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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十八章 邪神さんと聖なるもの
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27 呪術の神髄

 尊厳と引換えにかわやから出てきた道満が目にしたのは、招いた覚えのない異色の集団だった。



 界重ねの呪法が正常に動作している限り、呪界に侵入した者は例外なく生贄になる。

 しかし、現在は何らかの理由で消滅していて、その集団が破壊して入ってきたのか、破壊された後に入ってきただけなのかの判別ができない。

 界重ねの呪法自体、道満にも理解できていない部分があったため、自然に、あるいは必然的に壊れた可能性はあるが、彼が受けた呪いと合わせて考えると不自然な感は拭えない。


 敵だとして先制攻撃を仕掛けるのが安全かつ確実だが、フジンの関係者である可能性も排除できない。

 後者であれば、力を与えることと引換えに、呪界外の情報や物品を提供させるのも悪くない。

 特に柔らか紙(ポケットティッシュ)は急急如律令するくらいに必要である。



 そこで、道満は集団の素性や目的を測るため、呪術師としての知識と経験を総動員して観察してみることにした。


 まずは前列にいる、ひと目で尋常のものではないと分かる、襤褸ぼろを纏い巨大な鎌を持った2体の髑髏どくろ

 強大な式神や調伏ちょうぶくした妖魔を従える道満だからこそ分かる。

 あれらはただの髑髏ではない――大きさ的に生前は鬼だったのだろう。

 見慣れない大鎌もハッタリが利いていて良い物だと。



 次に、人間の倍以上の大きさの異形の鬼。

 角や尻尾はともかく、それに翼を合わせ持つそれは、「鬼」に関しては一家言ある道満でも初めて見る種である。

 何よりも重要なのは、異質なのは容姿だけではなく、離れていても鬼神級の力があることが伝わってくる――飛行能力次第では非常に厄介な相手になることだ。


 そして、熱心な晴明アンチである彼には分かる。

 鬼の手に乗る銀髪の少女はものすごく良いものだ。

 しかし、白銀の髪に人を惑わせる整いすぎた容姿は【葛の葉】――晴明の母を連想させる。


 しかも、その少女が持っている宝珠が、富士そのものとなりつつある道満と同質で同等の物である。

 つまり、それがこの異変の元凶で、少女が敵であることは間違いない。



 そこから道満の思考が飛躍して、少女が安倍晴明に縁のあるものだと勘違いしてしまった。

 もう1体、小さいのが後ろにいるのは分かっていたが、そんなことはもうどうでもいい。


(悔しい! ――儂もあんな母が欲しかった!)



「おのれ、晴明め!」


 なぜか強烈なNTR感に襲われた道満の怒りが爆発した。

 こんな良いものがあるなら、晴明の妻を寝取って良い気になっていた自分が莫迦みたいではないかと。



「精鋭? そのとおりだが」

「生命? 当然頂くが」

「もしかして姓名でしょうか?」

「Say “YEAH”かもっす」

「イエーイ」


 当然、異色の集団(ユノたち)からしてみれば、いきなり「せいめいめ」と言われても意味が分からない。

 それでも反応するのは、道満に対してではなくユノにアピールする目的である。


 そして、この勝負においては、デスや大悪魔の目尻が思わず下がってしまうくらいに可愛い「イエーイ」を引き出したマリアベルの勝利だった。



「それはそうと、あの童の格好はどういうことでしょうな。『山を舐めるな』と注意すべきでしょうか?」


「まさか、あの若さでトシヤ殿と同じ境地に……? 将来有望……といっていいのでしょうか?」


「トシヤ殿は着眼点や発想は面白いのですが、人前に出していい方ではないですからねえ……」


「それより、こんな所に異形化してない子供とか、クソ怪しすぎるんすけど」


「『クソ』とか汚い言葉は使っちゃ駄目だよ。まあ、見た目どおりの歳じゃないというか、中身はかなり排泄物っぽいけれど」


「誰のせいだと思っている!?」


 この状況で、「クソクソ」言われた道満がキレた。




「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」


 道満が素早く九字を切る。



 九字護身法くじごしんぼうは、主に修験道で厄除けや戦勝祈願に用いられるものである。

 一方で、九字紋を「ドーマン」ともいうことからも分かるように、道満の得意技でもあった。



 通常は能力強化バフでしかない九字護身法も、道満が使うと物理的な攻撃力を持つ。


 格子状の空間の断裂が相手に向かって高速で飛んでいく。

 不可視な上に防御不能、更に面の攻撃であるため躱すことも困難である。


 それが、神化した現在では次元を斬る――概念攻撃にまで昇華して、九字護()法とでもいうものになっていた。



「ユンピョウとウシャンカが何と?」

「最後にチェンと聞こえたが?」

「ジャッキーでしょうか?」


 異世界魔法の知識は豊富な使い魔たちも、日本の九字護身法は知らなかった。

 そして、道満の発音がいまだに残る腹痛のせいで悪かったせいもあって、先日みんなで見た古いアクション映画に引っ張られていた。


 当然、そんな雑談をしているくらいなので、次元斬は効いていない。


 本来のデスには物理攻撃が通じない。

 デュラハンも物理防御力は高いが、どちらも概念攻撃までは防げない。

 ユノの使い魔であってもそれは変わらないが、彼らの装備は世界樹の系譜に属する神器――ある種の可能世界である。

 次元を斬ったくらいで破れるような物ではない。



「ほう、次元斬ですか。これもユノ様がいなければ危ないところでした。2度も救われるとは、やはりお仕えするしかないようです。今後とも、末永くよろしくお願いいたします」


「えっ、いきなり細切れにされたのだけれど? 次元を斬るって何なの怖い。というか、私を盾にしておいて仕えようとするセーレさんの方が怖いのだけれど?」


「細切れにされたユノ様もお美しい。むしろ、普段は見られない姿を見られて幸せです」


『こういう場面で言う台詞だったかな……?』


 当然、世界樹を創造できる存在には効くはずもない――呪界を壊さないように最低限の領域構築しかしていなかったユノは物理的に切断されてはいるが、特に効いてはいない。

 むしろ、「どうせ効かないから防御もしない」という傲慢さの表れで、再構築しないのも「対話の必要性を感じていない」からである。


 そして、それを装備しているセーレも概念防御を獲得しているため概念攻撃は届かず、残った物理攻撃部分については魔装で受け止められる範囲だった。



 結果、道満の先制攻撃は不発に終わった。


 彼にしてみれば、必中必殺の領域でのこの結果は、驚きよりも自尊心を傷付けられた怒りが勝るものだった。



「落ちよ天の七曜! 貪狼とんろう!  巨門こもん!  禄存ろくぞん!  文曲もんごく!  廉貞れんじょう!  武曲むごく!  破軍はぐん! 急急如律令!」


 道満の次の手は、仮想北斗七星を落とす――異世界でいうところの《流星メテオフォール》だった。



 道満には九字護神法が無効化された理由は分からないが、原因については細切れにされた少女が持っている宝珠だとほぼ断定できる。


 それを持つ少女だけが細切れになった理由も分からないが、それでも死んでいないことからひとつの推測が立てられる。

 ――宝珠の力で不死になっているのだと。


 同じ富士の力を持つ彼だからこそ分かる。

 口惜しいが、不死性に関しては宝珠の方が一枚上なことも。


 可能であれば奪って我が物としたいところだが、恐らく破壊しない限りは少女を殺せず、式神たちも消せない。

 そう判断しての、呪界――富士龍穴ごと破壊するつもりの攻撃だった。



 《流星》も、《次元斬》と同レベルで概念攻撃の性質を備えている。


 現実的に考えて、人間の持つ魔力では本物の星や隕石を落とすのは不可能である。

 むしろ、種子の「想像力が及んでいない部分について」の性質から考えると、「最低コストで実現できる」「表面的にそう見える」だけのものになるのが必然だ。

 もっとも、そのおかげで《核撃》で放射能汚染が発生しないとか、《流星》が落ちるたびに大規模な天変地異が起きることもないので、悪いことばかりではないが。



 道満の「七星落」も同様で、富士山くらいは壊せても地球全体に影響を与えるものではない。


 呪界が崩壊した際の懸念も、ユノが初期化を行っているおかげでほぼ無くなった。

 彼としてはもうどちらでもいいことだが、あの宝珠だけは処分しなければならない。

 あれは神となった彼に届き得るもので、領域内で仕留められなければ非常に面倒なことになるからだ。



 ただし、七星落で宝珠を破壊できる確率は、いまだに少女が細切れ状態なことを差引いても五分五分といったところ。


 次元斬で宝珠を壊せなかったのは、「当たらなかった」からではなく「当たらない」からである。


 少女を殺すには宝珠を破壊するしかないが、宝珠を破壊するには先に少女をどうにかしなければならない。

 矛盾ではなく、「どうにかする」部分に工夫が必要な呪術トリックであり、道満の得意分野である。

 

 そこで、原形が残らない状態にまで追い込んで綻びが見えれば儲けもの。

 駄目でも次の手への繋ぎになればいい。

 そう考えての一手である。


 力押しできないのは神として不甲斐ないが、既にほまれと袴は厠で死んでいる。

 もう何も怖くない。




 一方、ユノと朔には領域の解析はできても、現時点では龍脈や龍穴の実態を認識できるだけの材料が足りていない。

 したがって、事前に聞いていたように、「富士が崩壊すれば、その影響が全世界に及ぶ」という前提で動くしかない。


 セーレにしても、領域に囚われていた間の意識が無いため、呪界の様子に違和感は覚えつつも結論を出せる状況にない。

 また、彼では神化した道満を止めることは能力的に難しい。

 であるならば、手のひらに乗るユノの感触を味わうことに全力を尽くすしかない。




 呪界の空に出現すると同時に落下を始めていた七つの星が唐突にかき消された。


 破壊されたわけでも、術式を上書きされた気配も無く、ただただ消えたのだ。


 宝珠を破壊できない可能性は考慮していた道満もさすがにこれは想定外で、次なる術式の構築がほんの僅かに乱れる。



 ユノにしてみれば、隕石を富士山に落とさせるわけにはいかないので、認識できているそれを喰っただけのことである。

 ただ、その意思決定と結果が現れるのが同時なため、世界に縛られている者にはその間にあってしかるべきプロセスが認識できないのだ。


 そして、彼女は道満の動揺から生じた呪界の揺らぎの中に看過できないものを見つけ、一瞬で自身の再構築を完了させる。



 それも道満から見れば連続性のない光景だった。

 そして、ようやく重大なことを見落としている可能性に気づいた。


 気づいただけで、正体を見破ることはできなかったが。

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