表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
629/725

11 逃亡

 調理実習室から奇声の合唱が響いた翌日、各方面から許可が満額以上で出た。


 なぜか特に審査に関係無かった料理部の人たちからも出たのだ。

 むしろ、彼女たちをアシスタントに雇う許可まで貰ったけれど、要らない。



 とにかく、これで私たちのクラスの出し物は「クレープ」ということになった。

 ただし、焼きそばや焼き飯などを卵の生地に包んだ物やハンバーグをパンで挟んだ物、いろいろな具を酢飯と海苔で巻いた物まで「クレープ亜種」と言い張って出す。


 なお、「クレープ」の名の由来は生地を焼いた際にできる模様にちなんだものらしいので、そのあたりを上手くやれば詐欺にはならないと思う。




 さて、出し物が決まると、後のことも順調に決まっていく。


 クラス内での作業分担は、男子が雑用全般で、女子が接客と一部料理の盛り付け。



 店名も「百合の間に何挟む?」に決まった。

 男子が完全に裏方で表に出てこないからだそうだけれど、男子たちも含めて不満は出なかった。

 わけが分からない。


 私としては、私以外の人がかかわる割合を増やして、調理実習室での惨劇が再現されないようにした方がいいと思うのだけれど。




 そうして、少なくとも文化祭については順風満帆――と油断していた矢先、姫路さんが学校に来なくなった。


 文化祭をとても楽しみにしていた彼女が、何の前触れもなく3日連続無断欠席。

 しかも、電話やメッセンジャーアプリ等での連絡も繋がらない。



 姫路さんの身に良くないことが起きたのは間違いない。

 私以外にもそう感じている人も少なくないようで、クラスの雰囲気も微妙な感じになっている。




 さて、私は「困っている人を助けるのは当然」とは思っていない。

 ただし、それは「助ける側」と「助けられる側」の一方通行の関係の否定とか、助けられる側の成長の機会を奪ってしまうことを危惧しているだけだ。


 なので、「助け合う」ことは否定しない。

 むしろ、ほとんどの人には向き不向きが存在するのだし、足りないところを補い合うのはどんどんやればいいと思う。


 そういう意味では、私も姫路さんには学校生活でいろいろと助けられているし、私にできる範囲で助けることは問題無い。

 そして、私にできる範囲とは、暴力と権力と財力――改めて列挙するとなかなかヤバい奴である。



 とはいえ、事情が分からなければ対応のしようもないし、もしかすると成長の機会になるとか、場合によっては手を出さない方がいい。

 むしろ、本当の友達なら、信じて見守ることも必要だと思う。


 ……はて、私は姫路さんの何を信じればいいのだろうか?

 よく考えると、私は彼女のことをよく知らない――もしかすると、上辺だけのお付き合いだったのか?

 いや、「友達」かどうかは確定していないだけで、まだチャンスはあるはず。


 とにかく、情報収集してから考えよう。


◇◇◇


――第三者視点――


 姫路莉奈は窮地に陥っていた。



 切っ掛けは、莉奈の進路を巡っての母娘喧嘩だった。


 それ自体は珍しいことではない。

 ただ、彼女たちの場合においては、事態はそう単純なものではなかった。



 莉奈の「進学したい」という希望は、それ自体に問題は無かった。


 ただ、「金輪際ミスコンには出場しない」という意思表明が、彼女の芸能界進出を熱望――というより、執着していた母親には許せなかった。



 莉奈の意思表明は、即座に「芸能界を諦める」ということではない。


 彼女もずっとそれを目標にしていたし、今でもキラキラと輝く舞台に憧れはある。

 ただ、もっとキラキラと輝くものを見つけて興味が薄れた――というより、その反動か現実的なところにも意識が向くようになってしまった。


 それまであったフィルターが消えると、華やかな舞台の裏にある、一般人には見せられない部分を想像してしまう。

 真偽が不確かな情報の全てを鵜吞みにするほど愚かではないが、全てを否定することもない。

 そうして以前ほど強い興味を抱かなくなった――彼女としては、余計なバイアスが消えただけのことだ。



 当然、莉奈の「最推し(御神苗ユノ)」にも()があることは察している。

 その上で、「たとえ推しの輝きが他者の犠牲の上に成り立つようなものだったとしても、むしろ糧になりたい」と倒錯しているだけなのだ。

 消えたはずの芸能界へのバイアスが、全て――それ以上にそこに掛かっていた。



 そんな彼女が「外部進学」を選んだのは、卒業後に故郷に帰るという「推し」を追いかけるためだ。


 当然、この時期になっての進路変更、しかも海外も視野に入っているとなると、保護者としては堪ったものではない。



 しかし、莉奈の母がキレたのはそこではなかった。


 そもそも、「芸能界で大成する」という夢は、一応は子役として活動していたが誰の記憶に残ることもなく消えた莉奈の母のものだった。


 引退に際して未練が無かったといえば嘘になる。

 しかし、後になって考えると、少しばかり容姿が良いだけで、演技が傑出しているわけでもなく、ほかの特技も無ければコネも無い子供ではそこが限界だったと理解できる。

 むしろ、思い出作りとしては上出来だった。



 それから成長して、結婚して、出産して――その娘にかつての自身に足りなかったものを与えようとしたのは掛け値無しの愛情だったのだろう。


 ただ、娘が優秀だったので欲が出た。


 それが親の欲目ではないとはっきり分かるレベルになると、心の奥で燻っていた未練に火がついた。


 そして、娘の輝きが増すにつれてその火は大きくなっていく。



 とはいえ、芸能界は才能だけで成り上がれる世界ではない。

 それ以上に、「運」と「それを呼び込む人脈」も重要になる――事実かどうかは別として、彼女はそう思い込んでいる。


 そして、その足りないところを補おうとするのもおかしなことではない。

 ただ、その程度が過剰になってしまっただけだ。



 有る物どころか無い物まで注ぎ込もうとする異常さに、夫には愛想を尽かされて逃げられた。

 そこで親権でも奪われていれば立ち止まれたかもしれないが、それが更なる暴走の切っ掛けとなった。



 良家の子女が多く通う名門校に通わせたのもキャラクター作りの一環。

 そこを優秀な成績で卒業というのも実績のひとつとなる。

 学園祭のミスコンも本番前の予行演習と考えればちょうどよく、連覇となるとローカルながらも話題性としては充分である。



 それよりも、莉奈の母はこのくらいの時期になると、娘が芸能界デビューした後のことを考えて、強い「後ろ盾」を得ることに腐心していた。


 いくら才能があっても、権力者に逆らって干されてしまっては意味が無い。

 芸能界のような業界で、若く美しい娘に対してよからぬことを考える者が出てくるのは必至。

 無論、これも被害妄想にも似た思い込みだが、ハラスメントはどんな業界でも起きる可能性がある。


 全てのリスクをゼロにすることはできないとしても、身勝手な欲望で夢を邪魔されたくはない。


 そのために、可能であれば「上級国民」などといわれる強い権力や影響力を持つ存在の庇護下に入りたい。

 そうすれば、その「上級国民」以下の理不尽は撥ね退けられる。

 その「上級国民」自体に食い物にされる可能性もあるが、この世に聖人君子が存在しない以上、同じ食われるなら大物を釣り上げた方がいい。


 ただし、彼女もそんな大物を釣り上げる方法は知らないし、そもそも彼女が考えているような都合の良い存在が実在しているかも怪しい。

 それでも、そのために娘にかけた以上の大金を借金をしてまで投じていた。



 結果的に、それが悪手だった。


 真っ当な銀行は、そんなわけの分からないことに大金を貸したりしない。

 相手をしてくれるのは「闇金」といわれる類の非合法なところだけ。

 当然、利息は法外で、金銭以外のリスクもある。


 それでも、娘が芸能界で売れれば充分に返済できる範囲で、それ以外のリスクも後ろ盾が見つかれば解消する――と考えていたところで前提が崩されたのだ。




 莉奈からしてみれば、何かしらの「本物」を目の当たりにして自身を見失い、目標だったはずの芸能界にも「なぜ目指していたんだろう?」と疑問を抱くようになってしまっただけだ。

 むしろ、興味は「本物」を見て触れることの方に移っていた。

 優秀すぎたがゆえに、より高みにあるものに惹かれたのかもしれない。



 ただ、それが母にとっては「娘の裏切り」にしか思えなかった。

 それと金銭的な不安が合わさって、感情の赴くまま強く非難した。

 あるいは「罵倒」といっていいレベルだったかもしれない。



 母の献身を純粋な愛情だと思っていた莉奈は深く傷付いた。


 芸能界入りを諦めたわけではない――何年か先延ばしにして、御神苗周辺で就職できなかったときの保険にしようと考えていただけだ。

 そして、当然のようにその決断も応援してもらえるものだと考えていた。


 それが、「お前のためにいくら借金をしたと思ってるの!?」とか、「私の夢を返して!」と言われても混乱するしかない。




 莉奈は、止まるところを知らない母の怒りに耐えかねて家を飛び出し、その日はネットカフェで一泊した。


 翌日、覚悟を決めて家に戻ろうとすると、そこには家から家具を持ち出し、トラックに積み込む男たちの姿があった。

 当然、間違いや勘違いではなく、引っ越しの予定も無い。


 怖くなった彼女はまた逃げた。

 そして、母に連絡を取ろうとするも繋がらない。



 莉奈の母も、感情に任せて娘を傷付けたことは後悔しつつも行動は早かった。


 まずは主だった家財や貴金属を現金化した。

 自宅には抵当権が設定されているため処分できないが、それを合わせても借金の返済には到底足りない。


 そもそも、「娘の将来」を担保にした無茶な借金である。

 彼女の能力で返済できるものではないし、返済できなければどうなるかは想像もしたくない。


 そして、それは娘が芸能界等の大金を稼げる業界で活躍しない限りは解決しない。

 娘だけに全てを注ぎ込んでいた彼女には、親族を含めて頼れる人がいないのだ。



 そうして、「今の娘のモチベーションでは、芸能界入りはできても大成は難しい」と評論家目線で考えた時、莉奈の母の中で張り詰めていた何かが音を立てて切れた。


 一気に噴き出すネガティブな感情。


 どうしていいか分からなくなった彼女は、何もかもを捨てて逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ