12 女子高生疲労
心を壊した母が逃亡したことを知らない莉奈は、勇気を出して次の日も自宅の様子を見にやってきていた。
彼女は「自分が悪い」とは考えていないので謝罪するつもりはないが、しっかりと話し合わなければいけないとは考えていた。
しかし、そこで出くわしたのは、母に金を貸していた者の手下たちだった。
母の交友関係を知らない莉奈に、彼らが何者かを知る術はない。
ただ、状況や男たちの雰囲気からして堅気の人間には思えない。
逆に、彼らは莉奈のことを知っているようで、彼女を見つけた途端、何かを喚きながら駆け寄ってくる――というより追ってくるので、とにかく逃げるしかなかった。
その場は大声で悲鳴を上げて男たちを怯ませ逃げ延びることができた莉奈だが、状況がさっぱり分からないので今後どうするべきかも分からない。
理由として思い当たるのは母が口にしていた「借金」だが、母の焦り具合や現状から推測すると「非常にまずい状況」であるとしか考えられない。
現状では、莉奈の手持ちの資金に余裕はなく、補給の当ては無い。
頼みの綱の携帯電話は、昨夜から故障していて電源が入らない――というのは、ユノの周辺を監視している悪魔たちが彼女を保護するためにやったことで、借金取りたちから逃げ切れたのも彼らのアシストがあったからだが、彼女からしてみれば孤立無援な状況である。
◇◇◇
「どうしよう……」
当てもなく逃げ続けて疲れ果てていた莉奈は、人気の少ない公園のベンチに腰掛け項垂れていた。
母や自宅がどうなっているのかは気になるが、昨日の今日で確認に行くのは危険すぎる。
警察に頼ろうかとも考えた。
しかしが、「民事不介入」と門前払いされるとか、実際に事件が起こってからでなければ対応してもらえないと聞いた記憶があって信用しきれない。
何より、そこに網を張られているとかなりまずい。
父との関係は悪くないが、既に新たな家庭を築いていて幸せに暮らしているところに不幸の火種を持ち込みたくはない。
八方塞がりになった莉奈は、現実逃避気味に「推し」のことに思いを馳せて――ふと気づいた。
今になって考えれば、闇雲に逃げるのではなく学校に逃げていれば誰かに頼れたかもしれない。
今は制服ではなく生徒手帳も持っていないが、守衛が顔を覚えてくれていれば話くらいは聞いてもらえたはずだ。
「そうだ、学校に行こう」
方針が決まり、それを口に出すと少し心が軽くなったが、現在の時刻は既に終業時間を過ぎている。
この時期の日の入り時間を考えると着いた頃には暗くなっている可能性が高い。
そこから助けてくれる人を探す――試験前で部活動もないことを考えると、莉奈を知っている人がどれだけいるのか分からない。
それに、相手に素性が割れているのは間違いなく、待ち伏せされている可能性を考えてしまうと足が動かない。
同じ行くなら日の高いうちに、不審者が堂々と活動できない時間帯でなければならない。
そうすると、今考えるべきは「今日をどう乗り切るか」になる。
公園で夜を明かすなど論外だが、人が多い所に移動するのも怖い。
それに、携帯電話が壊れていては電子決済ができず、現金はほとんど持っていない。
「本当にどうしよう……」
莉奈は財布の中身を確認して深い溜め息を吐く。
財布に入っていたのは千円札が2枚と小銭が少々。
日常生活に必要なもののほとんどは携帯電話の中にあるため「保険」として持ち歩くには充分な額だが、それは「緊急時は母に頼れる」という前提でのこと。
状況はほぼ詰んでいるといっても過言ではない。
彼女もそれを薄々ながらも理解していて、いつ心が折れてしまってもおかしくない精神状態だ。
そんなギリギリの状態の莉奈を支えていたのが、財布の中に入れていた一番の宝物――「推し」の盗撮写真だった。
携帯電話の中にはもっとたくさんの盗撮写真が保存されていたが、使えない物はどうしようもない。
「ユノさん、助けて……」
莉奈も「いつまでも弱気でいては駄目だ」と分かっていても、現状を呑み込めるほど強くはない。
現実逃避気味に白馬の騎士か王子様が助けに来てくれることを夢見るのも無理はなかった。
◇◇◇
――ユノ視点――
悪魔たちのおかげで状況は把握できた。
経緯とか理屈とかはさっぱり理解できないけれど。
というか、姫路さんの件に限らず、かなり広範囲でプライバシーを無視した活動をしているようだけれど、こういう状況では役に立つのだから一概に非難することもできない。
状況を要約すると、「姫路さんのお母さんが、彼女の将来を当てにした借金で破綻した」「即座に蒸発しようとして失敗した」「金貸しは、その貸付金を姫路さんに返済させようとしている」の3点。
……うーん、真ん中のは特に重要でもないので2点かも?
さておき、親が存命なのに子がその借金を背負う義務は無いはずだとか、そもそもなぜ子供を担保にしてお金を借りようと思ったのかなど、いろいろ理解に苦しむところはある。
ただ、姫路さんのお母さんだけでなく、金貸しも「真っ当」とはいい難いため、常識や道理が通じないおそれがある。
今は悪魔たちがガードしてくれているから助かっているけれど、捕まっていれば無理矢理押し切られていたかもしれない。
というか、いつまでも悪魔たちに任せておくわけにもいかない。
なお、悪魔たちに「我々だけで解決しておきましょうか?」と提案されたけれど、「悪魔的解決」というと嫌らしいオチがあるような気がして任せる気になれない。
もちろん、彼らが神話や寓話に出てくるようなひねくれた存在ではないことは理解している。
それでも、違う意味でイカれているところがあることもまた事実なのだ。
恐らく、価値観の違いからくる感性のずれとかそういうものが悲劇や喜劇を生むのだろう。
なので、「私なら上手くやれる」とは言わないけれど、失敗するにしても自らの意思と行動でしたいと思う。
もっとも、今回の件に関しては、金銭で大部分が解決するはずだ。
解決しないのは、姫路さんと彼女のお母さんとの間の問題だ。
というか、そこが一番重要なので悪魔たちに任せられないのだけれど。
正直なところ、そこさえどうにかなれば後はどうにでもなる。
財力と権力と暴力のどれが好みかだけの相手なのだから。
なので、彼女に内緒でとか、知らないおじさんたちが勝手に解決していたでは、恐怖や疑念が残り続けるおそれがある。
もちろん、それも解決のひとつかもしれないけれど、下策だと思う。
ということで、姫路さんに寄り添った解決を目指して行動開始。
もっとも、何をどうすれば「彼女に寄り添う」ことになるのかは不明なので、ひとまず借金問題を解決しようと思う。
後は流れでどうにか。
とにかく、まずは合流して状況を説明するところからだろうか。
現在の姫路さんは、強面の男の人たちから一昼夜逃げ回った後で、疲労のピークにある。
さらに、状況が分からず、頼れるものもなくて憔悴しきっているらしい。
もっとも、その原因の一端は悪魔たちが彼女の携帯電話を破壊したことにあるのだけれど、携帯電話は持っているだけで位置を特定されることもあるそうなので、やむを得ない措置である。
というか、異世界転移前の私の行動が妹たちにバレていたのはこういうカラクリだったのか?
……いや、今はそんなことを気にしている場合ではないな。
悪魔たちからの報告にあったとおり、寂れた公園で憔悴している彼女を発見。
というか、この状況は悪魔たちの誘導の結果というべきか。
金貸しさんは当然として、警察や善良な人が彼女を発見すれば保護しようとするだろうし、最近は落ちている女子高生を拾う物語が流行っていたりもするらしいし。
ここまで無事だったのがただの偶然であるはずがない。
恐らく、人払いの結界とか認識阻害の魔法なんかが掛けられているのだろう。
ただし、それらは私には適用されないか、非常に効果が薄いはず。
この段階で面倒を起こすのは無能の極みなので、それを念頭に不可視化しないギリギリまで存在を薄くして彼女の許へ向かう。
◇◇◇
「ユノさん、助けて……」
……!
人間に気づかれるはずがないと思って油断していたので少しビックリした。
……というか、動揺して歩みが乱れた。
自惚れていたようでちょっと恥ずかしい。
「……こんにちは。いや、そろそろ『こんばんは』かな?」
「えっ!? 本当にユノさん……?」
「えっ?」
……「本当に」ってどういうこと?
私の偽物でも出たの?
そんな報告は受けていないけれど……。
「でも、どうしてこんな所に? まさか、私を捜して――でも、この心が安らぐのに何かが湧きあがってくる香りは間違いなくユノさん!」
「話が早くて――んん?」
香りがなんだって?
ああ、そうか。
きっと精神的に参っているんだな。
お母さんがびっくりするくらいの借金をしていて、返済できないと悟ると高飛びしようとして失敗だからなあ。
あれだけ派手に家財を換金していればいやでも目立つよ。
悪魔の調査が正しければ、借金の理由もかなりイカれているしね。
姫路さんのパトロンになってくれる上級国民さんを見つけるためにいろいろなところに顔を出していたり、コネクションを作るために「コネクションあるよ、でもお金かかるよ」と言う金貸しさんにお金を渡していたり。
どう考えても後者は詐欺だろう。
さすがにこんなことを説明しても信じてもらえないと思うので、触れないようにするしかない。
それでは、朔、お願いします。
できれば、人の心に配慮したのを。




