06 ワシが育てた
私の想いがみんなに伝わったかは分からない。
そもそも、私自身が明確に言語化できていないものだし――というか、言語化しようとすると余計に分からなくなるし?
それに、真由やレティシアにも「一気に言われても分からないよ!」「順を追ってひとつひとつお願いします」と文句を言われるし、あれもこれもと話すのは逆効果らしい。
それで間を置くと、話していた内容を忘れる――場合によっては話していた事実も忘れるのでどうしようもない。
いずれにしても、今日は時間的な制限もあるし、ここで全てを伝えられるわけでもない。
微妙な顔で少し美味しくなった羊羹を食べる人たちと、石を噛んで呻き声を上げる蘭さんを残して、私とお偉いさんたちは本題の話し合いのために別室へ移動する。
なお、百鬼夜行の情報は悪魔たちも集めてくれていて、予定日の三日前くらいには調査報告があるはずなので、情報共有が目的であれば特に必要の無い話し合いである。
とはいえ、彼らにとっての百鬼夜行がそれだけ強大で、その退治が重大なお役目だということであれば、彼らの心の平穏のために付き合うことも致し方ない。
それに、だからこそ本来は門外不出だった綾小路家の符術とか他家の魔術を部外者にまで見せてくれたり、一部ではあるけれど「教えてもいい」とか言い出したのだろう。
あるいは対価の無い契約を嫌ったのかもしれないけれど、私としては今現在欲しい物は無いし――あっても無理強いするわけにはいかない。
本当は彼ら自身の力で解決できるように鍛えてあげたいところだけれど、こっちの世界で派手にやると後始末が大変になるからね……。
なので、ひとまずの落としどころとしてはいいのではないだろうか。
◇◇◇
まずは過去の百鬼夜行の動画を観ながら、いろいろと説明を受ける。
動画に映っているのは、「天狗」や「ぬらりひょん」といった有名で妖怪然としたものから、「タヌキ」や「テン」といったどこからどう見てもただの動物、「ぬっぺふほふ」とかいう正体不明の存在に、垢嘗や反枕のような存在意義が分からないものまでいろいろ。
バリエーションが豊かすぎて緊張感に欠ける――というか、本当に昔の人はこれに恐怖したのか?
さすがに絡新婦はちょっと気持ち悪いけれど、本体の人間部分を攻撃すればいいならどうにかなるか。
さて、「私には映像から何かを読み取る力は無い」と最初に伝えているので意見や感想を求められることはないけれど、それはそれで退屈だったりする。
その上、百鬼夜行はきっちり100鬼ではないとか、顔ぶれも一定ではないと聞くと更に苦痛が増す。
対処不能な昆虫系が出ないことを祈るしかない。
とにかく、百種を超える――もしかすると八百万とかの妖怪に対して、何が来てもいいように事前に対策を立てておいてほしいという趣旨なのは分かる。
映像を見る限りでは、彼らにとってはかなりの強敵のようだし。
ただ、大半は銃や爆弾でも斃せそうなのと、乱戦なことを差引いても現場では彼ら自身もろくに判別できていないのに私にそういうのを求められても困る。
それと、「有利属性は――」とか「五行では――」とか言われても、私にそういう対応はできない。
私にできるのは物理攻撃か侵食か朔に頼るくらいなのだ。
「御神苗殿のお考えのとおり、近代兵器を大量に投入できれば楽になるのですが……。我々では入手の伝手も資金もありませんし、運搬手段にも困りますのでね……」
ここにもエスパーが。
しかし、なるほど。
兵器や弾薬は朔が作ってくれるし、大荷物を持ち歩くという習慣もないし、ここ最近大きなお金を使うこともなかったので失念していたけれど、そういう問題があるのか。
特に後者は、経費計上できる物限定だけれど、何でも買える魔法のカードのせいで「お金の価値」というものを忘れるところだった。
もちろん、プライベートのお金は別だけれど、そちらも夏休み中の仕事で結構貯まっているし、特に買う物も無いし。
符術の大家に来てそんなことを思い出すとは、これも何かの巡り合わせか。
というか、もしかすると綾小路家よりこのカードの方が――いや、そんなことはないはず。
彼らが長年紡いできた――これから紡いでいく何かはお金では買えない価値があるはずだ。
「もっとも、持ち込めたとしても、日本国内で派手にやると隠蔽しきれない可能性があります。ですので、やはり結界の範囲内、能力内で使用可能な物でないと……。皇の支援も事前調査や情報統制などの後方支援が主で、兵器類の融通はありません」
「皇が戦闘員や武器を出すことは滅多にないですからな。むしろ、そんな状況ですと国家の存亡にかかわるレベルだということになりますから、出てこないのが一番ですがな」
「百鬼夜行が特級指定を受けるのもそう先のことではないかもしれませんがね……」
『すみません、その「特級」というのはどういうものなのでしょう?』
今現在、綾小路家から提出されている資料は、不備が多い――というか、あってもなくても変わらない程度の物だ。
ちなみに、ここに綾小路家以外の人がいることからも分かるように、百鬼夜行退治は複数の家で協力して行うものだ。
そして、この関係は昨日今日始まったものではないので、それぞれの家の事情はある程度知っているし、情報共有や機密情報の扱いに関するルールなども決まっている。
なので、私のような部外者が交じる際には波風も立つのが当然で、これほど好意的に受け入れられているのは、それだけの成果を挙げているからだろう。
まあ、NHDの件などで警戒されているところもあるようだけれど。
そういった理由から、情報開示についてはまだ限定的。
この場で私の様子を見ながらどこまで開示するかを探るつもりなのかもしれない。
「お渡ししている資料にもあるように、現在の百鬼夜行退治は我々十家の者で協力して行っていますが、この体制になったのは近代以降で――」
百鬼夜行自体は千年以上前から存在していて、退治も行われている。
ただ、初期は当該地域の異能力者だけで対応する小規模での活動で、百鬼夜行自体も弱かったためにどうにかなっていたらしい。
というか、退治に失敗したとか逃走したからといって大きな問題になることが少なかっただけか。
精々、討ち漏らした妖怪に殺されてしまう一般人が何人か、何十人か出るだけ。
それが精一杯やった結果で、何もしないよりは被害が少なくなっていることを考慮すると、「仕方がない」――むしろ、「よく頑張った」と褒めるべきなのだろう。
しかし、社会全体の通信や交通手段の発達に比例して、百鬼夜行の脅威度も増していった。
それによって、失敗した際の被害も大きくなる。
人々の意識から生まれた妖怪が、多くの人がその情報を共有することで強化されたのか、「妖怪」の核になるものは最初から存在していて、それが人の怖れなどを食らって成長するものだったのかは分からない。
どちらにしても、その程度で存在が揺らぐような不完全なものなのだから、無視していればよかった――恐らく、観測しなければ被害は出なかったと思う。
しかし、百鬼夜行が育ちすぎた現状でそれを試すわけにもいかない。
下手をすると、百鬼夜行という概念が自我とか存在理由を獲得しているかもしれず、そうなるととても面倒になる。
そこまで百鬼夜行を育てたのは、ほかならぬ綾小路家やここにいる魔術師の家の人たち自身だと思う。
彼らの感じた恐怖や絶望、流した血と汗が百鬼夜行にとっての何よりの糧となったのだ。
そうすると、私が百鬼夜行を退治するだけではあまり意味が無い。
きっちり消滅させてしまうこともできる――いや、こっちでそういうのは禁止されているし、できたとしてもその余波がどこに出るか分からないので却下か。
とにかく、彼らの認識が変わらない限り、また変わらぬ――回を重ねるごとに厄介になっていく百鬼夜行が現れ続けるだろう。
もちろん私の推測でしかないけれど、そういった最悪のケースは想定しておいた方がいい。
「さらに、現代においては百鬼夜行の最後に【空亡】が発生するようになりまして――」
彼らの言う「空亡」とは、百鬼夜行の終わりに現れるもの――つまり、太陽の妖怪だ。
もちろん、太陽そのものではないだろうし、直接的な関連性も無いはずだけれど、それはどこの世界でも信仰や畏れを集めやすいものである。
そんなものと彼らが一緒にいて何も起こらないはずがない。
早速、「最悪のケース」を上方修正しなければ。
「まず、申し訳ありませんが、空亡に関する詳細な情報はありません。当初は出現と同時に百鬼夜行を消滅させ――我々にも相当の被害を与えて消滅するだけだったそうです。空亡出現までに百鬼夜行を全滅させることで、出現させないこともできていたと聞きます」
「ですが、最近は百鬼夜行が全滅していても出現するばかりか、我々にも攻撃してくる始末で……。さすがに祓えるようなものでもありませんし、かといって逃げるわけにもいかない……。因果関係があると確認されたわけではないですが、多少なりとも力を殺がないと大災害が起きる可能性がありまして……」
「ある意味、ほぼ神様のようなものですし、戦うよりもいい方法があるのではと、供物を捧げてみたりもしたのですが……」
「はああああああ……」
やらかしてくれているなあ。
呼吸を卒業しているのに溜息が出たよ。
恐らく、考え得る最悪か、それに近い状況だ。
「ど、どうかされましたか!?」
「いえ、当初考えていたより面倒なことになっているな、と思いまして」
これは隠しても仕方ないので、素直に白状する。
「……やはり、御神苗さんでも難しいでしょうか?」
「難しいですね。といっても、問題解決の定義とか解釈の問題ですけれど」
百鬼夜行や空亡がどうこうではなく――いや、空亡には処置が必要かも?
それ以上に、どうやって彼らの手に戻すかが重要だと思う。
やはり、「やってみせ、言って聞かせて――」とするのが正道か。
などと考えていると、爆弾でも落ちたかのような大きな音と振動に襲われた。
「何事だ!?」
「皆無事か!?」
「まさか、敵襲か!?」
慌てるご当主さんたち。
というか、「敵襲」って、ここは襲われる可能性がある場所なのか。
それよりも、これも私が対処しないといけないのかな……。




