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自覚の足りない邪神さんは、いつもどこかで迷走しています  作者: デブ(小)
第十六章 邪神さんとデスゲーム
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09 情報

 フーに感知できたのは、公安の部隊の接近――何者かに団藤家及びその周辺を緩く包囲されているところまでだ。


 彼ではさすがにその集団の所属や目的までは判別できないが、包囲されるまで気づかなかったことを考えると、それなりに訓練されていることは分かる。


 少なくとも、団藤家に対する戦力としては過剰である。

 また、タイミング的にも彼を狙ったものだと考えた方が妥当である。


 ただし、心当たりがありすぎる上に、このタイミングで狙われる意図は分からないため、やはり相手を特定するには至らない。



 この時点での虎の所感は、「単独であれば逃げることも可能」だった。


 安全策を採るなら、マーダーKの活動範囲内で騒ぎを起こすことは避けたい。

 しかし、団藤家という優秀な金蔓かねづるを手放すことも惜しい。



 とはいえ、虎の耳にも届くような大事件を起こしたばかりのマーダーKが、こんな小さな事件に首を突っ込んでくる可能性は低い。

 そう考えると、今ここで逃げるのは悪手である。



「なんか知らんけど囲まれとるで? しかも、そこそこの手練れや。おたくら何やったんや?」


 そこで、虎は全ての責任を団藤家に被せることにした。


 上手く立ち回ればボーナスもあるかもしれない。

 それに、久し振りにマーダーKの名を聞いて、実戦から遠ざかっていたことに危機感を覚えていたところもある。



 多少経験を積んだからといって、すぐに強くなるわけではない。

 しかし、虎のような近接戦闘タイプには「勝負勘」が重要で、それが鈍ると明らかな格下を相手に足元を掬われることもある。

 それが、実力で劣っている相手に、勝負勘まで放棄しているようでは逃げることさえ難しくなる。



 結局のところ、虎は少し暴れたい気分だった。

 それが、かつての野生を取り戻そうとしていたのか、あるいは「マーダーK」の名を聞いたストレスで、無意識に捌け口を求めていたのかは彼自身も分からない。



「え、いや、心当たりはいくらでもありますけど……」


「虎さんが『手練れ』って言うほどの奴らに復讐される覚えは無いっすね」


「ああ、飛翔つばさが今日襲うって言ってた女の子、データにはないけど良家の子らしいです。確か、『おみなえ』だったかな?」


 虎の発言を真に受けた団藤の構成員たちの反応は、それを疑っていないものだった。


 少なくとも、彼らにも悪いことをしている自覚はある。

 簡単にバレるようなヘマはしていないはずだが、復讐心に囚われた者にそんな正論は通じないことくらいは想像できる。


 何より、抗議や襲撃を受けたのはこれが初めてではない。

 さすがに虎が警戒する規模のものはないが。




 構成員たちの反応は、虎の目論みどおり。

 ただし、これがボーナスに繋がるかどうかは、親分の団藤光宙(みつひろ)の判断になる。


 しかし、そんなことより、構成員たちの言葉の中に無視できないものが交じっていたことに引っ掛かった。



「おい、今さっき『おみなえ』ゆうたか?」


 それは、情報屋から「詳細は不明だが要注意」として聞かされていた言葉だった。


 ただ()として聞かされていただけで、どんな漢字を書くのか、そもそも日本語なのかも分からなかったもので、連想できるところとしては「女郎花おみなえし」が精一杯。

 当然、そんな単純なものであれば情報屋が突き止めているはずで、むしろ、そうであるからこそ暗号か符丁か――と深読みしていて、単純な人名などとは思いもしていなかった。



「えっ、あ、はい。核の同級生で、すごい美人で――な割にはあまり話題になってないんですけど、やっぱりまずい家の人間でしたか……?」


 恐る恐る答える構成員と、それを聞いて顔色を変える虎。


 後者の中で、嫌な予感が急速に大きくなっていく。



「はは、いつもの冗談ですよね? そんなヤバい奴なら、情報回ってきてるはずですし」


 虎も、できることならそう信じたかった。


 しかし、異能力関連情報の精度や鮮度については難があることは情報屋も自覚しているし、彼にも伝えられている。

 その上で、「要注意」というのがどの程度なのかが分からないことが問題で、少なくとも、今現在包囲されている状況程度のことではないはずだ。


 もっと良い情報屋を使っていれば――と、今更悔やんでも意味が無い。

 そもそも、彼の能力と稼ぎでは、今の情報屋が身の丈に合っているのだ。

 彼は自身のキャリアの中で、身の丈に合わないものほど危険なものはないことを学んでいる。



「そうやとええんやけど――」


 虎が、動揺する構成員におざなりに答えつつ今後の方針を考えていたところ、彼の携帯電話に着信があった。


 非通知だったために発信者は不明だったが、彼の電話番号を知っていて、このタイミングでかけてくる者の心当たりは限られている。

 いつもなら「電話でのやり取りは、思っている以上に危険なんですよね」と言って、重要なことは直接会って話すことに拘っていた男だろう。

 そして、戦士としての予感が正しければ、今すぐに出なければいけない相手だ。



「おう、ワイや」


 とはいえ、間違いや迷惑電話である可能性も捨てきれないため、名乗りはしない。

 それに、想像している相手であれば、これでも充分なはずだ。



「突然すまないな。急ぎで伝えないといけないことがある。今から会えるか?」


 電話の相手は予想どおり情報屋で、内容も同様だった。


 情報屋から電話がかかってきたことは初めてではない。

 しかし、「良いネタがあるんだが」といった営業のものだったり、虎を情報源にするべく探りを入れるもので、どちらにしても「急ぎ」のものではなかった。

 そして、対面でなければ話せない重要なこととなると、自ずと可能性は絞られる。



「悪いなあ、今立て込んどるんで無理や。それより、ちょっと聞きたいんやけど、お――何ゆうたかな……お、お、おみ、おみくじ?」


「! まさか、引いたのか……?」 


 虎は、言葉を選びつつ情報屋の意図を測ろうとして、その反応で大体のところを察した。



 情報屋にとっても、虎の反応は最悪だった。


 知らなかったことは仕方がない。

 能力不足でろくな調査もできず、伝えられていなかった自身にも非はある。


 しかし、虎もプロフェッショナルの端くれである。

 見えている地雷を踏みに行って、巻き添え被害を出すような軽挙は困る。



「あー、ワイやのうて、取引先のボンボンがな。で、実際のとこ、どれくらいかかる?」


 虎も、濡れ衣を着せられて見捨てられては困ると、おおよその事情を話して弁解し、更にアドバイスを求める。



「詳しいことは分からない。ただ、きゅうや島のことはそれが理由で、Kも事故ったらしい」


 情報屋としては、「そんなことは俺には関係無い」と切り捨てたかったところ。


 しかし、虎の言葉の裏にある、「ここでワイを見捨てたら、おどれも道連れにしたる」という意思を読むと、無視することはできない。


 そうして、情報屋としての矜持をかなぐり捨てた拙い表現で、最低限のことを伝える。



 なお、「九」とはNHD、「島」とは某教団の施設のことで、「K」はマーダーKのことである。


 さすがに、脳みそが筋肉でできている虎でも理解できるということは、彼以外でも理解できるということ。

 何も知らない一般人ならともかく、情報屋が盗聴を警戒している相手には全く意味の無い対処だったが、内容が重すぎてそんなことは霞んでしまう。



 NHDもインチキ教団も、業界人なら誰でも知っている危険な組織であり、マーダーKに至っては生きる伝説である。

 この業界では「一流」とはいい難い彼らでもその危険性を間違えることはなく、だからこそ、それを短期間に立て続けに潰した組織があることが理解できない。


 常識的に考えてあり得ない。

 恐らく――間違いなく彼らの見えないところで大きな陰謀が渦巻いていて、不運にもその一端に触れてしまったのだ。



「マジかいな……。いや、こういう時はそういう前提で考えた方がええわな」


「……その取引先との関係は見直した方がいいかと。それよりも、早く逃げた方が――」


 とにかく、詳しい状況は分からないが、これ以上深入りしてはいけない――と、情報屋が虎にアドバイスを送ろうとしたところで通話が切れた。


 情報屋の側からはその原因は分からないが、かけ直してみても繋がらない――呼び出しが始まらず、不通等の応答メッセージもないのはただごとではない。



 十中八九、虎はもう駄目だろう――と、情報屋はつい先ほどまでのビジネスパートナーに心の中で哀悼の意を示す。


 もっとも、彼も人ごとではない。


 虎が御神苗と敵対的接触をしたのだとすると、情報を売っていた彼にも目が向けられるのは想像に難くない。

 可能な限り痕跡は消しているはずだが、能力や組織力が違えば時間稼ぎにしかならないだろう。


 つまり、その時間内に逃げなければならない――のだが、遅かった。

 むしろ、最初からそんな時間は無かったというべきか。



「さあ、乗って」


 拠点内のデータを破棄してから、手早く身支度を終えた情報屋が外に出ると、黒いスーツに黒いネクタイ――と、弔事を彷彿させる装いの男が彼に声をかけてきた。

 そして、その男の示す先には、一台の黒塗りの高級車が後部座席を開けて、彼が乗り込むのを待っている。


 当然、それらは彼が手配したものではない。

 だからといって人違いではないだろうし、ついでに拒否権も無い――拒否した場合は行き先が地獄に変わる可能性が高い。

 もっとも、拉致された先がそうでない可能性もなくはないが。



「そう身構えるな。大人しく従ってくれれば手荒なことはしない。むしろ、最初に来たのが我々で感謝することになる」


 そう言われてもすぐには信じられない情報屋だが、だからといって逆らっても先の展望は暗い。



「分かった、抵抗はしない。だから、乱暴はしないでくれ」


 情報屋は、一瞬だけ胸元に差している小型拳銃に意識を向けたが、それが最後の抵抗だった。



 運良く――奇跡でも起きてこの場を切り抜けたとしても、“おみなえ”という正体が分からないものから逃げ続けるのは困難である。


 ここで捕まれば二度と自由は無いだろうが、問答無用で殺されるとか、拉致されて拷問されるよりは遥かにマシだ。

 むしろ、そうならないのは彼に期することがあるからで、上手く立ち回れば、そう悪くない結果になるかもしれない。



 多少才能に恵まれ、興味本位で始めた情報屋の仕事だったが、世界の裏側を、闇を知れば知るほど「知らなければよかった」と後悔することも増えてきた。

 しかし、その頃になると足を洗うには知りすぎていて、身を守るためにももっと情報で武装しなければいけなくなっていた。


 そう考えると、元より自由などあってないようなもの。

 収入も落ちるだろうが、最大の懸念材料だった防衛面はマシになるだろう。



 などと、そんな甘い未来が待っている可能性が限りなく低いことは、嫌になるくらいに理解している。

 しかし、そうでも考えていないと平静を装えない。


 これから場所を変えて行われるであろう尋問か拷問に耐えて――できることならその前に、相手に「殺すには惜しい奴だ」と思わせなければならない。



 前途多難なミッションだが、こんな商売をしていれば、いつかこんな日が来ると予想していたことでもある。

 むしろ、「いきなり暗殺」や「強襲からの拉致」でなかった分だけ幸先がいい。



(すまんな、虎さん。フォローはしてやれそうにない。お調子者で、うるさくて、面倒くさい奴だったが、嫌いじゃなかったぜ。俺はこれから俺の戦いに行く。あんたも――いや、大きなお世話か。生きてまた会えたら酒でも飲もう)


 覚悟を決めて車に乗り込む情報屋だが、彼を迎えにきたのは公安系のエージェントで、多少の尋問や記憶操作は行うだろうが、それ以上の危害を加えるつもりはなかった。


 なお、この後、公安の拠点で御神苗の情報を開示された彼は滅茶苦茶感謝した。

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