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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十八章 邪神さんと聖なるもの
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幕間 戦略

――第三者視点――

 不死の大魔王――別名「戦略の大魔王(自称)」は、既に詰んでいるといっても過言ではない状況の中でも諦めていなかった。



 とはいえ、一発逆転の可能性があるのは、吸血鬼らしき魔王が研究していた邪神召喚くらいである。


 それを基に改良した、生贄を用いての勇者(異世界人)召喚はそれなりの成果を挙げているが、生贄の数と召喚される勇者の能力から計算するに、邪神を召喚できる可能性についてはゼロに近い。


 ヴィクターが求めるレベル――アナスタシアを打倒できる力を持つ邪神となると、帝国中の人間を生贄にしても足りるかどうか。

 それ自体の実現性が皆無である。

 そこをクリアできたとしても、その規模になると、発動に必要な魔力を彼ひとりでは準備できない。


 いくら人の魂が魔力の代わりになるとしても、その切っ掛けとなる魔法を発動するための魔力は必要で、そこをケチる――その魔力まで生贄で賄おうとすれば、必要な生贄の数が跳ね上がる。

 それだけの生贄を集めようとすると、さすがに秘密裏、又は速やかにというのは難しく、まず間違いなくアナスタシアたちと衝突することになる。


「それができるならば無理をして生贄を集める必要など無いわ!」


 というのが彼の結論である。


 まともに戦っても勝ち目が無いから策を弄しているのだ。



 そもそも、半ば実権を握っているにしても、帝国は広大すぎる。

 儀式のために一か所に人を集めることなど不可能だし、分散して行うにも人手が足りない――配下の数だけでいえば不可能ではないが、自由にすれば何割かは湯の川に寝返る者たちである。


 現在、その可能性が高い者たちについては地下迷宮の建設に回して逃げられないようにしているが、疲労か不満が溜まっているのか進捗は芳しくない。

 もっとも、地下迷宮が完成したとしても、どれだけ役に立つか定かではないが。

 むしろ、彼の墓になるだけの可能性が高い。




 ヴィクターとしては、もう何もかも投げ捨てて逃げだしたい気分だったが、それも現実的ではない。


 まず、逃げる所が無い。


 アナスタシアだけなら逃げ果せることもできたかもしれないが、湯の川――聖樹教の浸透速度は戦略家として恐怖を覚えるレベルである。



「なぜ現実味が一切無い甘言だらけの怪しすぎる新興宗教が、既得権益で凝り固まった国教を押しのけて台頭する!? 皆正気か!?」


 聖樹教は人族至上主義の根深い帝国では苦戦しているものの、噂では神聖国では下地ができつつあり、極東方面は陥落している。

 地政学的にはあり得ない広まり方だが、古竜がついていれば距離的にも政治的にも不可能ではなくなる。

 むしろ、帝国が最後の牙城というべきか。


 そして、帝国進出を諦めたわけではなく、現在も工作中と考えるのが妥当である。

 おかげで、帝国内に潜ませている配下や協力者とのコミュニケーションもろくに取れていない。

 それゆえに「暴走したりしないだろうか?」という心配が、ヴィクターの無いはずの胃をキリキリと締めつける。



「もう、何もかも捨てて逃げ出したい……」


 これがヴィクターの偽らざる気持ちだった。



 拠点を新たな地に移して再起を図るのは極めて難しいが、ひとり、あるいは少数であれば聖樹教の包囲網を抜けられる可能性が幾許か上がる。


 しかし、日中は能力に大きな制限が掛かるアンデッドにとって、放浪は相性が悪い。

 ヴィクターや高位のアンデッドの一部はその制限を克服する術を知っているが、当然相応の代償がある。

 魔力が無限にあるなら問題にならないことだが、事実としてそうではない以上、どこかで限界が訪れる可能性が高い。



 そもそも、なってみるまでは分からなかったことだが、アンデッドは攻めるよりも守りに向いているのだ。

 (こと)戦闘においては、吸血鬼の魔王のように「夜の世界」に引き籠っていた方が能力を発揮できる。

 そこまではいかなくても、アンデッドにとっては日の届かない建物や迷宮の中の方が安心で安全だ。


 それもヴィクターにとっては戦略でカバーできるものではあるが、アナスタシアのような話の通じない暴力主義者には非効率的である。

 これも魔力が無限にあれば効率など気にせずに暴力で対抗できるのだが、事実としてそうではない以上、怒らせるだけに終わる可能性が高い。



 一方、アンデッドは攻めることは苦手でも、守りについては非常に強い。


 まず、食料などの備蓄や睡眠が不要で、兵力についても魔法や敵方の死体で補充もできるため、籠城戦の問題点の多くが存在しない。


 また、異世界での攻城戦の特徴といえば、城壁等に設置されている長射程兵器だろう。

 基本的に、攻撃側の選択肢は避けるか耐えるか撃たせないように工夫するか――と受け身なものばかりになるため、それらの質と量によって攻城戦の難易度は大きく変わる。



 ヴィクターの支配領域でいえば、知能の低いアンデッドに使えるのは、精々が火薬で砲弾を撃ち出す大砲くらい――それにも多少の工夫は必要になる。


 それでも、攻撃側がその射程を上回る兵器を持ち込むのは相当に難しい。


 攻撃目標の兵器よりも長射程の兵器を使えば――というのは誰もが考えることだ。

 しかし、それが成功する可能性があったのは、オルデア共和国の勇者タクミとゴブリンの大魔王アザゼル――属人的な能力によるものだけだ。

 普通は、攻撃目標に射線が通る場所で、基礎工事から部品の搬入に組立てた後で試運転――を、ずっと傍観してくれる相手などいないし、完成品を持ち運べる手段もほぼ存在しない。


 結局、防御に徹する相手に攻城を仕掛けるのは下策なのだと孫氏でも述べられているように、引き籠ったアンデッドを狩るのは非常に困難なことなのだ。

 特に上位のアンデッドがいなくても、何度も勇者を撃退・撃破している実績がその証明である。



 さらに、大軍を囮に少数精鋭で城壁内に潜入されたとしても、防衛側の有利は変わらない。

 毒や瘴気など、人間には有害だがアンデッドには効かないものはいくらでもあるし、罠も仕掛け放題。

 味方にはバフを、敵にはデバフを。

 正々堂々と勇者を待ち受けるタイプではないヴィクターにとって、「卑怯」とは誉め言葉でしかない。


 そういった仕掛けの最たるものが、吸血鬼の魔王アントニオが創った「夜の世界」だろう。

 吸血鬼のためだけの世界で彼が破れたのは、敵も吸血鬼で更に夜どころか世界を創る邪神がサポートしていたからである。



 さておき、「夜の世界」の完成度は、アンデッドと関連知識、魔法全般には自信のあるヴィクターも嫉妬するレベルのものだった。

 それが吸血鬼に特化したものでなければ、あるいはアントニオを排除できれば拠点を移していただろう。


 現在の彼の能力では「夜の世界」に匹敵するものは作れない。

 これも無限の魔力があればできそうな気もするが、そろそろ「魔法の原則的におかしいのでは?」という疑念を無視できなくなってきた。



 あれ(夜の世界)は、これまでにヴィクターが見たどんな魔法よりも圧倒的に()()だった。

 自力では再現できない――吸血鬼の魔王ごときに劣っていると認めるのは悔しいが、あれこそが魔法使いとして目指すべき高みであることは否定できない。


 そして、それを打ち破ったのが湯の川である。


 湯の川は、総合的な戦力では恐らく世界最強だが、古竜は瘴気で対策――戦力の大部分を無力化できる。

 そう考えれば、彼にとってはアナスタシアよりはマシな相手だった。

 それに、レオナルドやエスリンは頭が悪いので、分かりやすい餌をぶら下げておけばそちらに向かうだろう。

 神族や大悪魔まで従えているというのは、どう考えてもブラフである。

 せめてどちらか一方であれば、堕天使を拾ったか下級悪魔でも召喚したかと推測もできたが、誇張しすぎて説得力を失う莫迦の典型としか考えられない。


 しかし、ユノには夜の世界を打破できる――少なくとも夜の世界は消滅していて、その方法に全く見当がつかないことが怖くて仕方がない。

 偶然と考えるのは戦略家として失格である。

 彼女自身か配下かは分からないが、その能力を持つ者がいると想定しておかなければならないのだ。


 ただ、そう想定したところで、いかに戦略家の彼でも知らないものに対する備えはできず、手当たり次第に最高の備えをするには魔力が足りない。



 残された手段は「転生」くらい。

 ただし、それは「若返り」のように実体を伴わないため不確実で、「不死化」とは違って一時的にではあっても大幅な弱体化をするとして、魔王化する際の候補から外れていたものである。

 比較検討のために多少は研究したが、不確定要素が多すぎてあまり良い手段ではないと結論が出ている。

 そんなものに頼らなくてはいけないのは戦略的に敗北しているのと同義だが、諾々と破滅を受け入れることはできない。



 とはいえ、転生が成功したとしても、アナスタシアやユノの寿命を考えると、千年やそこらの時間経過では心許ない。

 転生を重ねて機を窺うにしても、それで大成した人物がいないという事実も見過ごせない。


 前世の記憶や能力を引継いだ転生者が実在することは確認されているが、二度目三度目というのはほぼペテン師になる。

 早々に切捨てた選択肢だけに研究不足は否めないが、複数回の転生はできないか、大きなデメリットが存在すると想定するべきである。


 ゆえに、チャンスは一度。

 目指すのは「異世界転生」。


 異世界人の召喚は実現済み。

 それは異世界の存在証明であり、転生者も実在する。

 ――理論的には可能なはずである。


 ただし、転生先の情報が分からなければ成功率の計算はできない。

 あるいは「夜の世界」のような環境下であれば成功率上昇も期待できる――かもしれないが、やはり「魔力が足りない」という問題が大きくなるだけ。


 ほかの資源ならいざ知らず、魔力はアンデッドにとって生命線である。

 コストパフォーマンスは悪くないが、何をするにも必要になってくる上に、回復手段も限られる――自然回復はスキル次第ではあるが日中は大きなペナルティを受け、後は他者からのエナジードレインくらい。

 考え無しに使っていてはいくらあっても足りない。

 敵が迫っているならなおさらだ。


 そういう意味では「夜の世界」を活用しなかったことが非常に悔やまれるが、当時は湯の川が台頭してきておらず、「吸血鬼に最適化されている上に、撤去不可能な不快すぎるオブジェがある」領域に居を移すなど論外だった。


 もっとも、ずっと居座っていればその分深く禁忌に触れることになっていただろうし、吸血鬼の魔王型オブジェとともに滅ぼされていた可能性を考えると、ヴィクターの人生で上位に入る英断だったのだが。

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