28 リターンズ
――ユノ視点――
領域の揺らぎの中に、あってはならないものを見た。
ほんの一瞬のことだったけれど、私の目はとても良いので、見間違えることは滅多にない。
そして、一度認識した物を見失うことも滅多にない。
忘れることは多々あるけれど。
さておき、仮想世界に囚われている子供がひとりいる。
額に角があって、腕が2対4本あるので純粋な人間ではないっぽい――それよりも、合わせ鏡の仮想世界とは違って、もっと中核的な階層にあるというか――あ、もしかして、この子が要石なのか?
――肉体と魂を龍穴とやらに縛りつけ、精神を希薄にすることで自分に都合の良い道具にしている?
領域はこの子のもので、中身が気持ち悪い人がそれをコントロールしているのか。
私と朔の例もあるし、不可能なことではないけれど、大人が子供を食い物にしている構図は看過できない。
力や知識を求める気持ちは分からなくもないけれど、子供を犠牲にするようなものに未来は無いよ?
というか、そういった諸々を次代に受け継がせていくのが真っ当な人間の在り方では?
まあ、気持ち悪い人は肉体こそ少年の物だけれど、実態としてはアンデッドにそっくりだし、そういう道理は通じないのかもしれない。
それよりも、あの子供を保護したいのだけれど、領域を強制解除させたり龍脈から解放してもいいのだろうか?
精神が希薄なので、あまり手荒なことはしない方がいいのは確かだと思うけれど……。
それに、龍脈とか龍穴のことがよく分かっていないことも問題か。
何がどう影響するかさっぱり分からない。
いずれにしても、放置していい状態ではないのは確かなので、分からないことは訊いてみることにしよう。
「ねえ、貴方――」
「おのれ、キツネめが! 破魔星天弓!」
問答無用で攻撃された。
唐突にキツネにキレ始めたり、領域の中で術を使うとか理解できないことばかりだけれど、アンデッドならこんなものか?
さておき、気持ち悪い人が、魔力で形成した弓で、これまた魔力で作った矢を天に向けて放つ。
それが上空百メートルくらいだろうか、そこで数百に分裂した魔力の矢が今度は地上に降り注ぐ。
彼が使ったのはそんな感じの術である。
どんどん術の階梯が下がってきているのに効くと思っているのか――最初の攻撃で細切れにされたから勘違いさせてしまったのか?
いっそ、喰うか呪言で洗いざらい吐かせようかと思ったけれど、朔が『あの子に影響出るかもしれないから、止めといた方が賢明かな』というので控える。
そうすると――どうしようか。
正攻法だと説得か。
……アンデッドみたいな人を?
成仏させるならともかく、それは無理がすぎる。
使い魔たちに手を焼いているくらいなのに。
「うほおっ! 聖属性が! 聖属性がチクチクしますぞ! ユノ様に頂いたローブを通して受ける聖属性の刺激がクセになりゅうう!」
「標準装備の我らなら骨も残さず溶かされていただろうが、ユノ様の愛で溶けている今の我に……天国イクゥ!」
「あ゛あ゛ー……。致死量の聖属性もユノ様の温もりの中では打たせ湯の心地よさよ……。あ゛あ゛ー効くわー」
これである。
こんな所で温泉気分か。
使い魔にも福利厚生が必要とかそういうことだろうか?
とはいえ、勤務時間は不定期だけれど短時間だし、主な勤務地はリゾート地だしなあ。
「できれば私にも身を守る物を頂ければ……。いや、ユノ様に看取られて果てるのも捨て難いか?」
あ、ヤバい。
セーレさんが瀕死だ。
とりあえず、保護しておくか――ということで、みんな領域内に退避させる。
「好機!」
しまった。
また「使い魔たちを始末した」と勘違いさせてしまっただろうか。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
「七星落! 貪狼! 巨門! 禄存! 文曲! 廉貞! 武曲! 破軍!」
「くらえ、破魔星天弓!」
気持ち悪い人の腕が3対6本、目が3対6個に増えて、更に胸とお腹にも口が出現して、先ほどの技を同時に放ってきた。
器用ではあるけれど、ちょっとキモい。
元々の気持ち悪さと合わせて、もう虫レベルである。
それはそうと、やはり領域の理解が浅いか間違っている。
領域の中で術を重ねて掛けてもさほど意味が無いよ?
なお、「さほど」なのは、朔的には「格好いい」からだ。
まあ、人によっては重要なことかもしれないけれどね。
それでも、領域――自身の可能性の中では、小手先の術より意志の強さが重要なのだ。
良い物と良い物を合わせて更に良い物になるのは料理くらいのもの――それか、人同士で足りないところを補いあうことくらいか。
ひとりではできないことをみんなで力を合わせてなし遂げることも、次代に想いや力を託していけることと同じく人間の強さだと思う。
ということで、指パッチンひとつでそれらを消し去る。
……私がやったということを示すためにポーズをつけてみたけれど、衝撃波を出さないように気をつけすぎたからか、カスみたいな音になってしまってちょっと恥ずかしい。
「「「なんだと!?」」」
それでも、相手はそれにツッコむ余裕も無いらしい。
というか、みっつの口全てで同じことを喋らなくても……。
「ねえ、貴方。要石にしている子――」
「まだだ! 儂は神になったのだ!」
「儂がこんな小娘に負けるはずがない!」
「開け、地獄門!」
まだ抗うか。
諦めが悪いのは嫌いではないけれど、少しは話を聞いてほしいものだ。
さておき、今度は浅草寺の雷門くらいの大きな門が出現して、ひとりでに開いていく。
地獄の門は自動ドアだったのか。
そして、そこからゾロゾロと鬼が出てくる。
演出は違うけれど、さきの百鬼夜行で見た光景――西宮神社の福男選びっぽさもある。
しかし、「みんなで力を合わせて――」とはいったものの、これはちょっと何かが違う。
協調性とか全く見えないしね。
というか、さきの百鬼夜行で見た妖怪もいて、それらは当時の記憶があるのか私の姿を見るなり回れ右して引き返そうとするけれど、何も知らない後続に押し出されて叶わない。
術者の方からは見えていないと思うけれど、その妖怪たちの悲哀に満ちた目はこっちが申し訳なくなるくらいである。
「術が効かぬなら物量で圧し潰してしまえばよかろう!」
「行け、百鬼夜行よ! 蹂躙せよ!」
「急急如律令!」
「よっしゃー! いや、ちょっと待て!? あいつはヤベえ!」
「くそっ! 久々の現世かと思えば狭間の地だしよぉ!」
「やってられるか! 俺は帰らせてもらうぜ! ああっ!? 門を閉じやがった!」
無情にも下される突撃命令。
ご丁寧に門を閉じて退路を断ってである。
「貴様ら、何をしておる!? 早う行かぬか!」
「莫迦言うんじゃねえよ! あの嬢ちゃんはヤベーんだよ!」
「殺されて地獄に戻るだけならいいけどよ、あの嬢ちゃんは俺らの何かを壊してくんだ!」
「つーか、門が開いたから出てきただけで、てめえと契約したわけじゃねえからな。てめえに命令される筋合いはねえ」
「そうだそうだ! なんなら俺はあっちの嬢ちゃんに付くぜ!」
「神たる儂に歯向かおうというのか!」
「うるせえ! 何が神だ! 冠ってるくせによお!」
「だ、黙れ! 冠っておっても奴の妻には『主人より太くて立派』と――」
「知ってるか? 人生にはみっつの坂があるんだ。『上り坂』『下り坂』『まさか』、そして『黄泉比良坂』だ! 振り向かずに逃げるのが正解なんだよ!」
よっつじゃないか――っと、まずい。
仲間割れはともかく、私に憑くのは勘弁してもらいたい。
ただでさえ使い魔とかペットを持て余し気味なのに、無節操に増やすわけにはいかないのだ。
既に1匹――いや、1頭? 1個? 数え方は分からないけれど増えているしね。
なお、それは朔がどうしてもというので捕獲したのだけれど、その後のことを任せていたら新たな使い魔にされていただけなので、私のせいではない。
とはいえ、無責任にリリースするわけにもいかないし、使わなければバレることもないだろうし――と思っていたら、まさかこんなにお誂え向きな状況に遭遇するとは。
領域に頼らない世界では何がどう転ぶか分からないものだね。
せっかくなので、一度使用感を確かめてみようか。
「おいで、空亡」
私の呼びかけに応じて、さきの百鬼夜行戦で捕まえていた空亡が私の影から昇ってくる。
もちろん、調教済――朔が言うには、『ユノが空亡を倒して、空亡に向いていた人間の畏怖がユノに向いた結果だと思うんだけど、概念的な上下関係が出来上がってたみたいでものすごく従順だったよ』とのこと。
もっとも、人間からの畏怖が減った分はしっかり弱体化していたそうだけれど、私が捕まえた子――私が捕まえたことで個になった子に限っては、私の魔素で当社比1,024倍パワーアップしている。
つまり、百鬼夜行でいうと、102,400鬼まで殲滅できるということ。
……単位がよく分からない。
本物の太陽にはまるで及ばず、サンの首1本――いや、0.5本くらいか?
古竜には及ばないけれど、こういう限定条件下なら役に立つ――かもしれない。
後は、口が無いからうるさくならないのはいいかも。
『ユノの言う「神の作り方」からすると、空亡がパワーダウンした分はユノがパワーアップしてると思うんだけど、誤差すぎて観測できないのか、ユノに人の心が無いから効果が無いのか分からないんだよね』
「失礼な」
人の心が分からないのは認めるけれど、無いわけではない――と思う。
というか、人の信仰や畏れを魔法だと考えた場合、領域を構築している私に通じないのは当然のことである。
そもそも、他人が何をしようと私が私であることは変わらないのだ。
そんなもので強化や弱化する不安定な存在が「神」だとするなら、やはり私はそうではないということになる。
Q.E.D.
『百鬼夜行がユノを恐れてるのも「神殺し」の結果だと思うんだけど、元々それだけの能力差があるから確かめようがない……。ま、今回は仕込みもしてないし仕方ないか』
「また何か企んでいるの? いつものことといえばそれまでだけれど、創るにしても殺すにしても『神』はどうかと思うよ?」
「キ、キツネの分際で神を愚弄するか! というか、それは何だ!? 止めろ! そんな目で儂を見るでない!」
「ほら言ったろうが! あの嬢ちゃんヤベーんだって!」
「あー、終わった終わった。百鬼夜行最速全滅記録更新だわ」
「だが、空亡が出てきて安心した俺がいる。これで普通に死ねる! ふはは、さあ殺せ!」
ちょうどいい感じに――悪い例として「神」を騙る人がそこにいるし。
今は空亡に「やれやれ」みたいな感じで見下されてブチ切れている。
どこの世界にこんな無様な神がいるというのか。
「さて、空亡。あの6本腕の虫みたいな小さい人と地形以外を焼き払って」
いずれにしても、私は私のなしたいことをなすだけだ。
そのために、百鬼夜行には早々に退場してもらおう。




