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16 食べ物で遊んではいけません

 とにかく遠慮する姫路さんと、「遠慮」という概念を知らない様子のお母さん。


 早口言葉のような金貸しさんたちは、私が鷹宮さんに電話を掛けたあたりから困惑していて、「九鬼会」とかいう名前が出た後は完全に意気消沈している。

 どれくらいショックを受けているかというと、せっかくの出前に手を付けることなく完全に冷めたり伸びたりさせているくらい。

 食べ物を粗末にするのはどうかと思うよ?



 とはいえ、食べ頃を逃した物を「無理をしてでも食べろ」と言うつもりはない。


 もちろん、食料廃棄問題の観点からすると褒められたことではないけれど、効率で語るなら魔力なり魔素なりを摂取できるようになってから言うべきである。


 そもそも、「食事」というのは生命維持に必要な行為というだけでなく、人間性を保つ、あるいは磨くためにも重要なことなのだ。

 飢えれば理性を失い、不満が溜まれば品性を失う――そんなこともあるだろう。

 もしかすると、「衣食足りて礼節を知る」というのは、言葉以上に深い意味があるのかもしれない。


 つまり、嫌いな物を無理矢理食べさせるのはある種の攻撃であり、さらに、「正しい」とか「間違っている」とか言い出すのは多様性の否定にほかならない。

 栄養バランスとか例外的なものもあるけれど、大体の物には代替品があるし、その生産者でもなければ拘る必要は無いと思う。


 何より、どれだけ栄養豊富でも昆虫食は私には無理。

 無理に食べさせようとするなら殺す。

 というか、私の方が栄養豊富だし。



 さておき、これ以降の話を建設的なものにするためにも、美味しい食事を摂るべきだろう。


 金貸しさんが気を利かせて用意してくれるのがベターなのだけれど、精神状態が滅茶苦茶でそれどころではない様子。


 というか、現金でポンと4億も用意できる相手に何を思って仕掛けたのだろう?

 金額自体は特別なものではないけれど、税務署が追跡できないってことは相当にヤバい物だと分かりそうなものなのに。


 とはいえ、変人の考えを理解するなど無理というか無駄なので、パイモンさんにさきの中華料理屋さんのメニューを探してもらって、ついでに適当に注文もしてもらった。

 なお、お店のお薦めは麻婆焼きそばらしい。

 実は食べたことがないので楽しみだ。


◇◇◇


「お待たせしたわネ! 九鬼会の若頭カシラ連れてきたワ!」


 なのに、先に来たのはご飯ではなく反社だった。

 しかも、おカシラ付きである。


 注文に手間取ったのは事実だけれど、さきの電話からまだ三十分ほどしか経っていない。


 というか、言葉どおり飛んできたのだ。

 先日の悪魔的なおネエさんが、厳つい男の人を抱えて。


 力を尽くした結果だと思うと怒るに怒れないけれど、間が悪いと思ってしまうのも仕方がない。



「こんばんは、日暮さん。今日はスーツなんですね。それと、そちらの方は『初めまして』ですよね。御神苗ユノと申します。今日は突然呼び出したような形になって申し訳ありません」


「……お初にお目にかかります。自分は九鬼組で若頭させてもらっております【加賀】と申します。以降お見知りおきを」


 デスゲームでちょっとやり合った日暮さんは、今日はスーツ姿。

 もちろん、今日もパッツパツ。

 サイズを間違って……いや、こんなサイズが存在するのか?

 というか、どうやって袖を通したのだろう。



 その彼が連れてきたのは、四十歳前後で貫録たっぷりなおじさん。

 この人もかなり体格が良いのに、隣にいるのが妖怪なせいで普通に見える。



「このたびはうちの者がご迷惑をお掛けしたようで、誠に申し訳ございません」

「カシラ、なんで……」

「黙ってろ……!」


 若頭の加賀さんが金貸しさんの頭を押さえつけながら一緒に土下座する。

 姫路さんも見ている前で、そういうのは困るのだけれど……。



「本来であれば組長オヤジの九鬼が謝罪に来るべきところですが、九鬼は病気治療のため長らく入院しておりまして、実質的な監督者は自分となります。お怒りはごもっともだと理解しておりますが、ここはひとつ自分の――」

「怒っていないので余計なことはしないでくださいね」


 そういうのは本当に困るのだけれど!

 その短刀ドスで何をするつもりだったの!?



「むしろ、そこのお母様がそちら様に迷惑を掛けていますので、このお金で清算していただければそれで充分なのですけれど」


「それはもちろん……というか、この大金は……? 柿木、てめえ、でかい仕事するときには俺に連絡しろつってたはずだよなあ? この金は何だ?」


「カシラ、お言葉ですが、上納金はキッチリ払ってますし、組に迷惑掛けるようなヘマはやってないつもりです。ってか、ガキの遣いじゃねえんですからシノギの内容にまで口出されちゃ――」

「莫迦が……! 銭金ぜにかねの問題じゃねえんだよ。なんでウチが一本でやってけるのかとか、なんでこの地域に余所の組が進出してこねえのかとか、ちったぁ頭使いやがれ。そこに考えが至らねえ莫迦には迂闊うかつに理由は教えられねえし、シノギも監督しなきゃならねえんだよ」

「そんな……」

「で、こんだけの案件を報告しなかった理由は何だ? オレを舐めてんのか?」

「いえ、そんなつもりは――」


「こんばんはー。またまた低糖軒でーす」


 お、やっと来た。


 まだ引き揚げられる状況ではなさそうなので、ご飯でも食べながら待つとしよう。



「てめえ、やっぱ舐めてんだろ! この状況で飯だぁ!? どんな神経してやがんだゴルァ!」

「あづうっ!?」


 ああっ、私の麻婆焼きそばが金貸しさんの頭部に……!



「カシラ、それはそちらのお嬢さんが注文した物で……」


「なんでそれを早く言わねえ!? てめえコラぶっ殺すぞ! ――いや、御神苗さん、申し訳ございませんでした! この不始末、エンコ詰めて詫びさせていただきやす!」


 あら、理不尽。

 家父長制の組織で上がこんなだと大変だね。



「ちょっと待って。というか、めて」


 それよりも、こんな所で指を詰めてもらっても困る。

 トッピングになるわけでもないし。



「1本じゃ足りませんか! でしたら、コイツの分も追加で――」

「ええっ!? カシラ、どうしたんすか!? 何にそんなにビビってるんです!? それでもヤクザっすか!?」

「うるせえ! ヤクザなんぞ暴力組織としちゃ二流以下なんだよ! ここにいらっしゃるのは――」

『一般人もいるんだから、余計なことは話さないでね』

「――えっ」


「目に入っていなかったようですな。まあ、ユノ様ばかりに意識が行って、ほかが認識できないのはよくあることですが」


「も、申し訳ありません! この詫びは――」

『何にそんなに怯えてるの?』


「実はネ、彼――というか九鬼組は、この間の観月会で警備を担当してたのヨ。だから、正確にはユノちゃんと初対面ではないのヨ」


 なるほど。

 あの場には非魔術師の警備員もたくさんいたけれど、そのうちのひとりか。

 それで、使い魔たちを見てしまったわけだ。

 確かに、背中に観音のようなものを彫るような信心深い人からすれば彼らは縁起が悪いか。



「今日は穏便に済ませたいと思っていますので、できれば協力してくださいね」


「それはもちろん!」


 それなら話は簡単か。


 とはいえ、既に姫路さんにはドン引きされているようで――握っている手にすごく力が入っているし、鼻息も荒くて手遅れ感がある。

 これ以上情緒不安定になる前にさっさと片付けてしまおう。




「私としては、そのお金でそこの女性の件を清算してもらえれば充分です」


「それくらいならお金無しでもこっちでやっておくわヨ?」


「ええ。というか、御神苗さんから金なんて受取れませんよ」


 そこからか……。



「その気持ちは有り難いですし、そもそも力尽くでそうさせることもできます。ただ、その場合の因果がどうなるかと考えると、根本的な解決にはならない気がするんですよね。そもそもの原因はそこの女性――娘の目の前で言うのははばかられるけれど、少し――いや、結構イカれているんですよね」


「「……」」


 ごめんね、姫路さん。

 けれど、そこをはっきり自覚させておかないと、ほとぼりが冷めたらまたやらかすと思うから。



「ですので、『一時的に破滅は避けられたけれど、ヤバいところに大きな借りを作っている』形にしておこうかなと」


「うーん、言いたいことは何となく分かるケド、どうしてその娘にそこまでしてあげるのかしら? もしかして、そういうのがタイプなの?」


 ……手を握っているままだから誤解させたか。



「私は努力している人が好きなんですよ。彼女の立ち居振る舞い、教養、技術――どれをとっても努力の跡が窺えて、こんなことでふいにされるのは惜しいなと思っただけですよ。そういう意味では日暮さんや鷹宮さんも好ましく思いますよ。利害や信念が衝突すれば、『それはそれ』ですけれど」


「……なるほどネ。鷹宮の爺さんにもそういうところがあるし、アタシも弟子候補に目をかけたりする――そういうことかしら」


 その「そういうこと」がどういうことか分からないけれど、早く終わらせたいのでそういうことにしておこう。



「それで、後は当人の意思に委ねます。必要以上に干渉して歪めたくはないですし」


「そこまでするなら囲っちゃってもいいと思うケド、ま、愛で方は人それぞれよネ」


「愛でっ!?」


 うおっ!?

 姫路さんがいきなり叫ぶのでビックリしてしまった。


 というか、精神的にそろそろ限界なのかな?

 そんな感じでもないような感じだけれど……。



「御神苗さんがそれでよければうちとしては異存はありません。もちろん、コイツにはキッチリ言って聞かせておきますし、ほかの組員も教育しておきます! オラ、てめえも謝罪すんだよ!」


「こっ、このたびは調子に乗ってまことに申し訳ありませんでした!」


 少し前までは反抗的だった金貸しの人も、カシラの人の尋常ではないへりくだりようにさすがに何かを感じたか、ようやく受け入れてくれた。


 こんな予定ではなかったはずなのだけれど、一応最低限はクリアしたということでいいのだろうか。



『いえ、特に気にしていませんので謝罪は必要ありませんよ。それと、鷹宮さんには後日直接お礼に伺いたいと思っていますので、都合の良い日時を――』


「爺さんの都合なんか気にしなくていいわヨ。むしろ、そういう意図ならお礼とか関係無しで、アポ無しで来てくれた方が喜ぶと思うわヨ」


 鷹宮さんは「上級国民」を自称するくらいにお金や権力を持っているので、普通の手土産ではお礼にならないのは私でも分かる。

 なので、高くつく可能性はあるけれど「借りひとつ」にしておこうかと思っていた。


 しかし、『交流があるところをアピールさせてあげた方が喜ぶと思うよ』と朔が言うので、「そんな莫迦な」と思いつつ任せてみたところ、思いのほか好感触だった。



「でも、お礼をしてくれるっていうならリクエストしてもいいかしら?」


 やっぱりそんなに甘くはなかったか。



「公序良俗に反することではなくて、私に応えられることなら」


「もしよかったらでいいのだけれど――ユノちゃんの学校、もうすぐ文化祭やるのよね? その招待状が貰えるととっても嬉しいのだけれど」


 ……そうきたか。



 名城の文化祭は基本的に招待制で、例外は教会区画だけ。

 数年前までは名門女子校で、今も良家の子女が多く通っているので、当然の措置だと思う。


 私は父さんと母さん、それと三上さんや亜門さんにあげようかと思っていたけれど、それは真由やレティシアと重複するだろうし、そんなに問題にはならない。


 問題は、鷹宮さんや日暮さんの容姿が百鬼夜行に混じっていても遜色がないくらいに公序良俗ギリギリなことである。



「……一般の生徒を怖がらせないでくださいね」


「ウフッ! 分かってるわヨ!」


 うわあ、笑顔が怖くて信用できない。

 早まったか……?


 いや、マウントを取り合う場でなければそれなりに常識的らしいし、そういう意味では三上さんや亜門さんよりは安全か?

 むしろ、あの人たちを招待していいのか?

 体育祭の時も荒ぶっていたようだしなあ……。

 それでも、招待しないと本気で泣きそうだしなあ……。


 まあ、いいか。


 どうせ招待していない悪魔も潜入してくるだろうし、なるようになるだろう。



 とにかく、これで当面の問題は解決した。


 必要以上に情報が出てしまったせいで新たな問題も発生したけれど、しばらくは様子を見て――最悪は記憶操作でもするしかない。

 惜しむらくは、もうここでご飯を食べられる雰囲気ではなくなっていることか。



「じゃあ、帰りましょうか。家まで送りますよ」


「あ、は、はい。ユノさん、ありがとうございました」


「私の意思でやったことですのでお礼は必要ないですし、そうでなくてもまだ早いですよ。元凶には何の沙汰も下っていませんし、そこに関与するつもりはありませんしね」


「あの、俺が言うのもどうかと思うんですが、この女かなり頭がヤバいんで詐欺には気をつけてください」


「おい、言い方! ですが、聞いた話では本当に……。アスリートやアーティスト崩れの世間知らずみたいなのはカモにしやすいものですが、その中でも群を抜いてますんで……。お気の毒に」


 本当に酷い言われようだ。



 結局のところ、最大の問題は姫路さんのお母さんにあるので、そこをどうにかしないと根本的な解決には至らない。

 心の病気とか薬物依存とかなら良い病院を紹介するくらいはできるけれど、価値観のずれとかは手に負えない。

 それこそ洗脳の出番だろう。


 いずれにしても、彼女が日常生活に戻れる――それが仮初であったとしても、その時点で私の作戦は終了だ。

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