08 尻尾を振っテイル
――ユノ視点――
困ったことになってしまった。
器物損壊や傷害事件については有耶無耶にできたものの、百鬼夜行退治で無理難題を抱えてしまった。
それでも、充分な時間があれば自力で解決できるだけの実力を身につけさせればよかった。
しかし、さすがに一か月程度では焼け石に水だろう。
……いや、時間だけならさきの講習のように特殊な領域を構築して――と解決策もあるけれど、それも精々が中期的な対策にしかならない。
この先ずっと私が面倒をみてあげるわけにもいかないし、世界的なパワーバランスにも配慮しないといけないのだ。
もっとも、後者は努力目標なのでなるようにしかならないけれど。
とにかく、現状で本当に必要なのは意識改革だと思う。
これも一朝一夕でどうにかなるものではないし、百鬼夜行進化のようにマイナスに働くこともあるけれど、切っ掛け次第では一気に化けることもある。
懸けるとするならこちらか。
なので、彼らを鍛えると同時に――いや、むしろ私が彼らの技術を使って戦って、間接的な成功体験を与えてもいいのではないだろうか?
彼らの技術――その延長線上、あるいは新たな組み合わせなどで大きな効果が出せると分かれば自信に繋がるかもしれない。
最終的には魔法の本質に至ってほしいけれど、基本的な魔力の認識もできていない人――特に価値観が凝り固まっている人を矯正するのは骨が折れる。
そういうのは竜胆さんや一条さんたちに任せて、手持ちの札でできることを追求するのもひとつの手かもしれない。
これこそ発想の転換!
朔も大賛成だ。
ただし、さきの動画を見た感じでは、これといった手札が無い――というか、軸になる戦術が無いのが困りもの。
彼らの手本となるなら、現在の彼らに再現可能な範囲でなければいけない。
魔力の量や質、間合い操作などの戦闘技術など、「御神苗ユノだから」という感想になるようでは意味が無いのだ。
もちろん、それもいずれはできるようになると思うけれど、今日明日にもとはいかないだろうし、それより先に潰れてしまっても駄目だし。
さて、百鬼夜行自体は、最初の感想のとおり、ミサイルを何発か何十発か――ミサイルの種類次第だけれど、それくらい撃ち込めば大部分が片付くだろう。
逆にいうと、それと同じくらいの攻撃力があれば解決する問題である。
しかし、一部には蘭さんのようにそこそこの攻撃力を有している人もいるけれど、それもミサイルに比べると射程距離も精度も劣る上に、距離による減衰も酷い。
更には弾速も遅いので、妖怪側にも物理的な回避や魔術的な防御が可能である。
他家には弾速が速いとか、離れた場所を指定して攻撃できる術もあるけれど、今度は攻撃範囲や威力が足りない。
下手をすると状況をかき乱すだけになりかねない。
それでも、接敵前に殲滅できる火力があればよかったのだけれど、大部分は健在のまま乱戦に突入するのが基本的な流れになっている。
その後は近接系――特に身体能力強化系が主役になって、それまで砲台役だった魔術師はサポートに回る。
……というのが彼らの弁なのだけれど、客観的には、同士討ちを恐れて――前衛と後衛だけでなく、前衛同士もろくに連携ができていない状況に陥っている。
コントでも見せられている気分になった。
とはいえ、それも彼らの言い分では、「百鬼夜行戦において、無駄な死傷者を出さないよう参加者の能力に最低基準を設けています。それで不足する戦力を複数の家で協力することで補っているのですが、そのせいで連携が取りづらくなっています」とのこと。
そもそも、皇を介した関係であるとはいえ、各家それぞれの事情――綾小路家だと、「蘭さんの安全」が最優先になっているのだとか。
そんな裏側まで聞かされると、そういうのが入り乱れた中ではむしろよくやっている方かもしれない気がしてくる。
とにかく、さすがにそういうところまで解決できる気はしないけれど、今ある手札で戦力を充実させるには連携の強化は必須である。
というより、きちんと連携できればそれだけで充分な気もする。
そのためには何らかの軸となるものを与えてやるのが手っ取り早いか。
結局のところ、近接戦闘にしろ魔術にしろ、誰が何をするかよく分かっていないから連携が取れないのだ。
それなら、分かるようにしてやればいい。
もちろん、間合い操作を極めればいいのだけれど、妹たちでも今ひとつなことを考えると、それなりの時間や適性が必要なのかもしれない。
だからといって教えないわけにもいかないけれど、何をどう教えたものか。
『だったら、この前使ってた尻尾みたいなのはどう? あれなら領域展開――は無理かもしれないけど、魔力操作や空間把握能力の訓練にもなるだろうし』
ふむ、上級国民の時のあれか。
発想としては悪くない気がするけれど、あれは朔の領域だったし、参考になるのだろうか?
まあ、普通の人に相談してみればいいか。
◇◇◇
「なるほど。《魔力手》を魔道具化しようというのね? 理論的には不可能ではないわよ。使うだけなら簡単――使いこなすにはそれなりの訓練が必要になると思うけれど」
「似たようなものでは『装着して運用するゴーレム』なんかもあるのだよ。もっとも、実用化にはいろいろと課題も多いようだがね」
こんな時に頼りになるのは湯の川の有識者たちだ。
セイラには魔術的知見からの、クリスには錬金術的知見からのアドバイスを貰った。
なお、《魔力手》とは生活魔法系統に属する「魔力で構成された触手」を操る魔法で、習得は簡単な方らしい。
ただし、ちょっとした物を持ち上げるとか放り投げる程度の能力しかないけれど。
一応、状態異常などを付与して拘束の用途に使えなくもないけれど、射程に優れているわけでもなく状態異常の成功率はお察しなので、これに頼る状況はかなり特殊なものになるらしい。
また、「装着して運用するゴーレム」というのも、「ゴーレムの胴体部分って必要?」という発想から始まった研究で、そこから「コストカット」やら「携帯性」やらいろいろな方向に迷走した挙句の産物である。
結論としては、「実用性でも浪漫でも従来のゴーレムの高性能化を目指した方がいいし、そこまでするほどの物でもないかな……」という感じだとか。
「湯の川では高性能化する素材には事欠きませんし、無理をすれば部分運用も可能でしょうが――訓練用で、魔石の使用は不可となりますと工夫が必要ですな」
「魔力伝導率を限界まで上げて、使用者との親和性も上げれば――それでは威力や耐久性が犠牲になってしまうか……」
量産を前提に、ドワーフの職人さんにも話を聞いてみた。
なお、単純な兵器を与えるのは趣旨に反するので、魔石を埋め込んで攻撃力や持続力などを確保するのは禁止した。
それでも、魔力操作がしっかりできれば、射程は短くなったとしても威力は術と同等以上に発揮できるはずで――というか、正しく領域として扱えるようになればそのあたりの問題は大体解決できる。
それよりも、普通の人間が尻尾型の魔法道具を自身の拡張領域として認識できるかが問題か。
「それは訓練次第でどうにかなるだろう。……いや、さすがにユノの領域レベルは無理だと思うが、1本ならサルにでもできることだ。人間にできん道理はない。むしろ、日本に魔法があったことの方が驚きだし、それに比べれば何でもない」
「こっちには魔力で動かす義肢なんて物もありますしね。それで、俺としてはローション用意すればいいんですかね? え、プラグアンドプレイじゃないの?」
参考のため、元日本人たちにも意見を求めてみた。
レオンの意見はもっともなものだと思う。
かつては私も「トカゲが飛べるのに私に飛べないはずがない」と無謀な挑戦をしたものだけれど、いろいろとあった末に今では飛べるように――いや、あれを「飛ぶ」といっていいのか?
まあ、空中を移動しているように見せられるようにはなった。
それに、湯の川製魔法の義肢はかなりの精度だと聞く。
むしろ、高性能すぎて悪い意味で肉体改造を考える人もいるとか。
そんなポジティブな意見ばかりを聞かされると――ローション云々は意味が分からないけれど、なんだかいけそうな気がしてきた。
◇◇◇
ひとまず、試作品を作ってもらって、真由とレティシアに試してもらった。
「派手さは控えめだけど、これ、使いやすくていいよー! っていうか、めっちゃ楽しい! こういうのもっと早く教えてくれたらよかったのに!」
「真由ちゃん、動かしやすいだけじゃなくて、属性も付けやすいよ! あははっ、なんか一気に強くなった気がする!」
楽しそうで何よりである。
試作品は、携帯性を考慮した小さなファーチャーム型で、魔力で満たすと最大で9本の尻尾を生成して、それぞれ十メートルくらいまで伸ばせる。
さらに、使用にはユーザー登録を必須にして、登録者以外は使えないようにすることで紛失や強奪された場合にも対応している。
さらにさらに、日本では悪魔に管理させることにするなど、悪用させない工夫も考えられている。
……試作品というには完成度が高すぎる。
私が直接かかわる案件はこうなる――湯の川の本気を見た。
なお、性能は護身用程度で――というか、使いこなせれば銃弾くらいなら防御できるし、自動車くらいなら叩き潰せるけれど、飽くまで訓練用の道具である。
さておき、ふたりとも基礎がしっかりできていたからか、すぐにコツを掴んで、真由で4本、レティシアで5本を操れるようになった。
攻撃力や防御力については込めた魔力に比例するので、真由は戦車を粘土細工のようにボロボロにするし、レティシアは蝋細工のように溶かしたりできる。
……設計ミスだろうか?
さらに、真由は尻尾を地面や壁に突き刺しながら蜘蛛のように移動するし、レティシアは尻尾をジェットエンジン代わりに空を飛ぶとやりたい放題である。
ヤバい玩具を与えてしまったようだ。
「え、返さないよ? 大丈夫! 悪いことには使わないから!」
「きちんと練習しますから! 信じてください!」
一旦回収しようとすると、とても抵抗された。
試作品なので、データとか現物とかをいろいろと調べたりしないといけないらしいのだけれど……。
それでも、「まあ、いいか」となるのは湯の川の性質とでもいうのだろうか。
すぐに量産体制に入って、翌週末には綾小路家や関係各位にお届けできるだけの数が揃った。
ついでに仕様書と運用マニュアルも用意した。
このマニュアルどおりにやれば、前衛同士の連携もできるようになるだろうし、後衛が遠距離魔法を差し込むタイミングやポイントも分かるだろう。
それらを持って、綾小路家を再訪問。
本当は妹たちにもついてきてもらって実演に協力してもらいたかったところだけれど、自分たちの訓練を優先したいと断られた。
やる気になってくれているのは嬉しいけれど、「お姉ちゃんいなくてもこれがあれば訓練できるし」「姉さんは忙しいでしょうし、とりあえず触って慣れるだけですからお構いなく」と邪険にされるのは少し寂しい。
さておき、ご当主さんたちの前で実演してみせ、「いつか恩くらいは返せるように頑張って」との言葉とともに貸与して、ドン引きするレベルで感謝されたところまではまだよかった。
その後、早速訓練の様子を見ていたのだけれど、上手く尻尾が出せずに顔を真っ赤にして気張っている人や、嬉しそうに尻尾を振っている人たちを見ると、ちょっと何かを間違った気がしてくる。
それでも、各家のご当主さんレベルは無事に尻尾が出せた――面子が潰れることがなくてひと安心である。
とはいえ、ご当主レベルでも一本二本が精々で、威力も精度もない――イヌのように振り回すだけでは実戦投入できるのはまだまだ先になりそうだ。
やはり、百鬼夜行は私ひとりで模範演技を見せる形にするしかないか。




