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19 お持ち帰り

――ユノ視点――

 想定外のトラブルがあったせいで、帰宅時間がかなり遅くなってしまった。


 私は食事を摂らなくても健康だけれど、普通の人は衰弱する。

 もちろん、普通はそうなる前に食事を作って食べるものだけれど、様々な理由でそれを怠る人もいるのだ。


 そして、ここにもそんな人がひとりいる。



 アルの主導で製作していたゲームは既に完成しているそうなのだけれど、バグ取りやらバランス調整やら更なるクオリティ追求やらで、発売後もしばらく忙しいらしい。


 特に、お風呂場で私が全裸になるバグは早めに直して――いや、それはバグなのか? 常識では?

 まあ、水着の面積が突然小さくなるのはそうだと思うけれど……ゲーム制作というのもなかなか難しいようだ。


 とにかく、そんな理由で彼は寝食よりも仕事を優先しているので、現在は家事の一切を私がやっている。

 一応、悪魔たちに手伝ってもらうこともできるのだけれど、彼にとってはプレッシャーになるようなので極力遠慮してもらっている。




「ただ今戻りました。すぐに食事の用意をしますね」


「おかえり。――って、もうこんな時間か?」


 帰宅してみると、案の定、アルが食事を摂った形跡が無い。

 食事を作る時間すら惜しんでというより、やはり時間も忘れて熱中していたのだろう。

 熱中できることがあるのはいいことだけれど、身体も大事にしてほしい。



「食事ができるまでに少し時間がかかりますし、姫路さんは先にお風呂入ります? あ、こちらは兄です。こちらはクラスメイトの姫路さん。少し事情があって、今日はここに泊まってもらうことになりました」


 とりあえず、簡単に状況を説明して、早速食事の用意にかかる。

 今日は中華にしよう――といっても有り物次第なので、冷蔵庫の中をチェックする。


 お豆腐はある。

 ひき肉とネギもある。

 各種調味料は常備されているので、麻婆豆腐はできる。

 けれど、ソバが無いので麻婆焼きそばは無理か。


 湯の川なら家庭菜園で生えているのだけれどね。


 後は餃子と中華サラダでも作ればいいか。



「え、ああ、うん、よろしく。あ、バスルームはそこ出て左手ね」


「あ、あの、初めまして。お世話になります」


 よし、自己紹介も終わったようだし、早速中華を始めよう。



『今着ている物は洗濯しておきますので、乾くまでは私の物で我慢してくださいね』


 そうか、姫路さんには着替えが必要なのか。

 中華で頭がいっぱいで失念していた。



 ということで、捜索の場を冷蔵庫から箪笥に切り替えて適当な物を探す。


 しかし、なぜか私の箪笥には不適当なものがたくさん入っているので、違う意味での「適当」にはできない。

 ……スケスケのネグリジェとか、どんなタイミングで着るの?

 悪魔たちがいろいろと用意してくれるのは有り難いのだけれど、時折こういうのが交じるのが困りもの。

 後ろからついてきていた姫路さんがすごい顔でそれを見ている。


 安心して?

 さすがにこれを着ろとは言わないから。



「ユノさんはいつもこのような物を……?」


「いえ、着たことはありません」


「……そうですか」


 なぜ落胆されているの?


 あ、もしかして、姫路さんは潔癖症か何かで、他人が一度でも袖を通したものは着たくない――そして、こんなエッチなのしか新品がないと思ったのか?



「新品はほかにもありますので大丈夫ですよ」


「……そうですか」


 あれ? なぜ残念そうにしているの?

 実は着たかったのか?

 そういうのに興味があるお年頃なのか?



「何でも好きな物を選んで――」

「はいっ!」


 おおっと、随分と食い気味できたな。

 しかし、そこは下着の棚――いや、それも必要だと思うけれど、ブラジャーの方はサイズが合わないと思うよ?

 というか、そんなに真剣に吟味するもの?

 何か拘りでもあるのか……?



「目移りして選べないなら、気に入った物は持って帰るといいよ」


「いいんですか!?」


 なぜかアルまでやってきたと思ったら、わけの分からないことを言う。

 それに、姫路さんも何を言っているの!?


 そういう流れだった!?

 というか、よくはないよ?



「ここに来たってことはいろいろとあったんだろうけど、根掘り葉掘り訊かないでいてくれるのは助かるよ。その上で、無茶なお願いかもしれないけど、ユノがこっちに来た理由は『普通を知る』ためで――だから、これからも普通に接してくれると嬉しいね」


「はいっ! 任せてください!」


 ふたりして他人の下着を漁っていなければ、いい感じの話だったかもしれないのに……。

 というか、アルは仕事を中断して何をやっているの?

 今更資料集め?



 まあ、いい。

 どうせ服や下着は勝手に増えていくし。


 とにかく中華だ。

 ここまできて中止は認められない。

 中華だけに!


◇◇◇


 一夜明けて、昨夜はなぜあんなに中華に拘っていたのかの理由が明らかになった。


 今日から中間考査だ。


 文化祭等の行事との兼ね合いで前倒しにされていて、範囲は狭めだけれど――そのせいか文化祭の準備に参加しているクラスメイトが多かったので、そんな雰囲気が全然なかったことが勘違いの原因か。


 今朝、姫路さんに「テストに間に合ってよかったです」と言われてようやく思い出した。



 もっとも、覚えていたら対策をしたかというとそうでもない。

 そもそも、自身の現在の能力を知ることがテストの目的であって、そういう意味では一夜漬けなどで良い点を取ってもあまり意味が無い。

 ……などと言い訳をしても仕方がない。

 どうにも国語とか古文などは苦手なので、勉強したところで取れる点数には限界がある。

 そして、無いものを嘆いても時間の無駄なので、前を向いて強く生きていくしかない。


 どんとこい、奉仕活動!




 そうして気持ちを切り替えたところで、姫路さんと一緒に登校する。


 そして、驚くクラスメイトたちに事情カバーストーリーを吹き込んで日常へと戻す。



 ちなみに、カバーストーリーは「身内に急な不幸があって、その葬儀に出席するための移動中に事故に遭って母が怪我、携帯電話が故障した。それらに対応しつつどうにか帰宅すると自宅が燃えていた」となかなかハードなもの。

 お母さんについては、心労で倒れた――ということにして、鷹宮さんの伝手で預かってもらっている。

 なお、その対価として、姫路さんの持ち分だった文化祭招待状が私を経由して彼の手に渡ることになった。

 末端価格でおいくらなのだろう。



 また、無断欠席だった件は、学校側が諸々の事情を考慮してくれたのと私の援護射撃で、厳重注意の上で忌引き扱いにしてもらえた。

 クラスメイトも、団藤くんに引き続いてきつめの不幸に見舞われた姫路さんにとても同情的――一部の人は私と同じマンションに住むと知って羨ましがっていた。




 姫路さんの件はこれで終了――というわけではなく、家と一緒に私物のほとんどが燃えてしまったため、日用品一式を揃えなくてはいけない。


 もちろん、家具などの大きな物は悪魔たちが用意してくれるけれど、服とか下着、それ以外でも自分で選びたい物もあるだろう。



 そういう意味では今日がテストでよかった。

 学校が半日で終わるので、残りの時間を買い物に充てられる。


 本来ならテスト勉強に充てるのが正しいのだと思うけれど、困っている友人を放っておいてまでするものではない。

 それに、荷物持ちだけなら悪魔を付けてあげればいいけれど、金銭的な問題もある。

 それも悪魔たちに任せてもいいのだけれど、姫路さんに気を遣わせるようでは意味が無い。


 決して勉強するのが嫌なわけではない――分体を出してもいいなら気にするような問題でもないのだけれど、そうでなければ取捨選択しなければならないのだ。

 というか、父さんや母さんが私に学ばせたいのはこういうことではないだろうか?


◇◇◇


 そんなこんなで、午後は姫路さんとお買い物。


 なお、半日で全て買い揃えるのはさすがに難しいので、ある程度優先順位を付けて、更に「悩む時間がもったいないので、迷ったときは買っていく」スタイルで臨む。

 いわゆる大人買い、あるいは爆買いというものである。



 しかし、姫路さんは見る目があるというか要領が良いせいか、最低限の物を効率よく選んでいく。

 この期に及んで変に遠慮しないところは非常に好ましい。

 ただ、妹たちの買い物――選んで悩んで進んで戻ってをひたすら繰り返すのを想定していたので、少し拍子抜けな感はある。


 というか、彼女の効率主義は、今着ている制服にも表れていたように思う。


 彼女の制服は、火事で全て焼失した――現金化されているとは考えたくないのでそういうことにしておくとして、今日着ていく分も無かった。

 なので、新しい制服が用意できるまで私のスペアを貸しておこうと思ったのだけれど、「残り半年ほどですし、新しいのを買うのももったいないので、これを頂ければ――いや、貸していただければ」と新品を買うのを拒否したのだ。


 一応、サイズ的にはギリギリ許容範囲なようだし、スペアは多めに用意してあるので、貸しておく――というか、差し上げても問題は無い。


 しかし、「やった! これでユノさんとお揃いですね!」などと、よく分からない言い訳までして遠慮する必要はあったのだろうか?

 それだと名城の女子生徒全員お揃いだよ?

 そういう冗談なのかもしれないけれど、ちょっと分かりにくい。


 しかも、その流れがいまだに続いていて、「これ、ユノさんにも似合うと思うよ」と私にも同じ物を買わせようとしている。

 もちろん、「似合う」というのは嘘ではないと思うけれど、どういうネタなのかよく分からないので困惑しているのも事実である。


 まあ、下着に関しては昨日随分とお持ち帰りされてしまったし、服にしてもあって困る物ではない。

 何より、姫路さんが楽しそうにしている――無理をしているのかもしれないけれど、素直に落ち込まれるよりはいいので好きにさせようと思う。

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