13 置き配
面倒な仕事も終わって晴れ晴れとした気持ちで登校すると、朝一番で理事長からの呼び出しがあった。
何かやらかしたような記憶は無いのだけれど、無視するわけにもいかない。
そうして渋々向かったそこには、なぜか「おもしれ―女2号」ことエリザベスさんがいた。
「急な話で、御神苗さんにも都合があるのは理解していますが、貴女の仕事ぶりを聞いた聖女様が直に観て学びたいと――ああ、『聖女』というのは内々でのもので公式な役職ではないのですが、素晴らしい女性であることは私が保証します。御神苗さんにも学びがあるかと思いますので――」
やられた。
理事長さんは一般人なので、言葉以上の思惑とか裏は無いだろう。
エリザベスさんも、腹芸ができるタイプではなかった。
そうすると、この絵を描いたのは司祭さんたち――が私に歯向かえるとも思えないので、補佐の人たちか現場を知らない上層部か。
恐らくだけれど、私の「平穏な生活」を人質に、難しい立場になった彼女を護らせようというのだ。
問い詰めたとしても「そんなことは考えていなかった」と白を切るだけだろうし、本当に「やられた」というほかない。
さて、これはどうするのが正解か。
この話を断った場合、理事長さんの期待を裏切る、若しくは顔を潰すことになってしまう。
ただそれだけのことではあるけれど、断る理由も「面倒くさい」という感情論が大半だ。
損得でいえば、残り数か月とはいえ、彼には味方でいてもらった方が何かと都合が良い。
それに、何らかの制裁とか報復に走るのも面倒くさいし、講習の成果を無駄にしてしまうのも莫迦らしい。
とはいえ、こんなことを繰り返されるのも嫌だし、「二度目は無い」と釘を刺しておくくらいはしておくべきか?
(むしろ、このまま白紙で引受けておいて、報酬は「貸し」にしとけば?)
さすが朔、悪いことを考える。
安っぽい脅迫で済ませるより、いつか取立てると言っておいた方が効果的か。
じゃあ、その線でいこうか。
「聖女様に評価していただけるなんて光栄です。どれだけお役に立てるかは分かりませんが、精一杯務めさせていただきますね」
「オゥ!? アリガト、ゴザイマース」
そうと決まれば、限界まで値を釣りあげておこうと下手に出ておく。
エリザベスさんがすごくカタコトになっていた。
昨日までの私の態度との違いに驚いているようだ。
日本語が堪能――とまではいえなかったけれど、もう少し喋れていたのにね。
というか、私だってネコくらいは被るよ。
暴君でも魔王でもないのだから。
むしろ、普段から耳と尻尾を隠しているくらいである。
目的のためならいくらでも被ったり脱いだりするよ。
「では聖女様、教会までご一緒しましょうか」
「お、お手柔らかに……」
「はっはっは、仲良き百合は美しきかなですな!」
……ん?
何かがおかしい?
◇◇◇
とまあそんな感じで、朝から面倒事を押しつけられてしまった。
とはいえ、エリザベスさんは生徒ではなく教会関係者として来ているので、当然、生徒である私とは授業中は別行動になる。
負担は無いに等しい。
そもそも、物理的な距離よりも「私の保護下にある」という建前が重要で、私に正面から喧嘩を売れる組織でなければ仕掛けてこないと思うので問題は無いのだ。
もちろん、教会は一般人も入れる施設なので、偵察くらいはしに来ると思うけれど――念のため、悪魔たちにも注意しておくように言っておくか。
……悪魔に見守られる教会と聖女か。
それは宗教的に大丈夫なのか?
まあ、いい。
私の知ったことではないし、仕事としては放課後に少し教会に顔を出すだけだ。
なんて油断していたら、早速誘拐されかけていた。
犯人は一般男性――変態を一般人といっていいのかは疑問だけれど、思想的な背景や背後関係は特に無い。
どうにもエリザベスさんが美人だったので気が迷い、隙だらけだったので独りになったところを衝動的にスタンガン一閃――というのが真相らしい。
……衝動的なのは計画性の無さからも察せられるけれど、スタンガンは普段から携行する物か?
本当は私を狙っていたと供述している?
……。
とにかく、犯人は悪魔たちによって確保されて、エリザベスさんの貞操も守られた。
それでも、ただ結果オーライにしていい問題ではない。
『仮にも私の教えを受けた人が、一般人に後れを取るとかどういうことですか?』
「……ごめんなさい」
ということで、朔にお説教をお願いした。
そういうのは私自身でやるべきなのだけれど、エリザベスさんの日本語は微妙だし、私はイタリア語を話せないし英語力も低く、通訳もいない。
彼女も基本的には日本語で話しているけれど、時折言葉が出てこずに詰まってしまうので、不正確な日本語を使うよりはとイタリア語交じりで話させている。
そして、よくよく考えると私は日本語でも何を言っているのか分からないらしい。
なので、最初から朔に頼ることにしたのだ。
朔の外国語能力もそんなに高いわけではないけれど私よりはマシだし、人を喰うよりは倫理的にもいい。
さておき、聖女の皆さんには戦闘技術こそ教えていないけれど、戦場に放り出されても逃げ切れるように走り込みはさせていた。
同時に、いつでも逃げられるように――常在戦場とまではいわないけれど、いつ何が起こるか分からないのだからと心の準備についても教えたはずだ。
伝わっているかどうかは分からない。
というか、身体ひとつで百人以上を教えるのはなかなか忙しくて、いろいろと雑になった感は否めない。
『私の教え方が悪かったのかな? それとも、理解する気が無かったのかな? 公演とか研修じゃなく、講習としていた意味は分かってる?』
……それの何が違うの?
何か意味があったの!?
「……自主性を尊重してたんですよね? 領域は個人によって違うからって――あの! 実は検査と移動で昨日から少ししか寝てなくて!」
朔が通訳してくれないと、エリザベスさんが何を話しているかが分からない。
最後に要点だけ教えてくれれば充分ではあるけれど。
まあ、言いよどんだり慌てている様子からすると言い訳かな?
朔には通じないと思うよ?
私で慣れているからね!
『キミがそれでいいと思ってるならもう何も言わないけど、キミが弱い、あるいは甘いせいで犠牲になる人がいる。それは忘れない方がいい』
「……ごめんなさい」
それは彼女が責任を追うことではないと思う。
それが子供のように大人の庇護の下にいるべき存在でなければ、飽くまで死んだ本人とか殺した人の問題である。
分別ある大人が、自身の決断の理由や行動の結果を他人に委ねるべきではない。
しかし、怒られそうなので口には出さない。
会話の流れもよく分かっていないしね。
そもそも、ただの脅しだろうし、時間も限られているので多少雑になるのも仕方がないのだ。
エリザベスさんがいなくなっていることに気づいた教会関係者が、今更ながらに慌て始めている。
随分とのんびりしているものだ。
もっとも、こちらは同じ頭がお花畑でも一般人なので、彼女と同列では語れないけれど。
『じゃあ、これ以上迷惑を掛ける前に戻ろうか。キミのこれからのことも考えないといけないしね』
「……ごめんなさい。やっぱり突然押しかけるのは迷惑でしたよね」
『どちらかというと、私の教えを受けておいて、スタンガン持った程度の一般人に後れを取られる方が迷惑なんだけど。聖女には必要無いと思って戦闘技術は教えなかったけど、さすがにこれは酷いから再教育だね』
必要無いというか、害悪になる可能性もあったしね。
本当に愛をもって人を殴れるとか、「それはそれ」と分けて考えられる人でないと「愛」が歪んだり見失ったりするかもしれないし。
「えっ、追い返したりしないんですか?」
『一度引受けたものを放り出すのは私の主義に反するし、逃げ足を活かせるように危険察知能力を磨くか、不意打ちされても電撃や銃撃くらいなら耐えられるような身体にするか……』
「ええっ!? 私も司祭様みたいに解体されるんですか!? その、痛いのとか怖いのは嫌なので防御力を上げるか、できれば最初の方でお願いします!」
『痛いのが嫌なら後者の方がいいんじゃない?』
「いえ、最初の方で!」
『そういう能力ってかなり追い詰められないと身につかないと思うよ?』
「私、勘の良さには自信がありますから!」
やはりエリザベスさんが何を言っているのかは分からないけれど、朔の言葉から大体は想像がつく。
彼女が「痛いのが嫌で防御力を上げたい」のは分かった。
意味は分からないけれど。
それを受けての『電撃と銃撃の方がいい』ということは、危険察知能力を磨く方がもっと痛いということ。
つまり、魂とか精神に直接ダメージを与えるということ。
一応、筋は通っている。
下手をすると廃人だからね。
そして、電撃と銃撃に限定しているのは威力が一定だからだろう。
打撃や斬撃は使い手によって脅威度が変わるからね。
そこまで見切って対応というのは聖女に求めるものではない。
もちろん、教えられなくはないけれど、それを身につけたエリザベスさんが聖女ではなくなる可能性もある。
さすが朔だ。
よく考えている。
改善案とかまで考えてくれると更に嬉しいのだけれど――実行するのは私だし、こっそり魔法少女要素とか盛り込んできそうなのは困るか。
それに、聖女を魔法少女や狂戦士にしてしまうとさすがに申し訳ないので自分で考えようか。




