15 冒険者ギルド単独無援護登録
奴隷商人【ニック】さんの手引きと護衛の人たちの過剰なくらいの援護射撃で、無事にカクーセイキューに入ることができた。
……正確には、容貌確認とやらで素顔を曝すことになって少し混乱が起きたけれど、認識阻害の指輪のおかげかいつもほどは荒れなかったのでセーフ。
最敬礼で見送られただけで、追いかけてはこなかったしね。
それからすぐにニックさんと別れて、何はともあれ冒険者ギルドへ。
何度目かとなる冒険者登録くらいなら彼らの協力は必要無いし、彼らにも亡命に向けて必要な準備がある。
というか、多少の無理難題なら湯の川っ子たちに神や悪魔までもが命懸けで叶えてくれる私と違って、彼らの準備は自力でどうにかしなければならない。
その亡命にしても、湯の川に丸投げする予定なので、詳細は何も決まっていない。
そんな計画に乗ってくる彼らは、よほど追い詰められているのか、それとも私の信頼度が高いのか。
まあ、彼らから見た私の評価は、精々が「金払いの良い、ちびっ子デュラハンの主人」くらいのものだろうし、前者かな。
それでも、亡命先が「あの世」ではないくらいには信用されているとは思うけれど。
とにかく、詳細が決まっていない亡命計画に備えるなんて、いくら時間があっても足りない。
なので、当面必要になる物だけ貰って別行動することになったのだ。
◇◇◇
「こんにちはー! 冒険者登録にきました新人のユノです! よろしくお願いします!」
ということで、ギルドの扉を勢いよく開いて元気よく挨拶する。
おどおどしていると教育係に絡まれそうだしね。
教育係ではないチンピラに絡まれる可能性もあるけれど、その場合に備えてカツオ武士を継続している。
これにいきなり喧嘩を売ってくるような剛の者はさすがにいないだろう。
いたとしても、暴力にはそれなりに自信があるし、ニックさんから結構な額のお金も頂いている。
元気の良さも合わせれば、ほぼ無敵。
これだけ揃っていれば、想定外があっても大体のことは解決できるはずだ。
「……元気なお嬢ちゃんだな。来る所を間違えてるんじゃねえか?」
「あっ、そういうのは結構ですので! お仕事ご苦労様です! お近づきのしるしに一本どうぞ!」
悪役顔のエリート冒険者さんが任務を忠実にこなそうとするけれど、それも元気とお酒とおつまみで押し切る。
ちなみに、お酒は《人殺し》だけれど、かなり薄めているので多分進化したりはしない。
そして、おつまみはカツオ武士の削り節から作っているのできっと美味しい。
「皆さんもよければどうぞ! ギルドの方もどうぞ!」
もちろん、ひとりだけ贔屓にすると残りの人を敵に回してしまう可能性もあるので、この場にいる全員に振舞う。
「はっ、この嬢ちゃんよく分かってやがる! こりゃ俺たちの負けだな!」
「この酒美味ぇな! これどこ行けば買える?」
「ふふふ、イケナイお嬢さんだ。私を酔わせて何をしようというのかね!」
「自家製ですので非売品です。また出来れば持ってきますね。それと、何をするも何も冒険者登録ですけれど?」
今更だけれど、ギルド職員の皆さんは仕事中にお酒を飲んでもよかったの?
まあ、怒られるのは私じゃないし、審査が甘くなるかもしれないのでいいか。
「ふっ、仕方がないな。では、こちらに記入を――」
「はい、書けました!」
多少書式が異なっていたけれど、記入する項目はほとんど変わらない。
そして、私の記入スピードはプリンターよりも速い。
ゆっくり記入していたら、ほかの冒険者さんたちに覗かれるしね。
個人情報保護とかプライバシーの意識が薄いこの世界では自己防衛が重要なのだ。
「は、速いですね。しかも、字が美しい……。では次に、これに手を翳してください」
うん?
何かの魔法道具らしき水晶玉――ガラス玉かも? が出てきたぞ?
アルスではこん手続きはなかったけれど、国とか支部が違えばやり方も変わるのかな?
いずれにしても、拒否する理由も無いので素直に従う。
「……反応無し? おかしいな? ……もしかして、故障か? 誰か予備持ってきて」
言われたとおりにやってみたけれど、特に何かが起きる気配は無かった。
故障なのかもしれないとのことで、しばらく待つことに。
「ちょっと貸してみ――って、普通に反応するぞ」
しかし、その様子を後ろで見ていた冒険者さんのひとりがその水晶玉に手を翳すと、ほんのりと青く光った。
覗くどころか手まで出してきたのはともかく、故障ではなかったことが判明してしまった。
「……どういうことだ? とにかく、もう一度やってみてもらえるかな?」
「はい!」
などと元気よく返事はしたものの、分かってしまった。
恐らくこれは魔力を測る魔法道具だ。
つまり、私には反応せず、元気ではどうにもならない。
もちろん、暴力とお金でも。
「はーーーーっ!」
気合を入れてみたものの、やはり玉に変化は見られない。
みんなの私を見る目が生暖かいというか見守るような感じに変わったけれど、そんな変化は求めていない。
「魔力が無い――とは考えられないので、低すぎるのか? それでも、ここまでうんともすんともいわないのは珍しいが」
「嬢ちゃん、残念だが冒険者は諦めな。金が必要ならさっきの酒を売ればいい」
「それか、幸いなことにここは学園都市だ。私塾も多いし、魔力を鍛える方法もあるだろう。勉強してから出直すのもいいかもしれん」
「おっちゃんたちも意地悪で言ってるわけじゃないんだ。お嬢ちゃんみたいな若くて良い子が無理して死んでいくのを少しでも減らしたいんだ」
おっと、この流れはまずい。
ネタか異常者か分からない発言が交じっていないところをみるに、本気で心配されている。
「はあっ!」
このままでは駄目だと思い、もう直接水晶玉を握って力を入れると同時に朔に作ってもらっていた光魔法擬きを発動してみる。
私専用に調整された特殊な魔法なので、やはり魔力は出ないけれど、もしかしたら何かが起きるかもしれない――との期待を込めて。
「うおっ、まぶしっ!?」
「目が、目があ!?」
「ひひー、サングラス」
光りすぎた。
発動自体は難無くできたものの、威力の調整とかは朔に任せっきりだったので加減が分からなかった。
結果、サングラスをかけていた人は平気なようだけれど、彼以外の人は目を抑えてのたうち回っている。
そして、水晶玉も割れてしまった。
もちろん、割れるほど強く握ってはいないし、この魔法に攻撃力は無いはずなのだけれど……。
不思議なことが起きるものだ。
どうせなら魔力を誤検知してくれればよかったのに(※割れたのは水晶玉なりに忖度しようとした結果)。
◇◇◇
結局、水晶玉での判定は、予備を試しても変化が無かったことから無効になった。
弁償させられなかっただけマシか。
「非常に残念ですが、冒険者組合としましては、貴女の冒険者登録を認めるわけにはいきません」
「嬢ちゃんにも事情があるのかもしれんが、無茶は駄目だぜ」
「なんか困ったことがあるならおっちゃんが相談に乗ってやるよ。もちろん、依頼料なんか取らないから安心しな」
「嬢ちゃんが冒険者じゃなくても、俺たちはもう仲間だ! 気軽に頼ってくれていいんだぜ!」
……変な発言が交じらないと、なぜか逆に居た堪れない。
「あのっ、魔力が無くても戦えます!」
「でもなあ、魔力が無いと魔法への抵抗力とかにも影響が出るからなあ」
「中央の方はまだ大丈夫だけど、辺境だとデスや悪魔が出てるって話だしな。そこまでいくと耐性どうこうの話じゃねえけど」
「おっちゃんにしてみりゃ、お嬢ちゃんは娘みたいなもんだからな。危ないことはしてほしくないんだよ」
なるほど。
反応に困るネタよりも、本気で心配される方がつらいのか……。
それはそうと、ここでも過去の私が邪魔をするのか。
というか、帝国も帝国だよ。
最後の襲撃から何か月経っていると思っているのか。
それだけ効果的だったともいえるけれど、人間は慣れる生物ではなかったのか……。
いずれにしても、こうなってしまうと奥の手を使わざるを得ない。
「あの、どうしてもギルドカードが必要なんです。無理な依頼は受けないと約束しますので、お願いできませんか?」
兜を脱ぎ、面頬も外して素顔を曝し、上目遣いでお願いしてみる。
「おおっと! 嬢ちゃん、それは反則だぜ! それで何が必要なんだ? おっちゃんが何でも取ってきてやるぞ?」
「これは間違いなく聖女様より可愛い。これは荒れるぜ……!」
「シロマ、悪いが君には今日限りでパーティーを抜けてもらう。なぜなら君の代わりの――君以上に美しい癒し役が見つかったからだ。これは決定事項であり反論は許さない」
「望むところよ! ユノちゃん、お姉さんと一緒に末永く幸せになりましょうね!」
「待ちなさい! ユノさんには冒険者などという底辺職ではなく、栄光あるギルド職員こそが相応しいわ! 共に働くうちに芽生える愛情……! いいね!」
「いいや、俺ならユノちゃんに指名依頼を出すね! 報酬は俺の全財産! 依頼内容はこれからずっとおはようからお休みまで一緒にいてほしい!」
奥の手、大暴走。
認識疎外も仕事をしてくれない。
むしろ、いつも以上に収拾がつかない感じ。
とりあえず、逃げるか。




