03 恨み骨髄に徹す
AWO大型アップデート当日。
レベルが低く、シナリオ攻略も進んでいない私にはあまり縁のないものだけれど、ゲーム内はいつもより活気に満ちている。
ちなみに、AWOに存在する多くの要素は、その基となった異世界の特徴や名称を受継いでいる。
例えば魔法やスキルの名称は直感的に効果が分かるように変えられているけれど、基本的には異世界のシステムにあるものばかりだ。
なので、イメージさえしっかりしていれば異世界でも使えるかもしれない。
さらに、ゲーム内で開発したオリジナルの魔法も異世界で使えるのかもしれない。
一方、名が体を表す必要が無い固有名詞――組織名や地名などはそのままだったりする。
なので、「ロメリア王国」や「キュラス神聖国」に「ゴクドー帝国」もそのまま存在するし、「西方諸国」や「極東」も名前というか設定だけは存在している。
ゲーム内に実装されているのはさきの三国、それと闘技大会などを行うイベント用の特殊なエリアだけ。
普段遊んでいるのは前者で、町で買い物をしたり、野山やダンジョンを捜索したり、一定条件下で起きるクエストを攻略したりできる。
後者は、運営が季節ごとや節目の催事を行う際にその都度用意する世界で、環境やルールは思いのまま。
どんなに理不尽な要求であったとしても、従わなければ入れないか追い出される。
ある種の領域といってもいいかもしれない。
ここでは私でも悪魔に従うしかないのだ。
もっとも、あまりに目に余るような要求をしてくるようなら、現実世界に戻ってから後悔させてやるけれど。
さておき、現在の私は、イベントエリアに移動するためのポータルの近くで妹たちを待っている状況である。
もちろん、妹たちが来るということは、アルを誘い出すことに成功したということ。
そのアルは、「ビハインドカメラ追加されてる! 何に使うんだ……いや、そういうことか?」などと久し振りのアバター操作に戸惑いながらも、私に群がってくる人たちを追い払ってくれている。
「その新ガチャ衣装のせいか、今日の野次馬はいつにも増して多いな」
「宣伝になるから、今日はこれを着ていてほしいってメッセージがあったのだけれど」
今日ログインすると、そんなメッセージとともにこの衣装が贈られてきていた。
衣装は、スカート丈の短いウェディングドレスのような物だ。
さらに、専用のアイテムを使えば色を変えられるらしい。
私は基本色の純白だけれど、中には赤やピンクのドレスを着ている人もいる。
しかし、このドレスを入手するにはガチャで低確率の当たりを引かなくてはいけないので、誰もが手に入れられるわけではない。
しょせんはゲーム内のデータにすぎず、現実の通貨を使うのに現実世界で得られるものが何も無い――いや、一時的な満足感くらいか?
とまあ、自力で高額なゲーム機を買えるくらいに生活に余裕がある人には関係の無い話かもしれないけれど、大半の人はほかに優先順位が高いものがあるものだ。
広告塔になっておいてあれだけれど、無理はしないでほしいと切に願う。
それでも、「期間限定」と煽られると心が揺れてしまうのが人間なのだろう。
そして、無駄だと理解しながらも神頼みをしてしまうのも人間らしい行為だといえるのだろう。
それがなぜ、私を拝みながらガチャを回すことになるのか。
ひとりが「ご利益ありそうなので、貴女を背景にガチャってもいいですか?」と始めたのを切っ掛けに、続々と「俺も」「私も」「見抜きいいっすか?」と増えてしまった。
藁にも縋る想いなのは理解できるけれど、私に向かって虚ろな目――本人にしか見えないウインドウを凝視してボタンをポチポチ押しているのは不気味すぎる。
そもそも、今の私はご利益があるどころか悪魔の手先だよ?
というか「見抜き」って何? 「見切り」の親戚? 何かの極意?
それと、私に背を向けて斜め上を見上げている人は何をしているの? 空に何かあるの?
「はいはい、ビハインドカメラ悪用してる人はハラスメントで通報しますよー」
「姉さん、そんな格好して隙多すぎですよ。痴女ですか?」
そんなところに割って入ってきたふたりのおかげで、私に群がっていた人の多くが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
特に、斜め上を見上げていた人たちはすっかりいなくなった。
去り際に「見えたか?」「全然……」「連れの男が邪魔すぎ」などと言っていたのが聞こえたけれど、何を見ようとしていたのだろうか。
私も彼らの見ていた方向を見上げてみたけれど、特に変わった物は見つけられなかった。
それはそうと、ガチャ大会に割って入ってきたふたりは恐らく真由とレティシアだと思われる。
というか、片方は髪色こそ銀色だけれど顔つきは真由そっくりで、乖離率も「大」――髪色だけで「大」になるのか?
顔以外はゆったりとしたローブで隠れているのでよく分からないけれど、尻尾でも生やしているのかもしれない。
まあ、名前も本名のアナグラムで【YAMU】だし、こっちはきっと間違っていない。
もうひとりはレティシアとは似ても似つかない筋骨隆々とした巨大なおじさん――というか怪人だった。
もちろん、彼女でなくてもこんな人間はそうそういないので乖離率は「極大」である。
それなのに、仕草や口調に彼女の特徴が現れていてとてもキモい。
なお、名前が【マッチョ・ラテックス】なのでヒントにはなり得ない。
……レティシアは私たちには言えない闇を抱えていたりするのだろうか?
◇◇◇
みんな揃ったところでイベントエリアに移動。
といっても、観戦者だけのエリアで、ついでに身内しか入れないプライベートルームのVIP仕様である。
本来なら高額課金者しか利用できない部屋だけれど、一般観戦エリアではいろいろと支障が出るとのことでここに案内された。
さて、AWOでは、定期的に、また現実世界での暦や大型アップデートに合わせて様々なイベントが開催される。
その内容も様々だけれど、前者は狩猟大会(PvE)や闘技大会(PvP)といったガチ勢が参加するもので、後者は宝探しとか各種クエスト追加とか初心者から参加できるものが主だ。
今回は超大型アップデートなので、いくつかのクエストが追加されるのと同時に闘技大会も開催される。
なお、追加されたクエストの中には「帝国北方での邪教徒鎮圧イベント」なるものもあるそうだけれど、そこから連想されるものに良い思い出がないので参加するかは迷うところ。
ゲームの中でまで子供が食い物にされている光景は見たくないしね。
話を戻すと、闘技大会は、「トーナメント方式」「総当たり」「バトルロイヤル」のいずれかが、個人若しくはチームで行われる。
さらに、フィールドの指定や細かなルールの開示は大会の2週間前に発表されるので、事前の対策には限界がある。
そのせいで、絶対王者などはいないどころか上位入賞常連も数えるほどで、ぽっと出の新人が上位入賞を果たすことも珍しくない。
もちろん、それには充分な実力があることが前提なのは言うまでもないけれど。
ちなみに、優勝賞金は1,000万ドルで、プレイの内容次第で更にボーナスが付くこともある。
なかなかの大盤振る舞いだけれど、情報収集のための撒き餌でもあるので、ある程度派手な方が都合が良いらしい。
さて、優勝賞金が破格で参加条件も緩いとなると、ものすごい数の人がエントリーするのは当然のこと。
それでも、悪魔たちが仕組んだ「予選」という名の篩で、有象無象はしっかりと、そして速やかに落とされていく。
一応、予選の様子も配信されているけれど、普通は膨大な数のステージのこれまたかなりの数のカメラの全てを追うことはできない。
なので、友人や特に気になる選手を追うのが一般的だそうだ。
もちろん、私くらいになるとその例外になるけれど、大半は欲に駆られた人たちが右往左往しているだけなので、見ていても面白いものではない。
頑張っている人を見るのは好きなのだけれど、欲張っている――欲望に溺れているだけなのは少し違うというか……。
欲望自体を否定するわけではないけれど、せめて根底には信念があるとか、相応しい努力があってほしい。
などと不満に思っている間にも予選は進んでいる。
今回のルールは、個人バトルロイヤル。
レベルは上限80で、アイテムの持込みには容量制限がある。
予選は狭い闘技場内で、本戦は広大なフィールドで行われるそうだ。
本戦に進めるのは64人。
伊藤くんは今のところ無事に勝ち進んでいるけれど、彼の得意分野は一対一での戦闘で、過去の4位入賞も一対一の個人戦によるものだ。
なので、無事ではあるものの無難にとはいい難く――むしろ、有名税とでもいうのかほかの参加者から集中攻撃されることもあって、予選だからといって気が抜けない感じ。
もっとも、私にとっては結果はどうでもいいことなので、頑張っている最中は応援と、勝ったら褒めて負けたら慰めてあげるだけだ。
「僕はこんなところで負けられない! 優勝は無理でも、本戦に進んで、頑張ってるところをあの人に見てもらうんだ!」
「あの人ってのはあの姫のことか!? リアルでも知り合いとか超許せん! 絶対に潰してやる!」
「合法的にお前を殺せるこの日を待ってたぜ! 俺たちの恨み、思い知るがいい!」
「今日こそ貴様を殺して俺が貴様になる! 姫のことは俺に任せて貴様は先に逝くんだ!」
配信映像を見るに、伊藤くんだけではなく、ほかの人たちも気合――というか、殺気に満ち溢れていて何かに本気なのが伝わってくる。
とても素敵だね。
それが結果に繋がるかはまた別の話だけれど、みんな悔いが残らないように頑張ってほしい。




