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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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 私にとって、一般人から逃げ切るくらいは造作もないこと。


 騒ぎに気づいて、好奇心からか正義感からか、逃げている私を追いかけてくる人がゾンビ映画のようにどんどん増えてくる。

 ただ、身体能力が違うのはいうまでもなく、冒険者のように連携やスキルを使うこともなく、呼吸を卒業していない人にスタミナで負けるはずもない。


 私を追いかける人の列はすぐに間延びして、後発の人は何を追いかけていたかも分からなかったのではないだろうか。




 しばらく走り回って追っ手を完全に振り切ると、夜明けを待ってから制服を注文していたお店に向かう。


 鬼ごっこやかくれんぼでは負けないとしても、お尋ね者になってしまった――情報にも賞金を懸けられたりすると、町中の人が敵になるかもしれない。

 なので、万全を期すなら町を出た方がいい――のは分かっているけれど、ニックさんの件が片付くまではそう遠くには行けないし、野宿とかもしたくない。

 なので、当初の「学生に紛れてやり過ごす」案を実行に移すつもりだ。



 そうして日の出と同時にお店についたけれど、まだ開店前だった。

 常識的に考えて当然か。


 これがほかのお店も閉まっているならそう気にすることもないのだけれど、食堂などの一部のお店は準備を始めている。

 そんな場所で、服屋さんの前で開店を待つとかウロウロしていると目立ってしまう。


 仕方がないので、緊急避難的に鍵をこじ開けようとして――普通に開いた。

 鍵を閉め忘れていたのか先客がいたのか。


 そんなことを考えながら店内を見渡してみると、先日会った店主さんが床に倒れていた。


 一瞬、殺人事件かと思ったけれど、呼吸音が聞こえるので、どうやら意識を失っているだけのようだ。

 それなら強盗かとも思ったけれど、彼が負傷している様子も、店内に荒らされた様子もない。


 いずれにしても尋常なことではないので、ひとまず店主さんを起こすことに。

 もちろん、意識の無い人に下手に触れると後で問題になる可能性がある。

 生命や健康よりも大切なものがあるという意見は理解できるし、普通の人には見ず知らずの人の心の裡まで量る術が無いとしても、面倒な世の中になったものである。


 なので、声による精神刺激アタックで目覚ましを試みる。

 言葉なら何を言っても構わないというわけではないけれど、人間の可聴域を超えた周波数なら証拠も残らない。




「……ここはもしや天国でしょうか?」


 寝起きの第一声がこれだった。

 まだ寝ぼけているようだ。

 それか、脳に異常があるか。



「先日制服を注文した者です。たまたま通りかかったら扉が開いていたので、こんな時間に何事かと思ってつい」


 いずれにしても好都合なので、状況を利用して不法侵入を正当化しておく。



「おっと、お客様でしたか。朝日に照らされたお客様が神々しくて、女神様がお迎えに来て転生するのかと思いましたよ」


 かなり寝ぼけている。

 内容はともかく、言語機能はしっかりしているようだし、脳の方は問題無いか。

 ……そうだろうか?


 とにかく、これなら余計な言い訳は必要ないか?

 それとも、神扱いだけは否定しておくべきか?



「お客様の服を作れることが嬉しくて、誇らしくて、つい寝ずに作業していて気がついたらこの有様で――これはやはり運命で、貴女は女神様では?」


 かなりお疲れ――あるいは心の問題か。

 狂人の戯言なんて誰も耳を貸さないだろうし、放置でいいか。



「……それで、服はできましたか?」


「ええ、あれが夢でなければ、私の生涯最高傑作が! どうぞご覧ください! 特殊効果の付与スロットは史上最高の5! その全てを《魅力上昇》の大か特大で埋めました!」


「何をしてくれているの……」


 何をしてくれているの……。



 何かの見間違えかと思って無視していたけれど、魔力的にも物理的にもキラキラしているあれが私の制服らしい。

 あまりのショックに本音が漏れてしまった。


 (くだん)の制服は、原形は残っているものの、細部の作り込みがすごい。

 神は細部に宿るというのがよく分かる逸品である。

 私が着るのでなければ手放しで賞賛していたことだろう。



 さて、これは私の魔法無効化能力でどうにかなるものなのだろうか?

 下手に侵食して服ごと破壊してしまっては本末転倒だし、「着ない」とか「作り直してもらう」などという彼の努力を無駄にするようなこともしたくない。

 公序良俗に反するような物なら別だけれど。



「良い仕事でした。では、頂いていきますね」


「おっ、お待ちください! ひと目! ひと目でいいのでその制服を着たお客様を見せてください! そうすればもう思い残すことはありません!」


「……」


 寝起きなのに元気だな……。

 というか、今度は永眠するつもりなのか?

 まあ、「生涯最高の仕事の成果を確認しないと死んでも死にきれない」という意味だと思うけれど。


 いずれにしても、身を隠すためには着替えなくてはならない。

 いつ着替えるかだけの差なら、今でもいい――ということで、なぜか更衣室にまでついてこようとする店主さんを椅子に縛りつけてから着替えに向かう。


◇◇◇


 着替えた。


 まず、制服を着た私はやはり可愛い。


 素材が良いので何でも似合うのは事実だけれど、さすがに年齢に見合わない物だと違和感を覚えさせてしまう。

 素の私の外見からすると、ビジネススーツとかね。

 似合わないというほどではないけれど、ビジネス感が全く無い。

 むしろ、ドレスを着ている方がデキる女性に見えるし、神ルック装束だとお供え物とか貰える。


 似合いすぎても「過ぎたるは猶及ばざるが如し」になるようだけれど、学生服なら未熟なイメージもあってちょうどいい感じになると思う。



 さて、制服のサイズは驚くほどピッタリ。

 必要なデータは渡しているとはいえ、仮合わせなどもなしでこれとは恐れ入る。

 それでいて身体の動きを阻害することもない。

 言うだけはあるいい仕事だ。



 一方で、制服に掛けられた魔法効果か、顔を照らすためのものらしい光の玉が飛び出してきた。

 そして、恐らく私を最大限可愛く見せるための適切な位置を探してだろう、忙しなく飛び回っている。

 というか、どの角度から見ても――そもそも光源など無くても可愛い私に困惑しているのか、右往左往しているようにも見える。


 いずれにしても、これは目立ちすぎる。

 消してしまうのは簡単だけれど、作者の情熱まで消してしまうのはどうかと思う。

 せめてオンオフできないものか。




 とりあえず店主さんに見せてから考えようと戻ってみると、椅子に縛りつけていた彼が見知らぬ人に解放されている最中だった。

 縛り方が甘かったせいで、呻き声とか暴れる音が外に漏れたか?

 朔がいないとどうにも加減が分からない。



 それよりも、私に向けられる不審の目と信仰一歩手前の目。


 まあ、こんな早朝に試着室からライトアップされた少女が出てくれば、不審に思うのも無理はない。

 私と店長さんの構図が逆なら、間違いなく即通報されている状況。

 そうなっていないのは、やはり制服のおかげだろうか。


 どちらにしても、追われている身としては騒ぎになるのは避けたい。

 ゆえに、先制するしかない。



「行け、光よ!」


「「うおっ、まぶしっ!?」」

「後光で目が!」


 駄目元で言ってみると、光の玉が光量を増しながら突撃していった。


 まさか、作者の情念が強すぎて精霊みたいになっているのか?


 何が何だか分からないけれど、今は逃げるか。

 もちろん、「見事です」と品物に対する賞賛と代金を置いて。

 やましいところは無いし、店主が正気を取り戻せば説明してくれると思うけれど、憲兵さんとかを呼ばれると困る身なのだ。


◇◇◇


 さて、どうにか現場からは逃げ切ったものの、光の玉が光量増しっぱなしで追いかけてくるのは目立ちすぎる。

 言うことを聞いてくれるなら交渉してみるのもひとつの手段だけれど、ストレートに「消えて」と言うのは少々残酷である。

 存在そのものの否定をしたいわけではないので、言い方には気をつけなければならない。



「スイッチどこ?」


 とりあえず、いろいろと配慮したつもりで訊いてみたものの、返事は無い。

 物理的にオンオフできる物か、やる気スイッチのような精神的なものでもあればと思ったのだけれど……。


 こんな時に朔がいてくれれば、良いアイデアを出してくれたかもしれない。

 まあ、無いものを嘆いていても仕方がない。


 朔がいても何かが足りないのはいつものこと。

 配慮とか、人の心とかね。


 なので、いつもどおりにあるものでできる範囲のことをする。



「お役目ご苦労様。ひとまずここに戻って」


 そうやって制服の内ポケットに誘導すると、素直に従う光の玉。


 ただし、それでも隠し切れない光が漏れ出ている。

 腰のポケットに誘導していれば「コシヒカリ」で誤魔化せたかもしれないけれど、胸元で光られるのは規制の光っぽくてまずい。


 昔の――日本に戻る前の私なら気にならなかったと思うけれど、朔の魔法少女趣味に付き合っていたせいで、いろいろと余計なことまで覚えてしまった。

 なんだよ、「大きなお友達向けの魔法少女」って。

 ただのエッチなやつじゃないか――って言ったら朔に『分かってない!』って怒られたな。


 ちなみに、その(きせい)は円盤とかを買うと――お金が絡むと消えているらしい。

 光というか、社会、あるいは業界の闇だった。



 ……なんて思い出している場合ではなかった。


「今は光るべき時ではありません。いずれ光り輝く時のために、今はゆっくり休みなさい」


 などと適当にそそのかすと、完全にオフとまではいかないけれど、許容範囲に収まった。

 これならローブでも羽織れば気にならないだろう。


 というか、光っていなくてもまだ出来の良さと私の可愛さで目を惹くので、できるだけ早くローブを入手しなくては。

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― 新着の感想 ―
普通にしようと頑張っても迷走する感がとてもよいです
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