02 中華一番
――ユノ視点――
各方面に確認してみたところ、これは予定されていた召喚や実験ではないことが判明した。
更に確認してみると、召喚元は帝国で、しかもユウジたちのケースと同じくユニークスキルを奪う邪法だとか。
もっとも、それには既に対策済みで、実際に効果があることも確認しているので特に問題は無いそうだ。
それよりも、現状で問題なのは妹たちの保護がどうなっているのかと、クラスメイトたちもここにいることだ。
話を聞いた限りでは、みんな事故か事件に巻き込まれているのは間違いない。
そして、女神の話と合わせると、日本に帰るという選択肢には非常に高いリスクが存在している。
ここにいるのはみんな本人だけれど、恐らくは「五体満足」という状態で上書きされている。
元の世界に戻るとそれが解除される――更に召喚寸前の状態で上書きされるか?
詳細なところは分からないけれど、そういったサービスまでは行っていないのだろう。
突然のことなので、私もどうしていいか分からない。
死んでいても生き返らせることは可能だけれど、根源的にはよくないのと、それが選択できると明かすことにも問題がある。
ひとまず、観測してしまうと結果が確定してしまうので、関連があるものには干渉しないようにしておくとして――私以外にも観測できる人がいるので無意味か。
いや、私より上位の能力を持っていなければ、「そんなの知らない」と押し通せる可能性もあるので、やはり観測しないようにしておこう。
あるいは今すぐに世界を改竄してしまうのもひとつの解だけれど、具体性に欠ける改竄はどこに余波が出るか分からない。
どうしたものか。
能力があっても、使いこなせないと価値が無いのだ――と、スキルを選んでいるみんなにも教えてあげたい。
『とりあえず、ボクらの知らないうちに彼らだけが召喚されていなくてよかったと考えよう。それに、不幸中の幸いというか、今回召喚されたのは順応性が高そうな子ばかりだ。最悪の状況にならないようにコントロールしつつ、元の世界に帰る方法を用意してみるっていうのはどうかな?』
……確かに。
こっちの世界で条件を満たせば元の世界に帰還することができる――としておけば納得させられるか。
ファンタジー世界だし、突然設定が生えてきても「そうなのか」で済んでしまうだろう。
いろいろと協議が必要になる――というか、また父さんに負担をかけてしまうので全面的に同意はできないけれど、対案が出せるわけでもないし、次善としては充分か。
「お姉ちゃん、どうしよう? 私たちは事故とかじゃないから帰れると思うけど……」
「私もみんなを見捨てて帰るというのはさすがに心苦しいですし……」
『だったら、ボクがフォローするから、彼らと一緒に召喚されてみるかい?」
「私と朔がじゃなくて?」
言い間違いか人選ミスか。
珍しく朔も動揺しているのかな?
……いや、そんなタマか?
また何か企んでいる?
『帝国内にはユノの素顔と本性を知ってる人もいるからね。それがバレた時に彼らに与える影響を考えると――まあ、ボクとしてはそれも面白いからいいかと思うけど、ネタ晴らしはやっぱり最高のタイミングでやる方が好みかな』
なるほど。
そこまで考えてのことだったか。
「まあ、朔の好みはどうでもいいのだけれど……。それより、朔だけで行動ってできるの?」
『「どうでもいい」っていうのは酷いなあ。ま、ユノにそんなこと言っても仕方ないけど。それで、恐らくだけど、システムの「種子分離機能」を利用して、ユノがある程度近くにいれば――あるいは、真由の《お姉ちゃん召喚》の射程範囲内なら可能だと思う。ただ、ここで分離されたユノのサポートはできなくなるけど』
意味がよく分からない。
サポートがなくなるというのはどういうことか。
それより、私と朔が別行動するの?
できるの?
よく分からないことばかりだけれど、駄目そうなら不可視化した分体で対応すればいいのかな?
いずれにしてもふたりの意思次第か。
お姉ちゃんは妹たちの望みにできる限り応えるだけだし。
でも、虫退治だけは勘弁してね!
「真由とレティはどうしたい? 朔の提案のとおりにできるかは分からないけれど、やるならできる限りのフォローはするよ」
「……私はやる。この状況でみんなを見捨ててはいけないよ。でも、私の夢は自由気ままな冒険者なんだから、どこかのタイミングで引き揚げさせてよね」
「私も、やります。住む世界が違うなら思い出にできますけど、同じ世界にいて、『死んだ』とか聞かされるとさすがにきついので……」
真由の夢はどうかと思うけれど、ふたりともやるつもりのようだ。
「分かった。じゃあ、とりあえずこれを」
ひとまずふたりに偽装用の指輪を手渡す
スキルレベルにして10相当で、恐らくアルくらいの規格外でなければ看破できない物だ。
ほかにも、隠密系スキルや洗脳系の魔法などの効果が上昇したりする。
悪用されると非常にまずい物だけれど、ふたりがピンチに陥って私が出張る方が危険だからといろいろと盛り込まれている逸品である。
そんな感じで、ふたりがこっちで生活するにあたって作っておいた物なのだけれど、ついさっき――というか、現在進行形で湯の川にいる私が貰ってきた。
神族に通用するかは分からないけれど、彼らは基本的に人間個人のステータスにはさほど興味を抱かないものなので、ほかに意識を向けてやれば恐らく大丈夫。
というか、かの女神は私――というか、酢豚が気になっている様子。
よし、鍋でも振っておくか!
「私はどこでフェードアウトするか分からないけれど、困ったときは朔に相談して――」
「分かったから。今は召喚特典のスキル選ばなきゃいけないから後でね」
「姉さんこそ、私たちがいないからって暴走しないでくださいよ?」
くっ、私の心配は召喚者に与えられる特典スキルに負けた。
というか、女神の説明の後、みんなの前に窓というかパネルのような物が現われていて、そこに取得可能なスキルが――ついでに時間制限も表示されているようで、みんなそれに夢中である。
誰ひとりとして鍋を振り始めた私にツッコんでくれない。
なお、私の前には何も無い。
いや、輝かしい未来とか――それは与えられるものではなく、掴み取るものか。
きっと私の進んだ後にこそ何かができるのだ!
とにかく、別に取って付けたようなスキルなんて欲しくないけれど、仲間外れにされるのは納得がいかない。
何か見ているふりでもしておこうか?
今見るなら味か?
私がレシピどおりに作った料理がまずいことはないけれど。
「あら貴女、もうスキルを選び終わったの?」
それよりも、不用意に鍋を振ったせいか、女神にロックオンされてしまった。
いや、最初からロックオンはされていて、発射の機会を与えてしまったというべきか。
みんなスキル選びに夢中とはいえ、クラスメイトの目もある所で必要以上に目立つことは避けたいけれど――それならなぜ鍋を振ったのだろうか?
……分からない。
まあ、いい。
理屈では説明できないことをするのが人間というもの。
とにかく、今は妹たちに意識を向けさせないためにも頑張るしかない。
ということで、特に中身の無い会話でもして時間稼ぎをしようか。
それくらいなら、みんなに問題や疑問が発生したときにはすぐに対応してくれるだろうし。
「あっ、はい。とりあえずは」
「ええっ!? 貴女の人生が懸かっていることなのだから、『とりあえず』なんて軽い気持ちじゃ駄目よ! よく選んで取らないと!」
軽い会話に発展させるためのジャブのつもりが、全力でカウンターを食らう結果になってしまった。
女神が大袈裟に驚いてすごく詰め寄ってくる。
鍋寄りの方へ。
「いえ、あの、力や技術は使い方次第ですので」
「殊勝な心掛けだけれど、限度ってものがあるのよ! それに、スキルを取れば料理もおいしくなるのよ? どれどれ――」
この女神、私に料理スキルを取らせようとしているのか?
これ以上美味しくなったら人が死ぬよ?
尊厳的に。
今でも充分ヤバいけれど。
というか、プライバシーとかガン無視で他人の個人情報を覗こうとしている!
みんながいなければ訴えるところだよ。
暴力に!
……と、いきり立っても仕方がない。
そもそも、《鑑定》とかある世界だし、覗き覗かれは今更である。
それに、私のステータスは生半可な《鑑定》では見えないし、まあいい――いや、見えないことがバレるのはまずいか?
「うん……? “女子力”が“五穀豊穣”ってどういうこと? こんなスキルあったかしら……それとも何かの不具合……?」
おっと、私のバグったステータスが見えているのか?
フレイヤさんが「神が人間に《鑑定》を仕掛けることなんかないわよ。っていうか、人の子が神にそれだけ興味を持たせられると思ってるとか、どれだけ自己評価高いのよ」と言っていたのは何だったのか。
何事にも例外は存在するとかそういうことか?
というか、今はそんなことを考えている場合ではない。
いずれにしても、油断していた私が莫迦なのだし。
「あっ、あのっ! よければこれ食べますか!?」
「! いいのかし――コホン。では、供物として頂きましょう。貴女の心遣いに感謝を」
苦し紛れだったけれど、酢豚で女神を釣り上げることに成功した。
そうして注意を逸らすことに成功した隙に、私も偽装の指輪を嵌める。
これでひと安心。
「そして、いついかなる状況でも神への感謝を忘れない貴女には、特別に加護を授けましょう――あれ? 授けられないわね……。やっぱり何か不具合があるのかしら?」
「余計なことをしな――あ、あのっ! 私はこの可愛いさだけで大丈夫ですので、そういうのはほかのみんなにあげてください!」
くっ、何も思いつかなかったからとはいえ、ちょっと頭のおかしいことを言ってしまった。
いや、私が可愛いのは客観的事実だけれど、それをアピールするのははしたない。
「……そうね。確かに貴女の可愛さは超チート級。なるほど、これが『天は二物を与えず』ということかしら? いいわ。貴女の望みどおり、私の加護はほかの子たちに。感謝なさい。こんなサービス、滅多にしないのだからね」
……納得されると、それはそれでモヤモヤするな。
「お姉ちゃん、グッジョブ! スキルポイントがガッツリ増えて制限時間も伸びたよ!」
「酢豚食べたかったですけど……スキルポイントと交換なら仕方ないですね!」
酢豚で増えるスキルポイントって一体?
SPの“S”は酢豚のS?
いや、妹たちが喜んでいるのなら、それに優先することは何も無い。
「時間ができたのでしたら、ほかにも何か作りましょうか? もちろん、材料と機材があればですけれど――」
「すぐに用意するわ!」
「私は酢豚の口になってたから酢豚ね!」
「あ、じゃあ私も真由ちゃんと同じで」
「私は回鍋肉がいいな」
「私は卵を使った料理がいいですわ」
「お嬢様、でしたら芙蓉蟹などいかがでしょう!?」
「じゃあ、私は青椒肉絲で!」
「あ、僕は八宝菜――あんかけ焼きそばが食べたいかな」
「ぼ、僕はなんでも……。ユノさんが作ってくれるなら、泥団子でも食べるよ!」
「俺は四川風麻婆豆腐! 白いドロドロ入れてトロトロになるやつ!」
ふふっ、聞き耳を立てていたのか。
この食いしん坊たちめ。
しかし、いくら本人の希望とはいえ、クラスメイトに泥団子を食べさせるのは客観的に見れば虐めである。
みたらし団子とかで我慢してもらおう。
団藤くんは水溶き片栗粉が好きなのか?
……変な人だな。
まあ、下半身が裸で訓練をしているような人だし、今更か。
とにかく、最後の機会になるかもしれないし、いろいろ作るか。
しかし、ここは一応異世界――システム影響下の世界なので、道具の耐久性に関しては――部分的な領域を展開すればいけるか?
というか、そのうち朔に道具型の領域を創ってもらおう。
今の朔ならそれくらいは余裕だろうし。
ということで、レッツクッキング。
この後、滅茶苦茶スキルポイントが増えたらしい。




