15 デリバリー
「それでは、後は追々ということで――」
「ちょっと待ってもらいましょうか」
話は済んだようだし、済んでいなくても気にしないことにして引き揚げようとしたところで金貸しさんから待ったが掛かった。
お金を検めることに夢中だったので、すっかりもう「片付いたもの」と思い込んでいたのに……。
まさか、お釣りや領収証を出すつもりでもないだろうし――あっ! ラーメンを台無しにした件か!
食べ物の恨みは大きいというしね。
「ウチへの返済はこれで結構ですが、その女の依頼でお偉方にいろいろ動いてもらってますんでねぇ……。その方々にも補償をしないといけないんですよ」
「そんな!?」
「そ、そんなこと聞いてません! 払う必要なんて――あづあああっ!?」
「黙ってろ」
違った。
食べ物ではなくイチャモンだった。
そして、姫路さんのお母さんがラーメンのお代わりをしていた。
『過ぎた欲望は身を滅ぼすって言ったはずだけどね』
「……くくっ、これは欲でも何でもなく、渡世の道理ってやつですがね」
私でもはっきり分かるくらいに嘘である。
お金で解決するのは簡単だけれど――いや、ここで退くとどんどん要求が大きくなるパターンかも。
というか、こんな嘘で騙せると思われていることが面白くない。
『そういうことも含めてイロを付けたつもりだけど』
「全然足りねえって言ってんだよ。この世界舐めてんじゃねえぞクソガキが。この倍持ってこい。それで手打ちだ。――それか、お前が身体で払うか?」
突然の強気の交渉――というか、ほぼ罵倒である。
暴力なら勝てるとでも思ったのか?
さっきの今で?
記憶障害か何かか?
というか、ここにいるのが悪魔だからよかったものの、神族だったら神罰を落としていたかもしれない。
「それじゃあ、その『お偉方』にはこちらで直接話をします。どこのどなたでしょう?」
もちろん、「悪魔が無害」ということではないので、暴走される前に解決に向けて動く。
姫路さんも不安そうにしているし、早めに終わらせたい。
「そっ……そんなこと、どこのウマの骨とも分からない奴に教えられるわけねえだろ。常識で考えろよ」
……失敗。
それはそうと、「クソガキ」程度ならスルーできるけれど、こんな人に常識を説かれるのはキツイ。
「でしたら結構です。セーレ、この前の――ええと」
「鷹宮あたりに連絡してみましょうか」
「お願い」
パイモンさんの調査報告に無いことから十中八九ブラフだと思うけれど、いつまでも引っ張られると面倒なのでキッチリと潰しておこう。
そのために、先日連絡先を手に入れた自称「上級国民」の力を借りることにした。
こんなところで切る手札ではないような気もするけれど、「蛇の道は蛇」ともいうし、良い感じの圧力を掛けてくれることを期待しよう。
「お嬢様、どうぞ」
そんなことを考えている間にも、セーレさんが目的の人物との電話を繋いでいて手渡してくれる。
しかも、ビデオ通話である。
最近の電話はすごいね。私の個人用のでもできるのだろうか?
「こんばんは、鷹宮さん。今お時間よろしいでしょうか?」
「ええ、ええ! もちろんですとも!」
「会議――いえ、また集会中のようですけれど?」
「くくく、こんな連中との集会など御神苗さんと話すことと比べれば大したことではありませんので、お気になさらず」
電話相手の鷹宮さんは、先日のデスゲームの場にいた自称上級国民の中で最大勢力のトップで、「老いてますます盛んなり」という言葉がピッタリの、百鬼夜行に混じっても違和感が無い老人である。
その彼の後方には、先日のデスゲームで見た顔がチラホラいる。
また集まってマウントを取り合っているのだろうか――というか、私の名前でマウントを取っている最中なのか。
つまり、暇なのだ――と判断して、用件を話すことにする。
「ええと、突然で申し訳ないのですけれど、かききくかく……違った。かききくっく、かきくき、き、か……」
「『柿木企画』です、お嬢様」
「そう、それをご存知の方はいらっしゃいますか? 実は――」
簡単に事情を説明すると、電話の向こう側では大爆笑が起きていた。
「くくく、この業界で御神苗さんを知らんとは、よほどの莫迦なのか、末端も末端なのでしょうな」
「ふはは、精々がケツ持ちにヤクザがいるとかそんなところでしょう。一応、調べてみますので少々お待ちを」
なぜか鷹宮さん以外の上級国民の人たちも協力してくれるような流れになっていた。
「もっとも、我々の中に芸能方面に強い影響力を持つ者はおりませんので、ご期待に沿えない場合もあるかと思いますが……」
「そうなんですか?」
マウントの取り合いが習性な彼らが素直に不備を認めるのは少し意外だった。
「ええ、まあ、我々の活動目的は以前お話ししたとおりですので――」
「もっとも、我々のアンテナに引っ掛からないような泡沫組織であれば、如何様にもできますがね」
おっ、彼ららしさが出てきたな。
それはさておき、多くの上級国民さんの活動目的は、国家の打倒や支配ではないと聞いている。
むしろ、所属国家が健全で精強であればそれが一番だとか。
もちろん、内心では「取って代われるものなら代わりたい」と考えているけれど、面倒なところは国家に担わせておきたいというのも本音なのだろう。
しかし、彼らは国家を不健全なものと考えている。
例えば、日本という国であれば、総合力の高さは相当なものだけれど、面倒な柵というか縛りがあるために十全に活用できないことも少なくない。
彼らのような「上級国民」などと名乗っている人をのさばらせているのがその証明か。
さらに、彼らは日本の政治――というか社会を「先延ばし主義」だと考えていて、いずれはそのツケで衰退、若しくは破綻すると確信している。
もちろん、今すぐにということではないし、そうならないように配慮もしているそうだけれど、そうなった時に共倒れしない――自立できるのが彼らの理想なのだとか。
そして、そうやって有事に備えて力を蓄えるのに、治安の良さとか国民性とか諸々を考慮すると「日本」という国は都合が良いらしい。
もっとも、河岸を変えるにしても、独裁政権下では自由な活動は難しいし、そもそもどこの国にも程度の差はあれ問題はあるものだ。そ
れに、余所の縄張りに踏み込めば現地組織の抵抗も受ける――となると、無理をする必要が無い。
もちろん、それは立場が逆でも同じことで、日本においても彼らのおかげで新興勢力が乱立することはない。
例外は、ネコハとか御神苗とか――さきの教団もそうかも?
結構あるな……。
「マスコミやテレビ関係を押さえたところで、できることといえば洗脳や扇動が関の山ですからなあ」
「そうやって後回しにしていたら、随分と海外勢力に浸透されてしまいましたがね」
「それでも優先すべきは産業やインフラ、それらを守れる武力ですよね。そもそも、有事に愚民を扇動したところで我らには大した脅威にはならんでしょう。数も力とはいえ、無能な味方は敵よりも怖いですからな」
「独裁政権なら情報統制も必要でしょうが、洗脳に関しては宗教の方が強いと証明されてしまいましたからな」
「あれには参りましたな。まさか、全くといっていいほど中身のない教義に騙される者があれほどいるとは……。本当に愚民とは度し難い存在ですな」
「もっとも、金を集める才能はあったようですが、それ以外がお粗末でしたからな……」
「くくく……。いくつかの組織から支援を受けたにしても、力押しで御神苗さんを落とそうなどと、思い上がりも甚だしい」
それはそうと、何かのアピールのつもりなのかすごく喋る。
一般人もいる手前、私を持ち上げた口で「愚民」とか連呼しないでほしいのだけれど。
姫路さんだけでなく、彼女のお母さんや金貸しさんにまで引かれている気がする。
「その点、御神苗さんは素晴らしい。誰にも気づかれず現れたかと思えば、誰にもまねできず誰もが欲しがる産業を独占し、それを守り抜く力があると示した。何があっても我が道を行ける――我々が理想とするところですな」
「それも素晴らしいが、真に驚くべきは情報収集と操作能力でしょう。もっとも、相手が小物すぎると網に掛からないようですがな」
「いや、案外、我々の集まりを察して口実にしているだけかもしれん。全く、恐ろしいお方だ」
「薔薇に棘ありとはよくいったものです。美しさと危険性は比例するものなのかもしれませんね」
おい、止めろ。
それ以上余計なことを喋るな。
できる限り穏便に片付けようと思って連絡したのに、金貸しさんの顔色がすこぶる悪く――それこそ生きるか死ぬかの瀬戸際みたいになっているのだけれど?
人間を追い詰めすぎるとろくなことにならないのだから――デスゲームを開催するような人たちに頼んだのがそもそもの間違いだったか。
「さて、そろそろ意地を張るのも――」
「見つけたわヨ! といっても繋がりのある暴力団――【九鬼組】っていうんだけど、その地元の組織だと思ってカマをかけたのが正解だったみたいネ。それで、一応レベルで私たちとの繋がりもあるところだから、話は早いカモ? ってことだから、一時間以内に適当に上の者連れてそっちに行くわネ!」
……間が悪いなあ。
この様子なら背後組織が分かればそれで充分だった――それならパイモンさんに一から十まで調べてもらえばよかったかも。
もっとも、今更言っても仕方がないことだし、理詰めで追い詰めすぎるのもろくなことにならなかっただろうと思うと、不正解というほどではない。
とりあえず、思っていたより長期戦になりそうなので、私たちも出前を取るか。




