14 ゼミナール
――ユノ視点――
団藤くんの家を襲撃してから数日後。
約束の「魔力についての基本講座」を開催する運びとなった。
それとは関係無いけれど、団藤くんの家のあれこれは、無事に「事故」で片付きそうでひと安心。
また、生け捕りにした人たちも、公安監視下で大人しくしているそうだ。
もう少し観察は必要で、当面は監視がつくそうだけれど、この調子なら日常に戻れる日も遠くないとのこと。
さておき、当講座受講者は、公安からはさきの離島で――というか、悪魔の領域で一緒した安倍さん、観さん、伊達さん、上井さんの4人。
そして、皇からは清水さんが参加する。
不参加の砂井さんは「狙撃手」という役割上、あまり魔力が影響しないからと辞退するとのことで、くのいちのふたりは外せない任務があるとのこと。
都合が合わないのは仕方がないとして、狙撃手でも魔力の認識ができれば役に立つと思うのに……。
むしろ、そういう認識の人ほど受けてほしいと思うものの、嫌がる人とかやる気のない人にはあまり効果が無いのも事実である。
そして、本命の対象だったクラスメイト三人もきちんと参加している。
ただ、公安や皇の人も参加するとは思っていなかったようで――というか、伝え忘れていたので、少し腰が引けている。
すまない。
彼らとはギブアンドテイクというか組織間の話に発展してしまったので、致し方なかったのだ。
それはそれとして、なぜかもうひとり、綾小路さんのお姉さんが参加することになっていた。
綾小路家的には、このせっかくの機会に、参加できるのが出来の悪い竜胆さんたちだけというのは不安があったようだ。
そこで、私たちに借りを作ることになってでも、信用できる人を送り込みたかった――という経緯らしい。
それと、本人的にも、伝え聞いた「私が離島で語った魔力についての講釈」が納得できなかったこともあって、参加を希望したらしい。
「私が不出来なばかりに申し訳ありません……。姉は当家では優秀な魔術師のひとりなので、能力的には問題無いと思うのですけれど……、その、少し性格や口調がきついところがあったりしまして……。その、失礼があったら申し訳ありません」
と、その申出の直後にあった竜胆さんの言を信じれば、お姉さん――【蘭】さんは将来有望な魔術師らしい。
もちろん、私たちから見れば、魔術師としての能力は誤差レベルだろう。
最前線で働いていた人たちや、「伝説」と謳われていた傭兵さんの能力を見れば、大きく予想を超えることはないと思うし。
それならやることは変わらないので、ひとり増えたところでどうということもない。
それに、綾小路さんが謝ることでも、私がその謝罪を受けるものでもない。
実際の講習の大半はアルがやってくれるのだから。
なお、この講習のことを聞いた真由とレティシアがなぜか対抗心を燃やしていて、この場ではなく湯の川で訓練を受けている。
もっとも、ふたりにはここで行う予定の基本くらいは教えている――というか、基本しか教えていない。
私としては、いつか「なりたい自分」が見つかった時にすぐになれるように配慮しているつもりで、いい感じの下地ができていると思う。
しかし、ふたりにしてみればそれが不満だったようで、特に地球にも――すぐ近くに魔術師がいると知ってから、妙に対抗心を燃やすようになった。
それがふたりの「なりたい自分」に繋がることなのかは分からないけれど、私に判断できることではないし、回り道でもいい経験になるかもしれない。
というか、過剰に干渉しようとすると嫌がられるしね。
反抗期みたいなものだろう。
だからなのか、ふたりは私ではなくアルやアイリス、クリスやセイラたちに教えを受けたがっている。
まあ、異世界での訓練なので、現地の人に教えを請うのは理屈に合っているし、私が拒絶されているわけでもない。
ただ、「訓練中は絶対見に来るな」と言われているので、成長具合を直接確認することはできないけれど。
もちろん、その気になれば不可視状態で覗き見ることも可能である。
とはいえ、ふたりや湯の川の人たちのことも信頼しているし、そこまでするのは過保護にすぎる。
ふたりの「なりたい自分」になる過程を見守りたくはあるけれど、アルバイト先に親が来るのを嫌がる人は多いと聞いたこともあるし、それに似た感覚なのかもしれないしね。
理解のあるお姉ちゃんとしては、大人しく自重しておくべきなのだろう。
それに、訓練で自信が身につけば見せてくれる日も来るだろうし、それを楽しみにしておこう。
◇◇◇
「ボス―! 久し振りーっ! 会いたかったよー! あたし、今日が楽しみで楽しみで――んぐぐっ」
「おはようございます、御神苗さん。今日はよろしくお願いします」
会って早々に荒ぶる伊達さんと、彼女を羽交い絞めにして挨拶する安倍さん。
同じく、彼女に猿轡を噛ませながら会釈する上井さん。
完全に他人のふりをしている観さんと清水さん。
こちらも、彼女の奇行には触れないように挨拶を返し、その後方で肩身が狭そうにしていたクラスメイトたちにも挨拶をする。
なお、性格がきつめだと聞いていた綾小路さんのお姉さんだけれど、無難で控えめな挨拶を交わしたに止まった。
もしかすると、応対に出た悪魔たちの人相と体躯で委縮してしまったのかも?
彼らの大半は長身でスマートな体系のイケメンなのだけれど、私たちの護衛という役割上か、強面マッチョな皮を被って偽装しているのだ。
私としては、偽装後の姿より、偽装用の皮を干している光景の方が怖い。
さて、参加者が揃ったところで、会場となるマンションの地下2階にある訓練場に移動する。
といっても、今回の講習のために急遽造った物で、ある程度の強度は確保しているけれど、私やアルの訓練に使えるような物ではない。
ただ、外部と隔離するための物だ。
それでも、受講者の皆さんを驚かせるには充分な物だったようで、「さすが御神苗さんだな……」「壁や床全てが呪具なのか……」「さすがボス! この壁、ひんやりしてて気持ちいい!」などと騒いでいた。
「本日の講師を務めることになりました御神苗アルトです。今回は、基礎中の基礎、魔力とは何か――正しく魔力を認識してもらうことを目標としようと考えています。では、時間ももったいないので、早速始めましょうか」
開講前に、アルが講義の目的を簡潔に述べると、悪魔のスタッフがホワイトボードやレジュメを用意して去っていく。
なお、「本日」とか「今回」などと言っているけれど、次回開催の予定は無い。
さて、その様子からも分かるように、まずは座学らしい。
私にはあまりない発想なので、私としても少し興味を覚える。
「あ、あの、その前にひとついいでしょうか!?」
「はい、どうぞ」
綾小路さんのお姉さんが出端を挫いてきたけれど、アルは嫌な顔ひとつせず受け止める。
これが想定された事態だからというのもあるだろう。
「私やそちらの方々はともかく、この不肖の妹も同じ講義を受けるんですの? 時間がもったいないというのは私たちとしても同じです。それぞれの能力に見合った講義を受けたいと思うのはおかしいでしょうか?」
しかし、投げかけられたのは想定外――というか、それ以前のものだった。
「綾小路蘭さん、でしたね。貴女とお会いするのは今日が初めてですが、妹からは皆さん揃って基本ができていないと聞いています」
みんな基本ができていないから、それを教える――という趣旨で募集したはずなのに、そこに疑問を抱かれても困る。
「……せめて、実力を見てから判断していただけませんこと?」
「……もう大体把握してるんですけどね」
私から見たお姉さんは、不機嫌さは隠しきれていないけれど、性格がキツイとか口が悪いというほどではない。
というか、きちんと理性は残っているというべきか。
異世界において、油断も隙もない貴族社会で揉まれてきたアルにとっては、この程度は障害にもならないだろう。
「ですが、納得できないというのは理解できますし、それで気が済むなら何でもやってみてください」
「! 言いましたわね!? 後悔しても知りませんことよ!」
アルの言うように、お姉さんが呼吸を卒業していないのも、魔力の扱いがなっていないのも一目瞭然である。
さらに、彼には《鑑定》スキルもある。
こっちの世界では効果は激減するとはいえ、今の彼の階梯なら充分な効果が出るのだろう。
多分。
しかし、その余裕が――若しくは「やれやれ」といった感じのジェスチャーがお姉さんの癇に障ったのか、分かりやすく火がついた。
ポーチから札――綾小路さんも使っていた呪符を取り出すと、アルに向かって投擲する。
それが、余裕で目視できる速度で飛んでいって、彼に衝突して激しく炎上した。
「えっ、ええっ!?」
お姉さんは、まさかまともに当たるとは思っていなかったのか、紅潮していた顔が一転して蒼褪める。
とはいえ、それも一瞬のこと。
炎やそれに付随するあれこれが消えて、そこから先ほどと全く変わりのないアルが姿を現した。
「と、こんな感じで、基本ができていない人の魔術では、基本ができている人を傷付けるのは非常に困難な感じですね。これで納得していただけましたか?」
ふふふ、“こんな感じ”と“困難な感じ”をかけたのか。
やるなあ。
私じゃなきゃ聞き逃していたかもしれない。
「直撃したのに……!? 結界術とか、対抗魔術も発動せずに? えええ……?」
冗談はさておき、魔力の良さをまるで活かせていないただの炎では、正しく魔力を使っていたアルの髪一本すら焦がすことができず、すぐに消された。
それも、ただ炎が消えただけなら、そういう魔術でとか、圧倒的な魔力差で消されたと勘違いすることもあったかもしれない。
しかし、それだけでは説明がつかない熱波などの残滓も同時に消えたとなると、世界が書き換えられたような違和感を覚えたはずだ。
というか、お姉さんの大袈裟なリアクションや、顔色が変わった安倍さんたちの様子に、アルのドヤ顔に拍車がかかっている。
とはいえ、相手の能力や階梯が低いこともあるけれど、彼の魔力や魔法の理解力は格段に向上している。
本人曰く「褒められて伸びる」タイプなそうなので、とりあえず褒めておこう――調子に乗らせるのも危険なので、控えめに賞賛の拍手を送る。
「じゃあ、あたしもいいですか!」
「はい、どうぞ」
お姉さんが意気消沈してしまって、これで終わり――いや、開始かと思っていると、今度は伊達さんが横槍を入れてきた。
しかし、良い格好ができて気分がいいアルはふたつ返事で受け入れる。
「あたし、ボスの下で働きたい!」
「「えっ」」
伊達さんの想定外すぎる主張に、アルと安倍さんが困惑している。
というか、さすがに彼女も学習したのか、安倍さんに捕まる前に逃げ出して、私の後ろに隠れている。
なので、私も困惑している。
「……雇用主を盾にするような使用人はちょっと」
「じゃあ、盾になれればいいんですか!」
「基本もできていない人では、盾としても役に立ちませんので……」
アルの遠回しな拒絶では意味が無かったようなので、もう少しストレートにお断りしておく。
「よし、言質取った! それじゃあ、頑張って基本を身につけて雇ってもらいます!」
「「えっ」」
さきのやり取りのどこに言質が……?
ポジティブ思考は嫌いではないけれど、妄想を見るようなレベルは駄目だと思う。
「……まずはそちらの組織できちんと承諾をもらって、その上で採用試験でもしましょうか。もちろん、基本を身につけられればの話ですが」
アルも納得はいかない様子だけれど、莫迦を説得するのは無理だと諦めたのか、現実的な無理難題を吹っかけて幕引きを図るつもりのようだ。
「よっしゃー! 今度こそ本当に言質ゲットだぜ!」
「「えっ!?」」
まさか、さっきのは引っ掛け?
莫迦のふりをして、私たちを揺さぶったのか!?
「あの、私からもひとつお伺いしても?」
これを機とみたか、一条さんが仕掛けてきた――いや、「仕掛ける」というのはいいすぎか。
ただの質問かもしれないし。
「どう――」
「種付け料はおいくらでしょう?」
しかし、アルが「どうぞ」と答える前に――というか、とんでもないことを言い出したよ。
「……えっ、未成年との淫行はちょっと」
「いえ、対象が私だと言ったつもりではありませんでしたが……。それとも、私がご希望でしたら、もう少しお待ちいただければ18になりますので大丈夫です」
誰が見ても分かるくらいに、その間は悪手である。
案の定、一条さんに更に攻め込まれている。
というか、最近の女子高生の倫理観ってどうなっているの?
「ええと、今回の講義は、魔術の素質と血統の否定的な内容も含んでいますので……」
「それはつまり、お安くシテいただけるということで?」
「い、一条さん!? それはさすがにはしたないのではなくて!?」
「私から見れば、綾小路家こそそんなスタンスでいいんですか? たった一日だけの講習で私たちがどれだけ強くなれるかは疑問なんですから、保険になることを用意しておくのは当然でしょう?」
「な、なるほど! そういえば、房中術ですとか、殿方のせ、精液で魔力を回復する術もあると聞きますし……一理ありますわ」
何だか妙な流れになってきたぞ。
しかし、サキュバス族のように独特な魔力回復手段を持つ種族もいるし、魔力の認識を変えるという意味ではありなのか?
いや、アルの奥さんたちから「主人をよろしくおねがいします。娼婦のような金銭だけの関係や、ユノ様のようにご利益があるならともかく、新たに嫁や子を連れて帰られるような事態は避けたいので……」と相談を頂いている。
私に何のご利益があるのかとか意味が分からないところもあるし、承諾した覚えもないけれど、家庭不和の素を放置するのも寝覚めが悪い。
「お嬢様、納得しないでください! ほら、御神苗さんだって無反応――いえ、めっちゃ冷めた目で見てますよ!」
「っ!? そ、そうですわよね! そういうことは、愛し合っている男女が、結婚してからすることですわよね!」
なんだか誤解された上に、微妙にズレている綾小路さんのせいで、更にどうしていいか分からなくなった。
『いろいろと勘違いもあるようですが、講義が終われば解決しているものもありますし、抗議もその時に聞きますので、そろそろ始めましょうか』
しかし、私には心強い味方がいる。
それにしても、さすが朔だ。
空気を読まない図太い精神と、頭の回転の速さは天下一品である。
さらっと“講義”と“抗議”をかけているところもポイントが高い。
『……』
「……そうですね。言いたいことがあるなら講習の後で受け付けます。もっとも、その後でそんな気力があればですが」
アルも持ち直したし、蛙鳴蝉噪の時間も終わって、ようやく講義――そして、本題となる演習が始まる。
なぜ演習なのか?
魔力とは個々人によって違う可能性のことなので、認識や扱い方も個々人で違う。
実体のある世界でも、個々の精神を通して認識するため相違する部分が出てくるのだ。
集合的無意識? とかそんな感じのもので補っているので社会が構築できるレベルに抑えられているけれど、「可能性を広げる」ためにはそれが邪魔になることもある。
多分。
とにかく、そうして今までの価値観を取り除いて、基本的なところや方向性を示すことはできても、最終的には自身で詰めるしかない。
それと、夏だから。
蝉のように、羽化して大きな世界へ飛び立ってもらいたい――ゼミだけに!




