幕間 運命の出会い
日課の滝行中だったアルマロスの身体に、強大で清純な魔力が駆け抜けた。
例えるなら、運命の相手にひと目惚れした瞬間に鈍器で殴られたかのような強い衝撃。
胸いっぱいに広がる甘酸っぱい感覚に、腹の底から込み上げてくる物理的な諸々。
強靭な肉体と高い耐性を持つ彼だからこそその程度で耐えられたが、周辺はいろいろと吹き飛ばされていて、緑豊かだった地が見事な荒れ地に変貌していた。
普通に考えれば敵襲である。
アルマロスとは無関係な戦闘に巻き込まれたという可能性もあるが、これだけの力を持つ強者たちの気配に気づかないはずがない。
あるいは奇襲であったとしても、魔法の射程距離や効果範囲を考慮すると、前兆も察知できていないのは不自然である。
主神の《極光》であれば可能かもしれないが、「主神様がそんなことをするはずがない」という根拠の無い信頼がある。
それよりも、「攻撃を受けた」というには不可解な点が多すぎる。
アルマロスが状況を確認するために飛び上がると、信じられないくらいの範囲で被害が出ているのが確認できた。
というよりも、被害の全容が見えない。
恐らく、直径で百キロメートル前後が更地にされていて、彼が被害を受けた場所はその外縁部から十数キロメートルの地点である。
これが彼を狙った攻撃であれば、もっと中心に近い位置だったはずだ。
それに、光景的には「悲惨」としかいいようがないが、魔力的には逆に祝福されているような状態である。
今はほとんどの緑や生物が失われているが、数年もすれば以前よりも豊かな森になるのは間違いない。
アルマロス自身、ダメージを受けたのも確かだが、奇妙な心地よさも覚えている。
どんな事情でこんなことが起きたのかは分からないが、ただの破壊行為ではないことだけは明らかである。
そして、その「事情」を調べることは、アルマロスの日課よりも優先されることである。
そうして彼は、その手掛かりを求めて爆心地の調査へと向かうことにした。
◇◇◇
そこでアルマロスが発見したのは、漆黒の髪に同色の翼を持った、美しすぎる堕天使だった。
あるいは女神かもしれないとも思ったが、よく見れば下にも立派なモノが付いている。
それくらいは神族や悪魔であればさほど珍しいことではないが、詳しいことはソレが意識を失っているために確認のしようがない。
ソレがなぜこんな所で、しかも全裸で意識を失っているのかは、アルマロスには推測のしようもない。
ただ、ソレがこの大破壊と大いなる祝福の原因であることは、その美しさと身に纏う清廉な魔力ではっきりと分かる。
そこに、「黒髪」「黒翼」「祝福」などのピースが合わさり、ピーンときた。
「もしや、このお方が世界樹の女神様か!? あのバケツの下にこれほど美しいご尊顔があったとは――なるほど、そうでもしないと世が乱れるということだったのですね! それがなぜこんな所に――いや、今はそんなことを考えている場合ではない! 一刻も早く身を休められる場所にお連れしなければ!」
アルマロスは、恭しく世界樹の女神(仮)を抱き上げると、その良い匂いで一瞬目的を忘れかけるも、集落を目指して飛び立った。
◇◇◇
アルマロスが集落に到着すると、そこではさきの大破壊の件で大いに混乱していた。
といっても、集落が受けた被害は少ない。
老朽化していた建物が崩れたり、衝撃に驚いた年寄りが転んだ程度である。
それでも、彼らも翼を持つ者たちである。
少し飛び上がれば被害状況も分かる。
これだけの大破壊を行える存在といえば主神くらいしか心当たりがなく、それが彼らの生活圏を破壊したとなると、何かを勘繰らずにはいられない。
「まさか、我らは主神様の怒りを買うようなことをしてしまったのだろうか!?」
「確かに、最近は少し怠惰な生活を送っていたかもしれんが……」
「いや、そうであれば直接滅ぼされているはずでは?」
「もしや、もうここにいるべきではない――つまり、我らの旅立ちの時が近いと、そういうことでは!?」
「「「それだ!」」」
当然、「それ」ではない。
そんなところに、世界樹の女神(仮)を連れたアルマロスが帰ってきた。
「今戻った。皆、無事か?」
「お帰りなさい、アルマロスちゃん。三丁目のユリウス爺さんが転んだくらいで、私たちは大丈夫よ」
「ところで、そちらの方は? もしかして、アルマロスちゃんのお嫁さんかしら?」
「ヤったのか! アルマロス!」
「いや、このお方は世界樹の女神様だ。この大破壊の中心で倒れておられた」
いつの間にか、ソレは世界樹の女神と確定していた。
「なんと!? 一体何があったというのだ!?」
「いや、まずは女神様を休ませて差し上げるのが先だ!」
「ともあれ、何か大きなことが起きているのは間違いない! 我らの役目は、それをお助けしろということか!」
「「「そうだったのか!」」」
事情を知っている者からすれば全然そんなことはないが、駄天使たちの間では点と点が繋がって線になった。
そして、線の続く先へと歩き出す決意を固めていた。
◇◇◇
世界樹の女神(仮)が目覚めたのは、それから数時間後のことだった。
ソレには「世界を愛で満たす」という明確な目的はあるものの、自分が何者なのかといったことはさっぱり分からない。
それでも、人間に紛れて過ごしていた中で、その人間とは違う容姿から「もしかして?」とは思っていた。
それが基軸世界に来て、自身と似たような姿の者たちがたくさんいて、ソレのことを知っている様子である。
その駄天使たちが言うには、ソレは「世界樹の女神」らしい。
その女神は、「世界樹」を司る太古の神で、強大な力を持ってはいるものの不安定なことを理由に封印されていたが、とある人間の手により最近復活したばかりの神であるらしい。
ソレには世界樹というのが何を指すのか分からなかったが、言葉の感じから「愛」に置き換えてもいけそうな気がしたので、ひとまず納得することにした。
更に話を聞くと、復活前の世界樹の女神は、人間として異世界で過ごしていたらしい。
これもソレの来歴とも大体合っている。
少しばかり引っ掛かるところはあるが、伝聞であることを考慮すればそんなものかもしれないと納得した。
また、世界樹の女神は黒髪黒翼に紅眼だという話で、黒髪黒翼黒眼のソレとは三分の二が一致している。
無論、これもただの噂で、実際に会ったことがあるというアルマロスによると、その時はバケツを被っていて容貌は確認できなかったとのこと。
それでも、魔王に堕ちるほどに世界平和を望む彼が、ソレの纏う神聖で透明感溢れる魔力を見間違うはずがないと豪語している。
それに加えて、紅眼というのが充血していただけという可能性も無くはないと考えると、ほぼ一致しているといってもいい。
駄天使たちの証言はほとんどが伝聞で、アルマロスの証言も状況証拠でしかない。
それでも、その全てがソレに当て嵌まるとなると、ただの偶然ではなくなる。
いろいろと引っ掛かるところもあるが、元より世界樹の女神に関する伝承は少なく、少し前までは「邪神」扱いだったなど、彼らの常識では測れない存在である。
「女神様が大破壊の中心で倒れていたのも、何か事情があってのことなのだろう。記憶の混乱も、それに関係しているのではないだろうか?」
アルマロスが、ソレの現状をそう推測する。
むしろ、何も推測できていないというべきか。
一方のソレも、さすがに直近の出来事は覚えている。
ただ、彼らが「大破壊」とよぶものがコオロギ型の魔物を相手に力を解放した結果であるとか、意識を失っていたのは爆散するコオロギを見たのが原因だったなどとは言えない。
それに、何度も何度も「事情があった」と言われると、そんな気もしてくる。
「私は世界樹の女神――ユノだったのか」
結果、「そうだったかも?」と思ってしまったのも無理はなかった。




