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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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09 聖女

「おかえりなさい、メーディア様!」


 玄関先でメーディアの帰りを待ち構えていたアメリアが、彼女の気配を超人的な感覚で察知し、扉が開いた瞬間に飛びついた。


 彼女は、年齢的にはメーディアのひとつ下でしかなく、一応は――むしろ厳しいくらいに聖女教育を受けているため、礼儀作法等もひと通りは身につけている。

 そんな彼女がこうも甘えるのは、教会での扱われ方が酷かった反動もあるが、メーディアの人柄によるところが大きい。


◇◇◇


 アメリアの主観による当初のメーディア評は、「自分を救ってくれた恩人」だった。

 さらに、亜人――帝国ではそれ以下の「雑種」として蔑まれるところを、まるで気にすることなく側に置いて可愛がってくれるのは、彼女を見出した有力者にもできなかったことだ。

 というより、両親以外で初めての人物であり、困惑しつつも悪い気はしない。


 その有力者も、彼なりに彼女を守るために力を尽くしていたのだが、教会内部――特に上層部の価値観にまで干渉できる、あるいは聖女候補を守りきれるだけの強さがなかった。

 彼にもう少し力があれば、若しくは後数年生き延びていれば状況が変わっていたかもしれないが、そうならなかった現実が全てである。



 アメリアも、彼に見出されなければ奴隷になっていたであろうことは理解している。


 しかし、教会という檻に閉じ込められ、奴隷の実情を知らない彼女にとって、そこでの生活はつらいばかりのもので、奴隷とどちらがマシかも分からない。

 また、帝国や教会における諸々の実情を知らない彼女にとって、その有力者は「心の支え」というほどではなく、「たまにやってきて、虐められていたら庇ってくれたり、差し入れを持ってきてくれる優しいおじさん」くらいの認識でしかなかった。

 むしろ、「どうせならここから出してくれればいいのに」と恨んだことも一度や二度ではない。



 しばらくすると、そのおじさんが姿を見せることはなくなり、虐め――迫害はエスカレートしていく。

 そんなところにやってきて、アメリアの願いを叶えてくれたのがメーディアだった。


 優しいおじさんにはできなかった、「教会という名の牢獄から外に連れ出してくれて、美味しいご飯をいっぱい食べさせてくれて、柔らかいベッドで寝させてくれる」すごく優しい人である。

 ほぼ彼女の理想どおり――「お風呂に無理矢理入れられて体を洗われるのはちょっと嫌かな」と不満もあるが、お風呂上りに冷たいミルクが貰えたりもするので我慢できた。


 彼女にそんなに贅沢をさせるためにメーディアがどれだけ苦労したかなど、当時は考えもしなかった。



 教会としては、いくら雑種とはいえ聖女候補を引き抜かれては面子が保てない。

 それでも、皇位継承権は低くても皇族で、皇族としては珍しく民衆からの支持も得ている彼女と争うのは割に合わない。

 帝国では民衆にも人族至上主義が深く根付いているが、民衆の生活向上に尽力していて多少なりとも結果を出している彼女と、綺麗事を囁きながら金を毟り取っていく彼らが比較されて、求心力が落ちては大損害である。



 メーディアは、数年前まではゴクドー帝国皇族の名に恥じないクズだったのが、ある日を境にして人が変わったかのように帝国の生活水準向上に取り組み始めた。

 それも、「国家の基盤となる民衆の生活から改善していかなければ」などと臆面もなく口にする、帝国皇族としてはあるまじき偽善者である。

 本来であれば、彼女を疎んだ実の父、若しくは兄弟姉妹によって即暗殺されているのだろうが、全ての活動において国費に一切手を付けておらず――むしろ、有り余る商才で稼ぎに稼ぎ、帝国にも少なくない額の納税で貢献している本物の才女である。

 しかも、皇位については「ほかに相応しい方がいますし、私は経済や文化面で帝国を支えていければ。そのために、結婚も自由にさせていただければ――」と、それなりにわきまえている。


 そんな金の卵を産むニワトリを絞めるなど、有力者にとっては愚行というより言語道断。

 むしろ、飼い主になりたい。

 いや、彼女を取り込むことこそ皇帝に選ばれるための必須条件!


 そうして、どうにかして囲い込みたいと考える者たちの間で駆け引きが行われ始め、彼女自身に被害が及ぶことはほぼなかった。

 もっとも、囲い込み策の一環として襲撃されたこともあったし、自分たちの崇める神を完全否定されている邪教徒は本気で殺しにきているので、決して安全というわけではなかったが。

 また、彼女が商売以外にも有能であったなら、事情は変わっていただろう。



 そんなメーディアに負けないように、身銭を切って民衆の生活向上に貢献するなど、私利私欲を肥やすことに慣れきった教会上層部の者たちには不可能だった。

 同じ金を積むなら、暗殺を依頼して「神罰」と言い張るのが彼らのスタイルである。

 蘇生を依頼にきても、わざと失敗して「神意」と言うのも同様。

 性根が邪教徒と変わらない。



 しかし、最近の情勢で神の威を騙るのは非常にリスクが高い。

 嘘か真か、ここ最近の帝国に起きている異変、あるいは不運は、神の怒りを買っているからとの噂である。

 平時なら鼻で笑い飛ばすような噂だが、砦がいくつも消失しているのは事実であり、確かにそれ以外の理由が思い浮かばない。

 まさか、邪神の小遣い稼ぎだったなど思いもしない。


 とにかく、デスや悪魔が攻めてきたときに守ってもらうためにも、その機嫌を損ねることは避けるべきだ。

 腐っても聖職者である彼らだからこそ、それらの恐ろしさがよく分かる。

 聖属性魔法が使えるからといって戦おうとするなど、短剣を持って竜に挑むようなもの。

 聖属性魔法は不死系の魔物に対する防御にも有効だが、それに頼るくらいなら死んだふりをする。

 それくらいに勝ち目はないのだ。


 また、いかに常日頃から、「私の全ては神に捧げている。私は神の一部であるがゆえに、私の意もまた神のものである!」などと放言していても、「ちょっと言い過ぎたかも。でも、神様もこれくらいじゃ怒らないよね?」と怯えてもいた。

 それが本当に神罰があるかもしれない状況では、命を懸けてまで強がれない。



 とはいえ、素直に負けを認めるのも死ぬほど悔しい。

 彼らはどこまでいっても愚物だった。


 そうして、「損得でいうなら、素直に引渡して彼女の民衆人気に乗っかる方が賢明だ」という意見に乗っかった。

 さらに、レンタルという形にして、礼金や賃料も貰って気分は完全勝利。

 次は何の名目で金を取るか画策中である。

 彼らの辞書にある「素直」という言葉の意味は、一般的なものとはかなり異なっていた。




 そうしてメーディアの手元に置かれることになったアメリアだが、完全に心を開けるようになるまでに少しばかり時間が必要だった。

 人間は怖いもの、更に貴族ともなれば酷いもの――という認識があった彼女にとっては無理もないことだ。



 それでも、一緒に過ごしているうちに、アメリアにとってのメーディアが無害どころか彼女を守っているのだと気づく。

 そっとしておいてほしい時は遠くから見守るだけ、構ってほしい時には絶妙に彼女の好きなポイントを押さえてくれる。

 日々のご飯や差し入れのチョイスも完璧。

 まるで彼女の全てを知っているかのような距離感だった。



 一方で、メーディアが帝国の現状を憂い、全てを救わんと苦悩している――というのは誤解だが、それも見ていれば分かる。

 メーディアの想い描く世界が実現したなら、アメリアのように奴隷狩りに遭う者もいなくなり、みんなハッピー。

 そうして、「この人すごい人だ」と理解した彼女は、徐々に心を開いていくようになった。



 さらに、メーディアに帯同して視察することになった廃教会で聖女の力に覚醒すると、そこに「尊敬」が加わった。

 合わせ技一本で「崇敬」といっても過言ではない。



 この時点でのアメリア視点のメーディアは、「《予知》に匹敵するレベルの智謀で未来を見通して、その全てに対処しようとするすごい人」だった。

 世間で「帝国の英知」と評されるのも当然である。

 その上、「聖女」になったとはいえ、特に実感もなくそれが役に立っているわけでもない雑種の自分に掛け値なしで優しくしてくれている。

 むしろ、メーディアの方が「聖女」に相応しいと思っていた。


 そうして、彼女にとってのメーディア(ご主人様)は、世界樹の女神と同レベルで敬愛する存在になっていた。


◇◇◇


「ただいま、アメリア。今日はお客様がいらっしゃっているから、もう少し良い子で待っていてね」


 アメリアがメーディアの予定外の帰宅に喜んだのも束の間のこと。

 勘は良くても、それゆえに周りが見えなくなる彼女にはよくあることで、それだけ警戒感が薄れてきた証拠でもある。


 それでも、いつもならすぐに逃げ出す人見知りの彼女が、メーディアの後方にいた十数人の知らない人間たちを警戒するのも一瞬のこと。



「……もしかして、そちらの方々は勇者様ですか? 微かにですけど、女神様の気配がします」


 さすが聖女というべきか、アメリアは何かを感じ取ってその正体を看破した。


 そして、これもメーディアの計画のひとつだと察して、仕事モードに切り替えた。

 ――自身の粗相のせいで、ご主人様の仕事を邪魔してはいけない。

 彼女はそれを理解して行動できるくらいにお利口だった。


 そして、彼女にはネコ系亜人の血が入っているからか、ネコを被るのもお手のものだった。



「分かるのですか? ……やはりアメリアは優秀ですね」


「えへへ」


 しかし、アメリアのネコ被りは、メーディアに褒められて一瞬で崩れた。

 彼女が撫でてほしそうに頭を差し出すと、メーディアがそれに応える。


 この様子に、緊張状態にあった被召喚者たちもほっこりである。

 ある種のアニマルセラピーだったのかもしれない。



 さておき、アメリアが女神の気配を感じ取ったのは嘘ではない。


 彼女は聖女になってから神性に対する感受性が格段に上がっている。



 ちなみに、「聖女」とは、かつては巫女が存在しない、あるいは《神託》スキルを有していない国家や教団において、見栄や対抗心から作られた職業だった。


 実際に「聖女」というクラスは存在するが、何をもって「聖女」となれるのかは不明。

 勇者ほどの力はない――というのも、聖女の力を活かしきれていないだけの誤解だが、宗教系組織にとって「聖女」という響きは非常に心を(くすぐ)られるものだった。


 聖女ではなくても、表面的なことをまねするだけならそう難しくはない。

 そして、誰が言い出したかは不明だが「聖女とは職業ではなく、在り方である」という考え方が広まって、「自称聖女」「組織都合聖女」などが生まれるようになった。

 当然、そういった者たちに特別な力はなく、信徒や民衆に対するアピールが主な仕事だった。



 しかし、神を騙ることを禁忌指定している主神たちにとって、受けてもいない神の加護を騙られることも同じである。

 だからといって、神罰を落とすには自称聖女やその関係者は多すぎる上に、はっきりと「神の加護を受けている」と言うことはほとんどない。

 そして、中には自分たちに特別な力がないことを知りながらも、その名に恥じぬように努力している善良な者もいる。

 杓子定規しゃくしじょうぎに対応すればどのような被害が出るかは想像もできず、下手に強行すれば先史文明大戦レベルで人間と神との分断を招く可能性もある。



 そうして、困り果てた主神たちが採った解決策が、「聖女」というレアクラスの条件緩和だった。


 本来は、高い信仰心に加えて近接戦闘能力や信仰系統魔法の適性、更には純潔であることなど厳しい条件が設定されていたために()()()がいなかったが、「高い信仰心」のみを要件とすることで多くの「自称聖女」が「職業聖女」になった。

 同時に、従前の聖女クラスの要件を満たす者は「☆聖女☆(※通常“☆”は非表示)」と区別し、大きな恩恵を与えると同時に悪役聖女を駆逐する役目を課した。



 アメリアには、生まれついての信仰魔法――特に聖属性の適性があった。

 適性は直接的に遺伝しないが、ハーフエルフの父が普通に使っていたので「そういうものだ」と思い込んだ彼女が使えるようになるのは不思議なことではない。


 そして、奴隷狩りに遭う前は、毎日野山を駆け回って狩りをしていたため基礎体力は充分。

 ただし、器用ではなかったので飛び道具や攻撃魔法の扱いは苦手で、専ら近づいて殴って怪我をしたら回復――といった力押しが常だったが。


 一方で、ど田舎には娯楽が少ないため、ちょっとエッチな遊びに興じる若い者は多い。

 ゆえに、「純潔」という条件を満たしていたのは、彼女の幼さを考慮しても奇跡に等しい。

 あるいは「雑種」という特徴が理由だったのかもしれないが、同郷の者は奴隷狩りに遭った際に、若しくは奴隷生活の中で死亡しているので真相は分からない。



 そんな事情もあって、アメリアが奴隷にされた時には「☆聖女☆」としての資格を有していた。

 しかし、ステータスとして表示されるクラスは、条件を満たしているものの中から本人の認識や希望が優先される。

 そして、肩書などに興味が無かった彼女のクラスは「狩人の娘」だった。

 その資質を見抜く者がいなければ、物好き――女性ではなく禁忌を冒すことに喜びを覚えるような、暇を持て余した変態の慰み者になっていたかもしれない。



 そんなアメリアも、現在はメーディアの下で正真正銘の聖女になって、ただの適性でしかなかった信仰魔法もしっかりと伸ばしている。

 そんな聖女が、ある種の神域を通過してきた勇者たちに反応するのは当然のことである。


 同時に、そういったものが全く感じられないふたりにも。

 自身も認める人見知りなはずなのに、この時ばかりは好奇心が勝った。

 特別なものは何も無いはずなのに親近感を覚えるのは「世界樹の苗」を前にした時と似ているが、さすがに同一視するのは不敬である。

 むしろ、世界樹の苗より感じる何かが強いような気がするが、言葉どころかイメージにもできなくて混乱する。


 そして、下半身丸出しの男に覚える強烈な不快感もあり、その場はメーディアの言葉に素直に従っ(思考放棄し)た。

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