03 バトンタッチ
無限かと思われたスキルポイントの増加と制限時間の延長も、女神の満腹をもって打ち止めになった。
……物理的にお腹が膨れてしまっているけれど、自尊心とか威厳とかは大丈夫なのだろうか。
まあ、いい。
威厳など無くても仕事をしてくれれば充分だ。
さて、スキルポイントが増えたことが良いことなのかどうかは私には判断できない。
さきにも言ったとおり、どんな力も使い方次第である。
力に振り回されるようではいけない。
一応、妹たちには常日頃から身の丈を超えた力に振り回されないように注意はしているし、そう育ててきたつもりである。
なので、今更余計なことは言わず、信じて見守るのが正解なのだろう。
ただし、今回はふたりとも稲葉くんたち一般人や、綾小路さんたち魔術師組のフォローもするつもりのようだ。
どこまでフォローするか、若しくは諦めて見捨てるのも自由だけれど、どちらにしても重荷を背負わせてしまうのは心苦しい。
「正直、不安もあるけど、朔ちゃんがついてくれるっていうし、どうにかなるって」
「むしろ、朔さんのサポートが減る姉さんの方こそ暴走しないでくださいね」
『最低限、ふたりの安全だけは保証するよ』
……ふたりとも、お姉ちゃんより朔の方を信頼していない?
気のせいだよね?
まあ、朔の自信に溢れる物言いに安心感を覚えるのは仕方ないけれど。
私も勇気づけられたり腹を括らされたりすることが多いしね。
さておき、妹たちとは食事中にこっそりと今後の展開予想だとか方針やらを話し合っている。
まず、召喚先がゴクドー帝国なのは確定なので、そこでどういう扱いになるかはまだ分からないけれど、政争とかに巻き込まれないように真の実力は隠していく方向で。
チャンスがあれば、綾小路さんたち魔術師組とも方針を共有してもらって、稲葉くんたち一般人組を守ってもらう。
どうにもならなければ、帝国内に潜入している大魔王ヴィクターさんの手勢を扇動して――あるいは装って暴動でも起こして、その隙に離脱してもらおうかな。
まあ、そのあたりは帝国内の情勢等を把握してからにしたい。
◇◇◇
「貴方たちが召喚される国は非常に問題の多い国です。ここで得たスキルがその対抗手段になればいいのですが、残念なことに、力に振り回され、自身を見失った挙句に身を滅ぼしてしまう者も少なくありません。そこで、貴方たちには最低限の能力の使い方を学んでもらうため、特殊な空間に移動してもらいます」
クラスメイトたちのスキル取得が一段落すると、女神が次のステップについて話し始める。
これも、「スキルは得たけれど、使い方が分からないまま死なないように」と、悪意ある召喚主から被召喚者を守るための対策として、基本的なスキルや魔法を使うためのチュートリアルを用意していると聞いている。
詳細までは覚えていない。
私が聞いていなかったり覚えていなかったとしても、朔が承認したならきっと問題無いのだ。
「最近の異世界転移――いや、転生なのかな? いろいろと疑問は残るけど、思ってたより親切なんですね」
「伊藤君、この人数の召喚するってことは、それだけ過酷な世界なのかもしれない。油断はしないでおこう」
「力を得たつっても、どれくらいのもんなのかさっぱり分からねえしな。早く試してみたいぜ!」
男子の方は、稲葉くんが冷静なおかげで、ひとまずではあるけれど暴走は避けられそうか?
それと、団藤くんは貰ったスキルでイキるよりも、ズボンを貰った方がよかったのでは?
このまま召喚されると、勇者ではなく変質者――若しくは犯罪者になるよ?
女神もそれくらいは配慮してあげれば――いや、女神に貰ったパンツとかは特別扱いになる?
それはまずいか――下半身露出で召喚されるのとどっちがまずいだろう?
分からないので、判断はほかのみんなに任せよう。
「でも、私はユノさんと一緒ならどこでもいいわ! ユノさんのいるところが私の居場所だし」
「確かに、御神苗さんならどこでもやっていけそうですわね。地獄でも鬼の方が逃げ出すでしょうし」
「ある意味、日本にいる時よりも安心感がありますね。お嬢様、ともに邪魔にならないよう心掛けましょう」
「というか、御神苗さんひとりでいいんじゃない? 私は全力でスローライフを送るわよ!」
期待してもらっているところ残念だけれど、私は離脱させてもらう。
まあ、姫路さん以外は多少は戦えるようになっているだろうし、調子に乗らなければ大丈夫。
姫路さんも戦闘以外でみんなのサポートをしてくれるだろうし、最悪は朔がどうにかしてくれるはず。
むしろ、問題は朔のサポートが減る私の方らしいし。
私の顔や素性は、帝国の一部の人にはバレている。
なので、万一を考えると召喚されるわけにはいかない――という理由は分かる。
召喚後の立場を考えると、顔を隠し続けることはできないだろうし。
だからといって、妹たちを放任するつもりはないし、この件を聞いて狼狽しつつも帝国に乗り込もうとしているソフィアを自由にするつもりもない。
もっとも、後者は湯の川の私で対処することだけれど。
全く、妹思いもほどほどにしてほしいものだ。
なお、私としては、不可視の分体で行動してもいいような気はするのだけれど、万一それが露見すると帝国滅亡コース、更には不死の大魔王ヴィクターさんを刺激して戦火が拡大する可能性もある――と聞かされてまでやる気にはなれない。
特に、大魔王界隈の勢力図が激変していて人間国家に対する抑止力の減少が問題化している現状、彼には健全な抑止力であり続けてほしいというのが正直なところ。
私やアナスタシアさんたち魔神組にとっては取るに足らない勢力でも、人間にとっては充分な脅威なのだから、場合によっては保護しなければならない。
先日置いてきた賢者の石を上手く活用してくれればいいのだけれど……。
現状、ヴィクターさんと帝国内の彼の配下が分断されているようなので――これに関しては私や湯の川の影響もあるらしいので申し訳なく思うけれど、大きすぎる被害が出るのはまずいし、小さすぎて人間を調子に乗せても困る。
前者だとクラスメイトたちが魔王と戦う勇者として巻き込まれる可能性があるし、後者は私たちが魔王を擁立する流れになるだろうし。
そういう面倒なことに私を巻き込まないでほしい。
さておき、結局のところ、この方針は「朔が単独行動の実験をしたい」――そのための理由付けというのが正解だろう。
そもそも、誰にもバレずに妹たちのサポートをするなら、やはり朔とセットで不可視化している私の方が向いていると思う。
朔もそんなことは分かっていて、その上でこの機会に試しておきたい能力――私と一緒だと不都合な物があるのだろう。
まあ、その時点で悪巧みなのだと分かるけれど、どういった形であれそれが朔の努力なのだから、応援してあげたい気持ちもある。
朔も開花に至ったとはいえ、その理由から能力等を私に依存しているところも多い。
特に大規模な能力行使には私の魔素が必要とか。
ちなみに、私ほどではないにしても私以外に魔素の発生源はあるし、朔自身もそのひとつである。
まあ、気配的には私でもビビるくらいにすごくヤバいけれど。
それと、私と朔以外にも世界自体が魔素に満ちているのだけれど、朔的にはどうにも質がお気に召さないようで、好き好んで利用しようとは思わないらしい。
とにかく、私と離れて――というのは、その状態でどこまでできるかの検証か、自身の魔素の質の向上が目的か。
今回は単独行動は、そのための第一歩なのだろう。
一応、真由の《お姉ちゃん召喚》を中継点代わりに行動範囲を伸ばすというアイデアは、さきの私を遠ざける理由と合わせてなかなか合理的に思う。
その検証は、湯の川では不可能。
私もいるし、世界樹や自動販売機といった眷属も障害になるだろう。
王国内は聖樹教の進出が進んでいて、妹たちの素性に気づく人たちが出てくるかもしれない。
それとなく気にかけてくれるくらいならいいのだけれど、過剰に構われるようなことになるのはよくない。
そのあたりを周知徹底するには――というか、方針を決定するにも時間がかかると思う。
人がいない場所で――というのは、真由を付き合わせることになる以上、止めてほしいところ。
帝国国内であれば、恐らく大した問題は起こせないだろうし、起きてもヴィクターさんとかのせいにして揉み消せばいい。
規模のコントロールは必要になるけれど、ほかの条件に比べればマシな方だ。
そう思うと、朔だけでなく妹たちにとってもこの世界を知るいい機会になるか?
それに、問題が政争とかだと私では力になれない――というか、私が出ると話をややこしくしてしまう可能性がある。
ということで、能力の検証をするなら「ゴクドー帝国」というロケーションは悪いものではないのかもしれない。
もう国家として滅茶苦茶だし、いつ崩壊してもおかしくないのだから、彼女たちが引き金になったとか止めを刺したくらいで、そんなに怒られることもないはず。
というか、怒られるべきはここまで放置していた主神や人間たち自身である。
なので、妹たちと朔の好きにさせてあげようと思う。
みんなにとって、良い経験になればいいのだけれど。
「では、貴方たちの行く道に幸多からんことを」
「ありがとうござうわあ――!?」
女神の一方的な別れの言葉と同時にみんなの足元に穴が出現して、そこに落ちて――というか、吸い込まれていく。
なんというか、随分と古典的な演出である。
もちろん、そんなもので落ちる私ではない。
そもそも、この空間に引力とか重力が働いているわけではなく、「この面が下」だと定められているだけで「穴」はただの転移の演出なのだから、落ちる方がおかしい。
「あれ? 貴女――」
「待つんだ、ミラ! このお方は人の子ではなく、世界樹を司る女神ユノ様なんだ!」
「今まで黙っていて悪かった! だが、君のためを想ってのことだと理解してほしい!」
「実は貴女の敬愛していたディアナ様は、ご乱心されていたところをユノ様に諫められて――」
「ユノ様、申し訳ございません! よもやこのような場に貴女様がいらっしゃるとは考えておらず――」
落ちない私を不審に思った女神が何かを話そうとしたところ、恐らく様子を窺っていたであろう複数の神族が出現した。
そして、同時に好き勝手に話すので最初からいた女神が困惑――というか、混乱している。
『はい、静かに。彼女困ってるから、後でひとりずつ話すように』
「「「はっ」」」
「えっ!?」
それも、朔のひと声でピタリと止まったけれど。
『ボクたちにも予定があるから手短に。ユノのことを知らなかったのは、むしろ君たちがやろうとしていることが分かってよかった。その上での感想は、被召喚者への対応は丁寧で――どっちかっていうと少し過剰なくらいかも。親切にするのはいいけど、舐められないようにね』
そして、突然の上から目線での講評に、当の女神の混乱度合いは増すばかり。
というか、状況がよく分かっていないようなので、私も耳と尻尾と翼と光輪、それから魔素を出して威厳のようなものを演出してみる。
女神の混乱が更に加速してアワアワと奇妙な踊りを始め、追加の神々はその場に恭しく跪いた。
出しすぎたっぽい。
『公式な訪問ではないから畏まらなくていいよ。ボクたちの関係者の召喚実験か何かと勘違いしてついてきたんだけど、まあ、いろんな意味で来てよかったよ。今回の件は各所と相談するとして――』
と、朔がまとめにかかったところで、非常事態っぽい警報が鳴り始めた。
「ユノ様、新たな異世界人召喚です!」
「また帝国!? 一体何が起きているの!?」
「ユノ様、ここはひとつ、我々にお手本を示していただけないでしょうか!」
えっ、突然何を言っているの?
「それはいい!」
「ではよろしくお願いします!」
「ミラ、呆けていないで行くぞ!」
ちょっと待って!
『ユノ、口に出さないと彼らには伝わらないよ』
なるほど。
というか、そういう問題ではない――いや、そういう問題か?
『まあ、いいじゃないか。さっきのでやることは大体分かってるし、どういう子が来るのか興味もあるしね。きっと、悪いことにはならないよ』
朔がそう言うなら……。
でも、本当のところはただの好奇心だよね?
『うん』
などとやっている間に、被召喚者たちが滅茶苦茶やってきた。
帝国は一体何をやっているのか……。
しかも、バレてはいけないところに真っ先にバレているし、本当に何をやっているのか。
それはともかく、私もやるしかないか。
神々はみんな去ってしまったしね。
神がいない場所で、子供たちを見捨てるなどあってはならない。
ただ、後で身バレするとまずいので、顔とかは見せない方向で――光っておくか。
後は、さきの女神をまねて、精一杯女神らしく――。
「よく来ました、異世界の子たちよ」




