21 平和の弊害
――ユノ視点――
姫路さんは強い人だと思う。
あんなことがあった直後で、お母さんもあんななのに、「だからこそもっと頑張って強くならないと」と受験に向けた勉強だけでなく、その費用を稼ぐためにアルバイトまでするつもりのようだ。
しかし、女子高生にできるアルバイトで一年程度の期間では、海外の大学の受験費用や学費を稼ぐのは難しいだろう。
なので、そういった費用は私が出すとは言ったのだけれど、「ユノさんと友達でいるためには甘えてるばかりじゃ駄目だと思うんです」などと素敵なことを言われては駄目とは言えない。
だからといって放置もできないので、私にできる範囲で応援してあげようと思う。
というか、これで自他ともに認める友達ができた。
百人は無理だったけれど、彼女なら百人分でカウントしてもいいのではないだろうか?
さておき、姫路さんがどうとかではないけれど、私も私の仕事にしっかりと向き合わなければならない。
試験期間中ではあるけれど、明日――というか今晩が百鬼夜行退治の決行日だ。
紆余曲折の末、方針はまとまらなかったけれど、決行日は待ってくれない。
なお、「百鬼夜行退治」という名目ではあるけれど、結局のところは「私以外にも可能な方法」で示すことが重要である。
そのために、訓練用魔法道具を渡して基礎能力や連携の強化を図ったけれど、今回の期限までにモノになった人はいなかった。
……正確には、綾小路さんのお姉さんはギリギリ基準に達していたかもしれないけれど、あの人は性格に難があるので却下だ。
逆に、真由とレティシアは基礎能力は充分だけれど、私たちが想定もしていなかった尻尾の使い方をマスターしていて、それをほかの人にまねされると後々困りそうなので使えない。
百鬼夜行程度が相手で私も帯同しているならデビュー戦にいいかと思っていたのだけれど、ままならないものである。
なので、私ひとりで攻略して、その様子を映像に収めて編集して――後者は悪魔たちに頼むことになるけれど、そんな感じにすることにした。
動画に解説を付けたりして、何度も見返すことができるなら良い教材になるだろう。
……なのに、「現場で観たい」と言う人が意外に多くて困惑しているところだ。
私としては、空亡への対処が未定――というか、実際に見てみなければ決めようがないのだ。
そして、場合によっては朔の領域に頼らなければならないし、現場にいない方が編集とかで誤魔化しやすくて助かる。
とはいえ、「本来は自分たちの役目なので、最後まで見届ける――場合によっては命を懸ける義務がある」との言い分も理解できる。
実際には万に一も無い――むしろ、私と悪魔たちだけならどうにでもなるのだけれど、ごく少数にしか手の内を見せていないので、そこまでの信用が無いのかもしれないし。
ちなみに、多少は信用してくれているであろうクラスメイトたちは、試験期間中なのでお留守番だ。
成績向上のための勉強ではなく、最後まで見届けていたら遅刻――恐らく欠席になるからね。
なお、綾小路家のご当主さんとか、各家のお偉いさんたちは既に現地入りしていて、私ももうすぐヘリコプターに乗って移動だ。
むしろ、学校が午前中に終わることもあって、時間的には新幹線でも間に合う。
問題は帰りの方で、空亡が出現するのが日の出時間ということもあって、手早く対処したとしても、飛行機でも使わないと明日の始業時間に間に合わない。
私はセーレさんの転移魔法を使うので遅刻は無いけれど、ほかの人まで同行させるつもりはないし。
とにかく、なし崩し的に――本来の意味(※物事を少しずつ済ませていくこと)的には逆か? 積極的に何も決めなかったので、そんな行き当たりばったりな感じになっている。
とはいえ、私の能力が分からない人たちに作戦が立てられるはずもなく、彼らの言っていることがよく理解できない私もあまり強引に進めることはできなかったのだ。
価値観の違いのせいでどうにもならない感じ。
というか、こういう時に悪魔が作戦を立ててくれればよかったのだけれど、彼らは「ユノ様の御心のままに」としか言わない役立たずである。
こうなるのも当然か。
いろんな意味で試験が終わると、そのままヘリコプターに乗るために発着場へ向かう。
「何してるの、遅いよお姉ちゃん!」
「居残ったって点数は増えないんですから、諦めが肝心ですよ」
なぜか真由とレティシアが先に乗り込んでいた。
ふたりのデビュー戦はまた今度と伝えていたはずだけれど……。
そんなに百鬼夜行が気に入らないのだろうか?
もっとも、百鬼夜行に思うところがあるのは私も同じだ。
百鬼といいつつ100ではないとか、「見たら死ぬ」という雑な説明は何なのかとか。しかも、酔った振りで回避できるとか、どう評価していいのか分からない。
きっと、昔の人が考える「避けようのない災厄」とかそういうものが形になったものだというのは理解できる。
自然災害なら今でも脅威だし、場合によっては熊とか野犬に襲われても死ぬので、やはり脅威であるといってもいい。
しかし、そこにタヌキやカワウソまでカウントするのはいかがなものか。
そういう感覚の方が驚異だよ。
「明日も試験なのについてくるつもりなの?」
「勉強に関しては普段からやってるし、悪い点数は取らないと思うよ」
「あっちに行ったらもう百鬼夜行なんて見る機会ないでしょうし、記念に」
うん、試験前にだけ一夜漬けするではなく、普段から勉強しているのはとてもいいことだ。
だからといって、記念に百鬼夜行を殴りにいくのはどうなのかとは思うけれど。
「諸々を理解しての上のことなら、これ以上はとやかく言わない――いや、尻尾の玩具に頼るのは控えてね。彼らが自力で貴女たちのような使い方に至ったならともかく――」
「分かってるって! あれは飽くまで領域の訓練用って言うんでしょ」
「私たちが見せなくても、いつか誰かが同じような発想に至ると思いますけどね」
「それはそうかもしれないけれど――」
『今のヒヨッコたちに見せて、それが到達点だと思い込まれるとよくないってことだよ』
「そう、それ」
朔が代弁してくれたので、説明に余計な時間を割かずに済んだ。
上手く説明するのは難しいけれど、朔が言ったように「それが正当進化」のように思い込んでしまわれると遠回り――下手をすると行き止まりになってしまうかもしれない。
尻尾は飽くまで間合い操作とか魔法の本質を体感するためのものだけれど、見た目にはとても地味に見える。
対して、ふたりの尻尾の使い方は間違っているわけではないけれど、分かりやすく派手で強そうなので、領域に対する認識が足りない人たちを誤解させる気がする。
もちろん、確信があるわけではないけれど、そこは朔の言った「刷り込み」がしっくりくる。
私や朔の領域では刷り込めないところが理不尽だけれど、それらを理解するための道具が尻尾だとすると筋が通っている。
まあ、尻尾を使って訓練していれば領域に通じるというのも刷り込みだけれど。
私としては理屈は合っていると思うけれど、活かせるかどうかは彼ら次第なのだ。
上手くいくにしても、それなりに長い年月をかけてになるだろう。
それでも、間合い操作は格段に向上するだろうし、それができるようになれば自ずと連携も上手くできるようになるはず。
つまり、間に合わせとしては上出来で、これがただの思いつきとは誰も思わないだろう。
「とにかく、理解しているならいいよ。……じゃあ、行こうか」
ほかにも言っておきたいことはたくさんある。
安全第一とか、油断しないようにとか。
しかし、楽しみにしているイベントの前日のような、浮かれている彼女たちには何を言っても通じないのはよく知っている。
むしろ、下手に反発させて集中力を欠くことになっては本末転倒だ。
朔は『多少痛い目を見るくらいは許容範囲』だと思っているようで、私も結果としてそうなるのは仕方ないと思うけれど、お姉ちゃんとしては酷い目に遭う前に対策をしておきたい。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというしね。
……はて、歴史に学んだ賢者とはどういうものだろう?
身近にいる賢者は歴史に学んだという感じはない――というか、よく分からない物を作って一喜一憂している趣味人である。
湯の川に越してくる前の彼らはもう少し緊張感があったと思うのだけれど、こうも緩むのは湯の川が平和すぎるせいか。
それでも、努力をしていないわけではないし、社会に貢献していないわけでもないのが困ったところ。
方向性の問題か。
やはり人間には脅威とか天敵というのが必要なのかもしれない。「必要は発明の母」ともいうしね。
もっとも、それで自分自身も傷付ける兵器とかを発明することもあるし、塩梅が難しそうだけれど。
というか、なぜ私がそんなことを考えないといけないのか。
『あちこちで大魔王や古竜を狩って――いや、飼って回っているのはユノじゃないか』
「むう……」
朔に思考を読まれてしまった。
「えっ、何の話? また何かやらかしたの? しっかりしてよね」
「また何か飼っちゃったんですか? 他人に迷惑掛けたら駄目ですよ?」
「……はい」
そして、当然のように妹たちにツッコまれる。
仕事前にこの流れはまずい。
「とにかく、ここからは百鬼夜行に集中しようか」
「あ、誤魔化した。話は誤魔化してもいいけど、やることはやってね」
「ここからも何も、まだ数時間は移動ですよね」
『まあ、今回は真由とレティシアが手伝ってくれるから安心だよね。ユノひとりだと百鬼夜行を誑かす可能性もあるし、お手本にしても分かりやすいだろうし』
酷い言われようだけれど、さすがの私も百鬼夜行を飼うようなことはないだろう。
空亡への対処は未定だけれど、百鬼夜行に関しては「討伐」が基本姿勢になるし、そうなる余地が無いからね。
とはいえ、直近のことを思い返すと反論できない。
さすがに古竜コンプリートにリーチは各所から怒られたし。
しかし、少しでも過失があると、ほかのことまで「悪」と見做されるのはいかがなものか。
古竜も、私が集めたわけではなく、勝手に集まってきただけなのだ。
もっとも、この場合は「集まっている」という事実が問題で、誰かが責任を取る必要がある――私しか適任がいなかったというのが実際のところだろう。
怒られ損な気もするけれど、ほかの誰かに投げられることでもないので致し方ない。
それはさておき、朔の評価も一理あるし、せっかくだからふたりに頑張ってもらおうかな。
もちろん、できる限りのサポートはするけれどね。




