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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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幕間 不死の大魔王

 不死の大魔王ヴィクターは、独り静かに窮地に陥っていた。



 元より、北には暴虐の大魔王アナスタシアの、東には獣王レオナルドの、南には赤竜アーサーの支配領域があり、迂闊うかつには動けない状況にあった。


 戦略家を自負するヴィクターの戦略の何が失敗だったかというと、こんな所に勢力を興したことだろう。


 もっとも、当時はレオナルドが台頭していなかったので脅威は北と南のみだったが、西の「ゴクドー帝国」という美味しい狩場に囚われ、そこから脱する機を逸したことは弁解の余地が無い。

 さらに、レオナルドの勢力が未熟なうちに叩かなかったことで完全に包囲される結果となったのは、戦略的敗北というほかない。




 そして、アーサーが縄張りを変え、レオナルドが大魔王を辞して獣王国が弱体化しても、状況が好転したとはいえないのが問題だった。



 古竜の気紛れさは有名で、いつ縄張りに戻ってくるか分からない。

 百年単位で留守にしていただけで戻ってきた例もある。

 そして、赤竜の操る「浄化の炎」は、アンデッドであるヴィクターとは致命的に相性が悪い。

 したがって、「万が一」を考えると南に侵攻することはできない。



 獣王国が弱体化している今なら、滅ぼすことも不可能ではないかもしれない。


 ただし、最終的にかの国の住人を全てアンデッドに変えたとしても、まだアナスタシアに対抗できるものではない。

 むしろ、その攻略中に背後から攻められると一巻の終わりである。



 それに、レオナルドは退位しただけで死んだわけではない。


 アナスタシアが動かなくても報復に来る可能性は否定できず、その場合、彼が現在身を寄せている「湯の川」が動く可能性もある。




 そもそも、何よりもヴィクターを悩ませているのが、その「湯の川」である。



 潜り込ませた間諜にはきっちり離反された上に、その間諜に対する人質などをごっそり奪われた。


 現在では、時折その元間諜から本気の感謝、あるいは高度な煽りのお手紙が届く。


 そのせいで、ヴィクターに隔意を抱いている配下が「次は私が!」と間諜に立候補したりしてさあ大変。

 とにかく明るく「安心してください!」と言われても、全然安心できない。


 そもそも、湯の川は、間諜どころかレオナルド本人や邪眼の大魔王エスリンに、アーサーを含めた複数の古竜まで取り込んでいる。

 さすがに「湯の川には立派な世界樹がある」とか「ユノの美貌は美の女神が失神するレベル」というのは嘘か冗談だとしても、帰りたくなくなる何かがあるはずなのだ。




 いずれにしても、湯の川(ユノ)出現以降、魔王や人間国家の勢力図は大きく変わった。


 複数の大魔王や古竜が在籍し、大魔王の中では抜きんでた実力を持っていたアナスタシアやバッカス及びクライヴと友好関係にある湯の川は、最強の一角――というより、ぶっちぎりで最強である。



 キュラス神聖国と西方諸国連合をそそのかし、まさかのエスリンを打倒したアザゼルも湯の川に討たれた。

 しかも、三正面作戦で湯の川の戦力を分散させておきながら、その全てで完敗という結果らしい。


 その結果、敗戦国からの証言はほぼ得られなかったどころか、絶対的な一神教であるはずの神聖国で「聖樹教」なる新興宗教が台頭している異常事態。

 戦地となった王国側でも、国教であるホーリー教との掛け持ちも許される――むしろ推奨された聖樹教は深く広く浸透していて、ろくな証言が出てこない。

 その少し前には「神に喧嘩を売った」という噂もあったが、その結果がこれだとするとヤバさが限界突破している。



 残された大魔王は、ヴィクターと堕天使の大魔王アルマロスだけ――もうひとり誰かいたような気がするが思い出せない。


 しかし、彼にとってアルマロスは敵味方以前に「なぜ魔王になったのか」「魔王になって何をなしたのか」すら分からない理解不能な存在である。

 勢力や支配領域すらも分からないが、そもそもそんな相手と手を組むなど論外だ。


 つまり、現在のヴィクターは完全に孤立した形である。




 さらに、帝国での企みも「世界樹の苗」の出現で潮目が変わった。



 ヴィクターが「生贄を用いた勇者召喚の詳細」を帝国に伝えたのは、リスクの高いそれを帝国で実験しようと計画したからである。


 肥大化しすぎて崩壊か分裂寸前だった帝国上層部がそれに興味を示すのは予想どおり。

 ただし、彼らがいくら莫迦でも、いたずらに勇者を召喚すると手綱を取るのに苦労することは理解している。


 そこに「スキルを奪うスキルの研究資料」を公開したのは、当代の皇帝ゲドーが《暴食》スキル所持者だったからだ。



 《暴食》は、対象のスキルを含めた能力を奪うスキルである。

 ただし、何を奪うかは指定できず、不発も珍しくない。


 これは、システムの「明確にイメージできていないもの」に対する仕様ではあるが、それを理解している者は少ない。



 それが、ヴィクターの研究では、まず「対象からスキルを抽出する」という手段を採る。

 ユニークスキルのような「魂と密接な関係がある」と考えられているスキルの抽出は難しいが、抽出できたスキルはスキル石のような物に詰め込んで他者に譲渡することも可能である。

 もっとも、後天的に付与できるスキルの数には個人差があるが、《暴食》スキルの所有者であればかなり高いはずだ。


 それは、スキル強奪スキル《強欲》を持つヴィクターだからこそ分かる。



 《強欲》は、《暴食》と同じく対象の持つスキルを奪うスキルである。

 《暴食》との違いは、認識できていないものには効果が及ばないことと、同一対象に対して一度しか効果がないこと。

 その分成功率は高くなるが、事前に長期間の観察などで対象の持つスキルをよく知っておく必要がある。

 したがって、誰もが知る汎用スキルや事前に充分に調査できた場合については効果的だが、ユニークスキルに対してや不期遭遇戦ではあまり役に立たない。



 しかし、帝国での実験はその欠点を補える可能性があった。


 スキルの抽出については、ヴィクターの《強欲》スキル研究の過程で発見された技術である。


 スキルを最大限活用するために研究するのは彼にとっては当然のこと。

 特に、《強欲》スキルには大きなリスク、あるいはデメリットも存在しているため、ただ使っていれば強くなれるものではない。



 スキルの抽出は、対象を拷問して弱らせておくなど、条件次第ではユニークスキルであっても抽出が可能である。

 ただし、それで抽出したユニークスキルは「正体不明スキル」となり、《鑑定》などを使っても詳細を知ることはできなくなる。

 そのまま自身や他者に付与することも可能だが、《強欲》や《暴食》等の特殊なスキル獲得能力を有していないと定着率は低くなる。

 また、ユニークスキルには所有者も知らないデメリットが存在していたりもするため、場合によっては弱体化する可能性もある。



 それが、ゲドーを実験体にできればスキルの詳細も観測できるし、スキル同士の相性も調査できる。

 最終的に、彼が力を付けすぎる前に《強欲》で根こそぎ奪ってしまえば、大幅な――あるいはアナスタシアに対抗できるだけの力が得られるかもしれない。


 そう考えての計画だった。



 帝国の現状を憂いながらもその打開策がなかったゲドーは、悪魔の誘惑だと知りつつヴィクターの手を取るしかなかった。


 皇帝たる彼が大きな力を得れば、それ自体が帝国の希望となる。

 他国は当然として、腐敗していた官僚や貴族たちに対する牽制にもなるし、上手くやればヴィクターの裏をかくこともできる。



 ゲドーがそんなことを考えていたのもヴィクターの想定内。


 ただ、帝国の腐敗はゲドーが考えていた以上に深刻で、彼やそれ以外の勢力が暗躍するには都合が良い環境だった。



 それから、度重なるユニークスキルの獲得とそれに対応するための改造で、人格や面影を失っていくゲドーは実用性を抜きにしても実に良い玩具だった。

 そうして、「直接的な戦闘」という手段を採らずに帝国の実権を握っていった十年間は、戦略家を自負するヴィクターにとってとても充実した時間だった。


 過去に勝手に手に入った砦が奪取されたのも、いい目くらましである。



 それが、世界樹の苗の出現で崩れ始めた。


 皇位継承権が低くノーマークだった第八皇女と、世界樹の苗の出現と同時に頭角を現し始めた聖女の暗躍で、自分が誰かも分からなくなっていたゲドーに回復の兆しが見え始めた。

 さらに、彼女たちは自身や皇帝の周辺をアンデッド退治の専門家で固め、堂々と彼の計画に横槍を入れてくるようになった。

 いつからどうやってヴィクターの関与に気づいていたのかは分からないが、冷静に思い返せばかなり前からその兆候はあったように思える。

 当然、排除するために何度も動いたが、世界樹の加護を受けたという聖女の力もあってか上手くいかない。



 とはいえ、その頃になると、湯の川のせいもあって小娘どもだけに構っていられる状況ではなくなっていた。

 むしろ、世界樹の本体が湯の川にあるといった情報(※裏切った配下たちからのお便り)もあり、枝葉を気にしていられる余裕が無い。




 そうこうしている間に、いくら殺そうとしても死ななかった吸血鬼の魔王が消された。


 特に役に立ちそうな、あるいは害になりそうな気配もなく、完全に忘れていた存在だったが、()()を綺麗さっぱり消滅させられるというのは尋常ではない。


 心当たりがあるとすれば、集会で出会った吸血鬼の大魔王――にそれだけの力があるとは考えにくいので、やはり「湯の川」である。



 ヴィクターは、「不死の大魔王」とよばれているが真に不死ではなく、不死性に関しては件の吸血鬼のような何か以下である。

 そもそも、彼自身が「不死」に対抗する手段をいくつも持っているので今更だった。

 しかし、それが通用しなかった相手が消されたという事実は、アナスタシア以上の脅威が出現したというほかない。




 ヴィクターは考える。



 ――どこで間違ったのか。


 現状で原因を探ることにさほど意味は無い――というより、ほかに考えるべきことがあるのだが、それは考えてもどうしようもないことである。


 ヴィクターの理想どおりに大魔王の数は減っていて、古竜たちも姿を消しているのに、なぜか彼に対する包囲網が狭まっている。

 せめてアナスタシアが消えてくれていれば、あるいは極東方面での戦争が泥沼化していれば希望もあったが、現実は嫌がらせに近いレベルで残酷だった。


「こんなはずではなかった……」


 となるのも無理はない。



 一応、現状ではゲドーからスキルと帝国を奪える可能性もまだあるが、それでアナスタシアに対抗できるかといえば「否」である。

 あるいはスキルだけ奪って逃げるにしても、湯の川の――聖樹教の影響圏拡大範囲と速度を考えると安住の地が見当たらない。


 こっそり南東方面を調査したところ、聖樹教の特徴を持つ神殿――の遺跡が発見されたのだ。

 ただの偶然か、あるいは噂で流れているように「ユノが最古の神」であることが事実で、世界中に痕跡がある物なのかは不明だが、どちらにしても恐怖である。


 地上は危険すぎる――と、広大な地下迷宮でも造って引き籠ろうかとも考えたが、やはりアナスタシアや湯の川の戦力に対して意味がある物ではない。



 ――獣王国がまだ弱いうちに攻め落としていれば。

 ――魔王になどならなければよかった。

 ――《強欲》スキルなどを持って生まれたのが運の尽き。



 そんな進退窮まる状況に、ヴィクターの原因究明はただの自虐と化していて、打開策を見いだせないまま時間だけがすぎていた。

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