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05 好評

 二時間ほどかけていろいろと見て回った。

 農場とか鍛冶場まで案内された理由はよく分からないけれど、湯の川のようなファンタジー農業とかマジカル工業を目指しているのだろうか?

 人が考えることは大体同じらしい。


 また、今回は見学していないけれど、座学とか術、魔物――綾小路家では「闇」と称する存在の研究をしている部門もあるそうだ。

 妹たちは残念がっていたけれど、さすがに機密情報とかもあるのだろうし、仕方がない。



 さて、訓練時間は人によって違うらしく、平日で二~六時間。

 表向きの仕事などの関係もあるので、ある程度個人に裁量権が委ねられているそうだ。


 ただ、半年に一度、能力測定や発表会が行われる。

 また、お役目の受注数や闇の討伐数などもグラフ化されていて、優秀者は表彰されて、サボっているように見える者はペナルティが課されるのだとか。


 ……綾小路家はブラック企業なのだろうか。

 綾小路さんたちの立場が弱かったのも、こういうところに原因があるのかもしれない。



 それはともかく、今日は私の講評を聞くために皆さん2時間で切り上げて、身を清めてから正装に着替えて宗家の宴会場に集合している。


 場所が宴会場なのはスペース的な問題だと思うけれど、雰囲気的には記者会見とかそんな感じ。

 一応、みんなの分のお茶とお茶請けの羊羹が用意されているけれど、ご当主さんや私の前にはマイクまで用意されているし。


 むしろ、列席している人が緊張しすぎていて裁判みたい。

 もちろん裁判の経験は無いので単なるイメージだ。


 そんなに畏まることではないと思うけれど――ああ、上座で睨みを利かせているご当主さんが怖いのかも。

 ブラック企業的な面があるなら無理もない。



 ちなみに、ご当主さんの右手側に蘭さん、竜胆さん以下知らない人たち――恐らく、家族とか重役と思われる並びで、左手側に私と妹たち、それから一条さんと他家のお偉いさんたちが座っている。

 席次として合っているのかどうかは別として、部外者を実務的に配置するとこうなったということだろう。




「さて、今日の訓練は御神苗殿が見ているということもあって、緊張して本来の力を出せていなかった者も何人かいたようだが、まずはご苦労!」


 全員が揃ったことを確認すると、ご当主さんが切り出した。

 広い会場中に声を届かせるためか、声量が非常に大きくてびっくりした。

 追加の耳は出していなくても、大きい音は苦手なのだ。

 というか、マイクは使わないの? 何のために用意したの? ただの飾りなの?


 そのせいですごく委縮している人もいるのだけれど、この後、この雰囲気の中で話さなければならないのがつらい。



「では早速、御神苗殿に訓練の講評を頂こう。皆、心して聞くように!」


「……ええと、最大限好意的な感想と忌憚のない意見、どちらがいいですか?」


「……両方で」


 一瞬でトーンが小さくなったけれど、欲張りさんだな。



 それはそうと、何をどこまで話そうか。


 今日はアルがいないのでストッパーが無い。

 余計なことを話さないようにしないといけないのだけれど――まあ、講習の時くらいなら問題ないか。



「では、好意的な感想から」


 と言ったものの、良いところなんてあったかな……?


 体力を向上させたい、武術を修めたいといった目的ならともかく、魔術的な訓練に限れば訓練内容は何でもいいと思うし。



「トレイルランは健康によさそうですね」


 あえていうなら、何が目的であっても健全な肉体作りは有効だと思う。



「なるほど! やはり、神聖な魔力が満ちている環境だと効果的ということですな! それで、ほかには?」


「…………」


 そういうことではないのだけれど――それよりも、ほかに何かあったかな?

 途中で良いことを思いついたはずなのだけれど、何だったか……。

 思い出せないということは大して重要でもないか?



「まさか、それだけ……?」


「……」


 みんなしてそんな目で見られても困る。

 粗探しをしたわけでもないのに駄目なところはいっぱい覚えているのだけれど……。



 なので、実践訓練で感心していた妹たちなら何かあるかと、そちらに視線を向けてみる。

 即「こっちを見るな」とばかりにつねられた。



「ええと、私たちは基礎しかやってない未熟者ですけど、いろんな魔術があるんだなって感心しました」


「純粋な攻撃だけじゃなくて、行動阻害や連携目的のものとか、長い歴史の中で磨かれていったんだなって伝わってきました」


 それでもフォローしてくれるふたりが大好き。


 もっとも、フォローといっても私のではなく、綾小路家の皆さんのだけれど。

 おかげで、ご当主さんたちの顔にも笑顔が戻った。



「やはり分かりますか! 当家の魔術は先達の血と汗で積み上げられたもの! それを受継ぎ、更なる高みに至り、次代に受継がせるのが私たちの役目! だからこそ、私たちより遥かな高みにおられる御神苗殿の教えを受けたいと考えた次第ですので、どうか忌憚のない意見をよろしくお願いします!」


 何が「やはり」なのか、何が「分かる」のかは分からないけれど、その心意気はなかなか素敵だ。

 なら、私も真剣に応えなければいけない。



「では、まず最初に――魔術がどうという以前に、その前段階の基本が理解できていないのが問題でしょうか。ああ、訓練内容自体は基本を理解した上であれば何でもいいと思います。うちでも山の中を走り回ったりしますし」


 やはり端的にいうとこうなる。


 そして、ご当主さんたちの笑顔が一瞬で消えた。



「そういうのはさきの講習で竜胆さんたちにも伝えているはずですが……。内藤さんも、講習時はもっと速いペースで走っていましたよね? 今日の訓練では手を抜いていたのでしょうか?」


 突然話題を振ったのは悪いと思うけれど、私には理解できなかったことなので追及させてもらう。

 講習時の何もかもを理解していないのだとすると、また話す内容を考えなければならないしね。



「え、ええと、あの時は、例の噴水と御神苗さんの料理や睡眠で体力や魔力を完全回復できましたが、ここではそれは難しいですし、翌日のことや、突発的なお役目のためにも最低限の体力は残しておかないといけませんので……」


 なるほど。

 まあ、後者は仕方がないのか?



「そうです! 御神苗さんのお料理は美味しいだけでなく、魔力の回復効果も抜群! ですが、家に帰ってきてからのご飯が美味しくない――とまでは言いませんが、御神苗さんの作った物とは比較になりませんの! 味も、魔力も! その分を量でカバーしなければなりませんので、私が太ってしまうのも仕方がないことですわ!」


 そこに蘭さんが涎を飛ばしながら口を挟んできた。

 切実というか、鬼気迫る感じである。

 もちろん、これは仕方がないことではない。



「私も、講習の時ほど世界に満ちているはずの魔力を感じられません……。それでも、以前と比べて魔力の容量や回復速度は上がっていると思うのですが、御山の中にいても、滝に打たれていても、学校にいても、違いが分からないんですの」


「……竜胆よ、お前は御山の神聖な気を感じられんというのか? それでも由緒ある綾小路家の人間か!?」


 竜胆さんの発言の何が気に食わなかったのか、ご当主さんがキレた。


 自分の家が特別だと思いたい気持ちは分からなくもない――いや、やはりよく分からない。

 そこを聖域とか神殿くらいに昇華できているのならともかく、現状ではただの山や川や滝でしかない。

 これも認識が重要なことなので、現状の彼らの能力で作れる聖域は神棚とかその程度だろう。



「竜胆さんの感覚が正常です。現状、山や滝に特別な神性は感じません――というか、皆さんが何を『神聖』と感じているのか分からないのですが……。あ、もしかしてマイナスイオンをそう感じておられるのでしたらすみません。……いや、でも、それと魔力を紐付けられるのはすごく上級者な気が?」


 あれ?

 なんだか私も分からなくなってきたぞ?



「竜胆さんたちには繰り返しになりますが、『魂』というのは基本的に何にでも宿ります。木にも水にも空気にも、木や水や空気なりの。魔力も似たような性質で――」


 こういう時は、落ち着いて一から組み立てていくのがベターだ。


 さきの講習でも何度も繰り返した理論を、ここでも同じように展開していく。

 ただし、綾小路さんたちの現状を見るに、さきの講習での説明では不十分だったと判断するべきで、何らかの補足は必要だろう。



「そのあたりの認識ができていれば、魔力的には滝でもシャワーでも――そもそも水が関係無くても大差ありません。マイナスイオンがお好きでしたら、その機能が付いた空気清浄機などでも魔力を回復できるかもしれません」


 自分で言っておいてどうかと思うけれど、そんなことができるのか……?

 理屈の上では不可能ではないけれど……。


 まあ、いい。

 脱線しないうちに話を進めよう。



「それと、魔力は『想い』にも宿ります。蘭さんや内藤さんが言っていたように、私が作った料理や環境の魔力回復効果が高いのは、そういう想いを込めているからです」


「えっ、そんな話、前はしてませんでしたわよね……?」


 そうだったかな……?

 竜胆さんが聞いていなかっただけの可能性は……蘭さんや一条さんも頷いているので、本当にしていなかったのか?


 まあ、マニュアルがあるわけでもないので、そんなこともある。

 というか、「何にでも」と言っているのだから、そこに含まれることは少し考えれば分かるのでは?



「上辺だけの精神論とか根性論ではなく、『想いの力』というのは莫迦になりません。結局のところ、ネコハコーポレーションの健康飲料もそれですし」


 それを実演して見せようと、目の前の羊羹を「美味しくな~れ☆」と念じて切り分け、ご当主さんの前に差し出す。



「うんま! 魔力もビンビンに感じますわ……! やっぱり御神苗さんの手が入った物は違いますわね!」


 しかし、蘭さんがそれを奪い取ると、あっという間に平らげてしまった。



「こら! はしたない――お前は由緒ある綾小路家の看板に泥を塗る気か!?」


ほまれは夏に置いてきましたわ! むしろ、許されるなら御神苗さんの家の子になりたいと思っていますわ!」


 そして、悪びれることもなく家を出ようとする。



「お前は何を莫迦な……! 御神苗さんもこの莫迦娘に何か言ってやってください!」


「莫迦はお父様です。まあ、御神苗さんの料理を食べたことがない人には分かりませんか」


 蘭さんがすごいドヤ顔で、お父さんに向かってマウントを取りに行く。

 ……はて、マウントが取れる内容だっただろうか?



「食べたことも何も、お前が奪ったんだろうが! 御神苗さん、お願いします! どうか莫迦娘にガツンと言ってやってください!」


 止めて。

 家庭の問題に巻き込まないで。



『……蘭さんは食事を通じて魔力を摂取できるようになりましたが、それだけに執着しすぎているのが問題ですね』


 おっと、ここで朔の助け舟が。

 どうやら流れを完全に無視する方向でいくらしい。



『私が作った物が特に分かりやすかったことと、食べることで自身に取り込むイメージが作りやすかったのかもしれませんが、私が作った物ほどではないにしても世界は魔力で満ちていますし、食べること以外で取り込むことも可能です』


 まあ、この部分は推測とか伝聞でしかないけれど。


 私は魔素を出す側なので、魔力を摂取することを「回復」とはいわない――どちらかといえば「回収」になるのだろうか。

 とにかく、私は本当の意味で魔力を摂取したことがないのでそのあたりの理解は難しく、どう頑張っても言葉遊びにしかならない。


 それでも、何にでも魔力が宿っているのは事実で、それを摂取する方法が飲食に限らないのも同様だ。

 さすがに無尽蔵に摂取できるわけではないし、永久機関にもなれないけれど、漫然と過ごすのとは雲泥の差が出るはずだ。



『それに、皆さんも現実に呪符が作れているのですから、理論的には料理に魔力を込めたりもできるはずです。もちろん、そう簡単なことではないと思いますが、「神は細部に宿る」といいますし、何事も意識してやることが肝要です』


 できれば「神」とか言わないでほしかったけれど、確かに意識してやることは非常に重要だ。


 呪符に魔力や術式を込めるのと、健康飲料に魔力を込めることに差はないはず。

 もちろん、術者によって効率とか持続力とかには差があるようだけれど、そのあたりは階梯を上げれば解決するはず。



『言葉にすればそれだけですが、本当の魔術――いえ、あえて「魔法」といいましょうか。行き着いた先にあるのは地味なもので、そういった認識が無ければ掛けられていることにも気づけません。私の声が、マイクを使わず、大声でもないのに皆さんに届いているのも、私の魔法――領域下にあるってことなんですけどね』


 私の認識化にある全ては私の領域内にあるのとほぼ同義だけれど、私もまた彼らの領域内にある。

 ただ、そのあたりの認識と領域構築・展開能力の差で一方的なものになっているのだけれど……、認識できていないものをどう説明すればいいのか分からない。


 なので、せめて実演して見せようと、朔の言葉に合わせて皆さんの前にある羊羹を切り分けてみる。

 認識できていなくても、私が干渉したことくらいは理解できるだろう。


 なお、既にひとり分食べている蘭さんの分だけは石に変えた。

 食べすぎはよくないしね。



 すごく地味な領域の使い方だけれど、言いたいことは伝わっただろうか?


 中には、「これが羊羹を狙ったものでなければ――」などと要らぬ心配をしている人もいるけれど、現状では抵抗は無意味なのだからとりあえず食べてほしい。

 もっとも、伝わりすぎても面倒というか、蘭さんのようにちょっと困った方向に全力で突っ走られても困るのだけれど、認識を変える切っ掛けになってくれればいいなと思う。

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