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27 ちょっとした手違い

 砂浜には力尽きた妖怪たちが倒れ伏し、中空に浮いた巨大な水球の中には水と酒を飲みすぎて腹をパンパンに膨らませた龍神が意識を朦朧もうろうとさせた状態で漂っている。

 ユノとしては現在の彼女でできる最善を尽くしたつもりだが、あまり見栄えが良いとはいえない状況である。



「龍神を溺れさせるとは……。これが御神苗殿の力か……」


「“様”を付けろよボケが。私の推測では、神や悪魔をも恐れず、それすらも救おうとするあのお方は――」


「よくよく考えれば、お御名からしてヒントだったのだ! 神の苗――いや、それが謙遜だとすると、大樹! つまり――」


 そして、後方では魔術師たちが良くない勘違い――危険な真実に気づき始めていた。


 もっとも、三時間ほどで千近い妖怪を倒していた猫羽姉妹でも規格外だったのが、ほんの数分で龍神まで生け捕りにして見せたのだから無理もない。

 龍神の結界の印象が頭から消えているのはいいのだが、それ以上に神聖視されているのは良くない状況である。



『人間のふりも難しいねえ』


 頼みの綱だった朔には人ごとだった。


 そもそも、朔が領域を展開していれば違った結果になっていただろう。


 しかし、今日の彼は、ユノが目立ってはいけないと釘を刺されていたためやる気が無かった。


 それが、ユノの珍プレーから発生した状況にワクワクしてきたところである。



「……実力差――っていうと失礼ですけど、能力差がありすぎて特別なものに見えちゃってるだけですよ?」


「姉さん、ああ見えて抜けてるところもありますから、そういうのを知ってるとプラスマイナスゼロに……?」


 一方で、真由とレティシアはひとまずフォローしようとしてみたものの、どう考えても無理筋なのでトーンは低い。

 洗脳や記憶操作をするにも、その人数だけでもふたりではほぼ不可能である。




 しかし、幸か不幸か、そんな緩い雰囲気も長くは続かなかった。



 上空から巨大な火球が暗闇を纏って落ちてきた。

 見るからに禍々しいそれが太陽であると理解できるのは、それが蓄えている圧倒的な熱量か、これ見よがしに放っている神性のせいか。


 どちらも気にしないユノや耐性のある猫羽姉妹はともかく、潜在的であっても空亡を恐れている魔術師たちはプレッシャーだけで潰されそうになっていた。



「……まだ日の出には早いと思うのだけれど」


『しょせん紛い物だからね。時間厳守なんて期待するものじゃないよ』


 むしろ、ユノと朔には現状での空亡の評価ができず、対応もまだ決められない。


 できることといえば、空亡まで狂わせてしまわないように、彼女の酒に侵食された龍神の結界を破壊することくらいである。

 そうすると、中で漂っていた龍神が地に落ちて、路上で寝ている酔っ払いのような無様な姿を曝す。

 そこに神の威厳など一切無く、それを目の当たりにした魔術師の分だけ龍神の神性が失われる。

 失われた分は、それをなした存在へと向けられることになるが、可能世界を創り出せる根源である彼女に影響を与えられるものではない。



 一方で、百鬼夜行の直上百メートルで停止した空亡の中心に亀裂が入ったかと思うと瞬く間に広がり、その跡に巨大な眼が出現していた。


 その瞳が舐め回すように周囲を見回す。

 そして、いつもより多い数の獲物を認識すると、満足そうに目を細める。



「うわあ、感じ悪い」


『半端に神性とか知性を得て勘違いしちゃったのかな? 悪いところがしっかり出てるね』


 ユノたちにとって空亡の脅威度はまだ不明だが、その態度で対応が決まる。



 空亡には神性はあっても神格が無い。


 そもそも、神性だけなら人間やそれ以外の多くにもあるもので、程度の問題でしかない。

 むしろ、ユノの価値観ではそれは人間性に含まれているもので、彼女に欠けているものである。


 神格についても「あればいい」というものではないが、勘違いしているとろくなことにならないのは無自覚な彼女自身が証明している。

 もっとも、彼女の場合は神格が高すぎるせいで迷走しつつも丸く収まることが多いが、「無い」ものを「有る」と思い込んでいる上に増長している空亡においては悲劇の予感しかない。




 空亡の眼から、妖怪を消滅させる――神性を得た現在では人間をも傷付ける力を持った暗い光が放たれる。

 それに呑み込まれた妖怪たちが音も無く消失していくが、泥酔状態の龍神を消失させるのに十数秒かかり、ユノには軽くあしらわれた。


 明確な知性が無い空亡でも、神性がある龍神に梃子摺ったことは理解できる。

 しかし、何も感じないただの人間に、片手で――それも熱線や視線までかき消されたことには驚きを隠せず、まばたきが速くなり、瞳が揺れる。



 その直後、ユノのすぐ傍に首が三つもある黄金の巨竜が出現する。


「……これがユノの言っていた異世界の太陽の魔物か? 確かに太陽の性質はあるようだが……」


「ちょっとだけではないか……。こんなのと俺を同一視するのはさすがに酷くないか!?」


「俺の心は深く傷付いた。補償として膝枕で授乳プレイを所望する!」


「ほかに太陽神の知り合いとかいればそっちに頼んだのだけれど。補償はお酒だけならいいよ」


「それはそれであんまりではないか!?」


「下手な太陽神より俺の方が強いぞ!?」


「では、せめて酒はぬるめで哺乳瓶に頼む!」


 彼らの会話は異世界の言語で行われているため、その内容は魔術師たちには理解できない。

 もっとも、日本語での会話だったとしても、衝撃の展開の連続で思考能力が低下していた彼らに理解できたかは怪しいが。

 それでも、金竜サンがユノによって召喚された存在であることと、空亡とは比較にならない脅威であることは理解している。



 空亡にも、金竜が自身と同質の存在であることは理解できた。

 しかし、格の違いまでは分からず、「太陽はふたつも必要無い」とまたしても太陽光線で仕掛けるも、命中した金竜にはダメージが無い。

 それどころか、回復させているようにしか見えない。

 それなのに、「こんな不味い魔力を向けるな!」と、わざわざ障壁を張って防がれる。


 空亡に異世界語や人語を解する能力は無いが、貶されていることは分かる。

 その屈辱で更に瞬きが速くなり、目尻に水が溜まる。



『……そんなことより、段取り間違えてるよ。先に()に閉じ込める予定だったでしょ』


「あ、しまった」


『もう手遅れだけど……。とにかく、しないよりはマシかもしれないから領域展開するよ』


 ユノの作戦は、空亡の伝承や不要な権能を否定することで弱体化させるものだった。

 名付けて、『くくく、空亡など我ら太陽の中では最弱。闇も照らせぬなど太陽の面汚しよ』作戦である。



 まず、空亡が妖怪を駆逐するのはよしとした。

 それまで否定してしまうと、空亡の存在意義が無くなってしまうからだ。


 それによってどんな問題が起きるかは不明だが、後始末に苦労するようでは本末転倒。

 百鬼夜行を湯の川産に置き換える案が没になったのもこれが原因である。



 結局のところ、処置として必要だったのが、「空亡の増長を止めること」「空亡の弱体化について魔術師たちを納得させられるだけの説得力」のふたつである。

 そして、特に前者への対応として、「太陽は貴方だけではない」と示すために金竜を日本に召喚したのだ。

 なお、ユノや朔が太陽を創ることも可能だが、隔絶された領域内でなければ地球が滅ぶため、安全策、若しくは消去法で選ばれていることをサンは知らない。



 ただ、これは先に朔が創る「夜」の領域に空亡を閉じ込めてから行う予定だった。

 魔術師たちに示すのは、「空亡が夜に屈した」という事実だけでいい。

 彼らにまでもうひとつの太陽を見せる必要は無かったのだ。


 そして、空亡に照らせない夜を金竜が照らす――結果がどうなるかは別として、理屈としてはそれでよかったはずなのだが、順番を間違えてしまったためにさあ大変。



「フハハ! ユノよ、ちょっと夜が濃すぎる! これでは俺の光でも照らせんぞ!」


「うむ、これくらいならなんとか! なんだ貴様、泣いておるのか!? かーっ、それでも太陽の端くれか!?」


「いいか、おとこが泣いていいのは生まれた時と大切な人を失った時、そしてバブみを感じてオギャる時だけバブゥ!」


「ここで変なことを言うのは止めて? 変な因果が定着したらみんなが迷惑するんだよ?」


 順番云々以前に人選も間違えていたので、もっと大変なことになっていた。


◇◇◇


 しばらくして朔の領域が解除されると、そこにいたのはユノひとりだけ。

 空亡と金竜の姿はどこにもない。



 ユノにも空亡の調整が上手くいったかどうかはまだ分からない。

 そもそも、調整すべき空亡とは個体ではなく概念的なものである。

 上には上がいると示してみたものの、実際には気休め程度にしか考えていない。



 むしろ、空亡という概念に何よりの影響を与えるのは魔術師たちである。


 しかし、こちらは段取りを間違えたせいで、想定していた結果には至らなかった――というより、彼らが空亡に抱いていた畏れなどが、全てユノへの信仰に代わっていた。

 当然、ユノの本質に影響を与えるものではないが、だからといって「OK」とはならない。



 ひと仕事終えたユノが振り向くと、そこには冷たい目をした妹たちの姿と、地面に額を押し当てて平伏している魔術師たちの姿があった。


 当然、ユノたちも領域展開中から魔術師たちの奇行には気づいていた。

 朔の領域は、領域外の魔術師たちからは見通せないように展開していたが、それがかえって彼らの想像力を刺激する結果になっていた。


 領域展開後、続々と正座していく彼らに「何かそういう風習でもあるのかな? それとも、夜の領域だけに()()()()をかけているのかな?」などと考えていたユノも、領域解除後に彼女の姿を見た彼らがこれ以上ないレベルで平伏しだすと「土下座トゥゲザー?」と現実逃避するしかない。



 いつもなら洗脳や記憶操作なども選択肢に入ってくる事態だが、「ここまで深く進行――というか、信仰しているものを弄ると人格にも影響が出かねませんね」と悪魔たちが言うくらいだとそれも難しい。


 結局、「もっとも、これだけ信仰していれば、逆に口先だけで丸め込めるかと」というパイモンの言葉を信じてユノたちはそのまま引き揚げた。


 しかし、田舎とインターネット、そして魔術師界隈での噂の伝達速度は非常に速い。


 翌日、彼女が少し遅めに登校すると、机が祭壇化していてお供えまで置かれているのだが、この時の彼女はそんなことになるなど想像もしていなかった。

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