に自分で責任が取れるかというと難しいだろうし、後見人として彼女が肩代わりするにしても処理能力に限界がある。

 ひとつふたつなら処理できたとしても、それが積み重なってくる手が足りない。

 そもそも、彼女には味方が少ない――さらに、みんなのこと以外のあれもこれもひとりで対応しなければならないらしく、みんなに好き勝手されると困るのだ。

 それでやむなくみんなの自由を制限しているのだそうだ。



 なお、その足りない労力を補う一助となるべく湯の川特殊部隊が暗躍していて、簡単なものは対処済みだそうだけれど、それでもまだ足りないらしい。

 帝国という悪環境の中とはいえ、どれだけの問題を抱えているのか。


 湯の川特殊部隊も、単純な破壊工作や暗殺だけならともかく、事故に見せかけてとか情報操作なんかも必要となると準備が必要で、特に皇都はヴィクターさんの息がかかっている人も多いので、無理もできないのだとか。



 とにかく、妹たちを手厚く保護してもらっていることには感謝している。

 自由を制限する理由も納得できる。


 ただ、皇都という場所はお互いにとって良い場所ではない。

 第八皇女のホームであると同時に、複数の皇位継承者のホームでもある――ヴィクターさんの勢力もいることを考慮すると、もうアウェイといってもいい。


 カクーセイキュウも「良い」とはいえないけれど、拠点の候補としては皇都よりマシだし、何なら私たちの手で良いものにしてしまえばいいのだ。

 ニックさんたちの資産のうち、回収できる物のほとんどを回収しているので、今は資金にも余裕があるしね。


 ということで、頑張るぞー!


◇◇◇


 事態が動いたのは、最近召喚されたばかりだというゴクドー帝国の公式勇者オージがカクーセイキュウにやってきてからだ。



 勇者がこの町を訪れた目的は「邪教徒排除」である。

 つまり、湯の川特殊部隊も手伝っている第八皇女主導のそれが順調すぎたせいで、彼女に手柄を独占されることを嫌った他派閥からの横槍が入った形である。

 一応予測はしていた展開ではあるけれど、勇者の到着が異常に早かった――従者さんたちを置いてけぼりにしてまで移動時間を短縮したことと、正気を失っているのかと思うほど使命に燃えていることは予想外。



 その勇者オージは、現在は第五――いや、第六だったか? 皇子のダイゴだかロクデナシだかの指揮下に入って、邪教徒殲滅と「ユノ」の捜索に当たっている。

 前者はともかく、後者はなぜだ。

 断れよ。

 というか、そっちが本命みたいになっていない?

 お巡りさん、ここにストーカーがいます――って、お巡りさんは向こうの陣営か。



 さておき、湯の川だけでも充分――というか、人手不足ではあるものの制御できていたところをかき回されて、現場は大迷惑。


 さらに、勇者オージの勘が鋭いのか偶然か、私の行く先々に現れるので、湯の川関係者と接触することにすら気を遣う。

 邪魔で仕方がない。

 公認勇者でなければ消しているところだよ。




 一応、皇子や勇者の成果が無かったわけではない。

 邪教徒の拠点がいくつか暴かれ、そこにいた邪教徒たちは捕縛かその場で処刑された。



 しかし、それによって追い詰められたことを悟った邪教徒たちの暴走が始まった。


 一般市民に極力被害が及ばないように、一網打尽にする計画が台無しである。



 というか、台無しになっただけならまだよかった。

 皇子や勇者と足並みを揃えるわけにもいかないので、全てが後手に回る。

 現状でヴィクターさん関連のことが明るみに出ると大混乱は必至なので、場合によっては邪魔をしなければならない。

 もちろん、湯の川の存在に気づかれてはいけないので、邪教徒や犯罪者の仕業に見せかけてだ。



 唯一の明るい話題が、制服に付属していた光の玉が精霊化したことだ。

 私の魔素を吸って進化したのだろうか。


 ステレオタイプの妖精のような容姿で可愛らしいけれど、生まれたばかりなので知能は低く――それも可愛さのうちではあるけれど、特に何かの役に立つようなものではない。


 名前は“LED”からもじって【エルちゃん】とした。

 指向性というか嗜好性が強いのでピッタリかなと思う。

 サイズ的にはSだけれど。


 なお、「ちゃん」までが名前である。

 知能の低さからなのか、敬称を理解できなくてそうなってしまった。




 さておき、生まれたばかりで好奇心旺盛な精霊を連れての調査は嫌でも目立ってしまうので、最近は仕方なく地下水路の調査に回っていた。


 ローブを手に入れる時に多少掃除はしたものの、全体的に見れば一部にすぎない。

 当時の中断理由だった殺虫剤(終焉の黒・改)の再調達や十六夜が創った廃棄物処理用スライムも届いたので、大掃除を開始している次第である。

 追い詰めすぎるのはまずいけれど、証拠を残さなければ追い詰められていることにも気づかないので問題無いのだ。


 そもそも、邪教徒の拠点の大半は地上の町中にある。

 木を隠すなら森の中というものだろうか。

 特徴的なローブを着ているとか物証を持ち歩くなどしていなければ一般人と見分けがつかないのだから、そういった物が必要になる儀式場さえ押さえられなければいいのだ。


 そして、いくら邪教徒でも毎日儀式をするわけではない。

 大貴族の支援があるといっても資金的な限界はあるし、それぞれに日々の生活もある。

 ただ、ちょっとした息抜きなどに集まる場として、地上にもいくつかの拠点があるらしい。



 そして、前回私が潰したのが、邪教徒の儀式場になっていた場所である。


 邪教徒にしてみれば、地下水路入口からそう遠くなく、更に入り口の鍵を管理できる立場にあり、なおかついい感じの広さと雰囲気があるそこは非常に良い場所だったのだろう。


 しかし、ある時を境に人や物がごっそり消えて、犯人はおろか手口も分からないような場所に戻るのは危険すぎる。


 そうして、再度の襲撃を恐れた邪教徒たちの大半は地下水路に入らなくなった。

 それでも、なぜか集会そのものを止めることはできず、地上の拠点でこっそり儀式をしようとしているところを勇者たちに嗅ぎつけられている。


 これは勇者たちが優秀というわけではなく、地上での活動のノウハウがないのに強行しようとする邪教徒が無能というか無謀すぎるだけ。

 そんなにまめにお祈りとか儀式なんてしなくても、想像上の邪神は罰を与えたりしないのにね。

 何が彼らをそんなに駆り立てているのか……。


 というか、主神たちが把握していない邪神がいるなら、排除か教育しないといけないので出てきてほしいところだけれど。



 とにかく、邪教徒がお莫迦さんなことも、湯の川特殊部隊ではフォローしきれない。

 当局の弾圧が激しくなっているのに対抗するために更に儀式を過激にしようと企んでいるとか、頭がどうかしているとしかいいようがない。



「ですが、本当にどうしようもない時に神様に縋りたくなる気持ちはよく分かります」


 ルルは分かるのか……。


 神に祈ることに限らず、自身の力が及ばない状況で思考停止しても何も解決しないし、頼るなら現実味のある人たちにするべきだろう。


 例えば私が頼りにしているのはアイリスやアルといった身近な人たちで、神に期待しているのは私の邪魔をしないことだけだ。

 それと、主神たちには早く父さんと母さんを開放してほしい。



「ルルたちはユノ様に拾っていただいたので救われましたが、それ以前は毎日祈ってるか呪ってるかのどちらかでしたから」


 その感覚はよく分かる。

 さすがに毎日ではないけれど、私もよく呪っていたものだ。

 もちろん、本気で呪いが効くとは思っていなくて、ただ気分を切替えるための儀式(ルーティン)のようなものだ。


 だから、アメリカ大統領の暗殺も意図したわけではなく――いや、私の仕業と決まったわけではないけれど、とにかく、これからは安易に呪うのは控えるようにした方がいいだろう。




 そんな取り留めのない話をしながらルルと地下水路を散策している。


 ルルがついているのは私の助手ということになっているけれど、恐らく、調査自体は彼女ひとりの方が捗ると思う。

 さきにも推測したとおり、彼女が期待されているのは私の監視と制止であって、調査能力の減少はやむを得ないと考えられているのだろう。


 なので、その減少分についてはほかの湯の川っ子がカバーしているはずで、地下水路についても既に別動隊が調査をしていると思われる。



 なので、ここでは「何も無いこと」を確認する作業のようなものである。


 現状、地下に潜伏している邪教徒はごく僅か。

 それも、地上に居場所が無いような、邪教徒としてもいてもいなくても変わらない下っ端がほとんどだろう。


 残されている物証も特に価値が無い物ばかり。

 というか、ほぼゴミだと思う。


 なので、本当にただ散策しているだけ――だったのだけれど、私の良すぎる感覚が僅かな違和感を捉えた。

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