23 ジャンジャンバリバリ
ずっと観さんとおしゃべりをしているわけにもいかないので、彼女たちの用意していた車に乗り込んで現場に向かう。
まあ、車中でもおしゃべりはしていたけれど、大半は妹たちに向けた作戦内容の再確認で、雑談はほぼ無かった。
内容なんてあってないようなものだとしても、それを明かしてしまうと不安に思う人も出てくるのだ。
そういったところにまで配慮するのが大人のやり方である。
現場に到着すると、そこで待機していた観戦希望の魔術師さんたちに挨拶してから、昨日勉強していた時に思いついて作っておいた「事故があっても自己責任」だとする同意書にサインさせる。
「何か問題があったとしても御神苗さんに責任を追及しようとする――いや、できるような者はいませんが」
とは言われたけれど、こういうのは形式が大事なのだ。
それに、「事故があっても自己責任」で空気が和むかもしれないと思ってのことだったけれど、誰もツッコんでくれなかった。
大事なお役目なのかもしれないけれど、そんなに視野が狭くなっているようだと駄目だと思うよ?
さておき、駄洒落の解説を行う気は無いし、彼らとの調整は悪魔たちが済ませてくれている。
なので、百鬼夜行の出現予定時間――丑三つ時まで「待機」という名の自由時間。
さすがに作戦区域を離脱するようなことはできないけれど、作戦前の私たちに配慮して気が散るような干渉はしないとのこと。
ただし、それは悪魔たちには適用されないことである。
現場視察という体の散歩から戻ってきた彼らの手には、大量の海と山の幸、それからBBQセットがあった。
現地でお弁当を用意しておくとは聞いていたけれど、まさかの素材とは想像していなかった。
ある意味「出来立て」にはなるけれど、今からこの雰囲気の中でするの?
精神力すごいね。
それよりも、お肉は加工してあるのでどこかで買ってきたものだと思うけれど、魚は新鮮――というか活魚である。
サバやサンマはともかくマグロまでいるけれど、密漁とかじゃないよね?
「お姉ちゃん、私マグロのお寿司食べたい! 中トロ!」
「私も――いや、お肉も捨てがたい……!」
妹たちもメンタル強い。
変に高揚とか緊張するよりはいいけれど。
「では、私はアウトローなので大トロを!」
パイモンさんは先日から調子に乗りすぎではないだろうか?
まあ、少し上手かったので今回は大目に見るけれど。
「でも、酢飯どことかご飯も無いみたいだけれど」
「そんなこともあろうかと用意しておりました!」
どこからともなく寿司桶を抱えたセーレさんがやってきた。
ピクニックか何かと勘違いしているのかと思うくらいに用意がいい――いや、彼らにとってはそんなものか。
まあ、ふたり分を作るのも、三人分を作るのも手間は変わらない。
その理屈でいけば、百人分でも――微妙な空気の中で食べるよりはマシか。
「……皆さんもよろしければどうぞ」
「おお、それは有り難い!」
「私はマグロに目がなくてですなあ!」
「酒があれば文句無しですが、お役目の前ですから我慢しませんとな!」
物欲しそうにこちらを窺っていた魔術師さんたちにも声をかけると、ハゼみたいに食いついてきた。
そんなにお腹が減っていたのだろうか。
しかし、百鬼夜行の前にマグロと格闘することになるとは……。
はっ!?
サンマを百匹焼こう! 百鬼夜行だけに!
◇◇◇
サンマも焼いたしウシや野菜に人の世話までジャンジャンバリバリ焼いた。
マグロを捌くのは悪魔たちに任せたけれど、お寿司もいっぱい握って多くの胃袋も掌握した。
なんだかもうやり切った感がある。
それからしばらく食休みしているといい時間――! 食べてすぐに横になると丑三つ時!
ふふっ、今日は冴えているかもしれない。
「こんな和やかな百鬼夜行戦は初めてですが――本当にそんな装備で、尻尾も使わず、しかも3人で挑まれるのですか? お邪魔でなければ、我々もお手伝いをさせていただきますが……」
「3人というか、恐らく空亡以外は妹たちだけで大丈夫だと思います」
この期に及んで、綾小路家のご当主さんたちは不安が拭えないらしい。
尻尾を使わず、彼らの家にもあるような普通の錫杖で戦おうとしているからか。
もちろん、綾小路家の武器といえば呪符であって、錫杖はサブウエポン――法具ではあるもののただの金属製の棒だったり仕込み杖でしかないので、尻尾に比べれば不安になるのは分かる。
「以前も申上げたとおり、尻尾は魔法や領域の感覚を養うための物です。今回は皆さんの手本になることが趣旨ですので、人や装備が特別だと意味がありません。魔力で強化すれば切れ味が良くなるとか丈夫になるくらいで、込めすぎると壊れる――そんな物でも対処可能だと証明するつもりです」
「我々も――ここに集まっているのは皆、貴女に言われたとおりに3本まで操れるようになった者ばかりです。それでもお役に立てませんか?」
尻尾は特別な物ではないと思っているのか――いや、最終的には特別な物ではなくなるけれど、まだその段階ではないように思う。
結局、彼らも百鬼夜行と戦いたいのか?
百鬼夜行の何が彼らを駆り立てるのやら。
「確かに、3本を動かせるようになったのは評価しましょう。けれど、動かす――というか、振り回されているのを『操る』とはいいません。私が尻尾を使ってお肉や魚を焼いたり、お寿司を握ったりしているのをご覧になりましたよね? 私が要求したのはこのレベルで3本です」
「「「……」」」
なぜか言葉を失っているけれど、少し考えれば分かることだと思う。
車を動かせたらといって、必ずしもレースで活躍できるわけではない――「動かす」にもいろいろとあるのだ。
「それができるレベルになれば、できる人同士での連携は自然ととれるようになります」
「つまり、錫杖も尻尾と同じように操れるようになるということでしょうか?」
「……?」
何がどうなってそんな結論に?
何がどんな解釈になっているか分からないと説明のしようもないのだけれど……。
「……武器は道具で、尻尾は魔法の訓練用の道具です」
「「「……?」」」
そういう意味ではなかったのか?
というか、何も理解していない人にそんな顔をされるとイラッとするのだけれど。
『武器は上手く扱えた方がいいのは間違いないですが、「使い潰す」とか「放棄する」ことまで選択肢に入れられる道具です。消耗品には消耗品の良さとか強みがあるんです』
そういう話だったのか?
まあ、言っていることには一理あるので、違っていても問題は無いか。
『対して尻尾は、自身の身体を魔法で構築する――その感覚を養うための道具です。現状では下手な武器や防具よりも高性能だと感じているかもしれませんが――例えば剣を魔力で強化しても「何でも斬れる剣」はできません。それを高次元で実現するには領域が必須で、それができるなら剣は必要ありません』
「……なるほど?」
理解はできていないようだけれど、納得はさせた模様。
そうでなくても、もうゆっくり説明している時間も無い。
ここで切上げて煙に巻いてしまおう。
「それより、予想ではそろそろだけれど、準備はいい?」
「うん、少しだけど仮眠もとったし大丈夫」
「真由ちゃんすごいなあ。私は緊張して眠れなかったよ」
「大丈夫? 今からでも寝る? 膝枕してあげようか?」
「いえ、結構です。魔力は充実しているので、平気です」
「お姉ちゃん、心配しすぎだよ。お姉ちゃんの方こそそんな様でサポートできるの?」
「多少の失敗は糧にしてもらいたいし、よほどのことがないと手を出さないつもりだよ。逃げ方は教えているから死ぬことはないだろうし」
「心配してるのか突き放してるのかどっちなの……。まあ、お姉ちゃんにそういうのを求めても駄目だって知ってたけど」
「姉さんですからねえ。死ななければオッケーだとか思っていそう――と、あれがそうでしょうか? 何か見えてきました」
などと家族団欒に興じていると、五百メートルくらい離れた砂浜に何やらいっぱい湧き出してきた。
出現ポイントは予想どおり。
というか、誘導したとのことなので「予定どおり」か。
妖怪側は足元が悪い砂浜で背後は海、魔術師は一段高くなっている道路や駐車場から狙い打ちにできて、戦闘の痕跡もいくらか消しやすい――と、なかなか考えられている。
もっとも、妖怪に足場や高低差――というか常識がどれだけ効果があるかは疑問だけれど、気持ちの分だけでも無いよりはマシか。
そんなことを考えている間にも、ジャンジャンバリバリ出てくる妖怪たち。
どう見てもただの動物から、垢嘗とかぬっぺふほふ等の存在理由からしてよく分からないもの、天狗や河童などの湯の川にもいるものまでいろいろと。
なお、湧いている最中に攻撃するなどして誘導術式まで壊してしまうと大変なことになるそうで、現時点では見ていることしかできない。
ただ、軽く百を超えてまだまだ止む気配がないのだけれど……?
「何だこれは!? どうなっている!? こんなことは初めてだ……!」
ご当主さんたちが混乱しているところを見るに、異常事態か。
ようやく湧きが止まった頃には三千近くに膨れ上がっていて、私たちは何もしていないのに圧し潰されているようなのもいる。
「想定よりも多いみたいだけれど、どうする?」
「うーん、数はどうにかなると思うけど、時間の方が足りないかも。日の出は大体六時だから、4時間くらい?」
「一時間当たり七百以上はちょっときついですね。尻尾を使えばどうにかなると思いますけど――」
『それはお手本にならなくなるから却下かな。まあ、空亡も出さないといけないし、全滅させるのもまずいから四時間耐久だね』
そういえば、日の出までに百鬼夜行が全滅していると出現しないケースもあるのだったか。
すっかり忘れていた。
「うへぇ……、想像しただけでキツイわ」
「体力よりも集中力がもつかな……」
「あ、あの、さすがにこんな事態は初めてなのですが、やはり私たちも参加した方が……?」
『それでしたら、先制攻撃だけお願いしましょうか。その後は安全圏まで退避してください』
なるほど。
朔としては、彼らの術が妖怪にどれくらい効くかのデータが欲しいのかな?
それに、力配分的な意味で妹たちの参考にもなると思うと悪いアイデアではない。
「それだけでいいのですか? あれだけ広範囲にいれば援護射撃も――」
『いえ、今回の皆さんの仕事は「見学」ですから。次は無いので、しっかりと学んでくださいね』
更に目的の念押しもしてくれたし、これで懸念は無くなったか?
助かるねえ。
『それじゃあ、行こうか』
「うん」
「はい」
あっ、それは私が言いたかった……。
まあ、いいか。
「皆さんも有効射程まで一緒に行きましょうか。確か、六十メートルでしたか?」
こちらの世界でも当然のように魔法効果の距離減衰が存在する。
正しく魔法が使えればそんなことにはならないはずなのだけれど、さすがに基本もできていないようだと一朝一夕でどうにかなるものではない。
ちなみに、異世界の熟練魔法使いの有効射程が百メートルくらいらしいので、それと比べると半分くらい。
というか、熟練魔法使いならもっと近い距離で戦いたがるらしい。
一応、「魔法」というものを理解してきているといっていいのか。
なお、彼らの場合は更に威力的にも微妙なので、現状では戦術的な意味は無い。
それでもよくよく考えると、次回までに真由やレティシアのレベルまで成長している人がいるかは不明なので、一般の魔術師との連携も想定しておくべきなのだ。
行き当たりばったりにもほどがあるけれど、今になって気づいたのだから仕方がない。
そして、思い立ったが吉日である。
といっても、今回は先制攻撃をするだけのこと。
失敗しても――フレンドリーファイアを食らったとしても大勢に影響は無い。
気楽にやってもらおう。




