19 パーフェクト
――ユノ視点――
アルバイト先が決まった。
カツオ武士スタイルでは用心棒くらいにしかなれないかと心配していたけれど、よく考えると、それならもっと分かりやすく強そうな方が抑止力になるのは当然のこと。
例えば厳つい顔をした巨漢とか、エッチな格好なのに堂々としている人とかね。
カツオ武士でひと目で分かることといえば、良い出汁が取れそうなことくらいである。
……いや、この世界に鰹節の目利きができる人はいるのか?
それでも、駄目元で――と応募しまくって、大手はその理由でことごとくが不採用だった。
いっぱいお祈りされた。
不採用という結果はともかく、本心が伴っていない口先だけの言葉でも言霊が宿ることもあるんだよ?
私が活躍とかしたら大惨事になるかもしれないけれど、それでもいいの?
それと、お祈りする相手は選んだ方がいい。
私だからよかったようなものの、性質の悪い邪神とかだと知らないうちに信者にされているかもしれないよ?
ただ、「捨てる神あれば拾う神あり」とでもいうか、接客で雇ってくれる店があったのだ。
もっとも、カツオ武士スタイルのままではなく、制服貸与の上でだけれど。
そのお店の名は、「異世界居酒屋モブ」。
異世界――日本の居酒屋のような雰囲気のお店で、提供される料理も異世界――日本の居酒屋で提供されているような物が多い。
立地としては少し分かりにくい場所にあって、客席数は30と小ぢんまりしているけれど客の入りは悪くなく、常連には貴族やその筋の有力者もいるという、正に「知る人ぞ知る」隠れた名店だとか。
諜報活動にはもってこいのお店ではないだろうか。
さて、このお店の主人である【モトノブ】さんは、恐らく異世界日本からの転移者であると思われる。
繁盛店なのにお客さんひとりひとりの要望に応えようとしたり、私のような素性の知れないのを「困ってんだろ?」のひと言で雇ったりするお人好しで、黒髪黒目に根源があっち側だし、まず間違いない。
ユニークスキルは持っていないようだけれど、日本の調味料を入手する手段はあるようだ。
……充分ユニークか?
「それで、ユノ君は何ができるんだ?」
「大将、そういうのは採用前に訊くことでは?」
「まあ、大将らしいですけど」
ご主人――いや、大将のお人好しは今に始まったことではないらしく、従業員さんたちにもツッコまれていた。
といっても、諫められているとか棘のあるようなものではなく、じゃれあいのようなものだと思うけれど。
「家事全般、大体のことは人並みに。戦闘も得意ですので用心棒もできますし、探し物も得意ですので債権回収も。あ、でも、虫が苦手なので奴が出ると無力になります。後は歌って踊れるくらいでしょうか」
「ふえー、多芸ですね。それでなんでうちで働きたいんですかね? お給料は安いですよ?」
「奴ってのは、ゴキブ――」
「その名は口にしてはいけません」
「お、おう。すまん」
「どんなに掃除をしてもいなくなることはないですし、そのうち慣れますよ?」
「慣れませんし、諦めてはいけません。奴らは人類――いえ、世界の敵です。人間の小さな諦めが奴らを増長させるのです」
湯の川にある殺虫剤を持ってくることができれば、町中の害虫を駆除することもできるかもしれない――いや、あれは町の人たちの協力もあってのことだし、少し難しいか?
まあ、でも、この先何があるか分からないし、湯の川諜報部と接触できたら取り寄せてもらおう。
「……そうか。じゃあ、まずは掃除をお願いしようか。うちとしても、奴が出ないようピカピカにしてもらえると有り難いね」
「承知しました」
「その前に着替えよっか。そんな恰好じゃ掃除できないでしょ」
「っていうか、甲冑はともかく面頬付けたまま面接受ける人って初めて見ました」
「申し訳ありません。私の故郷では感染症予防の観点からマスクを付けることが推奨されていまして、うっかり……」
「それはそういうマスクではないような――いや、マジックアイテムなのかな? まあ、事情があるのは分かった。でも、できれば仕事中は外していてもらえるかな?」
分かってしまったのか、大将。
これが理解ある彼というものなのか。
特に何の効果も無いし、外すのを忘れていたので適当に言い訳しただけなのだけれど。
あ、もちろん兜は脱いでいるよ?
日本でも寛容になってきたとはいえ、いまだに「状況次第」との条件が付くし、特段の理由が無ければ室内では帽子を脱ぐのがマナーである。
少なくとも私はそう教えられた。
そして、今は客として来ているわけではなく、雇われにきているのだから脱ぐのが当然である。
面頬は……本当にうっかりしていた。
バケツに慣れると大体の物は違和感なくなるんだよね。
とにかく、大将は本当にお人好しのようだ。
「それがお望みでしたら」
大将の理解力に付け込む形でよく分からないやり取りになったけれど、遅まきながら面頬を外す。
「……なるほど」
「うわー、すごい美人さんだ。掃除前なのに店が輝いて見えるよ」
「面頬とのギャップ! ……あれ? 美人で何でもできるって、あたしクビにされたりします?」
大将はまたも何かを理解した模様。
理解があるのは結構なことだけれど、知りすぎると危ないこともあるからね?
そして、先輩たちは大袈裟すぎる。
さすがに他人の仕事を奪うようなつもりはないけれど、今は湯の川諜報部に見つけてもらわないといけないので張り切って仕事をしようか!
◇◇◇
「大将、いつもの――うおおおっ!?」
お客さんが勢いよく暖簾をくぐろうとして、その勢いのまま盛大に足を滑らせる。
「いらっしゃあっ、ロバートさん、大丈夫か!?」
磨きすぎた床が、雨の日の老舗中華料理屋さんくらいに滑るようになってしまった。
もちろん、お客さんに怪我をさせるわけにはいかないので、転んでしまう前に支えにいっている。
今日はずっとこんな調子で、料理の前にお客さんを運んでいるのだ。
お姫様抱っこで。
「危ねえ……。助かったぜ、お嬢ちゃん。おっと、その服着てるってことは店の子かい?」
「はい、今日からお世話になっています」
「うーん、初日とは思えないくらいに馴染んでるねえ」
「なんか今日はいつもより料理と酒が美味いような気がするよ。大将、良い娘雇ったじゃないか」
「おっちゃんも生まれて初めてお姫様になったよ。……悪くないものだね」
このお店の制服は、こちらの世界では珍しい和装だった。
なので、現地人である先輩たちより私の方が着こなせるのも無理もないこと。
先輩たちが気を悪くしなければいいのだけれど。
「ユノちゃん、仕事が早いのに丁寧で、しかも可愛いの! おかげで仕事が楽になったし、私たちの癒しにもなるんですよー」
「お店がピカピカになってちょっと眩しいし、床がツルツルで歩きにくくなったけど、こんな仕事ができるなんてすごいですよね! 私も見習わないと!」
おっと、その心配は不要だったか。
だったら、もう少し本気を出してみようか!
◇◇◇
アルバイト初日終了後、早速湯の川諜報部との接触を果たした。
ノワールたち元ゴニンジャーは湯の川で人材育成に励んでいるので、ここに派遣されているのは顔も名前も知らない人たちである。
それでなぜ湯の川諜報部だと分かったか?
向こうが私のことを知っていて、そう名乗ったからというのもあるけれど、私を見る目とか言葉の端々に湯の川っ子特有の狂気が垣間見えたからだ。
「まさか、このような所でユノ様のお役に立てる日が来るとは思いもしませんでした。ユノ様に拾っていただき、育てていただいたご恩に報いるためならどんなことでもやり遂げてみせますので、この【ルル】に何なりとお申し付けください。あ、手始めに皇帝を暗殺でもしてきますか?」
現場に派遣されていて更に単独行動が許されているということは、それなりの実力があるのは間違いないのだろう。
だからこそ、本気なのか冗談なのか分からないことを言うのは止めてほしい。
というか、それは手始めにやることではない。
それと、猫人なのに語尾に「ニャ」が付かないのはなんだか物足りない。
まあ、素のままでは亜人差別の酷い帝国で活動するのが難しいのかもしれないけれど。
「いや、暗殺とかは必要無いから。とりあえず、帝都にいる朔――妹たちと連絡を取る手段を確保してほしいのと、ある奴隷商人とその関係者を国外に脱出させたい。それはまあ、賊に襲われて死んだことにするとかでいいと思うけれど」
「さすがユノ様、完璧な計画です。では、早速準備に取りかかります」
本気か?
本気でそう思っているのなら正気か?
自分のことは自分が一番知っているので、いわゆる「さすユノ」は皮肉にしか聞こえないのだけれど。
それでも、なんだかんだで上手くやるのが湯の川っ子である。
ゴニンジャーには実績があるし、その弟子の失敗報告も受けたことがない。
「無理は禁物だよ」
「分かっております。捕まるようなヘマはしませんし、万一そうなった場合には自爆する覚悟はできておりますので。では、失礼」
……「無理」って何だったかな?
自爆はそれに含まれないのかな?
もしかして、失敗の報告が届かないのはそういうことじゃないよね?




