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04 魔術師の日常

 準備というか、食休みと着替えも終わって、綾小路家の人たちがそれぞれ普段どおりの訓練を始めた。


 もちろん、場所や設備には限りがあるので一箇所で一度に全員でということはなく、あちこちに分散してしているとのこと。

 私たちは、ご当主さんたちと一緒に各訓練場を回りながら、彼の説明を受けていく形になる。




 まずはフィジカルトレーニングということで、敷地内――というか、山中を走っている人たちの様子を見に行く。


 恐らく、一族で何百年も走り込んできたのだろう。

 踏み固められて「道」にはなっているけれど、決して足場が良いとはいえず、アップダウンも激しいので良い運動にはなりそう。


 ほかにも、岩や石などを利用したウェイトトレーニングだとか、拳や木刀などを使っての立木打ちなど、自然を最大限利用した訓練をしているそうだ。


 感想としては、「レクリエーションとしては楽しそう」。


 それに、うちでも走り込みはよくやる。

 走るのに慣れていれば、逃げる時の役にも立つしね。

 目安としては10分で10キロメートル――速度的には大したことはないけれど、平地でも直線でもないので想像以上に疲れるらしい。

 それを追跡者の攻撃を躱しながらという想定で。

 それくらいできれば大体のものからは逃げ切れる――というか、余裕で撃退できる。


 ただ、なんというか、私たちの訓練と比較しなくても()()

 訓練の内容はさして重要ではないけれど、漫然とやっても意味が無い――と、さきの講習会で綾小路さんたちには言ったはずなのだけれど……。


 それと、立木打ちは花粉の時期の樹木でやるのは止めようね。



「内容的には特別なところはないが、これを日課とできるのは『さすが』というほかない」


「なるほど、自然物の利用も実戦を想定してのことか。うちは効率ばかりを追求して機械に頼ることが多くなったが、少し考えた方がいいかもしれんな」


「神は細部に宿る――そういうことか。このような交流の場を用意してくれた綾小路殿には感謝せねばな」


 他家の代表さんたちの感想は総じてポジティブ、あるいはポエミー。


 それと、気軽に「神」とか言うのは止めよう?

 どこで誰が聞いているか分からないし、これにネガティブな感想を言わなければならない私の身にもなってほしい。



「身体は全ての資本ですからな! 健全なる精神は健全なる身体に宿る! さらに、御山の神聖な気を浴びて走れば魔力増強効果もある! ……ありますよね?」


 それに気をよくしたご当主によると、そういうことらしい。


 しかし、私に同意を求められてもなんとも答えづらい。

 そもそも、「有る」か「無い」かは当人の意識次第だと思うし。



 ちなみに、「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というのは、出展となる風刺詩集では「そうだったらいいな」程度の願望として書かれているらしい。

 それに、実態としては肉体と魂と精神は相互に影響し合うので、肉体が強くなれば魂と精神も強くなるのは間違いではないけれど、それと善悪や健全か不健全かはまた別の問題である。



「……ええと、まだこれだけで判断するには早いかと。それでもというなら、最大限好意的な感想と忌憚のない意見、どちらがいいですか?」


「ははは、それもそうですな。またとない機会だったので少し気が急いてしまったようだ。ひと通り見て回った後にまとめて聞かせてもらうとしましょう」


 私の反応を見て問題を先送りにしたか。

 それとも、この後に紹介する訓練は自信があるのか。

 後者であることを祈ろう。




 次に案内されたのは、精神修養の場。


 そこではお経を――いや、真言? を唱えながら滝に打たれている人や、護摩行っぽいことをしている人など、神道的な雰囲気が強い。

 もちろん、神道のことには詳しくないのでそんな気がするだけだ。


 というか、ほかにも頭にアルミホイルを巻いている人や木の幹に打ち付けている人などもいて、同一視するのは失礼な気がする。

 魔術の闇というか、神秘は人を狂わせるものなのか?



「「「……」」」


「ここでは、滝に打たれて神聖な気を全身で――いえ、では次に行きましょうか!」


 これには他家の人たちもコメントを差し控えている様子。

 ご当主さんも私の表情から何かを読み取ったのか、特に説明することもなく次の修行場へ向かう。

 少なくとも、一部の人は頭がおかしいことを認識しているのかもしれない。



 もっとも、精神を鍛えるのは、肉体や魂と比べて非常に難しいことは分かる。


 肉体を鍛えるのは運動すればいいし、魂を強くするにはその人の可能性を広げるとか深めてあげればいい。

 精神は、特に後者を鍛えていく過程で自然と強くなるものだと思うけれど、そうでない人もいるというか、個性に与える影響が最も強いものだからか「これ」といった正解がない。

 褒めると伸びる人もいれば、厳しくした方が伸びる人とか、ちょっとした切っ掛けで急激に強くなったり弱くなったり。


 そもそも、精神だけを鍛えるならストレスを与える方法も間違いではないと思うけれど、これが魔術師としての何の役に立つ訓練なのか分からない。

 そういう意味ではしっかりと解説してほしかったな。




 それから魔術の実技訓練場と研究施設を見せてもらった。


 綾小路家の得意とする符術は、あらかじめ用意しておいた呪符を用いて様々な現象を起こす術だ。


 なお、呪符を作れるのは、高位の術者に限られているけれど自作は可能とのこと。

 主に第一線を退いた術師たちの仕事らしい。


 身内のセカンドキャリアまで考えているのは感心。

 それを私に聞かせてどうしたいのかはよく分からないけれど。



 さておき、呪符に仕込まれているのは魔術の発動を補助する術式と方向性を決定する魔力だけで、それがあれば誰でも術を使えるというわけではないらしい。

 魔術師にとっての利便性の向上と、一般人が使って事故が起きないようにという安全性のバランスを取っているのだろうか。


 まあ、異世界では魔法が込められている魔石は子供でも使えるせいで時折事故が起きるというし、魔術が一般的ではない社会では秘匿性も重要ということかもしれない。


 はっ――良いことを思いついた!

 それなら、トランプとかタロットカードでやれば、魔術を使っているところを見られても「マジック」ということで押し通せるのではないだろうか。

 それに、不意の職務質問を受けた時にも安心だ

 所持品検査でトランプが出てきてもおかしくはないけれど、呪符が出てくるとちょっとヤバい人だと思われかねないし。



 そんなことを考えている間にも、魔術を使っての訓練は続いている。


 とはいえ、他家の人もいるからか、当初の予想どおり秘伝を見せないどころか初歩的な魔術だけで、強度や速度、それと精度に重点を置いているようだ。


 あるいは環境破壊や近隣及び社会への配慮か、それともターゲットとなる案山子や巻藁、鉄板などにもコストがかかるため、大きな魔術の訓練はそうそう行えない――ということかもしれない。

 世知辛い世の中である。



 さて、初歩的な術でも術者次第で炎でぶ厚い鉄板を赤熱させ、高圧の水や風の刃とやらで丸太を切断し、地面から生えてきた土の槍が案山子を串刺しにするくらいはできる。

 異世界でもよく見る光景だけれど、科学技術がこれだけ発展している現代日本で、不便な技能を継承してきたことに――そこにどんな想いや努力があったのかを想像すると少しだけ感動する。

 まあ、それと実際の能力は別の話だけれど。



 それでも、システムに頼らない魔術の実演は真由とレティシアには好評のようで、随分と真剣に見学していた。


 私は当然として、三上さんや亜門さんたちもふたりには必要以上に魔法を教えてこなかった。

 それに、湯の川での魔法教育はまだシステム前提のもので、本来はシステムの影響圏外では使えない。

 父さんや母さん、それとアルが多少なりとも使えるのは、イメージと魔力でそれを補っている――ある意味、魔法の本質を体現しているからだ。

 それも多少の例外はあるようだけれど、とにかくこちらの世界で初めて見る魔術に中二心が刺激されたのかもしれない。


 そんなふたりの様子に勇気を貰ったか、他家の人やご当主さんの口も軽い。



「基本的な術の使い方を見れば術師のレベルが分かるというが、ここまで平均レベルが高いとは……」


「特に蘭嬢は、術の発動速度、威力、精度のどれもが達人の域にありますな。どれほどの修練を積めばあの若さで――いや、これが天才か」


「そういえば、彼女は御神苗殿の教えを受けたのでしたか。その成果もあるのでしょうか」


「ええ、たった一日で見違えるほどに――本当に誰だか分からなくなるくらいに成長して帰ってきましたよ。たった一日で1.5倍ですよ」


 それは能力的なことか? 体重的なことか?

 やっぱり根に持っている?



「そんなにですか……。いやはや、御神苗殿との縁を結べた綾小路殿が羨ましいですな」


「……ただ、綾小路殿だけの問題ではないが、昨今は人工衛星に航空写真にドローンにと、屋外での術の訓練が難しくなりましたなあ」


「ですなあ……。お役目でも、防犯カメラや一般人の撮影の対処が大変で大変で……。機械にも効く術の開発をしなくてはなりませんなあ」


 やはり、現在の高度情報化社会は便利になっているところも多い反面、私たちのような機械に弱い人間には苦労も増えているのだ。

 世の中にはそういう人や、生体電気を持たない人、赤外線を無効化するような人もいることを忘れないでほしいものだ。



「そこは時代に合わせてどうにかやっていくほかありませんなあ……。それに、携帯電話での高速通信にドローンでの現場の偵察に、某ゲーム内での連携の確認まで――情報の流出には注意しないといけませんが、私たちも充分な恩恵を受けていますからな」


「確かに。通信機器の無い作戦はもう考えられませんなあ。念話や索敵の術は地味に負担が大きかったですしね」


「うちも支援車両の中でリアルタイムで戦況を確認できて指示が出せるようになって、事故が激減しましたな」


「AWOで戦術確認ができるのもいいですな。ゲームとは思えないクオリティですし、プライベートルームでやれば情報の流出も防げる」


 あれ? 時代に取り残されているのは私だけ?


 それはそうと、そのゲーム機、情報いっぱい盗んでいるよ?

 私の体形データも盗まれていて、別のゲームに使われているよ?


 悪魔たちには、「敵を欺くにはまず味方からです」と言われたけれど、敵はどこにいるのだろう?

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