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07 ワタシが育てた

――第三者視点――

 ユノと各家の当主、若しくは代表が会議に向かった後、残された猫羽姉妹は竜胆と蘭から「綾小路式訓練法」の手解きを受けていた。

 彼女たちがここに来たのはそれだけが目的といっても過言ではなく、待ちわびた展開に興奮を隠せない。


 綾小路姉妹も、そんなふたりの様子に懐かしさや優越感のようなものを感じていて、これが接待であることを忘れそうになるくらいに上機嫌だった。




 もっとも、猫羽姉妹が本気を出した際の身体能力は、綾小路家の誰よりも高い。


 ユノは比較対象として不適切として、勇者の従者だった水上や大魔王の側近だった亜門といった人外レベルと比べると見劣りするが、人類基準では現状でも充分に規格外である。



 姉が兄だった頃は嫌々ながらの訓練だったが、知らず知らずとはいえ魔力の本質に触れていて、自社製健康飲料を自由に飲める環境であればそうなるのも当然である。

 むしろ、魔法の習得や運用などの訓練をほとんど行っていないため、基礎能力だけが尋常ではない規模で仕上がっている状態だった。


 しかも、ユノを手本にしているおかげか擬態レベルも非常に高い。

 それは、魔力の隠蔽力の高さに加えて、質自体も特殊なため、魔力の本質を知らなければ認識することすら難しい。

 その上で「循環」を卒業しているとなると、竜眼でも見抜くことが難しいレベルにある。



 そして、基礎の規模と比較すると、()が異常なほどに付いていない。

 下手に術の訓練を行ってこなかったことで、得手不得手や向き不向きがほぼ存在しないのだ。


 例外といえるのはユノの日常生活をサポートするための洗脳系スキルくらいだが、これも基礎能力の差でゴリ押しするスタイルであるため大勢に影響は無い。

 結果、彼女たちが望めば勇者でも魔王でも好きなものになれるくらいに可能性が拡張されていた。



 さすがにユノもここまで見据えて育成していたわけではないが、妹たちの可能性を大事にしていたことは事実であり、結果論だとしても「見事」というほかない。




 とはいえ、この結果にデメリットがないわけでもない。



 まず、現状の猫羽姉妹に指導できる人材が非常に少ないことが挙げられる。


 アルフォンスやアイリスといったある種の領域展開に至った者たちでも、基礎レベルでは姉妹に及ばない。

 特に、領域においては前者は「魔法の更にその先へ(Plus Ultra)!」、後者は「愛の昇華(スケベしようか)」で至ったものであり、姉妹以外にも参考にならない。



 だからといって、ユノの教えは高度すぎる。

 彼女に任せた結果が、基本の次はいきなり奥義――それも邪神基準である。


 ルナたちを実験台にした成果として「湯の川式領域獲得法」は確立されつつあるものの、それはシステムの恩恵も合わせてのものである。

 それをシステム無しでやった結果が真由とレティシアであり、このまま基礎ばかりを積み重ね続けていると、いつか本当にユノのようになる可能性もある。


 姉妹が次のステージに分かりやすいものを求めているのは、ただの好奇心だけではなく、本質的にまずいことを悟っているのかもしれない。



 しかし、姉妹の「魔力の正しい認識と運用法」は、地球では一般的な――極めて限定的な魔力の認識と運用法との相性が悪い。


 姉妹にとっての魔力とは「魔力」あるいは「気合」としかいえないもので、「火の魔力」とか「水の魔力」などという限定的なものではない。

 それでも、ユノとは違ってアニメやゲームなどに造詣が深く、それらに登場する魔法に憧れもあったため、「理解不能」とまではいかないが。


 そもそも、彼女たちがやっていたのは「炎を発生させるために世界を改竄する」ような訓練である。

 世界が改竄できるなら炎を発生させる意味が無いところまで含めて、非常に難度が高い。

 本来であればそうそう実現するものではない。



 しかし、姉妹は異世界での特訓で「魔法を使う」という体験をした。

 といっても、ユノのいう「本質的な魔法」とは遠いところにある「システム管理下にある魔法」だったが。

 そもそも、対象者がシステムに認識されていて、条件が揃っていれば発動する程度のものでしかないが、これがふたりに大きな自信を与えた。



 なお、システム上の姉妹には「万能」を含むほぼ全属性の適性と非常識なまでの魔力回復能力があったが、ステータス上の魔力やMP、魔法の効果などは常識の範囲内だった。

 ステータスについてはユノと同じく魔素の影響(ナチュラル擬態)で、魔法の精度や威力等についてはシステムの扱いに慣れていないことが原因である。


 逆に、姉妹の持つ「お姉ちゃん召喚」と「魔素制御」というユニークスキルは、字面からは想像できないチート性能を有している。

 ただし、《鑑定》ではスキル名以上のことは分からず、実態としてシステムの管轄外なスキルであるため、使いこなせるかどうかは本人次第である。

 上手く使えればどんな局面でも引っ繰り返せる可能性を持っているが、下手に使うと全てを台無しにする可能性もある。


 とはいえ、それらは彼女たちが常軌を逸した訓練で育んでいた神性が発現したものであり、召喚勇者に棚ぼた的に与えられる力とは性質が違う。

 だからといって、間違いや失敗が無いわけではないが。



 そうして異世界での魔法的成功体験を持って日本に帰ってきた姉妹だが、システムのサポート無しでシステム系魔法を使えるまでにはイメージが確立していない。


 そこにきて、綾小路家での魔術の実演を見学できた。



 しかし、綾小路家の魔術とは、基本的には術具も含めて綾小路家の界隈でしか通用しないことわりで発現するものである。


 例えば「炎を発生させる魔術」を例にすると、他流派でも似たような魔術が存在する。

 しかし、それぞれの術が唯一の方法というわけではない。


 共通点は、「魔力を用いて炎を発生させている」ことだけ。

 それ以外の術理は、「術が発動できる」だけの認識を、集団あるいは個人で持っているかどうかでしかなく、おおまかには前者を「魔術師」、後者を「異能力者」という。


 魔術師であれば、ある程度の術理が理解できれば他流派の魔術を使うこともできるが、認識不足な点が威力や精度となって表れるため、「やっぱり俺たちの流派が最高だぜ!」となる。

 そして、それを拗らせると過度な純血主義などに走る。

 その先に真理に至る何かがあると信じて。



 なお、魔力的な特性が遺伝しやすいのは事実だが、血が濃くなれば真理に近づけるかは現時点では不明である。


 少なくとも、邪神的観点では根源に繋がっている全ての人に等しく可能性がある。

 むしろ、邪神的には環境の方が需要で、そういう意味では「魔術師の家系」という一点で可能性が高くなるのは当然である。

 ただし、何十何百年と同じことを繰り返して違う結果を得ようとするのは狂気だとも思うだろう。


 そもそも、猫羽姉妹には血縁関係はなく、ユノに至っては血液の代わりに素敵な何かが満たされているが、それぞれがある種の神性を獲得している。

 それを「真理」というのかは定義次第になるが、少なくとも綾小路家等とは魔法的な階梯に大きな差がある。




 それでも、姉妹に綾小路家の術具を与えただけでは魔術を発動させることはできなかっただろう。


 魔力についての認識が多くの魔術師のものとは大きく異なっていることと、綾小路家における魔術に関する共通認識が姉妹に無いからである。



 実践前に軽く魔術理論の説明を受けたが、姉妹には全く理解できなかった。


 そもそも、綾小路式魔術が魔術として成立しているのは、魔力を持っている者が「そういうものだ」と信じているからである。

 極論すると、術理は術者たちの認識を統一して補強するためのツールでしかなく、多少論理に欠点があったとしても「できる」という思い込みと魔力のおかげでできているのだ。




「ううん……こうかな? ちょっと違う? やっぱり難しいなあ……」


 真由が綾小路式魔術理論に苦戦しながら呪符をこねくり回していた。



 真由とレティシアにとって、綾小路式魔術理論は難しすぎた。

 もっとも、姉妹にとっては「1+1=1」よのうな式を教えられているようなものなので無理もないが。


 それでも、異世界でシステム管理下の魔法に慣れていれば、イメージで補えたかもしれない。

 どちらも魔法の本質からいい具合に外れていて、発想レベルで親和性が高いからだ。



「真由ちゃん頑張って! こういうのは気合だよ!」


 真由よりは異世界式魔法や綾小路式魔術が理解できたレティシアは、自身の好奇心を満たすことより彼女との友情を選んで応援に回っていた。


 先に魔術を習得したくらいで壊れる関係ではないことは分かっているが、この魔術が「でたらめ」なことも理解しているため、ここに来る前に比べて興味が薄れていたのだ。



「よく『他流派の魔術は難しい』といいますが、猫羽さんたちでもそうなのですね」


「私たちにもありましたね、あんな頃が……」


「最近は、常識が分からなくなるようなことばかりでしたし、なんだか少し安心してしまいますね」


 そんな彼女たちを見ている綾小路家の者たちは、「特別」なのは御神苗だけなのだと謎の安心感を抱いていた。




 しかし、そんな緩い雰囲気の裏で、状況は非常に緊迫していた。



 真由には綾小路式魔術理論は理解できなかったが、高いレベルで魔力を認識・運用するための基礎ができている。

 理論に囚われているうちは本領を発揮できないが、本来であれば、それは可能性に形を与えられる域にある。



 スマートに魔術が使えないことに不貞腐れてきた真由が、少しばかり強引に魔力を呪符に流す。


 認識不足で本領には程遠い魔力でも術を発現させるのが呪符である。

 そんな物に、真の魔法を発現させるに足る研ぎ澄まされた魔力が無理矢理注ぎ込まれる。

 さらに、「綾小路家の人が呪符を用いて魔術を発動させていた」という認識や、「ほかの人にできて私にできないはずがない」という自信が加わり、魔術の発現要素を満たす。


 ただし、例えるなら「炒め物を作ろうとして、サラダ油を引くべきところにガソリンをぶち込んだ」ような状態である。



「あっ」


「ヤバ」


 猫羽姉妹が気づいた時には手遅れだった。



 真由の手元に巨大な火球が発生する。

 呪符本来の性能ではあり得ない熱量だが、そんなことを気にしている余裕がある者はいない。


 直後に吹き飛ぶ訓練場と綾小路家の人々。



 中心地にいた猫羽姉妹が無事なのは、限定的なものではあるが領域を構築できたからだ。

 見学者に死者が出なかったのは、真由が咄嗟とっさに上方向に爆発を逃がしたことと、レティシアの領域がその余波を押さえ込んだからである。



 だからといって、その被害の大きさを考えると許されるわけではない。


 吹き飛んだ訓練場は間違いなく全損判定だが、保険が使える案件ではない。

 また、上空で起きた大爆発も綾小路家の力で隠蔽できるものではない。


 何よりの問題は、直接の原因は術を暴走させた真由にあるが、しっかり監督できていなかったという意味では綾小路家にも責任があることだ。

 むしろ、「ゲストに対する安全配慮を怠ったという点で、後者の過失が大きい」と責められる可能性が高い。



「あ、あのっ、ごめんなさい!」


「皆さん大丈夫ですか!?」


 根が真面目な猫羽姉妹はすぐに謝罪したが、それはそれで綾小路家には困りものである。


 少なくとも、この場には裁量権を持つ者がいない。

 そんな事態に発展するとは考えていなかったため、そういった者たちは会議に参加しているのだ。


 したがって、謝罪をすることも受け入れることもできない。

 というより、死者は出なかったにしても多くの者が相当なダメージを受けているため、まともに動くこともできないとか救護に手一杯である。


 そして、動けたとしても、両者の力関係を考えると矢面には立ちたくない。


 初心者用の呪符で、巨大で堅牢な訓練場を消滅させたのだ。

 威力的にはベテラン魔術師でもドン引きするレベルで、直撃を受けて無傷なのは人間としてドン引きレベルである。

 やはりこのふたりも御神苗の系譜なのだと理解させられたのだから無理もない。



 それでも、これだけの騒ぎが起きれば、会議に参加していた大人たちも様子を見るために集まってくる。


「これは――」


「……」


 見れば分かる大惨事である。

 また、その場にいる者たちの表情からも大体のところが理解できる。


 少なくとも、事件ではなく事故である――事件であっても事故ということにしなければならないと。



「お、お父様、申し訳ありません! 私たちがついていながら――」


「お姉ちゃん、ごめんなさい! こんなつもりじゃなかったんだけど――」


「姉さん、申し訳ありません。魔法を少し甘く見てました……」


 当事者たちがそれぞれの保護者に泣きつき、それ以外の者たちは成り行きを見守る。



「申し訳ありません。妹たちが粗相をしてしまったようで……。お怪我をされてしまった方にこれを――」


 ユノが即座にネコハコーポレーション製健康飲料を山積みにして示談に持ち込む。



「それと、建物は私が責任をもって元に戻しますので――」

「い、いえ、お気持ちだけで! 監督できていなかった私たちにも責がありますので――」


 しかし、綾小路家としては「やったぜ!」とはならない。


 この程度のこと――というにはダメージが大きいが、それでも目先の利益で筋を違えることの方がまずい。

 そうしてどうにか取り繕うとするも、ユノに有無を言わさぬ笑顔で遮られた。



「それでも、これだけの被害で死者ゼロ、負傷者もこれくらいで済んだのは、ふたりが頑張ったからだよね」


「お姉ちゃん……」


「姉さん……」


 ユノはそう労うと、妹たちの許まで歩いて頭を撫でる。



「けれど、貴女たちならもっとすごいことができるのだから、魔法を使う時はもっと鮮明にイメージしないとね。そうすれば、これくらいのことはできるはずなのだから」


 ユノがひとつ手を打つと、一瞬で建物が復元された。


 実際には彼女の意図を察した朔がやったことだが、ふたりの関係を知らない者たちには分からないことである。

 それよりも、朔によって再構築された訓練場は新築時よりも高性能になっているが、ユノがやっていれば聖地になっていた可能性があることを考慮すると結果オーライである。



「お姉ちゃんすごい! 大好き!」


「姉さん、格好いいです!」


 普段は悪態の多い真由とレティシアも、ここでのユノの堂々とした立ち居振る舞いと問題解決能力には賞賛と感謝を惜しまない。


 そんな調子のいい妹たちだが、ユノはといえば久し振りに甘えられてご満悦だった。



「でもね、イメージは悪い方向にも作用するから――例えば、今回の主題の百鬼夜行も、綾小路さんたちが必要以上に怖れるから力を付けているのだと思う。私が蹴散らすのは簡単なのだけれど、それでは根本的な解決にならないのが問題なんだよね」


 だからなのか、うっかりと口を滑らせてしまう。



「そんな、まさか私たち自身のせいで――」


「簡単……!? いや、御神苗殿が我々の理解できない域にあるのは確かだが……」


「イメージだけで抉れた地面や壊れた建物が元どおりってどういうこと……!?」


 ユノが失態に気づいた時にはもう遅い。



「でも、お姉ちゃんならなんとかしちゃうんでしょ?」


「……そうだね。どうにかいい方法を考えてみるよ」


 などと答えたものの、最善の方法である「綾小路家や他家の魔術師たちを鍛えて自力で解決させる」には、どう考えても時間が足りない。

 当然、それを補うために湯の川式を持ち込むわけにもいかない。



「姉さんはできないことは口にしませんから――あ、それがイメージの重要性ってことですか」


「う、うん。『できる』と思ったことは大体できるものだから……」


 ユノには何もイメージできていなかったが、レティシアに追い打ちをかけられ、退路を断たれてしまった。

 こうして、当初の想定とは違った戦いが始まることになった。

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