25 姉妹ドン
妖怪の立場からすると、「百鬼夜行」は現実世界に自分たちの爪痕を残す重要な儀式である。
そこで退治されたとしても、人間たちの記憶に残っていれば次回の百鬼夜行でも出現できるし、一定の要件を満たせばそれとは無関係に現実世界へ出られることもある。
そんな事情のところに集められた三千近い数の妖怪たち。
百鬼夜行全体としてのインパクトは強いが、どうしても個々の印象が弱くなってしまう。
ゆえに、「これだけの数を顕現させられる魔力があるなら受肉させてくれよ」と考える妖怪も少なくない。
そんな妖怪たちに立ち向かうのは、たったふたりの少女である。
百鬼夜行としては、本命は後ろに控えている魔術師たちであり、この少女たちは殺してしまっても問題は無いどころか「恐れ」などを獲得するためにはそうした方が都合が良い。
しかし、この少女たちが地味に、そして非常に強い。
動きが速すぎて攻撃を当てるどころか姿を捉えらることすら困難で、その攻撃は常に先の先を取っていくスタイルで非常に的確かつ効率的。
そして、攻撃偏重に見えても防御が疎かになっているわけでもなく、何十手も先まで読みきっているような安定した立ち回りである。
例えば、黒髪少女の動きが明らかに鈍ったことを好機とみた子泣き爺が正面から飛びかかったのと、同じく好機だとみた河童が背後から尻子玉を抜きにかかった時のこと。
タイミングだけでいえば完璧だったが、突然の好機に焦ったのか、少しばかり間合いが遠かった――というのは酷かもしれない。
距離にすれば十数センチメートルで、普通に考えると結果に大きな影響はでないはずだった。
しかし、当の少女は一歩前進して子泣き爺をキャッチすると、すぐさま反転して河童の攻撃の身代りに使った。
響き渡る、子泣き爺の悲しくも汚い哭き声。
黒髪の少女はそれに怯みもせずに、子泣き爺の年季が入った尻子玉の感触に怯んでいた河童に子泣き爺本体を叩きつけて皿を叩き割る。
それは人間的な感性では外道の所業で、妖怪たちをも尻込みさせるものだった。
そこに、特に仲間意識はないが、味方の犠牲で生まれた貴重な隙を突いて、天狗が真上から急襲しようとした。
しかし、それを邪魔するように金髪少女の壁ドンで砕かれたぬりかべの破片が飛んでくる。
天狗もそれは辛うじて回避したものの、その一瞬で黒髪の少女を見失い――次の瞬間、すぐ側にいて顔面を掴まれていた。
更には逆サイドにぬりかべ本体を抱えた金髪少女も迫っていて、直後、姉妹による壁ドン――姉妹ドンが炸裂した。
降り注ぐぬりかべと天狗の破片。
百鬼夜行歴が長い妖怪たちでも、こんな妖怪じみた人間は見たことがない。
それにも怯まず、着地の瞬間が好機となるはず――と攻め込んだ妖怪もいたが、隙など一切発生せずに普通に迎撃された。
曲がりなりにも領域を構築しているぬらりひょんは本能的に理解した。
――あれらは明らかに上位存在で、自身の権能は通用しないと。
――下手をすれば本質的な破滅を齎す可能性すらある、手を出すべきではない存在であると。
妖怪たちの一部には、ぬらりひょんと同様の怖れを抱いているのか、近くにいる少女たちではなく、遠く離れた所にいる先制攻撃を仕掛けてきた人間たちを狙おうとするものもいた、
しかし、それも先頭にいる銀髪の少女が撃ち出す小さな鉄球でことごとくが粉砕される。
距離の差を考慮しても前線のふたりほどの圧は感じないのに、結果はより残酷だった。
さらに、絡新婦に拳大の鉄球が念入りに撃ちこまれていたところを見て「妖怪に何の恨みがあるのか!?」と引き返したものも多い。
妖怪たちに残された道は、「どう殺されるか」を選ぶことだけだった。
最終的には空亡に追い払われることは確定しているが、それは予定調和であり、妖怪たちの本質に影響を及ぼすものではない。
一方で、前線にいるふたりの少女の攻撃は、妖怪たちが集めていた信仰や怖れを破壊する可能性があるものだ。
さらに、固定砲台と化している少女は、多種多様な妖怪を十把一絡げにして無価値なものに落とそうとする最悪の存在である。
金星を狙うなら砲台少女を狙うべきだが、撃ち出した鉄球同士が衝突して、あるいは理屈では説明ができない変化――軌道を180度変えるような魔弾を避けるのは至難というか無理である。
まだ前線の少女たちに「まぐれ当たり」を期待した方がマシだ。
とはいえ、一向に動きが衰える気配が無い――そう見えた時は罠で、小瓶に入った液体を飲むと完全回復するふたりに攻撃を当てることも至難で、闇雲に攻撃すれば同士討ちになるだけ。
むしろ、多少知恵が回る者は「同士討ちで退場するのが安全」と気づいて動きを変え始めていた。
こうなると困るのがぬらりひょんである。
ぬらりひょんの認識阻害は妖怪が相手でも有効である。
そして、制御されていない領域は因果を捻じ曲げてでも成立させようとするため、同士討ちに巻き込まれることすら難しい。
偶然に領域を突破される可能性はゼロではない。
しかし、多少なりとも可能性が高い知恵と力があるものはフレンドリーファイアを貰うのに夢中で、攻撃してくれそうにない。
そうして妖怪たちの攻撃の手が緩んでくると、少女たちの攻撃パターンにも変化が起こる。
前線の少女たちが後方に対して何らかの合図を送ると、銀の少女から無数の錫杖が射出される。
それまでも武器が損耗するたびに追加分が投入されていたが、今度は一度に数十本である。
少女たちは、妖怪を粉砕する鉄球と遜色ない速度で飛んできた錫杖を難なく受け止めると、数本同時に見えざる手を使って振り回し始めた。
それは尻尾を使った領域操作の発展形で、「領域」というにはまだまだ未熟なものだが、そういう高みにいないものからすると「生身でファン〇ルを飛ばすヤバい奴」である。
何なら少女たち自身も飛んでいる。
これには空中に退避して時間切れを待っていた一反木綿も青くなる。
さらに、それらはただの虚仮威しではなく、威力や精度は両の手で扱っていた時以上で、肉体的な制約がない分動きも自由と、これまで以上に手が付けられない。
これには4本腕でイキっていた両面宿儺もお手上げである。
炎や吹雪を吐く、あるいは魔術や異能力なら対抗できる――などという甘い考えはそうそうに潰えた。
それらでは錫杖は壊せても肝心の領域には歯が立たず、下手に目立って的にされるだけ。
両面宿儺のような古代の鬼神でも――だからこそ、「我が術ならイケる!」などと勘違いはしない。
むしろ、格が高いからこそ「何だか分からんがあれは危険だ」と理解できてしまう。
そして、「最近の人間は不甲斐ないと思っていたが、このような者もいるのだな。安心したぞ」などと供述しながら後方腕組みおじさんと化していた。
悪魔たちの仕込みによって、本来の百鬼夜行では出現しないような妖怪も出現していたが、百鬼夜行の制限を受けているため大妖怪ほど本来の能力を発揮できない。
それを抜きにしても、猫羽姉妹のコンビネーションと尽きぬチート級ポーションに対抗できるものは少ないが。
ただ、悪魔たちの策略は彼らも予想しないものまで引き寄せようとしていた。
百鬼夜行を増強するために「妖怪」に類するものを節操なくを召喚する術式は、パイモンとセーレの権能を応用して即興で作られた適当なものである。
ユノや魔術師たちにバレないことを最優先にしたそれに、細かな制御など組み込まれているはずもない。
可能世界に存在するのは妖怪だけではない。
そこにはあらゆる可能性が存在していて、八百万ともいわれる神々もまたそこにある。
それはこの地方で祀られていた水神だった。
もっとも、守り神ではあるが無条件で人間を守護するものではなく、だからといって見捨てるものでもない。
人間が信仰しているうちはちょっとした加護を与えるが、冒涜するなら全力で災いを齎すだけ。
特に人間に友好的なわけではないが、積極的に生贄を要求しないだけマシな部類だろう。
そんな水神の縄張り内で、強大な力を持つ悪魔たちが暗躍し、そして尋常ではない規模の百鬼夜行が発生した。
水神としては黙認できるものではない。
とはいえ、龍である水神の力は強大すぎて、弱小妖怪のように簡単に現実世界に顕現できるものではない。
それこそ、何百という生贄が必要になるレベルである。
今回は幸いなことに、それに必要な魔力は悪魔たちが残していった術式から得ることができるが、それでも「すぐに」とはいかない。
可能世界自体が力の塊ではあるが、その一住人が自由に扱えるのは現実世界で獲得した信仰や恐怖の範囲内でしかない。
そして、現実世界に出るには相応の対価が必要になる。
百鬼夜行でも泡沫弱小妖怪の方が早く出現していて、ぬらりひょんや両面宿儺とはかなりの時間差があった。
悪魔たちが用意した、可能世界の存在を現実世界に招くための贄はそれなりに良質なものだったが、神を顕現させるにはことは容易ではない。
戦闘開始から三時間強。
自我の無い、あるいは実力が足りない妖怪たちがほぼ駆逐され、伝説に謳われるような妖怪が追加されて、前線の少女たちの討伐ペースが目に見えて衰えていたところに、誰の目にも分かりやすい龍神が現れた。




