04 理想と現実と可能性
私が心の中で伊藤くんを応援している間、妹たちとアルは試合を見ながら戦術の寸評とか異世界との差などの話題で盛り上がっていた。
仲間外れは寂しいので相槌を打っているけれど、内容はほとんど理解できていない。
「こんな感じで、ゲーム内だと飛行魔法は有効に見えるけど、あっちの世界じゃ翼の無い種族だと魔力消費がきつい上に結構なデバフも掛かるんだよね。それでも、使い方次第では有効な場面も出てくるし、移動や逃走手段としてはすごく便利だね」
「なるほどー。欲しい魔法やスキルの上位にあったので、知らなかったら取ってたかもです。……いや、いずれは取りたいですけど」
「やっぱり空を飛ぶのって憧れるよね。領域擬きで十メートルくらいの高さなら浮けるとかジェット噴射で移動できるようになりましたけど、あまり見栄えはよくないですしね」
「……君ら、やっぱり姉妹だね」
ん? 何か褒められた?
「お姉ちゃん的には空を飛ぶのってどうなの?」
「どうと言われても、翼が生える前は憧れていたけれど」
「翼があるならデバフは掛からないんですよね?」
「システムの力を借りてるわけじゃないからデバフとかは受けていないと思うけれど、翼自体がシステムありきの物だから自力で飛ぶには工夫がいるの」
一応、それなりに飛べるようになるまで訓練はしたのだけれど、いまだに神族や古竜たちのようにスマートに飛ぶことができない。
これも私が人並みにできないことのひとつ――いや、そもそも普通の人は飛べないか。
さておき、特に苦手なのが、離着陸とホバリングである。
前者はジャンプと受け身で誤魔化しているところが大きいし、後者は前傾姿勢で翼をバッサバッサと羽搏かせなければならない。
しかし、神族や古竜たちが直立姿勢で制止しているところにひとりそんなことをやっていると様にならないので、そういう状況では領域で世界にアンカーを打って固定している。
問題は、領域を使うなら最初から飛ぶ必要が無いことだ。
領域を使えば大体のことは解決してしまうけれど、夢とか浪漫を両立させるのは少し難しいのだ。
「じゃあ、やっぱり優先順位は低めになるのかな。空を飛んでみたかったんだけどね」
「ジェットだと停止や方向転換が難しい――というか、逆噴射とかしちゃうと行動を読まれてしまうので、戦闘には使えそうにないんですよね」
「そもそも、ジェットで飛んでもデバフって付くのかな?」
「……さすがの異世界でもジェットで飛ぶ種族はいないと思うから分からないな」
「いるよ。種族じゃなくて個人だけれど」
もっとも、彼女はロボットである以前に古竜なので、この場合の例としては不適切かもしれない。
「いんのかよ。ってか、またどこからか変なの拾ってきたんだろ」
「……変なのは否定しないけれど、悪いことをしていたわけじゃないよ?」
「お前はいつもそう言ってやらかしてるからなあ……」
「世界の害になるかもしれない『灰』を、大事になる前に捜していたんだよ。というか、アルがそうかもって疑惑もあったのだけれど、それを晴らす目的もあったんだよ?」
「えっ、俺の知らないところで何が起きてんの!? ……でも、解決したんだよな?」
「まだ」
むしろ、ゲームの発売からVRゴーグルをかけたまま寝そべったり逆立ちしたりブリッジしたりなどなど挙動不審な人が増えたので、疑惑は更に深まっているかもしれない。
「ええっ……。俺、あっちの世界に戻ったら迫害されたりしない?」
「変なことをしなければ大丈夫だと思うけれど」
とは言ってみたものの、アルはいつも変だから難しいかもしれない。
「話を戻していい? お姉ちゃんは敵が空を飛んだ時はどうするの?」
「飛べるようになる前の話ってことなら、戦わない。そうできない状況なら、相手が飽きるかバテるまで耐えるしかないかな」
ミーティアと戦った時も、アイリスたちがいなければ逃げていたと思う。
……いや、竜が人間に化けているとか想像もしていなかったし、喧嘩を売られれば買っていたかも?
人は見かけで判断してはいけないという好例だね。
私の敗北条件とミーティアの勝利条件が異なっていたからよかったようなものの、そういうのを気にしない相手だと戦う前から負けていたのだから。
「アルフォンスさんはどうですか?」
「相手次第だね。デバフが致命傷になるくらい強い相手なら飛べないし、互角くらいなら転移と併用かな。転移だけだと燃費が悪いし、『使わない』って決めてかかるとか『使えない』だとめっちゃ不利になるからね。どう使うかは――慣れかなあ」
「練習相手なら手配してあげられるけれど、戦わずに済ませる方法も学んだ方がいいと思うよ」
「お姉ちゃんの手配できる相手って、竜とか悪魔とかじゃないの? さすがにそれだと練習にはならないよ?」
「姉さんのそれって、戦う前から勝ってる人の傲慢ですよね。私たちの見た目で初手に降伏勧告は『煽り』以外の何ものでもないんですよ?」
「一応、普通の有翼人とかもいるから、相手がいないわけではないよ? それと、人を見た目で判断するような人との争いは、何をどうやっても防げないと思うよ」
もっとも、一般の有翼人に妹たちの練習相手が務まるのかは分からない。
それに、相手が何であれ努力を怠る理由にはならないので、竜であれ悪魔であれ上手く利用してほしい。
「でもまあ、練習できないよりはマシだし、俺つえーで楽しめるのも数年が限度――インフレが始まると地獄になるから、長生きしたいならそういうところまで考えないとね」
アルはたまにいいことを言う。
「とにかく強くなって、もっと強い奴と戦いたい――っていうのじゃなければ、隠蔽や偽装系のスキルは重要だと思うよ。特にふたりはヤバめのユニークスキル持ちだしね」
『一般的には戦闘は手段のひとつでしかないからね。稀にそうじゃない人もいるけど、それも本当に好きなのが勝つことだったり賞賛されることだったり――と本心を隠してるとか履き違えてると、大抵はろくな結果にならないね』
「……それはまあ、そうだと思うけど。でも、この歳でこれだけの力を身につけたんだって、ちょっとは自慢したいじゃない?」
「さすがに悟りを開いて落ち着くような歳ではないですからね。姉さんだって大局だけを見て動いてるわけじゃないですよね?」
「……そうだね。私とアルも他人から見ると莫迦なことをしていると思うし、失敗も数え切れないくらいにしているのは事実だよ。けれど、そういうのを経た上での感想だからね」
「しれっと巻き込まないでくれない? いや、事実なんだけど」
『そういうのはユノとアルフォンスだけじゃなくて、湯の川にいる人たちにも訊いた方がいいんじゃないかな。みんなユノが絡むとポンコツになるけど、ユニークな経歴なのも多いからね。特に魔王界隈での、小さな成功からの大きな失敗、もう後がない状況でギリギリ生きてきた話なんか必聴だよ』
「「……」」
魔王界隈には救いの無い話も多いからなあ。
もう後がない状況まで追い詰められたところで棚ぼた的な力を手に入れて、それでもどうにもならないどころか悪化する――主神は何を想ってこんな性質の悪いシステムを創ったのか。
……何も考えていなかったんだろうなあ。
彼ら自身も力に振り回されている身だしね。
「それでも、生きてるだけでも幸運なんだ。召喚勇者の活動期間なんて数年――老衰で死んだ奴なんてほとんどいないんだよね。責任感強いと心を病んだりもする――大事な人や知り合いを喪ったとか、過去に救ったはずの場所に数年後に再訪したら壊滅してたとか、そういうのが続くとね」
「「…………」」
「そういうのを乗り越えて、怪我やら何やらで現役を引退できても過酷な種馬生活か、影響力次第だけど下手すりゃ暗殺されることもある。元勇者を担ぎ上げての権力闘争とか、火種になられると困るって理由でね。勇者は確かに強いけど、『個人としては』なんだよ。勇者召喚の歴史も長いから『殺し方』ってのもある程度確立してるんだよね」
アルが私の調査に来た時も、そういうのを探っていたのだろう。
もちろん、今更それを責めるつもりはない。
国家として、私の評価と万一の場合の備えを行うのは当然のこと。
私だってそういうことを考えていなかったわけではないしね。
今現在それで折り合いがついているのだから結果オーライなのだ。
「夢が無い……」
「現実ってクソゲーですね」
「レティ、汚い言葉は使っちゃ駄目だよ。真由も、夢は見るものじゃなくて叶えるものだよ」
「なんかいい感じなこと言ってる雰囲気出してるけど、お姉ちゃんが言うと素直に『はい』って言えないの」
「このくらいで『汚い言葉』って言われても……。だったらどう言えばいいんですか?」
む?
現実は現実でしかないからなあ……。
例えるとか殊更貶す必要なくない?
強いていうなら、何に対しても最低限の敬意を払うことを忘れないことだろうか。
「盗人にも三分の理があるというし、恐らく私だって三分くらいは間違っているのだから、誤差も考慮すると両者に大した差はないんだよ? そうでなくても、どんな相手にも相応の敬意を払うのは当然のことだと思う」
「何だか話ズレてない? いや、まあ、いつものことだし、お姉ちゃんに共感求めたわけじゃないからどうでもいいんだけど」
「姉さんのは敬意じゃなくて慇懃無礼――って、今まではそう思ってたけど、私たちが強くなったらまた評価が変わるのかな……」
「レティシアちゃん、惑わされちゃ駄目だよ! 俺たちがユノをまねると普通に慇懃無礼になるからね!」
『言葉だけを聞くと謙虚なんだけどねえ』
「それを実践するとこうなるの? 怖っ……」
「理想は理想のままがいいってことですかね」
「理屈と膏薬はどこへでも付くともいうし、何でも真に受けるのは考えものだね」
『そのあたりは、価値観とか立場の違いかな。ユノはその気になりさえすれば何でもできちゃうから。「可能性を司る女神」って異名も伊達じゃないんだ』
「世界を改竄ってか創造できるってのは無敵の能力だよな。それなのに手加減してくれるのは君たちやご両親がユノに与えた影響のおかげで、俺にとっては命の恩人ともいえる。本当に感謝してます!」
「え、いや、そんな急に改まられても困惑するんですけど!?」
「向こうでのことは、きっとアルフォンスさんの影響が大きいと思いますし……」
よし、流れが止まった。
ここがチャンスか。
「なんかひと区切りついたみたいだし、決勝戦見ようか。伊藤くんも進出決めていたよ」
「お姉ちゃん……。そういうとこだよ?」
「まあ、いつもの姉さんで逆に安心します」
あれ? 頑張って流れを戻したのに、なんだか不満げ?
雑談なんていつでもできるし、今日はイベント観戦に集まっていたはずなのに。
まあ、いい。
さっきまでは何の役にも立っていなかった――どころかあまり会話にも参加できなかったけれど、伊藤くんの戦闘スタイルならある程度講評もできそうだし、ちょっとはお姉ちゃんらしいことをしないとね。




