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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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10 死神

「……その取引先との関係は見直した方がいいかと。それよりも、早く逃げた方が――」


 情報屋との通話が突然途切れたが、フーにはそんなことを気にする余裕は無かった。



 ――明らかに世界が変わった。

 ――その世界に閉じ込められた。



 魔術には詳しくない虎だが、本能的にそれが理解できた。



 これが噂に聞く「領域」かと、そう理解した瞬間に戦意が折れた。


 どう足掻いてみたところで、負ける――あるいは殺される。

 少なくとも、逃げようとしても逃がしてもらえる相手ではない。


 まだ相手の姿も見ていない段階でここまでのプレッシャーを感じるのは、虎にとっては初めての経験である。

 もっとも、死神だと思っていたマーダーKを倒した相手など想像もできないもので、未知の存在に恐怖ばかりが募っていく。



「虎さん、どうしたんすか? すごい汗っすよ」


「何か俺も寒気と吐き気が……。飲みすぎたかな……?」


 突然の虎の緊張は、異能力を持たない団藤の構成員たちにも伝わっていた。

 勘の鋭い者の中には、迫りくる死の予感に体調を崩す者もいた。



「おどれら、どえらいとこに手ぇ出したなあ……。ワイも含めて皆殺しにされるんちゃうかな……」


「な、何言ってるんですか!? じょ、冗談ですよね? 虎さんに勝てる相手なんて――」

「そんなもんなんぼでもおるわ。そん中でも最悪のとこに手ぇ出しおって……。ワイ、『あんま調子乗んなよ』って何回も言うたよな? どっかで絶対やらかすってな」


「そんな時のためにあんたが雇われてんだし、なんとかしてくれるんだろ?」


「どあほ。なんでも『限度』っちゅうもんがあるんやぞ。核爆弾落ちてくるんをどないかせいって言われても無理やろ。むしろ、それより性質悪いわ。……ほら見ぃ、来たぞ」


 状況が分からないまま言い争う彼らの前に、白髪の日本人離れした容姿の男が歩み寄ってくる。



「誰だてめえ! ここがどこか分かってんのか!? ――んごっ」


「な、何やってんだ、虎さん!? とち狂ったのか!?」


 魔術や異能力を理解していない構成員のひとりがその男に向かって吠えたが、焦った虎に口を塞がれた。



「やかましい、黙っとけ。……あんたが『おみなえ』はんか?」


 虎の目に映るその男は、周囲の空間が歪んで見えるほどに圧縮された魔力を纏っていて、同じ人間とは思えない威圧感を放っている。

 それは彼の想像できるレベルを遥かに超えていて、マーダーKが死神のような人間だとすると、こっちは正真正銘の悪魔である。


 できればかかわり合いたくないが、無視するのもそれはそれで怖い。

 そうして、普段の彼からは想像もできないような低姿勢に、普段の彼を知る者が聞けば違う意味で恐怖を感じる猫撫で声で声をかけていた。



 構成員たちから見れば、虎がただの優男にビビりすぎていることが不思議でならないが、口を塞がれた弾みで顎を外された男のようにはなりたくないので余計な口は挟めない。

 ただし、いつでも攻撃できるよう、携帯している銃器や刃物を意識する。



 虎にしてみれば、相手の魔力の質からして、領域の主であることは間違いないと断定できるだけに、下手な動きは見せられない。




 なお、その相手アルフォンスからしてみれば、これは少し強固な結界ではあるが、とても「領域」などとよべるものではない。

 そもそも、公安からのオーダーで領域展開は禁止されていたので、彼らにも分かりやすい結界を張ったつもり――が()()である。



「……これって、ほとんど領域じゃないですか。禁止って言いましたよね? いえ、確かにすごい――すごすぎるんですけど、こう、映像では映らないようなのは、知らない人には説明できないんですよ」


 アルフォンスの結界は、観に駄目出しを食らっていた。



 そもそも、アルフォンスは結界系の魔法があまり得意ではない。

 そのため、駄目出しをされるのではないかと心配して少し気合を入れて展開したのだが、まさかのやりすぎ判定だったのだ。



 そして、アルフォンスには、これで駄目なら何をどうすれば「証明」になるのかが思い浮かばない。


 攻撃系の魔法は派手だが、現代日本で堂々と使えるものではない。

 それに、ガス爆発に粉飾できるような威力のものを披露しても意味が無い。


 仕方がないので、領域にならない程度に魔力を纏ってハッタリを利かすが、それも映像には映らない。

 結局、その後に「証明」を有耶無耶にする事件が起きたため、彼が先行することになった。




 そうして、人外感マシマシでやってきた優男を前に、虎の野生は消え失せ、それどころか人生の大ピンチだった。


 戦うなどもってのほか。

 先ほどの例えが冗談ではなく、核爆弾に素手で立ち向かうような愚行である。



(核に勝つには、こっちも核を撃つしかねえ……。って、どない考えても無理やし、どっちにしても死ぬやんけ。って、ひとりノリツッコミしとる場合とちゃう!)


「なんだ? あんた、うちを知ってるのか? 知ってて手を出したのか? 理解に苦しむなあ……」


 混乱気味で思考がまとまらない虎に対して、アルフォンスの反応は軽いものだった。


 魔力の見えない構成員たちには煽りにしか聞こえないが、それでも何かしら感じることはあるのか、先に口や手を出そうとする者はいない。



「いや、ワイ――アタシはここの用心棒みたいなもんですが、おたくらに手え出したって聞かされたんはついさっきのことで……。迷惑料ならたっぷり払わせますさかい、ここは見逃してもらえまへんやろか?」


「用心棒……? あんた、一応『こっち側』なのか? だったら分かるだろ。金の問題じゃなくて、情報管理だ。あんたからは話を聞かなきゃいけないけど、うちの情報の意味が分からん奴らには死んでもらうしかない。中途半端に力と知識を持ってて、調子に乗って悪さしてた因果が巡ってきたと諦めてくれ」


 どうにかして戦い――虐殺を回避しようとする虎に対して、アルフォンスの返答は取り付く島もない非情なものだった。


 構成員たちも、非常にまずい状況であることは分かっていながらも、彼の言っていた「中途半端な知識」のせいで迂闊うかつに動けない。

 虎のように銃程度では勝てない相手がいて、その彼がこれほど警戒しているのだ。

 一般人であるはずがない。



「ただ『知った』だけならほかにも方法があったんだけど、うちの妹に手を出そうとして、既に人死に出てるからなあ。で、あんたらの素性的に温情をかける気にもなれないし、諦めて――いや、最後だから精一杯抵抗してくれ」


「お待たせ。ええと、そういう状況でもなくなったから、手早く済ませよう」


 アルフォンスの口上の直後、暗闇から湧き出るように、神々しい輝きを放つ美しすぎる少女が姿を現した。



「おかえり。観さんは?」


「お仲間さんに預けてきた。……少し手間取ってしまったけれど」


 ふたりは知り合いのようだが、受ける印象はまるで違う。

 片や邪悪な悪魔の化身のようで、片や純真な女神である。

 どっちにお迎えにきてほしいと問われれば、九割以上が「後者」と答えるだろう。


 ただし、その少女のあまりの輝きと美しさのせいで、世の男性の九割が、彼女が首から上がない黒いウマに乗っているとか、その両脇に死神型オプション等が付いていることに気づかない。



 なお、これらは公安側が求めていた力の証明として、「お試し」感覚で呼び出されたものである。


 当然、当初は「デス」を公開するつもりはなかった。

 しかし、アルフォンスの結界では駄目出しされたため、次に説得力がありそうなものとしてユノが提示してしまったのだ。


 もっとも、観には既に見られていた可能性もあったとか、最近いろいろなものに対して耐性がついてきたアルフォンスの制止が遅れたという要因もあったが、出てきた時点でいろいろと手遅れだった。



 観も、テーマパーク跡地でユノを監視していた時点で「なんかヤバいのがいる」ことには気づいていた。

 ただ、それらが可視化状態でいる時間が短かったこともあって、「気のせい」ということにして心の均衡を保っていた。


 それが、言い訳できない至近距離で目の前に出現した。

 最早、「証明」がどうという問題ではなく、生命の危機である。

 デスたちにそんな意思はなくても、大抵の生あるものは「死」を目前にして平常心でいられるほど強くはなく、それが「観る」ことに長けている彼女であればなおさらだ。



 結局、判定役の観が失神してしまったために、「充分な証明を示す」という目的は達成できなくなってしまったが、同時に止める者もいなくなった。



 ユノとアルフォンスが最初に着手したのは、気を失っている観の保護だった。


 強めの結界を展開しているため、中にいる者たちは逃げられない。

 観の状態は気を失っているだけで命に別状はないが、だからといって放置するのは角が立つ――となると、当然の選択である。



 ただし、彼女たちが乗ってきた車は諸事情によりアンモニア臭がきつく、保護に適した場所ではなくなっている。


 そのため、快適さには定評のあるファントム号に乗せようとしたところ、その様子を見ていた公安の隊員たちに動揺が走った。



 事情を知らない者たちからすれば、見た目にも分かりやすい死神デスが現れて、仲間を宮型霊柩車に積み込もうとしているのだ。

 仲間と、国家の安寧を守る立場的には止めなければならないが、能力的にも心理的にも止められない。


 理性は「行くべきだ」と告げ、本能は「逝くな」と叫び、板挟みになった精神は耐えきれずに停止するか崩壊する。

 彼らにとって、それくらいに実体化した「死」を認識するのは衝撃的なことだった。

 なまじ「本物」だと見分けられるだけに、自信があった分だけ。


 それに、「御神苗」のネームバリューが追い打ちをかける。

 彼らは誰もが名を知る大悪魔を余裕で追い払うような連中である。

 死神を従えていても不思議ではないと。

 下手をすると、彼らは「おみなえ」ではなく、「おむかえ」なのかもしれないと。




 ふたりは、そこで「ようやく」、若しくは「やはり」やりすぎたことを理解する。


「おい、なんかちょっとヤバいぞ。このままだと後始末に期待できないかもしれないし、ちょっとフォローしてきた方がいいんじゃね?」


「え、私が? そういうのは苦手なのだけれど」


「お前が出したってバレてるだろうし、俺が行っても仕方ないだろ。朔に頼むか――それか、芸でもさせて『コントロールできてますよ』ってアピールしてこいって。俺は先に行っとくから」


「む……。仕方がないか。アドン、サムソン、マリアベル、怖がらせないように挨拶してね」



 そこで、アルフォンスはひとり現場へ先行し、ユノに率いられた使い魔たちは、錯乱しつつある公安のエージェントの前で小粋な自己紹介をしようとしてスベっていた。

 ただ、混乱度合いが増したことで彼らの精神の崩壊も止まったのは不幸中の幸いか。


 その後、彼女たちは失神した者たちの看護を錯乱している者たちに押しつけて、逃げるようにアルフォンスに合流した。


 そこに、騒ぎや異変に気づいた団藤家の構成員たちも出てきて、大方の役者が揃った。

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