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幕間 信仰

「へえ、これが今の魔界か。あんま変わってねえな」


「そうか? かなり変わってると思うが……。そう見えるのは亜門が大雑把だからだろ」


「俺も志鳥しとりと同意見だ。なんか、平和――つーか、温くなってるのが見ただけでも分かるわ」


 私は今、亜門さんたちの里帰りに付き合っている。


 文化祭の後、家族での食事会の最中に話の流れで突発的に発生したイベントだけれど、一応主神たちの許可は貰っているので(やま)しいところは何も無い。




 この先、亜門さんや水上さんたちも、妹たちが日本を離れるのと合わせて異世界へと戻ることになっている。

 一応、受入れ先は湯の川を予定しているけれど、別に希望があればそれを叶えるつもりでいる。


 なお、残念なことに私はしばらく残らなければならないけれど、大して能力の使えない分体1体なので負担というほどのものでもない。

 それに、日本の拠点も捨てて姿を隠すので、面倒事も減るだろうし。

 しばらく様子を見て、何事も無ければ終了だ。



 さて、彼らが湯の川に移住するに当たって、魔界の現況は特に関係無いことである。

 極端な話、滅亡していたとしても、悪魔族的には「弱いのが悪い」となるだけだしね。


 しかし、日本で過ごした十数年が、彼らの価値観に変化をもたらしたらしい。


「愛着があったわけでも、仲間意識があったわけでもねえんだけど、俺らのやったことの結果ってのをちゃんと見とかねえとなって思ってな」


「お嬢の作った町で同じことをするほど莫迦じゃねえけど、ケジメとしてな」


「それに、俺らが英雄扱いされてるんだろ? そういうのもちょっと興味あるし」


 などと、ケジメとか区切りをつけるための帰郷だから主神も許可したのかもしれない。

 それか、もう興味が無いか。

 現在の魔界には緊急性のある問題も無いしね。


 それはそうと、ライナーさんが召喚していた英霊に小瀬おせさんはいなかったけれど……。

 伝承とかにはいるのかな?


◇◇◇


「ぶはははは! これが大将かよ!? いくらなんでも盛りすぎだろ!? ふひぃー! ふひぃーーー! ぶはははくっ苦しいっっっ!」


「これもう魔装ってか怪獣じゃねーか。書いた奴、おかしいとか思わなかったんか?」


「魔界に政府があんのがビックリだわ。しかも学校まであるんだろ? どんな脳みそしてりゃ思いつくんだよ、天才かよ!?」


 最初に訪れた魔王城では、みんな盛りに盛られた父さんの姿絵に爆笑し、政府や教育機関といった悪魔族らしからぬ発想に感動していた。



「おい、ユノ。こいつらは何だ? お前ならいつ来てもらってもいいんだけどよ、よく分からん奴らまで連れてくるのは勘弁してくれねえか?」


 そして、私はルイスさんに怒られていた。

 大した仕事はしていなくても、いきなり部外者を連れていくのはまずかったようだ。




 事後にはなったけれど、ルイスさんに事情を説明していると、徐々に人が集まってきた。

 私に人望がある――というか、彼らの食欲を刺激するのは事実だけれど、基本的にみんな暇なのだ。

 もちろん、みんなそれぞれに仕事があるのだけれど、即座に、そして大真面目にバケツを振る訓練が採用されるくらいに重要度が高いものは少ない。

 というか、デーモンコアが盗まれても気づかないくらいに仕事が形骸化している。

 後で怒られるのが分かっていても好奇心には勝てないところは子供みたいで可愛くもあるけれど、限度というものがある。



「ふむ、彼らが余らの基となった英雄たちか。想像以上に似ておらんが……まあ、歴史や伝承などその程度のものよな」


 そうこうしていると、元英霊たちまでやってきた。



「似てねえのは仕方ねえけど、何で俺が『剣聖』なんてことになってんだ? 剣なんかろくに使ったことねえぞ? いや、まあ、大将が美女になってる方が驚きだけどよ」


「あれだろ、夜遊びで『夜の剣捌きを見せてやるぜ』とかって調子乗ってたやつじゃ?」


「お、俺のアイデンティティが……。いや、まあ、確かに夜の剣捌きも得意だけどよ」


「志鳥の方こそ、なんで騎士みたいになってんだよ。なにが『みんなを守る盾になる』だよ。お前、足遅いから撤退時にはいつも取り残されてボコられてただけじゃねえか」


「それより、ナベリウスって誰だよ。うちに軍師とかそんな奴いたか?」


「そもそも、当時の魔王軍に軍略とか無かっただろ。命令しても言うこと効かない奴ばっかだし、『腹減った』とか言って途中で帰る奴もいたし」


「もしかしてあいつか? 拠点の方でよく分からん広報っつーか戦況の解説とかしてた奴」


「あー、そういやいたなあ。後方彼氏――つーか、後方軍師かっつーの」


「日本に転移できたのは、あの時最前線にいて生き残った奴だけだからな。あいつならいても死んでただろうし、後方にいて正解だったんだろうな。で、後になって自分の都合の良い話を作ったんだろ」


「「……」」


 カルナの言うとおり、過去の英雄と現代の英霊に似ている点はほとんど見当たらない。


 というか、父さんとカルナに至っては性別からして違うし。

 もっとも、これに関しては最新の学説とライナーの嗜好が合わさった結果らしいけれど。


 シトリーとナベリウスは言葉を失っている。

 イケメン騎士シトリーのモデルになった志鳥さんはイケメンというよりつけ麺の似合う巨漢だし、ナベリウスのモデルは詐欺師みたいな人だったのだから無理もない。

 ちょっと可愛そう。



「まあ、俺らも日本で勉強したというか毒されたから分かるけど、美化されるのは仕方ねえ。だけどよ、ここまで強化されるか? 俺らがこんだけ強けりゃ、あっという間に戦争終わってるぞ」


 そして、亜門さんが言うように、彼らが日本での生活で鈍っているのを差引いても、元英霊たちとの能力に大きな差がある。

 唯一、バグで強化された父さんだけがカルナと同格らしい。



「触媒にデーモンコアを使ったってのもあるんだろうが、最初はただの憧れとかだったのが、長い年月をかけて信仰みたいになってったんじゃねえか?」


「そうだな。人の想いというものは案外莫迦にならんからな。誰かの応援が自らの力になる――余もユノ様に教えられたことだ。ほかにもそんな経験をした者がいるのではないか?」


 ルイスさんの推論にカルナが補足する。

 実際のところは分からないけれど、このふたりが言うと説得力がある。



「おう。確かにお嬢に応援されたらめっちゃ力が出るわ」


「ユノ様のものなら、応援どころか期待でやる気になれますが?」


「はあ? ちょっと強いからって調子に乗ってんのか? こちとらお嬢の小さい頃からずっと見守ってきてんだぞ!?」


「うっ、羨ましくなんか……やっぱり羨ましい! むしろ妬ましい!」


 一方、亜門さんたちと英霊たちがマウントを取り合っていた。

 悪魔族はすぐにこうなる。

 困ったものだ。



 さておき、私の応援には「想い」とか魔素が込められているので、受けた人の力になるのは当然のこと。

 ただし、私以上に魔素を扱える人がいないので、その逆はまずない。


 それに、応援されようが信仰されようが私は「私」なのでブレたりしない。

 あるいは、そういうのも人間の特権なのかもしれない。

 いつかは私をブレさせるくらいの想いを紡いでほしいものだ。


◇◇◇


――第三者視点――


 堕天使の集落で、彼らの指導の下力を蓄えていた()()は、ひとつの壁に突き当たっていた。


 基礎能力や適性の高さもあって、堕天使たちから教えられたスキルや魔法はスムーズに習得できていた()()だが、肝心のシステムについては掌握どころか在処の手掛かりすら掴めていない。



「やはり、『天界』の名のとおり、天のどこかにあると考えられるのですが……」


 システムの手掛かりを求めて各地(※近所)を奔走していたものの何の成果も得られなかったアルマロスの考察は、思考停止レベルのものだった。



「かなり高くまで飛べるようにはなったけど、どこまで飛べばいいのかしら? やっぱり月まで? さすがにそこまではまだ無理だけど……」


 そんな戯言を素直に信じる()()


 愛や信仰で目が曇っている者たちに、論理性や合理性などに意味は無い。

 どんな無茶でも「愛の試練」「神の試練」とポジティブに捉え、とりあえず挑戦してみて、駄目でも都合の良い言い訳をして次の手段を採るだけだ。

 この場合、「天」に無ければ「月」へ、「月」に無ければ「太陽」へと目標を変えるだけだろう。



「やはりここは基本に立ち返って『レベル上げ』しかないでしょう」


「うーん、不要な殺生は避けたいんだけど……」


「それでは、人類の――いや、世界の敵である魔王討伐はいかがでしょう? 奴らでしたら邪悪ですので生きる価値無し。ユノ様の経験値になるなら本望でしょう」


「魔王か……。愛を知らぬ悲しい子を救うには『死』しかないというの……?」


 この世界において、「訓練」といえば一般的には「レベル上げ」を指す。

 走り込みや型稽古などの技術訓練が行われないわけではないが、レベル上げを行えないときの気休めや能力の確認・調整であることがほとんどだ。



 しかし、レベルアップに必要な経験値は、強者ほど大量に必要になる。

 そして、強者ほど大量の経験値を持っている。

 ゆえに、効率を求めると危険は避けて通れない仕組みになっている。


 例外的に、レベルアップに必要な経験値を下げる、あるいは取得する経験値を増幅するレアスキルなどもあるが、高レベルになると大魔王エスリンやアザゼルのようなレベル差を無視する初見殺しもいるので、レベルよりも戦闘の熟練度やセンスが必要になってくるという意味では罠スキルともいえる。



 ()()やアルマロスくらいになるとレベルアップには膨大な経験値が必要で、効率よく貯めるために魔王を相手に選ぶことはおかしなことではない。

 当然、「勝てれば」という条件が付くが、愛や信仰が負けるはずがないと信じている彼らには不確定要素にはなり得ない。


◇◇◇


 堕天使の集落から最寄りの魔王は、邪眼の大魔王エスリンだった。

 距離だけでいえば暗黒大陸にも()()いたような気がするが、海を越えなければならないのと、()()が思い出せないので候補から外れていた。


 エスリンは大魔王にしては秩序や礼節を重んじているが、()()やアルマロスからすれば「悪」である。

 滅ぼすことに躊躇ちゅうちょは無い。

 そして、相手が悪であれば、奇襲にも躊躇は無い。



 そうして、エスリンが治める都市ローゼンベルグにこっそりと侵入しようとした()()とアルマロスだが、いつまで経っても辿り着かない。


 引き籠り気味で、そういった伝手がなく指摘してくれる友人もいない堕天使は、エスリンとアザゼルが戦ったことや、それに介入した本家ユノがローゼンベルグごと持ち帰ったことなど知る由もなかった。



「おかしい……。確か、この辺りにローゼンベルグがあったはずなのですが……。これはユノ様の降臨に気づいて逃げ出した後ということでしょうか? さすがユノ様、存在するだけで大魔王を撃退するとは!」


「それは分からないけど、見事な更地ね。日本には『立つ鳥跡を濁さず』ってことわざがあってね、そういう気遣いができるってことはそんなに悪い魔王じゃなかったのかもしれないわ」


 不自然に広がる広大な更地を前に、()()とアルマロスはエスリンでの経験値稼ぎを諦めて言い訳モードに入っていた。


 もっとも、()()のアルマロスへの信用はこの程度で揺らぐようなものではなく、実際にエスリンがいないこと、現地の状況からそこに何かがあったことは間違いないことなども合わせて諦めるのに充分な条件が揃っていたが。



 しかし、諦めたのはエスリンを追うことだけ。

 それ以外については一切諦める気はない。



「次の候補としてはアザゼルになるのでしょうが、奴は極端な秘密主義でして、誰も居所を知らないのです」


 アルマロスも次善の策を講じようとする。


 そうして最初に思いついたのがゴブリンの大魔王アザゼルの存在だが、彼はその拠点を知らなかった。



 ちなみに、アザゼルがその特殊な出生の理由から秘密主義だったのは事実だが、神格持ちの大魔王であるアナスタシアやバッカスには拠点のいくつかを知られている。

 あるいは「バレても構わないダミーをを用意していて、それを発見させた」といった方が正しいのかもしれないが、それすらも知らないアルマロスは「怠慢」といわれても仕方がない。



「まあ、奴はゴブリンですし、女性の敵という意味でも経験値という意味でもユノ様には相応しくありません。同様の理由で、バッカスも不適切でしょう」


 この世界の事情に明るくない()()には、アルマロスの提案を素直に聞くことしかできない。

 もっとも、そのおかげで「存在していない大魔王を捜し回る」という無駄な苦労をせずに済んでいるのだが。



「かくなる上は、信仰を集めるしかないですね」


「今更何言ってんの?」


 ここにきて初めて()()がアルマロスに不信感を抱く。

 ()()の価値観からすれば、それで力が増すのであれば魔王討伐より先に試すものである。

 彼の提案を行き当たりばったりのものに感じてしまうのも当然だろう。



「いえ! ユノ様が偉大なお方であることは疑う余地もありませんが、つい最近まで神話からも存在を抹消されていたのも事実です! 信仰とはあればあるだけ力になるもので、ユノ様が本来の力や記憶を失っているのも当時ほどの信仰を失っているからではないでしょうか!? 当然、現在はユノ様への信仰は回復傾向にありますが、全盛期の力を取り戻すには後どれほどかかるか……」


 ()()の隠す気の無い不信感を察したアルマロスが慌てて弁明を始める。



「ユノ様がいずれ力を取り戻されるのは確実ですが、早い方が救われる者も多いのは明白! そして、ユノ様がお姿をお見せになれば、皆信仰せずにはおれないでしょう! ですが、我々がみだりに人の子に姿を見せるのは禁じられております……!」


 アルマロスの中には、「大義があれば許されるのではないか?」という想いもあるが、万が一にも主神の不興を買ってしまうと、()()をも巻き込んで罰せられるおそれがある。

 それだけは避けたいという想いが、この案の実行を渋っていた理由だった。



「ですが、私には“魔王”という側面があります。そして、魔王は人前に姿を現すことを禁じられておりません!」


「アルマロス……!」


 アルマロスの強い意志が籠った目を見て()()は全てを悟った。

 彼が()()のために危険な橋を渡ろうとしている――万一の場合でも、ひとりで罪を被ろうとしていることを。



「アルマロスのような忠義者に出会えて私は幸せだよ」


「もったいないお言葉……! では、私は早速キュラス神聖国に行ってみようと思います。信仰心の強いかの国の者たちであれば、ユノ様の素晴らしさを理解するのは当然のこと。そして、私以上にユノ様の素晴らしさを語れる者はいない! ――そういうことですので、ユノ様は安心して村でお待ちください。必ずや――」

「いや、私も行こう。人前に姿を現さなくてもできることはあるはずだ。何より、キミだけに任せっぱなしになるのは心苦しいしね」


「ユノ様……!」


 いい感じで話がまとまった堕女神と堕天使は、意気揚々とキュラス神聖国を目指す。



 誰よりも愛を知ると自負している()()は、愛が「幸せ」だけではないことを知っている。

 アルマロスも、光が輝くには闇も重要であることを知っている。


 両者とも、属性は闇でも心は光。


 光と闇の両方が備わると最強に見えるのは有名な話である。

 そして、白と黒が混ざると灰になるのは自明の理。


 ふたりが何になるかはまだ分からない。

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