11 知恵と勇気
「てめえらどこの者だ!? うちがゴフゥ!?」
事情が呑み込めていない団藤家の下っ端構成員が吠えようとしたのを、虎が拳で黙らせる。
「黙っとけ。ワイではどうにもならん相手や。下手なマネしたらその瞬間にアウトやで」
「おい、虎、てめえ何を言ってるんだ? こんな時のために高い金でてめえを雇ってんだろうが。そもそも、相手はたったのふたり――しかも、片方は女じゃねえか。せっかくいい気分で飲んでたってのによ……。つまんねえ冗談言ってねえでさっさと片付けろ」
団藤光宙も、武闘派としてそれなりに修羅場をくぐりぬけてきた男である。
その数多の闘争で養った勘がそのふたりがただ者ではないと訴えていて、ここが瀬戸際――死に場所であると理解していた。
それでも、彼には悪党としての矜持があった。
相手が危険だからとイモを引いていては下の者はついてこないし、この業界ではやっていけない。
「親分さん、あんたもや。あんたらみたいな無能力者には分からんやろけどな、あの兄さん、ワイとは全然モノが違う。ワイが百人おっても勝てへんで」
虎も、光宙の立場や考え方は理解している。
しかし、用心棒でしかない彼に、報酬以上の仕事をする気は無い。
忠誠心などで動いているわけではなく、団藤家にそれだけのカリスマがあるわけでもない。
それでも、保身と合わせて報酬分の仕事はしておこうとしているのが現状で、その邪魔をされるのであれば、契約違反として裏切ることも視野に入れている。
当然、相手がそれを受け入れてくれればだが。
「えっ、めっちゃ過小評価されてるんだけど。いや、戦闘能力が全てじゃないけど、そんな低評価付けられるのはつらいわ。でもまあ、誰も逃がさない――っていうか、俺を倒さないと逃げられないから、精々頑張ってみるといい」
英雄として、若しくは領主として絶大な戦力を持つアルフォンスにとって、賊討伐の現場で仲間割れを起こされるのは初めてのことではない。
むしろ、一致団結して反抗する方がまれで、命惜しさから誰かしらは裏切り助命を乞うてくるものである。
当然、そんなものを受け入れるのは特殊な事情がある場合くらいのことで、今回はそれに該当しない。
彼がどれだけ「御神苗」の情報を持っているか、それがどこまで拡散されているのかは調査しなければならないが、それも力尽くでやればいいだけのことである。
むしろ、下手に裏切られて「ガス爆発及び火災」では説明のつかない被害を出されると困るので、先回りする形で「裏切りは受け付けない」と示したのだ。
「あっ、いやっ、そうゆうつもりでは!? ちゃうんです、ボンクラにも分かるように言うてみただけで!」
「誰がボンクラじゃゴルァ!? てめえ、いつも調子の良いことばっか言っときながら、相手選ばなきゃ喧嘩もできねえ腰抜けだとはな! もういいっ、すっこんでろ! 男の生き様ってのを見せてやる! てめえらも拳銃持ってこい!」
虎は、アルフォンスの拒絶に動揺して、額面どおりに弁解しようとした。
そんな弱腰な彼にブチ切れた光宙が、隠し持っていた拳銃をアルフォンスに向け、躊躇なく引鉄を引くと同時に、構成員たちにも発破をかける。
銃を脅威に思わない存在がいることは分かっているが、それも絶対ではないはずだと――何より、これまで切った張ったの世界で生きてきた矜持が無条件降伏を許さない。
「ドアホが! そんな玩具が通用するはずあらへんやろっ!」
焦りを通り越して苛立つ虎だが、光宙のせいで後に引けなくなった。
寝返りは拒絶されたため意味が無い。
逃げるにしても、そんなに甘い相手ではない――となると、戦いの中で何らかの活路を見出すしかないと覚悟を決めるしかない。
「その意気やよし」
「では、しっかりと見届けてやろう」
そうして、虎や構成員たちが腹を決めたところ、思わぬ所から異様な存在感を放つ声がかかる。
彼らがそこに目を向けると、巨大な鎌とランタンを手に持ち、漆黒の襤褸に身を包んだ白骨――見た目にも分かりやすい死神がいた。
なぜ今まで気づかなかったのか、本物か偽物かなど、考えるまでもない。
宙に浮いているとか、サイズが人間離れしているとか、お盆も終わりという時期的にも、宗教観的にも違うなどなど理解不能なことも多いが、震えが止まらない自身の身体が何よりの証明である。
今では立派な悪党とはいえ、彼らも人の子。
初めて人を殺めた時などで手足が震えた経験もあるが、これはそれとはまるで違う。
何がどう違う――と言語化は難しいが、変な汗も出るし、涙やそれ以外の物も出る。
ひとりだけなら「気合が足りない」と莫迦にするところだが、集団でとなると「それだけの理由がある」と捉えるのが当然である。
それがo-157による集団食中毒等であればまだ救いもあったが、救急車を要請する前に霊柩車が到着している手際の良さには殺意しか感じない。
さらに、お迎えがふたり体制という念の入れようだ。
「o-人事!」
錯乱気味の虎が叫ぶ。
――クビか、首(物理)か。
無論、そういった二者択一を迫られているわけではないのだが、彼の言わんとするところは多くの者に伝わった。
だからといってどうにもならないが。
「たっ、弾――いや、塩持ってこい!」
光宙も、ユノに弾倉を抜き取られていることには気づいていないが、弾丸が発射されないことには気づいていた。
そこで、構成員に弾丸を持ってこさせようとしたが、思い直して「塩」を要求した。
無論、「清めの塩」を連想してのオーダーだが、それがデスに効くというエビデンスは無い。
彼も相当に混乱しているのだ。
弾が出ない銃の引金を女々しく引き続けている姿に、覚悟の面影はどこにもない。
構成員の何人かは腰が抜けて動けなくなっていたが、反社会的勢力の若手やベテランには血の気が多い、若しくは場数を踏んで度胸がついている者もいる。
そんな者たちが、生まれたての小鹿のように弱々しくなりながらも、光宙の指示に従って様々な物を持ってくる。
塩(※岩塩)、胡椒、ニンニク、大麻。
これから始まるのは抗争ではなく、香草焼きだとでもいわんばかりの品揃えである。
彼らも大いに混乱していた。
「意気はどこにいった……」
「見るに堪えぬ……」
そんな光景を見たふたりのデスは、落胆を隠す素振りもない。
「そろそろ仕事しましょうよー。このままだと先輩ら、自己紹介でスベっただけの日になるっすよ。何ですか? 『我ら、ドイツ語でゼンゼンマン』『ゼンゼン怖くないマンだ』って。聞いてるこっちが恥ずかしくて死にそうだったんですけど」
「止めろ、言うな。忘れさせてくれ……」
「日本人にはドイツ語を使ったジョークは高尚すぎたのだろう……」
もっとも、ふたりの落胆の最大の要因は、直前の事故紹介――主人を落胆させたことだった。
その挽回の機会を窺っていたふたりだが、同類だと思われたくないマリアベルにとっては迷惑でしかない。
ひとり無難(※当社比)に自己紹介を済ませた彼女は、これ以上傷口を広げる前にこの仕事を終わらせたかった。
「ドイツもこいつもないですよ。先輩らは親しみやすさとかお笑いとは無縁なんですから、普通に仕事して挽回しましょうよ」
「なっ!? 何を言うか! そもそも、貴様が『首有りですけど首無し騎士です』などと、『トゲアリトゲナシトゲトゲ』みたいなことを言うから!」
「であれば、我らも『ボッキディウム・チンチンナブリフェルム』級の自己紹介をせねばなるまいと……!」
マリアベルとしては無難に自己紹介しただけで、ふたりに責められるいわれはない。
そもそも論でいうなら、無茶振りをした主人に責任があるはずだが、誰もそれには触れない。
むしろ、主人が望むなら、どんな無理難題にでも応えるのが彼らの心意気である。
当然、能力的にも適性的にも限界はあるが、それは主人の好みが「努力する人」だと理解している彼らにとって諦める理由にはならない。
それに、主人は結果にかかわらず、「挑戦」には非常に寛容である。
今回のように悪い方向に振れることも少なくないが、よほどのことでなければ咎められることはない。
「何の話かは分からないけれど、自己紹介で下ネタは最悪だと思うよ?」
しかし、変なところで世間体やコンプライアンスを気にする主人に駄目出しを食らった。
言葉どおり下ネタを嫌ったのか、昆虫的な雰囲気を感じたのかは定かではないが、どちらにしても自己紹介に絡めるには向かないものである。
それで困るのはアドンとサムソンだ。
自己紹介自体を禁止されたわけではないが、良いネタが思いつかない。
そこに活路を見出したか、虎が切り込む。
混乱はしていても力では敵わないのは理解しているので、知恵と勇気を振り絞って。
「……“〇ートゥ”をご存知か?」




