幕間 変な家
年が明けてすぐに、ロメリア王国から「王都にユノ様用の屋敷を用意したので、もっと気軽に遊びにきてほしい」という連絡――というか、嘆願があった。
なお、アイリスのご両親は既にご長男に王位を譲っていて、自分たちは「湯の川相談役」とかいう役職を勝手に作って結構な頻度で湯の川に遊びに来ている。
なので、王都に私を呼ぶ必要は無いはずである。
あるいは、彼らが退位する前の計画が今になって形になっただけなのかもしれないけれど、新国王――アイリスのお兄さんもしっかりと引継いでいることから、原因に大した意味は無い。
屋敷がもう完成していて、ある程度周知されていることが問題なのだ。
◇◇◇
仕方がないので、アイリスと一緒に現場を見にいった。
立派な神殿が建っていた。
何かの間違いかと思ったけれど、聖樹教のもので間違っていないらしい。
……屋敷じゃないじゃないか!
一応、居住スペースやパーティールームも完備しているそうだけれど、どう見ても主体は「神殿」である。
しかも、ホーリー教の物に負けずとも劣らない豪華なやつ。
いや、両宗教間に格の上下は無いと示しておきたいのは分かるよ?
だからといって、ホーリー教の神殿の向かいに建てる必要があった?
というか、ホーリー教のご近所で、同じ系統のお店だと思われるのも困るのだけれど?
そして、アイリスがどっちに入るべきか迷っている。
彼女の戸惑うポイントは分かりにくいところにあることが多いけれど、これはその中でも格別だ。
やはり、神なんて信仰しているから悪い影響を受けているのか、それとも乙女心的なものが信仰と義理の間で板挟みになっているのか。
いずれにしても、彼女をここまで惑わせるのは悪魔でもできなかったことである。
人間もなかなかやるじゃないか。
さておき、アイリスはホーリー教の方に入ってもいいんだよ?
別に裏切りとか浮気とかじゃないからね?
私は「仕事と私、どっちが大事なの?」とか訊いたりしないよ?
というか、前者なら湯の川に移籍した時点でそうだと思うよ?
それよりも、こんな物に国民の血税を注ぎ込んで、しかも工期が一年未満とか、どれだけの負担を強いたのか――。
「あれ、父ちゃんが造ったんだろ? すげー!」
「ああ。この仕事にかかわれたのは父ちゃんの誇りだ。だけど、父ちゃんだけじゃなく、いろんな人がみんなで力を合わせたからこんな短期間でできたんだ。新しい王様だってレンガ運んでたからな、本職としちゃ負けてられねえわな!」
タイミングよく、すごく誇らしげな職人さんが通りかかった!
子供が目を輝かせているところに、それを否定するようなことは言えない。
というか、新国王は何をやっているの!?
「それにな、どんだけ働いても賄いの飯と差し入れの酒のおかげで疲れなんて吹っ飛んじまうんだ! 滾りすぎて毎晩ホーリー様のお世話になって儲けも吹っ飛んじまったくらいだからな! 母ちゃんには内緒だぞ!」
良い話で終わると思ったのに!
というか、神殿を建てて家庭を壊すのは駄目だと思うよ?
「父ちゃん、いいなー。よーし、俺も大きくなったら聖樹教で儲けてホーリー教でおっ立てるよ!」
「がはは! お前と一緒に飲める日が今から楽しみだな!」
うん?
微笑ましい話のような、何かが違うような……?
「でもさ、お給金全部ホーリー教に使っちゃったって、生活費はどうしてたの?」
「それがよう、聖樹教で仕事をしたら『貢献ポイント』ってのが貰えてよう。それだけでも普通に生活できちまうんだ! 聖樹教ってすげえな!」
まさかの経済的侵略!
いや、文化的侵略か?
とにかく、非常にまずい気がするので、不可視状態で神殿に乗り込んで視察することにした。
◇◇◇
意を決して乗り込んだ先は、やはり神殿だった。
誤解の余地とかどこにも無い。
というか、五階建てだし?
……どういうことだ?
とにかく、普通の神殿とは違うのは、湯の川のアンテナショップや「世界樹ハウス」などと名付けられているキッズルーム、ちょっとした読み書きや計算、知識や技術を学べる教室が併設されていること。
側だけなら良いものに見えるけれど、アンテナショップでは私の肖像画や彫像が売られているし、キッズルームには「子供用」「大人用」と意味の分からないコース分けがあるし、教室には「世界樹神話講座」などというフィクションまで存在している。
私の肖像権に関してはもう諦め気味だけれど、ほかは訴えられたりしない?
大丈夫なの?
「おお、アイリスではないか! 久し振りだな! 息災であったか――いや、湯の川にいるお前が健康で幸福のクライマックスではないはずがないか。だが、元気な顔が見れて嬉しく思うぞ!」
「お、お兄様!? なぜこんな所に――というか、そのお姿は一体!?」
しかも、受付をしているのがアイリスのもうひとりのお兄さん――確か、第二王子の……名前は忘れた人だ!
だって、直接顔を見るのは今日が初めてだし、当時は貴族からは距離を置きたいと思っていたし、仕方ないよね。
そういうことなので、姿を現して挨拶できないのも仕方がないよね。
「うむ、よくぞ聞いてくれた。お前がホーリー教の筆頭巫女であることのバランスを取ることが理由のひとつだ。もうひとつは、ロメリア王国に多大な恩恵を齎してくれる聖樹教に対する、せめてもの恩返しだ。先般の会議で、「聖樹教礼賛省」が国王陛下直属の組織として発足してな。ちなみに、日本語で“省”と“しよう”がかかっているそうだ。私にはよく分からんが、ユノ様が喜ぶというのであれば何も問題は無い。とまあ、聖樹教に相応しい――とまではいかないが、多少はマシな私がその大臣として任命されたのでここにいるという次第だ。ユノ様にも上手く伝えておいてほしい。それと、サインも貰ってきてくれると嬉しい」
さて、どこからツッコんでいいのか分からないぞ?
王国……というか、王族の人たちは暇なのか?
「俗にいう『天下り』ですか? 王位継承で揉めて、血で血を争うよりはいいと思いますが……」
「まあ、そういう側面もあるな。ほかの弟妹たちも、各々の直轄地や新規開拓地でだが、聖樹教と王国に貢献できると喜んでいるよ。それよりも、だ。『天下り』ではなく、『天上り』だと訂正しておく。ある意味、国王になるよりやり甲斐があるしな!」
「何といいますか、上手くやりましたね。エドガー兄様は何も言われなかったのですか?」
「表面上は平静を装っているが、内心穏やかではないだろうな。だが、兄上は良くも悪くも王道しか知らん――邪道や汚れ役は私たちの役割だったからな。この状況では自分の役割を全うすることが湯の川への近道だと理解しているだろうし、良い王になるだろうさ」
よく分からないけれど、良い話なのかな?
だったらいいのだけれど。
「エドガー兄様は優秀でしたからね。王位継承権で揉めることもないくらいに」
「ははは、兄妹一優秀なお前にそんなことを言われては、兄上の顔色も変わるだろうな」
「それはそうと、よく考えれば、聖樹教の巫女たちは大雑把すぎるので、ユノを褒め称えていれば細かいことは気にしませんから……、そのせいでキュラス神聖国や西方諸国では暴走気味ですし。そういう意味では、王国がモデルケースとして機能してくれれば――後々神聖国や西方諸国との窓口になってくれれば助かりますね」
さておき、王国もふざけているわけではなくて、いろいろと考えているようだけれど、メリットデメリットはあまり理解できそうにない。
後でアイリスに聞くか――いや、これ以上の因果を紡ぐ必要は無いか?
「さすが我が妹よ。理解が速くて助かる。聖樹教――ユノ様としては所属する国によって上下があるのは望むところではないのだろうが、完全に浸透するまではこの優位は手放せん。もしかすると、そのことでユノ様のお怒りを買うかもしれんが――いや、聖樹教を王国の管理下に置こうとしている時点でそうなるかもしれんが、お前の方から上手く説明してくれないか?」
「うーん、大丈夫だと思いますよ。ユノは聖樹教自体に想い入れはありませんから」
「そ、そうなのか? 御身を祀る宗教なのだろう? 信者が多い方がいいだろうし、正しい方が喜ばれるのではないか?」
「『信者同士のコミュニケーションツールになるならいいかな』程度だと思いますよ。曲解して悪いことをしだすと介入するかもしれませんけど」
アイリスは私のことをよく分かっているなあ。
私にとって、聖樹教自体がどうでもいいのはそのとおり。
私が関係無ければ意識することもないのだけれど、がっつり祀られているからねえ……。
むしろ、邪魔まである。
信仰は私じゃなければ「神殺し」になる可能性もあるし――それ自体は大歓迎なのだけれど、私が求めているのはこの類のものではないのだよ。
誰が何をしようが私が私であることは変わらない。
その不変を変えるような軌跡を見せてほしいのだ。
「そうか……。だとすると、お前も大変だな」
「ええ。ですが、私もホーリー様の使徒ですからね。諦めるつもりは毛頭ありません」
「ふっ、さすがだな。お前と王座を巡って争うことがなくて本当によかった――と、神に感謝せねばならないな」
アイリスが意味ありげにこっちを見る。
彼女も私の気配を感じられるようになったのか――ただの勘かハッタリの可能性もあるけれど。
というか、私は感謝される神ではないので、こっちを見られても困る。
……そういうことじゃない?
朔には意味が分かっているのか?
……心の中で溜息を吐かないでほしいのだけれど?




