09 特例
百鬼夜行退治の方針に続いて、喧々諤々の末に文化祭の出し物も「コスプレ喫茶」に決まった。
といっても、まだ案を文化祭の実行委員会に提出しただけだけれど。
通るかどうかは彼らや教職員の判断による。
それでも「一歩前進」といっていいだろう。
さて、その争点は「御神苗ユノ」という資源をいかに有効活用するかだった。
私は、家事一般はできるし、接客もできる。
前者は真由とレティシアに、ほかにも一部のクラスメイトが知っているし、後者は神や悪魔をもてなした実績もある。
さらに、楽器演奏や歌唱に舞踊も武闘もできる。
こちらも神や悪魔を堕落、あるいは昇天させるレベルである。
ほかにもいろいろとできることはあるけれど、結局は文化祭という枠の中で最も稼げるであろうものがチョイスされた。
ある意味ではとても民主主義な時間だったといえる。
……というか、キャットファイトとかわけの分からないものが選ばれなくて安心した。
特殊な嗜好――というか性的な衝動は判断力を鈍らせるそうだし、それと民主主義という名の暴力が合わさって間違いが起きる可能性もあったのだ。
もっとも、場合によっては藤林先生のキャバレーになる可能性もあったのだけれど。
もちろん、キャバレー自体は悪いものではない。
ただ、財布の中身を検めながら「これで何時間いけるか――」などと妄想しているのは教師として不適切に思えた。
さておき、「喫茶」とはあるものの、お茶はおまけで、鉄板で作る割とがっつりした料理が主軸となる予定だったりする。
それなら「コスプレ鉄板焼き」ではないかと思うのだけれど、私に「できる」と判明している鉄板焼きが主軸なだけで、ほかにもできそうな物があれば追加するつもりなので仮題らしい。
なお、基本的には料理をするのは私ひとりだ。
それはまあ、料理をするのは好きだし、ミスコン不参加の理由にもできたのでいいのだけれど。
というか、学園祭レベルのミスコンに何の意味があるのかはよく分からない。
私が可愛いのは事実だけれど、人間の趣味嗜好は十人十色なので、「勝って当然」などと思い上がるつもりはない。
それよりも、私が出場することになったとして、それを知った悪魔たちが何をするか分からないのが困る。
票の操作ならまだしも投票者の洗脳くらいはするか?
さすがにほかの出場者に危害を加えるような莫迦なことはしないと思うけれど――いや、「ユノ様の魅力を際立たせるため!」とか莫迦なことを言って暴走することは充分に考えられる。
そもそも、私が日本という社会の中で平穏に過ごすサポートをするのが彼らの役割であって、私自身がそれに反する行いをするのは駄目だと思う。
というか、このご時世にミスコンをすること自体が問題視されたりしないのだろうか?
私としては、容姿は個性のひとつでしかないと思うし、特に肯定はしないけれど忌避感も無い。
それだけが人の価値ではないのだから。
ただ、今のご時世では「美人か否か」だけで判断されるコンテストが「ルッキズム」と非難される風潮にあるらしい。
それも、名門校らしく「内面の美しさや教養も重視する」という建前があれば許されるのだろうか?
しかし、もう少し踏み込んで見てみると、それに出場する人たちは人一倍努力している。
それと料理の技術を競うコンテストなどと何が違うのだろう?
適性とか素質の有無のような自分の意思ではどうにもならないこともあるけれど、一定の方向性とか属性の中での研鑽を競うことは悪いことではないと思う。
それに、私としては、適性や素質に恵まれなくても努力している人――そういうものに囚われずに自分の「好き」を貫いている人が好みで、ついつい応援したくなる。
いずれにしても、主義主張は好きにすればいいと思うけれど、それを建前に努力を放棄するとか、努力している人の足を引っ張る方向で努力するのはどうかと思う。
ちなみに、現在二連覇中の姫路さんは、バイオリンの演奏やダンスなどでも高評価を取っての圧倒的な優勝だったので、文句を付けられる人はいなかったらしい。
彼女がそこに至った努力とそれが認められた事実を想うと、なぜか自分のことのように嬉しくなる。
そして、今年は料理をネタに優勝を狙っていたそうだけれど、クラスの出し物と競合――というか、「ユノさんの料理の腕前を知っていて参加できるほど厚顔じゃないよ」と不参加を表明した。
その理屈では、「世界一の技術や実力でなければ特技や教養と認めない」という暴論になりそうだけれど……。
いずれにしても、私は参加しないので気にしないことにしよう。
さて、ほかのみんなはドリンクや接客担当。
労働力の配分がおかしいけれど、それもまあいい。
私とほかの人が作る物のクオリティが違いすぎて同じ金額は取れないし、クオリティで金額を変えるのも現実的ではないし。
ほかに決まったことといえば、文化祭のクラス委員だ。
意外なことに、その座に就いたのは団藤くんだったりする。
……生徒会や有志で結成された実行委員会とは違って、特に「実績」になるわけでもないのに。
彼らとの窓口でしかないポストにどんな魅力を感じたのかは分からないけれど――というか、私たちのクラスはお人好しが多いのか、複数の立候補者が出た。
それを破ってである。
「部活も辞めたし、時間が余ってるからね。それに、今まで部活優先であまりクラスに貢献できてなかったから、恩返しっていうか――」
と言って立候補した光の稲葉くん。
外部受験の可能性や諸般の事情を考慮して夏休み前に部活動を卒業した彼が「時間が余っている」と言うのもおかしな話だけれど、みんなに気を遣わせないための方便なのだろう。
私くらいになるとお見通しである。
「家も家族もなくなって暇してるから俺がやってやるよ」
そんな彼の対抗馬は、などと言って立候補した闇の団藤くん。
いや、彼の場合は反社会的勢力からの卒業だし、こちらも光か?
……どっちでもいいか。
ほかにも立候補者はいたけれど、団藤くんのインパクトを超える立候補者はいなかった。
……というか、貴方、そんなことをしている場合なの?
もしかして、自棄になっているのか――それとも、公安との間で何かあったのか?
まあ、いい。
◇◇◇
そんな団藤くんがブチ切れているのは、情緒不安定とか私が原因ではなく、私たちのクラスの申請が通らなかったからだろう。
もっとも、不許可の理由が「教室での鉄板焼きは機材や安全上の理由で許可できない」「そもそも、鉄板焼きがやりたいのか喫茶店をやりたいのかはっきりしろ」とのことで、実にもっともなものだった。
それに、「喫茶店」は競合が多く、コスプレの有無は関係無く抽選になるとのこと。
その点、「鉄板焼き」は提供する料理の種類次第で共存可能だけれど、自治体への申請が必要だとか、むしろ親切丁寧な回答だったといえる。
ただし、文化祭レベルの食品提供は、自治体の規定に則って調理が簡単なものが想定されている。
精々が、焼きそばとかカレー(レトルト推奨)とか。
食中毒予防の観点なのだと思うけれど、私たちが想定していた本格的な鉄板焼きは不可能なのだ。
「ふざけんなよ! せっかくユノの手料理を食えるチャンスだってのに、頭おかしいんじゃねえか!? 食中毒がどうしたってんだ! こちとらとっくにユノ中毒なんだよ!」
キレるのは仕方ないとして、そんなところに私の名前を出さないでほしい。
「残念ですが、物の価値が分からない人というのはどこにでもいるものです。それでも、神は真実な方です。 貴方方を耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます」
藤林先生が、聖職者っぽく荒ぶる団藤くんを宥める。
生徒会の人たちを貶めるような言い方や、こんなことで神の名を出すのはどうかと思うけれど。
というか、これは神が与えた試練ではなく、社会のルールというか衛生上の問題では?
「先生の友人にフリーの調理師免許持ちがいますので、彼に応援を頼んでみます。まあ、彼にはたっぷりと貸しがありますので断るようなことはないと思いますが――もしもの場合は、神の名において遠洋漁業にでも出てもらいましょうか」
おい、聖職者。
あ、もしかして、蟹工船の「カニ」と「神」をかけているのか?
いや、カニの方でも地獄さ行くの?
どうでもいいけれど、カニに似ていない形態の甲殻類がカニに似た形態に収斂進化するのを「カーニ……」――もとい「カーシニゼーション」というらしい。
タラバガニがヤドカリの仲間とかそういう話。
そのうち、全てがカニ化するかもしれない。
「じゃあ、僕は父に頼んでキッチンカーを借りてきます。父もユノさんに感謝してるし、きっと問題無いと思う」
おおっと、くだらないことを考えていたら稲葉くんまで参戦してきた。
しかし、彼のお父さんに感謝されるようなことなんてあったかな?
無事に女子高生になれたのだろうか?
カーシニゼーションしたの?
……それなら「お父さん」ではないはず――いや、現代の価値観では女子高生がお父さんでも構わないのか?
というか、話もどこに向かっているのか分からないのだけれど?
とはいえ、文化祭でそんな企画が通るはずもない。
焼きそばあたりで妥協するのが精々――いや、限られた条件の中で最高の焼きそばを作るのも悪くない。
◇◇◇
などと思っていたら、条件付きで許可された。
世の中ままならないものである。
というか、こんな計画に許可を出すとか正気か?
なお、許可を出したのは、生徒会ではなく理事長だった。
「御神苗さんのおかげで、教会に礼拝に来られる方が増えました。それに伴って、寄付の方も――ゴホン、とにかく、当校のイメージアップにも大きな貢献をしていただいていますので、これはそのお礼です」
私が何をしたというのか……。
もしかして、煽られている?
「ここだけの話、受注ミスした花屋さんの尻拭いをしたのも貴女ですよね? 間違えて用意してしまった物をそのまま届けに来て、困っていたところ綺麗なシスターに救われた――と、本人からの告解があったそうです。それを聞いた私は感動しました。確かにそれは教会にはそぐわない花だったかもしれませんが、その実、愛に満ち溢れた尊いものだったのです!」
……ええ、ちょっと待って?
あの悪戯のこと?
なぜそんなちょっといい感じの話になっているの?
まさか、これが天罰か。
おのれ、神め。
「私もその話を聞いてとても感動しました。御神苗さんの善行はいつものことなのに、すぐに気づかず、『御神苗さんにもおっちょこちょいなところがあるんだな』などと考えていた私が恥ずかしいです」
担任という立場上、許可条件を聞くために同行していた藤林先生が恥ずかしがっていた。
どういう心理状態――というか、感動するほどの話か?
「ユノはいつも人助けしてるな。ま、俺も助けられたクチだけど、いつかきっとユノを助けられる男になるぜ!」
クラス委員の団藤くんも同席している。
それはそれとして、皮肉なのだろうか?
助けるどころか、貴方の両親とかを殺したのは私だよ?
「そういった理由があっての特例ということなら理解できますが、生徒会及び文化祭実行委員会としては、御神苗さんにどのくらいの料理の技術があって、どんな料理を作れるかは別問題ですので、それを実際に証明してもらいたいと考えています」
当然、実行委員の生徒会の人たちも同席している。
というか、主張は分かるけれど、納得できないところは理解しなくてもいいんだよ?
「というわけで、こちらの蓬莱先生の前で料理ができるところを見せてもらいたい。そこで先生の『合格』が出れば、後の諸々は私が全責任を負おう。それでいいかね?」
そして、また理事長さんに話の主導権が戻る。
いいも何も、既に事態は私の手を離れているしなあ。
「もちろんです。お心遣い、感謝します」
「ユノなら絶対に合格だし、いいっすよ」
「これでも先生は料理部の顧問ですし、忖度はしませんよ?」
ほらね。
「それで、いつにしましょうか? 申請等の都合もありますし、蓬莱先生や機材の予定もあります――できれば私も参加したいので、早めに指定していただけると有り難いのですが」
「では、今からでいかがでしょう? 今日なら料理部も活動しているようですし、材料を少し分けていただければ」
「御神苗さんが構わないならそれくらいは融通できると思いますが……。御神苗さんの得意な分野は何でしょう? 今日は確かクレープを作る予定ですけど、大丈夫ですか?」
「ユノならクレープくらい余裕だろ! 知らんけど!」
……ほらね。
「まあ、クレープくらいなら作れます――というか、材料があれば大抵の物は」
「へえ。多少盛っているとしても、その歳でこの自信はすごいですね。これは期待してもよさそうね」
「もちろんです」
その気になれば、料理以前に材料や道具に食器まで作れるしね。
こっちに来てあれもこれもと手を出していたら、鍛冶や陶芸までできるようになってしまった。
ふふ、自分の才能が怖い。
文化祭の目的がお金を稼ぐことなら、お皿や壺を売ってもよかったかもしれない。
きっとすごい値段で売れる――いや、物の価値が分からない人からしてみれば、霊感商法だと思われる可能性もあるか。
やはり女子高生らしく、多少手違いがあっても許されそうな甘い物とか可愛い物を作るべきか。
またまたどうでもいい話だけれど、「女子高生」は商標登録されているそうだ。
この商標で一体何を売るつもりなのか……。
人間の発想力って怖いね。




