20 内部分裂
「勘違いしている方も多いようですけれど――」
何だか変な方向に振れたけれど、私のやることは決まっている。
まずは呪界と要石の調査。
それで処置が必要だと判明すれば、どうにかしてみるだけ。
ただ、どこまでやるかとか、皇やフジンに対してどう振舞うかが未定で、アドバイザーもいない。
なので、私が決めるしかないのだけれど……もうその場の雰囲気とか流れでやるしかないな。
さて、呪界の処置について、フジンの人たちが自力でどうにかするというなら任せてもいいのだけれど、悪魔たちの予想どおりなら彼らだけで済む問題ではないので無条件とはいかない。
彼らの不始末で、何も知らないクラスメイトたちの可能性が閉ざされるのは不本意だしね。
そうなったときは尻拭いするつもりでついていくか、彼らの本気度を朔か柳田さんに測ってもらうか。
「これから呪界の調査に行くのは決定事項です。異議があるなら実力でどうぞ。もちろん、情報提供等あれば歓迎します」
調査といっても、私にできるのは雰囲気だけのものになる。
そもそも、何を調査するのかすら分かっていないのだ。
下手な先入観は邪魔になるけれど、事前情報皆無なのはもっと困る。
なので、核心的な情報なら大歓迎だし、伝承とか些細な会話などが思わぬヒントになる可能性もあるし、とりあえず集められるものは集めておきたい。
「……抵抗はしないんですか? 抵抗したから殺すってことはないですよ? まあ、生かす保証もしないけれど――死ぬのが怖いわけじゃないですよね? 皆さんの聖地に対する想いはそんなものじゃないですよね?」
協力者が出てこないのは仕方がない。
結局のところ、裏切り者は「また裏切るんじゃないの?」と信頼されにくいところもあるだろうし、我先にと手を挙げるものではないのだろう。
それに、私たちも信頼されるような存在ではないしね。
過去のあれこれを思い返すと、特にNHD。
私たちを狙っていた組織とはいえ、民間人を巻き込んでの先制攻撃である。
既に手を出してきているフジンからすると、人ごとではないのかもしれない。
それはさておき、いつまでも駄目なものに拘っていても仕方がないので、抵抗の方はどうかと少し煽ってみたのだ。
これも戦術とかから何かが分かるかもしれないと期待してのことである。
なので、楽には殺さずに――生死は結果でしかないけれど――とにかく、良い感じに追い詰めていろいろと吐かせたいところ。
しかし、明らかな挑発にも食いついてこないのは、さきの極炎のせいだろうか。
正体を見せてはいけないとか領域展開も禁止といった条件の中での蠟燭の火程度のものだったのに――いや、極炎自体が領域ではあるけれど、3秒以内なのでセーフのはず。
それに、私が創ったけれど私の領域ではない――「極炎」という独立した領域だし?
名前こそ大層だけれど、本来は虫とかグロとかの消滅用のものだよ?
とにかく、こういう時に軌道修正してくれるアイリスやアルはいないし、悪魔は役に立たない。
朔は呪界には興味を示しているものの、フジンの人たちはどうでもいい感じだからか、ここで口を出したり悪巧みをする気配も無い。
どうしたものか。
もう現場に行ってから考えるか?
「あ、あのっ! いいですか!?」
「はい、どうぞ」
若い男性が発言を求める感じで挙手したので、動揺する周りの人たちを牽制しつつ先を促してみる。
「俺、紫藤大吾っていいます! 24歳彼女募集中です!」
「……?」
「絶賛彼女募集中です!」
まさか、それが情報提供……?
「大吾、貴様とち狂ったのか!?」
「裏切るにしても、裏切り方ってもんがあるだろうが!」
「うるせー! もうジジババにこき使われるのはうんざりなんだよ! 同じこき使われるなら可愛い子の方がいいし、ひょっとしたらワンチャンあるかもしれないだろ!」
「言われてみりゃそうだな。だったら俺も寝返るぜ! それか寝取られたい!」
「駄目だ。こういうのは早い者勝ちなんだよ! よくいうだろ、BSSとかって」
「そりゃNTRフラグだろ! そういうのは先とか後とか前とか後ろとかじゃねえ! あれのマジカルが強い方が勝つんだよ!」
「お前ら、ふざけるなよ! そんなことが許されると思っているのか!?」
「これまでの恩を仇で返すとは、恥を知れ!」
「許されるも何も、大した恩恵受けてないのにこき使われて、俺らには良い思いする順番は回ってきそうにないじゃねーか。そもそも、フジンに先が無さそうだしよお」
「試練どころか馴化もできておらんヒヨッコが恩恵を受けようなど十年早いわ!」
「給料もろくに払ってないのに恩を返せとかどの口が言ってんだ。円で払えってんだよ!」
「それによー、歳とって順番回ってこなきゃ強くなれないってのはもう時代遅れだろ。その人ら見てみろよ、若いのに強いんだぜ。しかも可愛いし最高だろ」
「莫迦者どもが、目を覚ませ! 世の中に楽して儲かるとか強くなることがあると思うのか!? お前らみたいなのが詐欺に引っかかるんだぞ!」
「あの若さであの強さってことは、それだけうちよりヤバいもんに手を出してる証拠だろ!」
「どっちにしてもフジンはコスパ悪すぎなんだよ。転職するなら、きっと今だ!」
「転職はお前に任せた! 俺はこのままプロポーズさせてもらう! 永久就職だぜ!」
私が何か言う前に内紛状態になった。
勢力的には五分五分――会議の場にお邪魔したっぽいので、議決権を持っているお年寄りが多く、雑用係の若い人が少数。
前者の方が反抗的というか現状の維持を望んでいて戦闘能力が高いけれど、私の前で実力行使できるほどではなくて、後者の方が煽りスキルが高くて口数でも負けている。
ただし、後者も一枚岩ではないのか主張はバラバラだ。
鬱憤が溜まりすぎていて団結どころではないのか?
どうでもいいけれど。
さて、この状況からでも拾える情報はあるけれど、あまり効率的とはいえない。
というか、深く考えて喋っていないせいか、話がループしたり重複したりで、聞かされている側としてはちょっとつらい。
こういう時は――。
「では柳田さん、ここはお任せしますね」
「……はあ!?」
丸投げした。
少し「はあ」のイントネーションがイラッとするものだったけれど、無茶振りしたのはこちらなので――いや、そもそも厄介事を持ち込んだのは彼らである。
多少は不可抗力もあったのかもしれないけれど、こんなになるまで放置していた責任がある。
もっとも、切っ掛けはどうあれ「やる」と決めたのは私なので、キリのいいところまではやるけれど、それはそれ、これはこれである。
「当事者意識が足りていないのでは?」
「あっ、いえ! 申し訳ありません! 急だったので、つい……」
「……冗談ですよ。いえ、お任せするのは本当ですけれど」
そんなに強い言葉を使ったつもりはないのに怯えさせてしまったようだ。
昨今の何でもハラスメントになる風潮は少々いきすぎな気もするけれど、意図したものではない恫喝とか脅迫は望むところではないので訂正しておく。
「パイモン、呪界の場所とかは分かっていますか?」
いずれにしても、調査には柳田さんたちを連れていけない。
悪魔でも手を焼く状況が危険なこともあるけれど、そういう状況下で彼らに説明のできない能力が制限されることが面倒くさい。
最悪は洗脳でどうにかできるとしても、そこまでして連れていくメリットが無いしね。
朔もそれが分かっているので大人しいのだ。
ギャラリーがいないとやる気が出ない――神族や悪魔は何が何でも「さすユノ」するのでつまらないのだろう。
もっとも、悪魔たち――パイモンさんも呪界内部にまで連れていくつもりはないけれど。
同行させるにしても、内部の安全を確保してからだ。
精々が後始末程度になるだろうか。
「もちろんです。では柳田殿、何か緊急の要件でもあれば私にご連絡を。我々はこのまま調査に向かいますので――ああ、追加で護衛が必要なら付けますが」
「……いえ、大丈夫です。彼らもそこまで愚かではないでしょうし」
ここに来る前に同じ口で「人間は莫迦だ」と言っていたような気もするけれど……。
まあ、いい。
柳田さんは莫迦ではないはずだし、考えあってのことだろう。
「それじゃ、行こっか」
「はっ」
フジンの人たちに選択の機会を与えに来たのだけれど、若い人たちと年配の人たちとの間で対立が発生してそれどころではないようだ。
もちろん、それも歴とした選択ではあるけれど。
私が思っていたものとは違うけれど、決着を待つ気は無いので、調査が終わってから柳田さんたちを回収にくるくらいでいいかな。




