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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十八章 邪神さんと聖なるもの
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05 PvP

 伊藤くんの戦闘スタイルは、剣・盾・槍・斧・弓などの武器を相手に合わせて持ち替えて、どちらかといえば攻撃的に立ち回る「アルから魔法を省いて、扱える武器種を増やした」感じのものだ。

 魔法を使わないのは主義とかではなく、ゲーム内で習得できるスキルや魔法には限りがある――レベルアップ時やイベントクリアで貰えるポイントでは全てのスキルや魔法を習得できないため取捨選択した結果だろう。

 それで武器種を増やしている理由が分からないけれど、きっと伊藤くんなりの理由があるのだろう。



 ちなみに、魔法のメリットデメリットの多くは異世界の事情に準拠していて、一対一で同レベル帯の戦士と相対すると不利なのも同じ。

 ゲーム的な照準補正や弾道表示などがあってもその差は埋まらない。


 私もゲームでは魔法職をやっているけれど、独りではなかなか難儀な立ち回りを要求される。


 まずは棒立ちで魔法を撃って先制攻撃。

 私のレベルが低いせいか、射程は短いし詠唱は長いしでヒヤヒヤするけれど、なぜか敵はこちらに関心を示さない。

 ゲームの仕様らしいけれど、リアリティの欠片も無い。

 敵のレベルが上がると魔法の詠唱に反応するとか視界に入っただけで襲ってくるようになるそうだけれど、そうすると魔法職に先制攻撃の術は無くなる。

 運良く先制攻撃できたとしても、一発で斃せないと次は敵にボコられながら呪文を唱えるはめになる。

 正気の沙汰ではない。


 もっとも、その分他人と協力して事に当たる楽しみもあるのだけれど、私の場合はその他人を選ばないとトラブルになるのが難しいところ。



 私のことはさておき、伊藤くんは取捨選択の方向性がソロ活動向きの近接戦闘特化――いわゆるガチソロビルド、若しくはボッチビルドといわれるものになったと推測される。

 戦闘に不要な要素は徹底的に排除して、それでも足りない分をプレイヤースキルで補う上級者向けのスタイルだそうだ。



 ちなみに、私も伊藤くんと遊んだことが何度かある。

 ただ、私のレベルに合わせてもらうと「もう全部彼ひとりでいいんじゃないかな」となるし、彼のレベルに合わせると「感覚変わると間合いがとりにくくなるから強化魔法は要らないです。ヒールだけください」などと言われてしまう始末。

 あの程度の技量で間合い操作を語るのはいかがなものかと思わなくもないけれど、ゲーム内で現実世界のことを持ち出すのはマナー違反らしいので、指摘も指導もできない。



「大昔の勇者に似たようなのがいたそうだ。まあ、その人は《器用貧乏》ってユニークスキルで、武器だけじゃなく魔法も使えたらしいけど」


「その勇者は強かったんですか?」


「どんな人生を送ったのかが気になります」


「実力的にはそこそこ? 何でもできるけど、()()って決め手がなくて格上には挑めなかったっぽい。でもまあ、そのおかげで割と穏当に勇者を引退して、種馬生活もそれなりに器用にこなして大往生したらしい。残念ながら、子孫からも傑出した人は出なくて家も没落していったみたい」


 さきの話でもあったように、異世界での勇者召喚の歴史は長い。

 国家事業的な位置付けで行われているそれが「召喚してお仕舞い」などということはなく、その情報は後々に活かすために一から十まで――あるいは余計なことまで記録されているのだろう。


 つまり、勇者として召喚されて恥ずかしい生き方をすれば、後世までバッチリ語り継がれるということ。

 トシヤとかは追放されていて幸運だったといえる――いや、さすがに監視下にいれば大人しいくしているか――むしろ、その羞恥で余計に興奮するかも?


 それよりも、だ。



「その勇者さんのことは知らないけれど、伊藤くんのスタイルに言及するなら、あの戦い方で棒を使っていないことが理解できないよね。間合いに応じて武器を持ち換えているようだけれど、棒なら一本で対応できる。つまり、持ち替えの隙が無くなるよね? それに、極めてしまえば斬ることも貫くことも叩き潰すことだってできるし、何なら投げても強いよ? そもそも、相手を斃すのに真っ二つとかにする必要ある? ただの鉄棒でも同じ力で急所を殴ったら充分死ぬよ? あるいは武器を現地調達で使うとかの訓練だとしても、棒術を極めていればある程度応用利くよ?」


「出たな、ユノの過剰な棒推し。地球だとそのとおりなんだと思うけど、あっちじゃ物理攻撃にも更に“斬”とか“打”とかって属性付いてて、相手の耐性と合わせて効き目が違ってくるんだよ」


 ……どういうこと?



「属性のことはまだよく分からないですけど、あっちだと武器に『耐久度』ってありますよね? こっちでも日本刀で人が斬れるのは数人で限界らしいですけど、気道とか頸動脈だけを斬るような使い方をすればもっと斬れそうな気がしますよね? それで、あっちでも武器の扱い方による耐久度の変化の差ってあるんですか?」


「……そういうのは気にしたことがなかったな。俺のレベルだと、ユニークやエピックくらいの品質ならダンジョンに潜ってればそこそこ手に入るから使い捨て、レジェンダリー以上で手に馴染むのを手に入れたら丁寧に修理しながら一生いっしょう物――人間の寿命だとそれで充分かな」


 アルが何を言っているのかよく分からないけれど、システムの「道具の耐久度」関係は大雑把すぎて、主神たち自身も理解していないことは知っている。

 おかげで朔による解析も進んでいなくて――諦めて別方向からの解決を模索しているらしい。



「それと、神器は反動きつくてそうそう使えないから――っていうか、考え方が殺人マシーンみたいなんだけど? 君ら、いつもそんな効率的に人を狩る訓練してるの?」


「継戦能力の確保も間合い操作の一環だって教えられていますから。呼吸に頼らないのもそうですし――といっても、私たちはこれしかできないんですけど、百鬼夜行戦では三千対二でも結構やれていたと思います。まあ、それもポーション込みですけど……」


「女子高生の会話じゃない……。でもまあ、呼吸の卒業とそれを可能にする魔力運用が身に付くと世界が変わるのは理解してる。君らに比べたらまだまだ初心者レベルだけどね。でも、継戦能力の向上なんて必要無いくらいに能力上がるよね? 魔力消費もきついし、継戦能力とは真逆なんじゃ?」


「いえ、慣れれば慣れるほど能力強化の幅も大きくなりますし、燃費も改善しますよ」


「完成形が姉さんだとしたら私たちもまだまだですし、むしろ、割と本気の姉さんとやり合ったアルフォンスさんの方がヤバいです」


 くっ、棒の良さをもっと語りたかったのに、話題が変わったまま戻せそうにない。


 もっとも、棒の良さは「間合い操作技術が養える」点に集約されるといっても過言ではないので、間合い操作やその先の領域操作の話題なら仕方がないか。




 と、そんなことを話している間に伊藤くんが負けてしまった。


 参加者の練度も上がっていて、集中攻撃されるところは変わっていない中ではよくやった方だと思うけれど、当人はとても悔しそうにしている。

 不完全燃焼というわけでもなさそうなので、賞金が貰える順位に入れなかったのが理由か?

 まあ、学生の立場からすると下位入賞でも大金だからね。



 せめて労ってあげようと妹たちを誘ってみたけれど拒否された。

 どうやら、クラスメイトにアバターがバレるのが嫌らしい。

 よく分からない理由だけれど、学校で直接すると言っていることもあるし、無理強いすることでもない。


 アルにも「俺が行かない方が彼も嬉しいだろうし」と、これまた理解不能な理由で同行を拒否された。

 残って妹たちとの雑談を続けると言うので、ゲーム内のアバターとはいえふたりに変なことをしたら奥さんに言いつけると脅してプライベートルームを抜ける。


◇◇◇


 独りで行動すると、暇な、あるいは変な人たちにつけ回されることを忘れていた。

 現実ならただ走るだけでも振り切れるけれど、ゲーム内ではどうにもならない。

 いろいろと諦めて行列を作りながら、苦労の末に私と同じくらい大勢の人に囲まれて落ち込んでいる伊藤くんの許へと辿り着いた。



「ふはは、ざまあ! お前だけが良い思いをするとか絶対に許さんからな!」


「お前もつい最近までこっち側だったくせに! ずっと仲間だと思ってたのに!」


「お前があの人とリアルでも知り合いとか絶対にチートだろ! そんなだから罰が当たったんだよ!」


 すごく煽られていた。

 お友達との距離感まあいも間違ったのだろうか?



「お疲れさまです、イノジューくん」


「あっ、ユノさん!」


「おい、イノジュー! 俺らズッ友だよな!」


「まあ、なんだ。不利な条件の中で決勝まで行っただけでもすごいよ」


「俺はお前がいつかはやる奴だって信じてたけどな!」


 なんだか分からないけれど、急に流れが変わった。

 これが俗にいう「ツンデレ」というものか?


 まあ、いい。

 さっと労って今日のところは引き揚げよう。



「せっかく応援してくれたのに、ごめんね」


「……? なぜ謝るんです?」


 労わる前に謝罪されてしまった。

 なぜだ。



「ユノさんに誇れる何者かになるつもりだったのに……。こういう展開も予想してて、対策もしてたのに、本番でしくじってるようじゃ……」


「え、ゲームの中で乖離率高いキャラ使って『何者』かになるって、さすがにキモいんだけど!?」


「秘策とか中二病かよ。しかも不発とかダセえ」


「どうせリアル陰キャだろ。ねえ、キミ。キミみたいな可愛い子がこんなゲームしか取り柄のない奴に構っちゃ駄目だって。キミのレベルまで下がっちゃうぜ? 俺、この乖離率見てもらったら分かると思うけどリアルでも結構イケてるし、金だって持ってるんだわ。ってことで、こんなつまんねえ奴ほっといて俺と遊ばね?」


 伊藤くんの策の内容が分からないので的外れかもしれないけれど、運頼りなのは秘策というより博打であって、練度不足の小技に頼ったのなら戦略ミスである。

 そこは反省すべきかと思うけれど、一生懸命頑張った人を腐す人は好きではない――というか、率直にいって嫌いだ。


 特に、伊藤くんをダシにしてナンパしてくる人。


 ナンパが駄目というつもりはないし、精神が見えないゲーム内においても滲み出ている下心と傲慢さは逆に賞賛するレベルだけれど、他人をダシにしているのは不純物でしかない。

 それならいっそ、トシヤくらい突き抜けている方が気持ちいい。

 私が彼を遠ざけているのは、リリーのような未成年に悪影響を与えることを懸念しているだけで、嫌っているわけではないのだ。

 むしろ、方向性はともかく頑張っているのは分かるし、それさえなければ普通以上に仲良くできると思う。



「そちらの方、イノジューくんを貶す根拠が『それなりの容姿』と『お金』なのですか? それとも、そんなもので私の気が惹けるとでも? どちらにしてもとんでもない侮辱ですね」


 これがただのナンパか、若しくは伊藤くんと彼の諍いなら関与しないのだけれど、伊藤くんは巻き込まれているだけ。

 そして、伊藤くんは私のお気に入りのひとりで、それを労いにきたところにこれは無視できない。



「か、可愛い顔して性格キッツいなあ。つーか、『そんなもの』って、普通はルックスも金も重要っしょ。俺、モデルやってたこともあるし、年収も億あるよ?」


「どちらもまあまあですかね」


 彼のアピールポイントは、一般的にはすごいことかもしれない。

 しかし、容姿の良し悪しは好みの問題でしかない。

 そもそも、容姿の良し悪し以前に、その傲慢さでいろいろと台無しである。


 それに、アルは例のゲームのリリース初日売上げが百億ドルを超えたというし、ネコハの年商は二百億円くらいあるし、私でも仕事一回につき億単位で稼ぐ。

 特にネコハは、生産能力に限界があるからと高品質の数量限定版を作りだしてから一気に伸びた。

 今なら理由も分かるけれど、当時は味付きの水におまじないをかけただけの物を一本一万円とかでも買うお客さんを心の中で莫迦にしていたものだ。

 莫迦は私だったけれど。



「ま、まあまあ……? 少なくともそいつよりは何者かだと思うけど? それとも、リアルのそいつはもっとすごいの?」


 食い下がるなあ。

 まさか、拒絶されるのに慣れていなくて、引っ込みがつかなくなっているだけとか?


 それとも、何者かになったことで勘違いしてしまったのかな?



「少し誤解があるようですけれど、何者になったかはただの結果です。それよりも、何者かになろうと努力することの方に価値があると思います」


 うーん。

 間違ったことは言っていないと思うけれど、言葉が足りないか、論点を間違っているか、何かが違う気がする。



「さきの闘技大会でのイノジューくんは、戦略や戦術的には駄目なところがあったのかもしれないけれど、その中でも何者かになろうと足掻く姿はとても素敵でしたよ。イノジューくんならきっと、何者かになっても更に上を目指してくれるでしょうし、そういうのにゲームか現実の区別はないと思います」


 伊藤くんは陰キャか陽キャかで分類すると前者だと思う――「だった」というべきか。

 現実世界でもクラスメイトとのコミュニケーションにも積極的に取り組もうとしているようだし、苦手なものから逃げずに立ち向かう姿はさきの闘技大会と似た好感を覚える。


 それはそうと、やはり話の流れがおかしい気がする。



「私はそういう人を好ましく思いますので、貴方のような他人を下に見て悦に入るような方と遊びたいとは思いません」


 よし。

 なんだかよく分からないことになっていたけれど、伊藤くんがどうこうではなく、私が彼を拒絶するだけでよかったのだ。

 とにかく、ここまではっきり言えば大丈夫だろう。



「俺だって努力してるよ!? 努力した結果が今の俺なんだけど!」


 まだ食い下がるの?

 その情熱はどこから――いや、特に興味は無いけれど。



「でしたら、同じく努力をしている人に敬意を払おうという気になりませんか? イノジューくんは勝っても驕っていませんし、負けても恨んでいませんよ? 少なくとも、表面的には。…………?」


 あれ?

 確か、伊藤くんを労いにきたはずなのだけれど、なぜこんなことに……?


 まあ、いい。

 アルの夜食も作ってあげたいし、今日はここまでかな。



「なんだか興が削がれてしまいました。イノジューくん、今日はとても格好よかったですよ。それでは、また学校で」


「あ、うん、応援ありがとう。またね」

「おい、ちょっと待てよ! 途中で止めんなよ!?」


 伊藤くんにだけ愛想よく手を振って、そのままログアウトする。


 ログアウトっていいよね。

 面倒なことはその場に置き去りにできる。

 現実でもこの機能欲しい。


◇◇◇


 などと考えていたら、この件がインターネットで炎上していたらしい。


 もっとも、燃えたのは私ではなく相手の男性の方だけれど、私がログアウトした後も「俺はモテる」とか「金持ち」だとか「勝ち組だ」などと誰彼構わず噛みついて、敵を増やしすぎたことが原因らしい。

 それから、乖離率の低さから現実世界の彼が特定されて、学生時代の写真が掘り起こされて整形疑惑が持ち上がり、年収が億どころか無職なことも発覚した。

 彼が何者かどころか虚像だったのは驚いたし、自業自得な面もあるとはいえ、さすがにそこまでいくと可愛そう。


 インターネットは怖いね。

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