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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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幕間 勇者

 意識が戻った王司の目に、知らない天井が映る。


 それから、意識を失う前の状況が徐々に思い出されていく。



 一刻も早く姫に会いたくて、一緒に学校に通いたくて、転校して結婚しようとした矢先に受けた強い衝撃。


 回る視界とせ返るような鉄の臭い。

 状況は違うが、ここまでは前世でも何度か経験したもの。


 その直後、まばゆい光の奔流に押し流された。

 その際、愛しい姫――によく似た天使か女神に会ったような気もしたが、そちらは夢か現実か分からない。



「僕はまた死んだのか……」


 王司は、確認のために声に出してみる――と、意外なことに普通に声が出た。


 前世の死後とは違う状況を不思議に思いつつ、自身の手足を眺めてみたり身体を触ってみたりしたものの、特に違和感は無い。

 むしろ、違和感が無いのが違和感というべきか。

 服装も意識を失う直前のままで、破損や汚損も無い。



 状況が理解できない中、とりあえず辺りを見渡してみるが、床も、壁も、天井も、全て白一色の殺風景な空間だった。

 色の濃淡や陰影等で一応はそれぞれの区別はつくが、窓どころか出入口すらない。



「白って二百色あんねん」


 状況を確認するために再び声に出してみたが、混乱は増すばかり。


 ここが死後の世界だとすると、あまりに殺風景――というより手抜き空間すぎる。

 心のどこかで「また異世界転生かも?」とも考えたが、そういった状況では定番の、進行や説明をしてくれる神的な存在がいないため確認のしようがない。

 これではAWOでゲームマスターに連行された「お仕置き部屋」に近い。


 姫との掛け替えのない時間を奪ったGMは許せないが、神が姫との幸せな未来を奪ったのであればもっと許さない。

 チートスキルのひとつやふたつでは釣り合わないと文句を言ってやりたかったところである。


 しかし、いないのでは仕方がない――とはならず、王司は思いつくままに不満を口にする。




 そうしてひと通りの不満を3周リピートした頃には王司も落ち着いてきて、部屋の中央の中空に1冊の本が浮かんでいることに気がついた。


 最初からあって見落としていたのか、後から湧いてきた物なのかは分からない。

 そんなことよりも、それをどうするかが問題だった。


 ――といっても、現状を確認するためにはそれを手に取る以外の選択肢は無い。

 ただ、あからさまに罠っぽくて躊躇ためらってしまうのも無理もないことだ。



 王司は躊躇いつつも本を手に取り、開く。


 しかし、そこには文字が書かれていない。


 代わりに、直接頭の中に情報が流れてくる。


 ――彼が勇者として異世界に召喚されること。この空間が事前に説明や選択を行うための一時的な避難所であること。これから召喚されるの世界の概要。レベルの概念や魔法・スキルの基本的な情報。異世界転移ボーナスと勇者特典としてユニークスキルを得る権利について。召喚を拒否して元の世界に戻る方法とその際の注意点。ボーナスポイント分配と獲得可能ユニークスキル一覧。勇者引退後のセカンドライフ提案。そして時間制限。



「ちょっと待てえ! 先にちゃんと説明しろよ! 不親切すぎるだろ!」


 いろいろと気になったことはあったが、時間制限の項目――残り3分弱の表示で全てが吹っ飛んだ。


 できれば元の世界に戻りたいところだが、「召喚前後の記憶を失うとともに、元の世界の情勢や被召喚者の状態によっては、死亡若しくは身体に重大な損傷を受けている可能性があります」などと脅されると、素直に「はい」とは言えない。

 少なくとも、召喚直前に受けた衝撃は物理的なもので、相当なダメージを受けていることは間違いない。

 むしろ、その衝撃が召喚魔法の影響だったのであれば悪質すぎる。



 それでも、姫と離れ離れになってしまう可能性を考えると、彼としては「元の世界に戻る」以外の選択肢は無い。


 そうしなかったのは保身ではない。

 興味本位で覗いた獲得可能なスキルに、かつて敬愛していた勇者が得意としていたスキルを見つけて少し正気に戻ったのだ。


 ユノにひと目惚れしたのも嘘ではないが、もう手が届かなくなってしまった憧れの人と重ねて見ていたことも事実である。

 さらに、後者には後悔や罪悪感もたんまりと付いている。



 王司が転生してから二十年弱。


 大魔王との戦争の勝負の行方はどうなったのか。


 勝っていればいいのだが、それはそれで、前世の彼が憧れた勇者はもう結婚しているかもしれない。

 むしろ、個人的な感情は抜きにして――とても悔しいが、人類の命運を背負わせて苦しめてしまった彼女には幸せになっていてほしいと思う。


 そこは彼女が命懸けで守った世界なのだ。

 誰に何を言われても幸せになる権利がある。



 しかし、新たな勇者を召喚する必要性を考えると、そこが平和な世界である可能性は低い。

 少なくとも、彼らの時代に行った勇者召喚は一か八かの賭けで、気軽に行えるようなものではなかった。

 さきの頭の中に流し込まれた情報を信じるなら、人間が滅んではいないことだけは確かだが、それ以上のことは何も分からない。

 意図的に言及していないのであればやはり「悪質」といわざるを得ないし、姿を現さないのもやましいところがあるように感じてしまう。



 それでも、王司は召喚に応じることを決意した。

 かの勇者が守った世界を、今度は自分が守れるならそれは光栄なこと。

 彼女が志半ばで斃れていたのだとすれば、その遺志を継ぐ覚悟がある。


 姫――ユノとの別れは非常につらい。

 あるいは、前世のことは忘れて、ユノに甘やかされて生きていくのもよかったのかもしれない。


 しかし、ここに来る直前に見た天使か女神が、勇者としての彼の担当である可能性もなくはない。



「それなら出てきてくれれば快諾したのに! いや、何か事情があるのかもしれない――もしかして、勇者として頑張れば姿を現してくれるのか!? そうか、だったら頑張るしかない! 見ててね、僕の女神様!」


 王司は、そこにいるかどうかも分からない女神にそう告げると異世界チュートリアルに旅立った。


◇◇◇


 こうして、新たな勇者が異世界に召喚された。

 それ自体はその世界では珍しいことではなく、周辺諸国にも通知されるくらいに堂々と行われたことだった。



 しかし、当の勇者が「召喚前に女神に会った」と供述するのは初めてのことだった。

 それだけなら戯言だと切り捨てることもできたが、本来は知るはずのない世界の知識を持っていたり、教育も無しに魔法やスキルが使えたりと、今までの勇者とは何かが違う。



 そして、以前と違っているのは勇者だけではない。


 神が実在し、その管理下にシステムがあることが常識な世界では、人間の成長や進化に応じてシステムがアップデートされることも常識である。

 そして、それは人間がシステムを悪用しようとしていた際にも行われる。



「まだまだ完璧には程遠いけど、ひとまずは成功といってもいいかな」


 システムの――少なくとも「召喚」に関する部分に修正が入ったことを察した人間たちの反応を見て、主神の代表であるヤガミが成果を確認していた。



 異世界からの勇者召喚プログラムには「人類及び窮地にある個人の救済」という目的がある。

 修正以前の総合的な評価としては、「成果としては上々の部類だが、問題が多いことも否めない」となるだろうか。


 それを踏まえて、今回――というか初となる修正は、被召喚者に拒否権を付与することや能力の選択と保護を目的としたものだった。




 被召喚者は、元の世界より召喚後の世界に適性がある者が対象となるが、その判定はかなり緩い。

 時として、ソウマのように一時的に行き詰っていただけの者が対象になることもある。

 それが幸か不幸かは最終的に被召喚者本人が決めることだが、そもそも、適性が高いからといって救済に繋がるのかもまた別の話である。



「ゲームが好きなのと、ゲームのような世界で生きていくことが好きなのは違うことだと思う。召喚された直後――若いうちはいいかもしれないけれど、歳をとってからのことも考えた方がいいのでは?」


『多くの人が考えてる「スローライフ」って、実際には全然スローじゃないことも多いしね』


 などと、行く先々で無双し、歳もとらない彼女たちに指摘されるまで考えもしなかったことで、感情的には素直に納得し難いところもあるが正論である。



 実際に、勇者として活動できる期間はそう長くはない。

 引き際を誤って命を落とす勇者も多い――むしろ、そちらが大半を占める。

 つまり、考えようによっては「救済」と称して、別の死地に追いやっていただけだった可能性もあるのだ。



「死ぬこと自体は本人の決断と行動の結果でしかないけれど。たとえ一時いっときでも抑圧から解放されて、好きなように生きられたのなら、それはそれで救済なのかもしれないし?」


『そこまで責任を負う必要は無いんじゃないかな。ま、力に溺れさせないような匙加減は必要かもしれないけど』


 かと思えば、それを責めるでもない。

 それどころか、慰められていた。

 かなり好き放題に生きていて、匙加減どころか大体のことは些事だと考えている存在にである。



 それでも、ユノたちの協力があれば、システムの大規模アップデート時にシステム自体を停止するとか、アップデート後に再起動をする必要も無くなるため、ふたりの機嫌を損ねるようなことは言えない。

 当然、それくらいでへそを曲げるほど狭量だとは考えていないが、彼女たちの感情が何に影響するかは分からないので、不確定要素を排除しておくに越したことはないのだ。



 それに、帝国で行われているような「召喚直前の不安定な勇者からユニークスキルを奪う」ような行為は、被召喚者の可能性を奪うことと同義で、主神たちの「人を救いたい」という意思を踏み躙るものでもある。

 ユノたちが協力的なのも、そこに思うところがあるからだ。

 むしろ、彼女の妹たちの問題がほぼ解決している現在となっては、さっさと修正しないと帝国が滅ぼされるおそれもある。




 そうして、暫定的な修正を行ったのだが、結果はまずまずといったところ。


「混乱していたのかもしれないが、()に気づくまで結構な時間がかかったな。やはり案内役を用意した方がいいのかもしれない」


「しかし、交代制にしたとしても、案内役を常時待機させておくのは負担が大きくないか?」


「異世界人召喚はそれほど頻繁に行われるものではないからなあ……」


「だが、異世界に召喚された時に神と面会できるというのはひとつのお約束――いや、浪漫ではないか?」


「それはあるな。ああ、そういえば、彼が言ってた「俺の女神様」というのはどういうことだと思う? やっぱり、ユノ君の何かを感じとったとかだろうか?」


「それは分からないなあ……。計測してた各種データはどう見ても異常なんだけど、ユノ君絡みだと数値的な異常は出ないはずだし」


「で、俺たちにはこんなでたらめなデータを分析できる能力は無いし、それについてはもう少し様子見だな」


「様子見はいいが、種子を召喚した場合の捕獲機能や、人と融合している場合の分離機能を試せる日は来るのだろうか?」


「とにかく、まだまだ改善点は多いけど、得られたものも多かった」


「そうだな。白って二百色もあるとか知らんかった」


「それはどうでもいいけど、とりあえず被召喚者に分かりやすくするところから始めようか」


 主神たちの所感としては、被召喚者の応対に関してはまだまだ改善の余地があるが、ユニークスキルの定着やチュートリアルクエストの採用は一定の成果を挙げている――といったところ。

 召喚者の方も、その混乱ぶりを見るに修正が入ったことは充分に認識しているようで、それも成果といっていいだろう。


 彼らはこの結果を基に、更なる修正をノリノリで加えていく。

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