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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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16 ブートキャンプ

 まだ顔色が悪い人もいたりするけれど、危なかった人も一命を取り留めた。


「さて、私たちのような凡人には対処のしようがなく、参考にならない領域を体験したところで、次のステップに移りましょうか」


 そうして、全員の意識が戻ったところでアルが講習を先に進める。



 学校教育だとか一般的な教養講座なら、ここで充分な休憩をとるべきなのだろう。


 しかし、開始から三十分も経っていないのに休憩をとらなくてはいけないようでは先が思いやられる。

 それに、体調が万全なら理解できるというわけでもない――というか、私の知る限りでは、階梯を上げた人の多くは極限状態で切っ掛けとなるものを掴んでいる。

 それに比べれば、この程度は序の口ですらない。


 アルも同じ感想なのか、特に気にした様子もない。



「これから皆さんには、さきの基本を念頭に、ひたすら魔力を使っては回復して――を繰り返してもらいます。じゃあ、ユノ。今度は――」

「すみません、そうと言われましても、意識して魔力を使うのはいいとして、すぐに回復するものではありませんし、たった1日の間ではそう何度も……」


 しかし、アルが話しきる前に、今度は安倍さんが疑問を差し込んできた。


 もう少し待っていればその理由も示されていたのだけれど、未知に対する恐怖が勝ったか。


 それでも、ポジティブに受け止めれば、ただ状況に流されるだけではない精神力を持ちあわせているということ。

 その調子で、これからの長丁場でリーダーシップを発揮してほしい。



「それも、それ以外も、見ていれば全て分かりますから。じゃあ、ユノ。今度は予定どおりに」


『はい、お兄様』


 そして、再び朔の領域が展開される。



 前回と違うのは、個人ごとの配慮がなされていない点。

 そして、演習に必要な物しか存在していないこと、


 同じなのは、現実世界とは隔絶している独立した世界なので、アルも含めて自力では行き来はできない点か。

 もちろん、自身と世界をしっかりと認識できるようになればその限りではないけれど、さすがに今回の講習で一気にそこまでいくことはないだろう。



 さて、領域の中央には、直径で5メートルくらいの噴水がひとつ存在している。

 そこで噴出している液体は、ネコハコーポレーションで販売している物と同レベルの健康飲料である。

 つまり、これがある限り魔力回復に困ることはなく、ついでに飢え死にすることもない。


 そして、最大のポイントは、この領域と現実世界では時間の流れが違う。

 現実世界では一泊二日の予定の講習会だけれど、この領域内で百日くらいみっちりやってもらおうという魂胆である。


 もちろん、この領域の構築については、事前の予行演習で問題無いことを確認している。

 誤差があっても1%以下に収まるだろうとのことだ。


 それにしても、改めて見ると見事なものである。

 領域の精度を一定に保ちつつ、現実世界との同期をとり続ける――飽き性で細やかな制御が苦手な私にはまねできそうにない。


 あるいは最後に帳尻を合わせればいけるか?

 失敗すると浦島太郎状態だけれど。



「魔力の回復についてはご覧のとおり。時間については、この領域内では現実世界の百倍の速度で時間が流れていますので、少なく見積もっても百日くらいは訓練できますよ。もっとも、百日程度でどれだけ基本が身につくかは分かりませんが……。せめて、魔力は見えなくても存在する――薬や瞑想などに頼らなくても回復できるくらいはできるようになりましょうか」


「薬漬けにされる可能性は考えていたが、まさかの神薬とは……。これはサイバー忍者にも読めなかった。だが、ただの訓練に、こうも贅沢に使っていい物なのか?」


「あたしは改造手術されるのかと思ってた! でも、ボスにならいいかなって!」


「多分ですけど、この何も無い世界に百日もいたら精神的に厳しいと思うんで、その対策も兼ねてるんじゃないでしょうか?」


 上井さんや伊達さんはすごい覚悟で講習に参加していたようだ。


 まあ、薬漬けといえば薬漬けになるけれど、良い薬なので問題無い。


 もちろん、改造もしないけれど、認識は変えてもらう。

 認識を変えた結果、それまでの自身とは違う存在になっているかもしれないけれど、きっと問題無い。



 ただし、この領域が白一色の殺風景で、それが人間の精神に負荷をかけているのはこちらの落ち度だろう。

 アルも何も言わなかったし、問題だとすら認識していなかった。



 もちろん、問題が発生したなら対応すればいいだけのこと。


 修行といえば山籠もり。

 そして、この時期の山といえばキャンプ。


 ということで、朔にそんな感じの環境を構築してもらう。



「いきなりキャンプ場が!? いえ、何も無い世界よりは有り難いですが……。あ、私、こちらのコテージがいいですわ!」


「たかが一泊二日で『着替えをいっぱい持ってこい』って、どれだけハードな訓練をするのかと思っていましたが、こういうことでしたか。水着も持ってくるべきでしたかね?」


「兄妹揃ってのオッドアイ! しかも金眼……! 強者の証っぽくて格好いいわね……。領域を展開できるようになったらそうなるのかしら?」


 クラスメイトたちは、環境の変化に驚きつつも余裕がある。

 目標設定も低いし、追い込むわけでもないし、それくらい肩の力を抜いていた方がいい。


 なのに、なぜ綾小路さんのお姉さんはまた魂が抜けそうになっているのか。

 別に取って食おうというわけではないのだけれど……。


 まあ、「気が強い」というのは、「心が弱い」ことを隠すためのポーズなのかもしれない。

 少し配慮してあげた方がいいかもしれない。


◇◇◇


――第三者視点――

 御神苗兄妹主催の講習会は、想像を遥かに超えた異常さで、想像以上に地味だった。



 この講習会での目標は、「魔力の本質」「魔力は貴方の可能性」と認識すること。

 言葉にすればたったそれだけだが、実際のところは雲を掴むような話である。



「魔力をガソリンに置き換えて例えると、今の皆さんは、ガソリンを『燃える液体』としか認識していない状態です。ですが、ガソリンの性質を知って、何に利用できるかを認識すれば、幅広く効率的に運用できるでしょう?」


 御神苗アルトの出した例えは非常に分かりやすかった。


 しかし、「どうやれば認識できるのか」については当人の感覚でしかない――とにかく試行錯誤して掴むしかないと、受講者に丸投げである。




「一応、限界ギリギリまで追い込めば何かに覚醒するかもしれませんが、あまりお勧めはしません」


 そう聞いた安倍と上井、話は聞いていなかったが「ふたりが御神苗兄妹に挑戦する」と聞いた伊達が本当に戦いを挑んで、ただ酷い目に遭った。



 彼らと御神苗兄妹との戦闘は、限界ギリギリどころか、限界を軽く突破していた。


 というより、「戦闘」というレベルにはならず、実力差等に一切忖度が無いただの虐殺だった。


 僅かな時間に、何度殺されたか分からない。

 死んでいないのは、ユノ()の領域がそう定められたものだからだ。


 無論、彼らも「世界を創り、壊せる存在」に勝てると思って挑んだわけではないし、彼らが相当に手加減していたことも分かっているが、「死」を体験するのは「衝撃的」などというレベルではない。


 しかし、そんな目に遭っても何も掴めていない。



 ルナたちがユノとの訓練でバグったのは、基礎能力の高さとシステム補正、いつ死んでもおかしくない世界で「生きよう」「強くなろう」とする強い意志があったからである。


 能力的にまだまだ未熟で、認識も追いついていない現状では、ただ殺されるだけで目覚めるような都合の良いものではない。



 なお、被害者が「限界ギリギリとはどういうことか」と尋ねたところ、加害者からは「精神が壊れないギリギリ」と返ってきたという。

 それを聞いてどう反応すればいいか分からない被害者たちだが、その塩梅が常に手探りなことを知らないのは幸せなことだった。




 また、知り合いがグーパンで爆散する様子は、見ていただけの者たちにとってもトラウマになってもおかしくないものだった。


 それでも、被害者に感情移入しながら客観視――間接的に「死」を体験するのは、ただ殺されているだけの者たちより「何か」を想う余地があり、魔術師としての勘が「そこに何かある」と告げている。


 とはいえ、死地に飛び込む勇気は湧いてこない。

 対人戦が不得手な観や竜胆たち魔術師組は当然として、対人戦もある程度はこなせるものの自信が無い清水と怜奈にとって、それはただの自殺でしかない。

 同じ自殺をするなら自身のタイミングで、苦しまないようにしたいと考えるのは当然――というより、強く生きるために参加している講習でのそれは本末転倒である。


 また、この期に及んで半端な自尊心と僅かな敵対心を抱いていた蘭に至っては、そのせいで例外的な事故が起きるのではないかと気が気でない。



「敵うとか敵わないといった次元の挑戦ではありませんから、避け得ぬ理不尽に対してどれだけ強い心をもって臨めるかが重要ですね。ちなみに、私のこの髪も挑戦した名残というか後遺症で、本来は有色なんですよ。その時の加減からするとまだまだ序の口。むしろ、死なない保証があるのは大盤振る舞いです。というか、芸術家や聖人は一度死んでからが本番なところもありますし、案外良い経験になるかもしれません」


 そこにきて、何かの極意に目覚めた戦闘民族かと思っていた男が、Z戦死していたなどと聞かされると、受講者間での自主練習に一層の力が入る。

 当然、魔力切れの心配なく訓練ができることや、綾小路家と一条家、公安と皇の交流など、それはそれで新たな発見もある。


 そうして「手合わせは必要ない」とアピールしていた彼女たちだが、ユノたちはそもそも成果に拘っていない。

 むしろ、こんな講習で成果が出るのかと、彼女たち自身が懐疑的である。

 何も成果が出なくても「残念でしたね」で済ませて、その結果を次回以降に活かすだけだ。

 当然、次回開催の予定は無く、湯の川や自身の子供たちに対してのものである。


 ここは、彼女たちにとっての実験場でもあった。

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