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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十九章 邪神さんの帝国再潜入おまけ付き
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06 保護

 召喚されて早々に、同郷の異世界人によって去勢された三十路勇者たち。

 意識を失って口から泡を吹いている――明らかに救助を要する状態だが、助けようとする者はいない。



「何してんだお前!? いきなり攻撃とか頭おかしいんじゃねえのか!?」


「ってゆーか、玉狙うとか、女の子がやっちゃいかんだろ! いや、男でも駄目だけど!」


「ヤベーなZ世代! 年配者は敬えって親に教わらなかったのか!?」


 想定外すぎる好戦的な女子高生の存在に、犯罪者スタイルの集団に必要以上の動揺が走る。


 次は我が身だと、本能的に察したのだ。

 そうして、彼らなりの言葉で説得を試みたものの、通じた様子はない。


 しかし、それも一瞬のこと。

 筋肉も人数も劣っている少女にビビったことが認められず、やはり本能的に先手を取られるのはまずいと感じた彼らが、相手の反応を待つことなく行動に移った。

 彼らもまたZ世代だったのだ。



「「猫羽さん!」」


 動揺していたのはクラスメイトたちも同様だった。


 事故に遭ったのは不運としかいいようがなく、心の準備などできていないままに召喚されたがユノがいたことで落ち着きを取り戻していたのに、いざ異世界に着いてみると心の支えだった彼女がいない。

 しかも、自分たち以外にも続々と召喚されてくるし、中にはどう見てもヤバい奴らがいる。

 というか、ヤバいのは容姿だけでなく、皇族と名乗った人物にも恐れずにクレームをつけるやからである。

 彼らの不用意な言動で自分たちの扱いが変わる可能性があると思うと、気が気ではない。


 そんなヤバい奴らに、口答えしたかと思うと攻撃までしたクラスメイト。

 攻撃自体はさきに取得した召喚特典スキルだと誤解することもできたが、学校では大人しかっ(擬態してい)た彼女たちの豹変には驚きを隠せない。

 それは、オラつき度合いがレベルアップした団藤の脳裏に「人の振り見て我が振り直せ」という言葉が浮かぶほどの衝撃だった。


 一方で、彼女たちの本性――Z世代などではなくZ戦士だと知っている一部の者たちの動揺は違う種類のものだった。

 脳裏に浮かぶのは、基礎の講習という名目で肉塊にされた人々。

 当然、「基礎って何だっけ?」と思ったのは彼女たちだけではない。

 そして、彼女たちは姉から基礎をしっかりと学んでいる。


(玉を潰しただけで済ませるなんてあり得ない。ユノさんはそんなに甘くなかった――もしかして、楽には殺さないということ!? なるほど、次は目玉か肝っ玉か尻子玉か――)


 そう動揺してもおかしくない。




 ただ、それも一瞬のこと。


「《魔――」

「《ファイ――」

「《ア――ッ」


「……初手から使い慣れてもないスキルに頼るなんて、莫迦なんじゃないの?」


 真由が何らかの攻撃スキルを発動しようとした男たちとの間合いを一瞬で詰めると、それぞれ顎を打ち抜いて脳を揺らした上で玉を蹴り上げて潰し、更に凶器を取り上げマスクも剝ぎ取って完勝していた。


 彼女の動きは、ユノほどではないにしても「起こり」が分かりづらいものの、ユノよりも「見栄え」を気にしているためにオーバーアクション気味である。

 結果、傍目には打ち終わりのモーションだけが見える、正に「電光石火」としかいえないもので、背中に“天”の一文字を幻視した者もいた。




 客観的に見て、犯罪者スタイルの男たちの言動は、先に相手の非があったからとしても褒められたものではない。


 それは異世界においても同じこと。

 例外的に「やられたからやり返した」が通用するのは、王侯貴族等につく護衛や冒険者くらい――それも戦闘履歴を確認できる魔法道具を持っている場合に限られ、「やられる前にやる」のは基本的にはアウトである。


 当然、即攻撃した猫羽姉妹もアウトである。

 心の中やインターネット上など身元が明らかにならない範囲で称賛されることはあるかもしれないが、ほとんどの人はリスクを背負ってまで表に出さないだろう。



 しかし、今回の場合は、異世界冒険者や天狗面の古強者も驚きの即断即決だった。

 内容はどうあれ、命のやり取りをする世界に身を置くものとして、この判断の速さは尊敬に値するものである。


 また、孫氏の兵法でも「君子危うきに近寄らず」と似たようなことが述べられているのは有名な話で、ここ異世界においても過去に召喚された勇者によって広まっている。

 一方で、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」も広まっているが、今回の件ではこの言葉を残したとされる班超でも「君子しろオラァァァ」となるのもやむを得ない。


 さらに、誰の目から見ても明らかにやり慣れている手際の良さと、覆面を剥ぎ取る光景が首級を取ろうとする武士(もののふ)の姿にしか見えなかったところも合わせて立派な蛮族である。

 非難は当然として、賞賛もできない。

 とにかく興味を惹きたくない。


 例外は、姉妹の素性を知っていて、自身も蛮族である伊達だけだった。

 彼女だけは、ボス譲りの手際の良さに感心して拍手していた。



「今回は警告ってことで命までは取らないけど――って、聞こえてないか。額にでも書いておこうか」


「真由ちゃんは優しいなあ。脳揺らしてから潰すなんて。きっちり躾けておかないと勘違いさせるよ? まあ、その時はその時で生きてたことを後悔させてやるけど――って、お騒がせして申し訳ありません。以降は大人しくしていますので、お話の続きをどうぞ」


「あ、その前に、この人たちは役に立たないどころか害になると思いますので、牢にでも入れておいたほうがいいと思いますよ」


 そして、その後の言葉に、荒事に耐性のあるメーディアやヴィクターの息がかかった者たちもドン引きである。

 自分たちが罰せられるとは考えていないのか、そうなったら全員のタマを取るつもりなのか――。


 むしろ、彼女たちの方にこそ監視や拘束が必要だと考える者が多数だが、被害者の容態を見ると発案者や責任者にはなりたくないというのが本音だった。


◇◇◇


「殿下! 僕らに内緒で行動しないでくださいとあれだけ言いましたよね!? なんでこっそり帰ってるんですか!?」


「何かおかしいと思って調べてみたら、供も連れずにひとりで帰ってるとか! もう少し信用してくださいよ!」


「せめてひとりで行動するのだけは止めてくださいよおー。殿下を狙ってる刺客はどこにでもいるんですからー」


「あそこから帰ってくるのは大変だったんですからね! ついてこれない隊長たちを、刺客の足止めにするってことで置いてきたんですから!」


 そんなところに、メーディアの護衛たち――黒髪黒目の少年ひとりと同様の少女3人が、空気を読まずに飛び込んできた。

 全員幼さの残る容貌でありながらも、身に纏う空気はベテランのそれ――猫羽姉妹とも似たような雰囲気を持っており、場の緊張を一層高める。



「え、ええ。悪いとは思ったけれど、貴方たちにはおとりになってもらった――というか、結構無茶をしたつもりだったのに、この短時間でどうやって追いついてきたの……?」


「そこは先生に鍛えられましたからね、走るのは得意なんです。今の僕らがあるのはみんな先生のおかげです」


「山とか森とか魔物の巣とかひたすら走らされましたから、舗装された道なんて楽なもんですよ」


「街道沿いなら魔物に遭う可能性も低いですし、ゴブリンくらいなら轢けるし――それはそうと、この状況は何なんです?」


「あれ? ここって勇者の召喚施設――私たちが召喚された所だよね? またここに来るなんて思ってもなかったなあ」


「どこから説明したものか……」


「大体のところは分かりますけど……」


 その場所は、護衛たち――そこで召喚された元日本人たちにも縁がある場所で、だからこそ何があったのかはおおよそ理解できる。


 しかし、倒れ伏してピクリとも動かない5人の男たちに何があったのか。

 《鑑定》では「気絶」と「玉無し」であることは分かるが、召喚されて早々にそうなる理由が分からない。

 分かることといえば、玉の治療には再生魔法が必要なことだけ。



 更に解釈に困るのが、日本刀(※長ドス)を持った日本人らしき黒髪美少女と、日本人らしくない金髪の少女だ。


 黒髪の少女が異質なのは、武器を持つ姿が馴染みすぎていることからも明らかである。

 馴染みすぎていて、手に持つ覆面が首級に見えるくらいだ。


 一方の金髪の少女の方には不自然なところは無いはずなのに、なぜか心がざわつくような――どこか懐かしさを覚える違和感がある。



「えっと、初めまして。猫羽真由です。ついさっき召喚されました。これ、この人たちの持ち物で、皇女殿下――でいいのかな? を脅そうとしてたので取り押さえました」


「あ、私は猫羽レティシアです。それで、そっちの人たちはロリコンです。きっちり処分しておきましたのでご安心ください」


 猫羽姉妹は、自分たちが注目されていることを察して、誤解される前に事情を説明した。



 しかし、彼女たちがいくら潔白を主張しようと、凶器を持ったまま堂々としている姿には説得力が無い――むしろ、別方面の説得力がすごい。

 そもそも、完全にノックアウトしていて取り押さえていない。

 日本にも種類があることを知っている護衛たちも、「随分と価値観が違う日本からいらっしゃった」と判断せざるを得ない。


 凶行の瞬間を見ていた技術者たちも、被害者男性たちを擁護するつもりはないが、彼女たちの正当性も認めがたい。

 彼らもまたどこかにやましいところがある者ばかりである。

 彼女たちの微妙に話の通じない感じが、いつ自分たちに向けられるか分からないのだ。



「でも、この効率的――かは分からないけど、均一な倒し方は先生を思い出すね」


「あ、私も同じこと思ってた。戦闘っていうより作業感が強いなーって」


「先生は本気を出せないくらいに強いから、作業になるのも分かるんだけど」


「でも、さすがに召喚されたばかりの日本人ができることじゃないよねぇ……」


 それでも、修羅場というのも生易しい地獄を潜り抜けてきた護衛たちにとって、この程度は「惨状」には入らない。

 しっかりと検分した上で感想を述べる余裕がある。

 当然、皇女の護衛という立場を忘れてはいないので、警戒は緩めていないし、命令もなしに治療したりもしないが。



「そういうのは後にしましょう。ユウジは彼らの治療を。サヤとシノブはこの者たちを拘束、メイコは応援を呼んできてください。勇者様方は、ひとまず落ち着ける所――私の屋敷に移動していただきましょうか。このままここにいて、私以外の皇族が来たりすると面倒になりますので」


 メーディアにも思うところはいろいろとあるが、何はともあれ時間が無い。


 彼女より皇位継承権が上の兄姉が出てくれば、この場の裁量権を奪われてしまう可能性が高い。

 最終的に帝位を継ぐのは現皇帝に指名された者だとしても、それまでは既定の順位に従うのが秩序というもの。

 それだけの能力があるか否かは関係なく、体制そのものに対する反逆と捉えられると面倒なので、無理は通せない。


 皇族以外にも、ここにいる関係者たちにの背後には相当な大物がいる。

 現状、失敗続きの彼らの責任を取らされたくないと距離を置いているようだが、ずっと野放しにしているとも考えにくい。

 彼女より権力が下でも、多少なりとも影響力がある者に「待った」をかけられては無視できないのだ。


 それらに対して充分な言い訳や大義名分を用意しようとすると、それだけの手間も金もかかる。

 そういった余計な苦労をしないためにも初動が重要だった。

 既に事が済んでしまった後で、大きな問題を起こしていないなら、中身や現実味の無い無茶な要求であれば撥ねのけられる可能性が上がるのだ。



 そこでメーディアは、事態の隠蔽を図った。


 まずは勇者たち――倒れている男たちも含めて、例外なく保護しなければならない。


 これが他国にバレてはいけないのは当然のこと。

 それは彼女に限らず、誰であっても真っ先にやらなければならないことだ。


 可能であれば、身内にも隠しておきたい――が、関係者がこれだけいる中でそれは不可能だろう。

 そうして彼らの存在が公になってしまえば、領土開拓や維持のために使い潰されるか、政争の道具にされてしまうのは目に見えている。

 現在生き残っている皇位継承権保有者はそれなりに有能で、他国にバレるような雑な扱い方はしないとは考えられるが、それも絶対ではないし、人数が多くなれば発覚する可能性も上がる。

 最初からかかわらせなければ、若しくは可能な限りかかわらせない方がバレない可能性は高くなるのだ。


 ゆえに、多少無理をしてでも全員を確保するつもりだった。

 それでいつまでも匿えるわけではないとしても、多少なりとも猶予を稼ぐ意義は大きい。



 そして、関係者たちの処分についても考えなければならない。


 といっても、メーディアにそこまでの裁量権は無いし、あったとしても彼らの背後にいる者たちと決定的に敵対してしまうようなまねは、彼女の目的を考えると時期尚早である。

 ただ、この召喚が帝国としての意思ではないことを明確にして、勇者たちとの軋轢等を減らしておくことも重要である。


 ここで関係者を拘束したところで、すぐに圧力をかけられて解放されてしまうだろう。

 彼らもそれを理解しているのか、全く抵抗されずに従っている。

 むしろ、彼ら自身が召喚した蛮族を恐れているきらいもある。

 会話もそこそこに、躊躇ためらうことなく同胞の玉を取る少女たちが彼らの所業を知ればどうなってしまうのか――を想像すると、メーディアでもちょっと怖い。

 そう考えると、拘束というより保護に近いかもしれない。

 彼らはそれも理解しているため、むしろ自分の方から拘束されにいっていた。



 それでも、異世界人らしからぬ者たちの凶暴性は、上手く使えばメーディアにとっての手札のひとつになる。


 無知で従順な異世界人であれば飼い慣らせる――と横槍を入れてくる者もいるだろうが、それが難しい狂犬であれば多少は腰が引けるというもの。

 当然、彼女自身が噛まれるおそれもあるが、彼女の目的は彼らを利用して何かをなすことではないため、対話が可能であれば――とは思うもののやはり怖い。

 それでも退けない事情があるので動揺していないように振舞っているが、内心ではビビりまくっている。

 本質的に、彼女はヘタレだった。

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